23日目:突撃、リゲルさん家!
「おう、おかえり。騒がしくしてすまんのう、明日いつ炎鳥様が孵るかわからんのでな、今夜から騒がしくなるが、気にせんようにな」
「村長さん、ただいま! 了解しました!」
ただいまー!
「ああ、日付が変わるとすぐ賑わうのか。俺達のことは気にしないでくれ」
村長さんの屋敷に戻ると、村長さんは庭にロープを張って作業中だった。なるほど、杭とロープを使って人員整理をするらしい。流石に大勢で押し合いへし合いしたらどうにもならないだろうけど、炎鳥さんは神聖な生き物らしいから、多分大人しく待っててくれるでしょう!
憧れの存在の前では行儀よく居たいのが人というもの! ちょっと違うかもしれないけどだいたいそんな感じ!
僕達は邪魔にならないように、借りている部屋に戻る。
ふすまを閉めると、中の人達からの許可が無いと入れなくなるんだよね。これは「自動施錠」っていう護符の効果っぽい。<高度魔術式>が拾ってるんだけど、今の僕にはまだ作れないやつである。
イオー! あじみー! あじみするのー!
と、部屋に入ると同時にイオくんにまとわりつくテトさん。しっぽをゆらゆらさせつつイオくんの足をてしてししている。さっきはちみつで作ったきらきらのリンゴのコンポート見てるからね、僕も是非食べたい。
「おいおい、これからリゲルとエクラのところに行くんだぞ。一緒に食べたほうがいいんじゃないか」
むむー。
「言われてみれば……」
確かに……食事は大人数でしたほうが楽しい……。そこに気がつくとはさすがイオくん気配りの男である。一人暮らししてて気楽で楽しいなーって思うけど、唯一、食事も一人ってところが微妙な気持ちなんだよねー。誰かと話をしながら食事したい派だよ僕は。だからリュウさんの中華屋さんとか通っちゃうんだ、あそこ行くと店員さんがめっちゃ話かけてくれるからありがたい。
「時間も時間だし、先にリゲルのところ行くぞ」
「はーい。リゲルさん部屋にいるかな? いなかったらいなかったで、エクラさんに会いに行けばいっか」
ごーはんー♪
「ナツ、鍵頼む」
そうだった。鍵持ってるの僕だから、僕が発動を宣言しないと。えーっと、鍵を手に取って……。
「リゲルさんのところへ」
言いながら空中で鍵を回す仕草をすると、すぐさま魔法陣がぱあっとその場に広がる。イオくんが慌てたように僕の肩に手を置き、テトは鍵をよく見ようと僕にすりーっとすり寄った。
「……あ、そう言えば接してないといけないんだった」
「忘れんな大事なことを!」
いやあうっかり。イオくんよく覚えてるなあ。
まあ結果として全員接していたので、無事に僕達はリゲルさんの部屋へ飛ぶことができた。空中の魔法陣がぱあっと輝いて僕達を包んだと思ったら、次の瞬間にはすでに見覚えのある部屋にいたというわけだ。
相変わらず上品なお部屋。
今日はシャンデリアに光が灯っていて余計に雰囲気があるね。
「……何だお前たちか」
不意に後ろから声をかけられて、僕は振り返った。お、推定貴族のリゲルさん、今日はシャツにスラックスというリラックススタイルだ。淡い水色のシャツに、首に巻かれているのは……これなんて名前だっけ、紐をネックレスみたいに通して、留め具で長さが調整できるやつ……。
「ループタイだな」
「リゲルさんがさらっと心読んでくる!?」
「いや、私の首元を見て難しい顔をしていたから、普通にわかる。これがどうかしたか」
「似合うなと思って!」
「そうか」
リゲルさんは微妙に微笑んだ。ように見える。この人表情の変化が分かりづらいんだよね、でも僕ほどの無表情マスターならば読み取り余裕です。イオくんで鍛えられてるので!
「リゲルさんこんばんはー!」
リゲルだー! なでるー?
「邪魔している」
とりあえずご挨拶をしてみると、テトが早速撫でろー! とぶつかりに行った。リゲルさんは魔法職のはずなんだけど、テトの体当たりにびくともしない。……ぼ、僕だって物理防御20超えたらきっと耐えられるし……!
どーん! と当たってきたテトをぎこちなく撫でながら、リゲルさんの視線はイオくんに向いた。この2人なんか似てるところがあるから、通じ合ってるのかなあ?
「ナツが鍵を使ってみたいというので来てみた。夕飯は食べたか」
「……まあ、使い方を知るのは大事なことだな」
リゲルさんは微妙な顔をしつつ、夕食はこれから、と応えてくれた。良かった、間に合ったみたいだね! 僕は意気揚々と2人の間に割って入った。だってお腹すいたので!
「リゲルさん、イオくんの美味しいミートボールトマト煮込みを食べましょう!」
「なぜそうなる」
僕とテトが食べたいからです!
とは流石に言いづらいので、えーと。
「家のイオくんは天才料理人……そしてテトと僕はその料理が大好き、ということで……!」
「腹が減っているのか」
ごはーん!
「……テトがごはんをご所望です!」
「なるほど。そういうことにしておくか」
リゲルさんはなにか憐れむような表情をしている。くっ、これは多分僕も食べたがっていることがバレている……! だってイオくんのミートボール美味しそうだったんだもん、ちょっと見せてもらったから余計にお腹が空いたんだよね。
リゲルさんから正式な許可がないというのに、イオくんは無言でミートボールを盛った深皿をテーブルに出した。ふわりと漂うトマトの匂い。こちらのじっくりとトマトで煮込まれた大きめミートボール、なんと品質★6です! うちの料理人の腕が素晴らしいので絶対美味しい、僕が保証しましょうとも!
テトのとってー。ねこのおさらのせてほしいのー!
「イオくん、テトの分は猫のお皿にとってほしいって」
「よし任せろ」
「全く。……私は軽く済まそうと思っていたのだが。仕方ない、パンは提供しよう」
リゲルさん、ため息を吐きつつ妥協の構えである。でもパンを出してもらえるなら、他のおかずとかも出していいかな? ミートボールにもパンにも合いそうな食べ物、なにかあるかな。
「ナツ、座ってていいぞ。ほうれん草のココットと、スープを出す」
「やったー! ありがとうイオくん、さすが料理人!」
「いや料理人じゃねえんだが」
イオはすてきなりょうりにんー。
「……なんかテトも今同じこと言ってる気がする」
さすがイオくん察しが良い。にこにこしていると微妙な顔をされたけど、気にしたら負けだよ。
イオくんがリゲルさんと僕達に用意したのは、ミートボールの深皿とほうれん草のココット、レッドチリチェリー入りのピリ辛きのこと野菜のスープ。デザートに大量生産したのでまだ在庫に余裕のあるスイートポテトがついた。テトのお皿にはミートボールを2個とスイートポテトだけね。
おーいもー♪ スイートポテトー♪
とご機嫌ににゃーにゃー歌っているテトさんを、リゲルさんが微笑ましく見つめている。こういうところちゃんと妖精類だなあ。あ、そういえば。
「リゲルさん、マロングラッセどうでした? あれテトのお気に入りなので、リゲルさんが気に入ったかどうかテトが気にしてましたよ」
「うむ。なかなか美味だったぞ、あれなら貴族か王室の料理人としてもやっていけるだろうな。だがサンガの料理人はあの街にこだわりがある者が多い、スカウトしたとて頷いてもらえる確率は低そうだ」
「あー、それは、そうですねえ……」
特にヴェダルさんは料理大会の優勝を狙ってる期待の若手だもんねえ。サンガの料理人さんたちは、サンガで成功することを人生の目標にしてる人が多い印象だったから、他の街に移る人ってあんまり多くなさそう。それにあの街の、街全体で料理人を育てていくぞ! って雰囲気、なんか良いんだよね。
リゲルさんは、さっと部屋を出て、フランスパンの親戚みたいなパンを山盛り持ってきてくれた。コッペパンくらいの大きさのフランスパン? パンの種類に詳しくないからこれの正式名称がわかんないな。こういうときこそ<鑑定>を……クッペっていうのか、覚えた!
リアルでもパン屋さんに行くと、フランスパンの種類色々あって違いがよくわからないんだよね。なんか、使い分けとかあるのかな。
「どうぞ」
と促すリゲルさんに「ありがとうございます、いただきます!」とお礼を告げてから、早速クッペに手を伸ばした。お、あったかい! 焼き立てパンなのかな、美味しいやつだ!
そしてイオくんのミートボール。ゴルフボールくらいの大きさで食べ応えありそう。早速一口……うむ、美味い! 僕トマトの酸味が強いのあんまり好きじゃないんだけど、イオくんのトマト料理は常にトマトの味がまろやかなので、それだけでも腕の良さを感じるね! 肉は豚肉っぽい味だから、ワイルドビッグかなあ。ちょっと甘みもあるし、ハニーラビットのお肉混ぜてるかも。
細かい野菜も色々入っててミートボールそのものも美味しいし、トマトとの相性が抜群に良いね。胡椒が効いている感じも僕としては好みの味付けなのだ。
そしてスープ。雷鳴さんが同じ調味料で作ってたスープはきのこスープって感じの、きのこ山盛りのやつだったけど、イオくんはきっちり彩り考えて野菜入れてくれるからえらいなと思います。やぱり食感が色々違ったほうが美味しいなー。
「美味しいねー、テトどう? ミートボール美味しい?」
おいしいのー! ちょっとほんのりあまいの、イオかくしあじつかってるとおもう……!
「隠し味……! テトそこまで分かるとはグルメさん……!」
テトおいしいのすきー。おいしいのたべるおしごともするのー。
「味見係かな? すでにそのお仕事には従事していると思いますね」
実際イオくんがなにか作ってると、必ずくっついてるもんねー。きらきらした目で応援されるイオくんは、毎回何かしら味見させているので、すでに立派に味見係だよ。
さて、リゲルさんはというと、こちらは優雅にナイフとフォークを使って食事をしていた。特に苦手な食べ物は無さそう、かな? 綺麗な所作だけど、食べるスピードは思ってたより速い。
「そうだ、丁度聞きたいことがあった。食べながらで良いのでこちらの質問に答えてほしい」
と、そんなことを言いつつ僕の方を見たので、これは僕が答えたほうがいいやつかな。「どうぞ」と一応促してみる。
「ナナミにもトラベラーが到着し、賑やかになりつつあるのだが、その中の数人が貴族街へ無断で入ろうとして兵に止められている」
「お、おお……。ご迷惑おかけしております……!」
「いや、この手のトラブルは事前に予測されていた。他の街から来た観光客でも、貴族街と知らずに入ろうとするものはいるからな、問題はそこではない」
な、なんだろう。僕達トラベラーがなにか問題起こしてるのかな。そうだとしたら解決のために頑張って考えなきゃ、と姿勢を正した僕に、リゲルさんは少々困惑の顔色を向けた。
「その中に、一人、どうにも対処に困る者がいたので聞きたかった。その男は確かにトラベラーなのだが、いかにもナナミで生まれ育った貴族の息子であるという振る舞いをして、貴族街に自分の生家がある、という前提で話をするのだ」
「ア、ハイ」
「あれは一体、どういうことなのだ? 別に、特にその男がなにか問題を起こしたというわけではないし、態度はむしろ良いのだが……。我が国の星級の中にその男の名乗るファミリーネームは存在しないし、誰かの身分を騙ったということでもないようだ。しかし、どうにも対処に困る」
「あー、あのですね、それはですね……」
どうしよう、住人さんに「RPガチ勢」とはなにかという話をしないといけないだろうか……! この世界にロールプレイという概念があるのか、というところから考えなきゃいけなくなってしまう。っていうか、貴族RPしてる人がナナミにいるのか……! どうしよう超見たい、配信してないかな。丁度明日は午後からイオくんが用事あるからログインできないし、アサギくんの動画探すついでにアナトラの配信動画探してみよう。
えーと、それはそうとして、説明……なんか上手い説明……!
「その人はですね、あの、演技をする人なんです、役者さんです」
「役者? なるほど、貴族の役を演じていると?」
「そう、そうです。僕達の世界ではそういった、役になりきって行動する人をRP勢と呼ぶんですけど、えーと、適当に、不都合が無い程度に軽く合わせてあげると、とても喜びます……!」
これで説明できてる? 大丈夫?
とイオくんに助けを求める視線を送ってみると、イオくんは「大丈夫じゃないか?」って感じで頷いてくれた。ちょっと僕の語彙力ではこれ以上の説明できそうにないよ。
「ふむ。特定の呼称があるということは、それなりの人数いるという認識で合っているか?」
「いますね。いろんな役になりきっていると思うので、中には厄介な人もいるかもしれませんが……」
「いや、分かった。それなら兵士たちにはその、あーるぴーぜい? というものについて話をしておこう。対処に困るだけで、悪いやつではないようだからな」
「よろしくお願いします!」
今ナナミにいる見知らぬ貴族RP勢の人ー! 明日からちょっとRP捗るかもしれないので頑張ってー! と心のなかでエールを送る僕なのだった。