23日目:お土産は大事。
夕暮れ時、空が赤く染まる頃。
列の最後に並んでいた人の依頼を無事に終えて、僕の即席お札屋さんはようやく閉店となった。
「終わったー!」
「おつかれ。一旦村長のところに戻るぞ」
おつかれー!
「テトもお疲れ様、良い看板猫でした」
良い子良い子、と撫でると、テトは誇らしげに胸を張ってみせた。にゃふーっとドヤ顔が光り輝いている。実際、並んで待ってる人たちに話しかけに行ったりして活躍してくれたよ、家の猫は。可愛い上に接客までできるとは、やはり家のテトは優秀だな!
「もう途中から僕、わけわかんなくなっちゃった。何かいいものもらえた?」
「おう、まあそれも含めて部屋でな。ちょっとここで出しづらいのもある」
「出しづらい……?」
なんだろう、大きいものとか? 逆に小さくてすぐ無くしそうなものとか? まあでもイオくんは良い顔をしているので何かしら良いものがもらえたのでしょう。むしろなんか、僕のお札に対してそんなに色々差し出してもらっていいのかな? とすら思うよ僕は。
忙しくしてたからよく見てなかったんだけど、ギルド予定地はある程度建物の形ができつつあった。枠組みは完璧で、板材の屋根だけ張り終わった感じ。壁とかは全部新しくするってレッカさんは言ってた。お札は大変喜ばれました。
ペンキとかあったらまた違うんだろうけど、色塗っちゃったらギルドだけ浮くかなー? 目立つ分にはいいかもしれないけど、不自然なのはちょっと考えものだよねえ。
テトおなかすいたのー。
うにゃんとそんなことを言ったテトさん、イオくんにもふっと体をこすりつけた。瞳がきらきらと期待に満ちている。今日の午後はずっとお仕事してたから、労働のあとのご飯は美味しいものだ。
「イオくん、テトお腹すいたって」
「テト、パンにはちみつ塗ってやろうか?」
わーい!
テトあのはちみつすごく気に入ってるからね、イオくん(社長)からのボーナスってところかな。
「リゲルさんの鍵も、1回使ってみたいねー。部屋から飛んだら部屋に戻れるんだよね、確か」
「そうだな、試しにやってみたいのはあるが……。この時間だと晩飯の時間じゃないか、なにか持っていかないと流石に失礼かもしれん」
「晩ごはん?」
「かまど使えたらなんか作りたいんだが」
まだ夕飯の時間には少し早いから空いてるかも? と帰り道にある炊事場を覗いてみると……モモカさん発見! 知ってる人がいるとハードルが下がるので、僕達は炊事場へ意気揚々と足を踏み入れた。
「モモカさん、こんばんはー!」
「どうも」
モモカだー。なにしてるのー?
「あら、どうもこんばんは」
挨拶をしている隙に、テトがてててーっとモモカさんに駆け寄ってすり寄った。フレンドリーにゃんこ渾身の甘えに、モモカさんも流石に笑顔になっている。
「みなさんもお料理かしら?」
とテトを撫でながら尋ねるモモカさんに、「はい、イオくんが!」と元気に答えた僕。そして隣で苦笑するイオくんである。そして撫でられながら「イオのごはんおいしいのー」とうっとり顔のテトさん。その通り、イオくんのご飯は美味しいよ!
「あらあら。かまどの使い方はわかる?」
「あ、はい! この前ナズナさんに教えてもらったんです」
「あらまあ。ナズナ婆様に教わったなら完璧ねえ。そこのかまどはまだ使っている人がいないから、ご自由に使ってもらって大丈夫よ」
あいかわらずおっとりと言うモモカさん、そっとイオくんにカブのような根菜を渡した。あまりに自然に渡されたのでイオくんも自然に受け取ってしまったようで、一拍遅れて「ん!?」と不思議そうな顔をする。
「うちの子たちに美味しいものを食べさせてくれたって聞いたのよ。お礼に受け取ってちょうだい」
「お、おう、蒸しパンのことか。大した手間でもないし、うちのも食べるから気にしなくていいぞ」
「それはそれ、これはこれよ。お礼はしないと」
うーん、義理堅い。お礼というからには断るのも悪いし、受け取っておくのが良いんじゃないかな。あ、でもそのかわり、蒸しパンはたくさん作ったからまだ残ってるんだよね!
「モモカさん、じゃあこれはモモカさんの分ということで」
「あら」
僕もささっと手早く蒸しパンを手渡す。ホントはキキョウちゃんやハクトくんの分も、って思わないでもないけど、たくさん渡したらまたお礼が返ってきそうだからね。
「子どもたちが美味しいって食べてたんですけど、ああいうのってみんなで美味しかったねーって話すところまでが味だと思うんですよ。というわけでモモカさんも食べてください」
「あらあら。ナツさんはそういうご家庭で育ったのねえ」
「はい、家のお母さん、お菓子作るの上手なんです!」
「素敵だわ。……そうね、みんなで話をするのも楽しそうねえ。もしよかったら、家の人の分ももらっていいかしら?」
「あ、ハクトくんたちのお父さん! どうぞどうぞ」
即座にもう1つ蒸しパンを追加する。モモカさんはそれらを大事に手持ちのカゴに入れて、「ありがとう」とにっこり微笑んだ。僕もつられてにっこりしてしまう、モモカさん家の食卓で、良い話題になればいいな。
その後少しハクトくんたちの話をしてから、モモカさんは作った料理を持って帰っていった。それを見送ってイオくんは何してるかなと振り返ると、すでに何らかの煮込み料理を作成中である。
「何作ってるのー?」
のー?
「だからお前らシンクロするなと」
そんなことを言われましても、疑問形の場合は首をかしげるのは普通の仕草です。テトもこてーんと首をかしげて期待の眼差しをしている。
「ミートボールのトマト煮込みだな。これなら貴族に出しても、まあワンチャンいけるだろう」
「あ、手土産用……!」
そういえばリゲルさんにもらった鍵を試してみたいって話してたんだった。蜜花の残量はたくさんあるから、実質晩ごはん配りにいくだけだけど。
「エクラさんはミートボール食べるかな?」
「エクラは蝶だよな? 花とか喜ぶんじゃないか」
「野菜系のほうがまだ……? あ、リンゴ! 大事にしてたハンサさんのリンゴ出せるよ!」
「お。はちみつ使ってコンポート作るか。★8のリンゴに、このはちみつなら絶対に負けないだろうし」
「確かに」
前にイオくんがリンゴのコンポート作ってたときは、★5にまで下がっちゃってたけど。
でも今なら、<料理>のレベルも上がってるだろうし、使う調味料があの蜜花のはちみつならば、品質下がらないかも……どれだけ美味しくなるのか楽しみだね!
テトもはちみつと聞いてきらっと目を輝かせ、イオくんの隣で「はーちみーつ♪」とはちみつの歌で応援し始めた。味見できることを確実に知っている猫である。当然僕も味見を期待して待機するしか無い。
「ダブルでキラキラした目しやがる。やりにくい」
「イオくんの素晴らしき手際を見る会」
イオのおうえんしてるのー。
「くっそ、やめろとも言いにくい……!」
ぶつくさ言うイオくんだけど、手を止めたりしないのでえらいと思います。
ところでここのかまどは、上に乗っかっている鍋を色々取り替えて焼いたり蒸したり煮たりもできる。本物のかまどってこういう感じなのかなー? 茹で釜が乗っかってるイメージだったんだけど。まあでも、この世界のかまどとリアルのかまどは違うのかもしれないし、そこはいいか。
とにかく大事なのは、イオくんが色々使いこなして料理ができるってところ。魔導コンロだけだと蒸し料理は難しいし、かまどを使うよりも時間がかかるんだよね。イオくんがなにか手を動かすたびにちゃくちゃくと料理が出来上がっていくので、見ててすごく楽しい。
イオすごーい。
「イオくんすごいねー」
しゅぱぱぱーって!
「手早いよねー」
「いやもういいから、気が散る! そっちで座ってろ!」
ついにイオくんに怒鳴られましたが顔が怒ってないので照れ隠しですね。ふふふ、しかし僕達は素直なのが売りなので、ここらで引き下がりましょうとも。しつこく食い下がって味見させてもらえなかったら悲しいので!
「テトこっちで待ってようねー」
わかったー。エクラのところいくのー?
「そうだよー、リンゴはエクラさんへのお土産だよ。ミートボールはリゲルさんへの差し入れだね」
おみやげだいじー。リゲル、マロングラッセおいしかったかなー?
そう言えばそれ、前も気にしてたねテトさん。自分のお気に入りが他の人の好みに合うかどうか心配なのかな? 甘いものが好きなら、ヴェダルさんのマロングラッセを嫌いな人なんていないと思うけど、まあ今日会ったら美味しかったですか? って聞いてみようか。
テトと戯れていると、イオくんの料理はあっという間に終わった。なんか急いで終わらせたような感じでもあるけど、
「ほら、★6のミートボールのトマト煮込みと★7のリンゴとはちみつのコンポート」
と差し出してきた料理は最高に美味しそうだったので、さすがイオくんである。
きらきらー!
テトははリンゴとはちみつのコンポートを見つめてうっとりの顔だ。はちみつが入っているからなのか、ちょっときらめいて見えるんだよね。たしかにこれはテトの好きなきらきらです。
「味見! 味見を所望します!」
「はいはい、部屋に戻ってからな」
イオくんはそう言って料理をインベントリに収納してしまった。そんな……! と思ったけど、炊事場もだんだん混雑し始めてきているから、確かにそろそろ撤収しないと。
「じゃあかまどには、【クリーン】っと」
「お、サンキュ。ほら、テト行くぞ」
わかったー!
炊事場にいた里の皆さんの中には、さっきお札の列に並んでいた人たちもいたので、笑顔でお互いに会釈しつつ僕達は炊事場を後にしたのだった。
ところで、リゲルさんに会うなら僕も取った方がいいかな、<上流作法>。
最初はいらないなと思ってたんだけど、結構上流階級の人たちと接する機会があるって分かってしまったからには、持ってたほうがいいかもしれない。何かしら失礼があったら申し訳ないしなあ。
「取っていいんじゃないか、多分今後無駄にならないし」
「そうかな?」
「お前が受けたクエスト、ルシーダ=アズリル嬢の指輪。あれをナナミに届けに行く予定があるんだぞ、なんとかして2等星とつなぎを作らないといけないんだから」
「あ、そういえば。イオくん記憶力いいね」
すっかり忘れてた、と言えば、お前の受けたクエストだろうが、と突っ込まれてしまった。はい、その通りでございます。……だってナナミ行くのってだいぶ先の話だからさー。僕達の予定だとゴーラ行ってヨンド行ってからナナミ、でしょ。今はまだ忘れてても許されると思います。
「まあ、でもその時になって<上流作法>を取ったって、レベル1からだもんね。ある程度育てて置いたほうがいいか」
付け焼き刃ではボロが出るだろうから、レベル10まで行かなくても5くらいはほしい。SP5使うけど……まあいっか、<原初の魔法>の次のスキルは当分来ないと思うし。
「じゃあ、<上流作法>取得しちゃうね」
「おう。俺も迷ってた固定スキルの<盾術>取っておくか」
というわけでお互い1つずつスキルを取得しながら、村長の家に戻る僕達であった。テトはスキル取得とかできないからなあ。
スキルー? テトのスキルふえるよー。
「え、増えるの?」
ナツのこといっぱいのせたらふえるのー。
「あ、なるほど。テトにとっては僕を乗せることが経験値になるんだね。テト新しいスキル見つけたら教えてね!」
ナツにいちばんにおしえてあげるねー!
にゃふっと得意げにしているテトさんである。そっかー、僕に一番に教えてくれるのか……とても良い子です! 撫でましょう!!




