23日目:続・ダンジョンチャレンジをしてみよう!
「い、生きた……!」
心の底からそんな声が漏れた僕。
「なんでナツの方が満身創痍なんだよ」
と若干不思議そうなイオくん。
やはり予想通り手強かったチーフレベル12をなんとか倒したとき、僕のHPの残りは21しかなかった。危ない。これ最後にイオくんが【プラスインパクト】使ってくれなかったら本当に死に戻りするところだったし、事前にPP振っておいて良かった。
「最後の全体攻撃やばかった……!」
「ウォール間に合ってよかったな」
言いながらイオくんがぽいっとHPポーションを投げてくれたので、つつがなく回復。いやもう本当にびっくりした、チーフの残りHP5%くらいのときに、いきなり予兆なくぶわーっと炎を吐く全体攻撃が2回連続できたんだよ。それまではきっちり予兆のあとに全体攻撃してきてたのに……!
ただ、あの全体攻撃は前衛の足元を中心に全体って感じの範囲だったから、地面を凍らせておいたおかげで威力が弱まったんだと思う。最初に食らったときほどのダメージじゃなかったんだよね。お陰でなんとか生き延びることができた僕なのだった。
「PP振っといて良かっただろ?」
「頑丈になりましたね……」
「んじゃ、一回さっきの広場見に行くか。宝箱が出てるか確認」
「はーい!」
そうだった、宝箱! 途端にやる気に満ち溢れた僕は、チーフの小部屋からぴょいっと飛び出した。その後を苦笑しながらイオくんがついて来る。
「ダンジョンって、死に戻り普通にするよね? デスペナあるのかな?」
「デスペナはないらしい。ダンジョンはスペルシア神が作ったトラベラーの為の仮想空間だから、あんまりトラベラーに不利な要素はないんだ。出てくる魔物も普通の魔物と違うらしいし」
「どんなふうに?」
「行動パターンや習性、好みとか隠しパラメータなんかも反映されるって話だぞ」
「隠しパラメータ?」
なんかよくわかんない単語が出てきた。……ま、いっか。そのうち分かるでしょう! 要するにダンジョンに出現する魔物はダンジョン専用の挙動があるってことだよね、多分。
「お、宝箱やっぱり出てきたな」
「木製だー」
さっき見た広間の中央には、相変わらず意味深な球体が空中で光り輝いていた。その光の色がちょっとだけ変わっていて、真下に木の宝箱が出現していたのだ。
僕がわくわくとそれに近づくと、メッセージがぱっと表示される。
「……宝箱を開けてダンジョンを出ますか? だって」
「NOにしとけ」
「出ません、っと」
宝箱に近づくとこの表示が出るみたいだ。一旦離れよう。そして次の魔物を倒せば宝箱が変わる可能性があるから、全部じゃなくても攻略はしないとなあ。
「うーん、イオくん次どこ行く?」
「とりあえず右側の部屋を潰すか。鳥系はHPが低いって話だし、5匹いてもいけるだろ」
「シカ強そうだけど」
「ナツに攻撃が行かないから、俺は弱い複数より強い1体のほうが戦いやすいんだよ」
特殊スキルあるしな、とイオくんが言う。確かになー、今のイオくんはすべてのステータスが+5されている状態だから、かなり強いんだよね。絶対にヘイトを僕に移さない分、敵が強くても1体のほうが良いというのは納得だ。さすがイオくん、頼もしい。
「ま、先に鳥だな。ナツは俺が全部に一撃入れるまで何もするなよ」
「了解」
じゃあ、残りの部屋に、レッツゴー!
ところで、魔物のダンジョン専用の挙動なんだけど、鳥の部屋、シカの部屋をクリアして左側の犬の部屋でようやく見ることができた。
いやもう本当に大変だった。
鳥の部屋は1匹隠密スキルを使いこなすアサシンバードって鳥がいて、見つけるために右往左往したし。しかも複数の魔物がいる部屋は、全部倒すまで外に出られないから、探すしかないんだよね。
でもここは見つけるのが大変だっただけで、戦闘そのものはそんなでもなかった。奇襲してこない鳥など恐るるに足らず! あっ、嘘です死角からの攻撃はやめていただきたい死んでしまいます……! 貧弱エルフなのでちょっと突かれるだけでHP半減だからねほんとに。正直イオくんが僕を守る為に全方向に気を配って大変そうだった、お手数おかけします。
シカ……巨大な角を持ったホーンディアという魔物だったんだけど、この魔物は踏みつけ攻撃が派手で、後衛にいる僕にも振動が来る上に「ひるみ」っていうデバフを頻繁にかけてきてうざったかった。最初の何回かはお守りでキャンセルできたんだけど、こうも頻繁だとお守り消費するのがもったいない。
そもそも、ひるんだところで何秒か行動が停止するだけで、僕にはあんまりデメリットなかったんだよね。前衛のイオくんがひるんだら大変だけど、イオくんは<盾術>のパッシブアーツで【ひるみ耐性】をもってるし。もちろん、耐性だから全部キャンセルするわけじゃないけど、大部分はミスになってたみたい。全体攻撃がない分、僕達にはチーフより楽だったかも。
割とサクサクと倒して、宝箱をもう一度確認しにいったら、やっぱりグレードアップして銅の宝箱になってたよ。
もうそうなったら金を目指して全部倒そうか、ってなるよね。
猫は……猫はちょっと、保留するけど!
そんな流れで、左側の部屋にも突っ込んで行く僕達。
最初の部屋はラビット系の魔物を5体集めた部屋で、バイトラビット、ハニーラビットの他にもホーンラビット、ダッシュラビット、アイスラビットという見たことのないラビットが追加されていた。アイスは多分寒冷地にいる雪うさぎかなー。ここは難易度低めで、というのも、ハニーラビット以外は全員突っ込んでくる系の直線攻撃が多めだったから。ウォール大活躍のステージだったよ。
ちなみにダンジョン魔物、当然ドロップはあります。お肉は無事にゲット!
「アイスラビットの肉っていうのが落ちましたイオくん……!」
「生食用らしい。リアルでは絶対食えない感じの肉だな」
お、マジか。そういうのもあるんだ。サラダとかに生ハムっぽく乗せるのかな、美味しそう。
とかそんなことを話しつつ、犬の部屋に突入したわけなんだけど……ここで出ました、ダンジョン特有の魔物の行動が。出てきたのは、ワイルドウルフ、ミニウルフ、ファングドッグ、ゴールデンドッグ、シャドウウルフの5匹。ミニウルフ以外は初見で、シャドウウルフは戦闘開始と同時に影に潜ってしまって見えなくなった。ゴールデンドッグは奥の方でじっとしている中、連携して襲ってきたのがワイルドウルフ、ミニウルフ、ファングドッグ。
この3匹の連携がスムーズで鮮やかで、さすがのイオくんもしんどそうだった。ミニウルフから順番に沈めて行く。ファングドッグは牙がすごくでかい感じの犬で、噛みつき攻撃を防いだら少し隙ができる。ワイルドウルフは踏み込みが強くて、詰め寄りがすごく速い。単純な攻撃力が一番強く、苦戦を強いられた。
しかし、家の前衛イオくんの敵ではなかったね!
苦戦はしたけど無事に3匹倒しきった、までは良かったんだけど。
「イオくん、ゴールデンドッグ動かないね」
一応言葉にして確認してみたけど、ゴールデンドッグは味方が倒されても動かなかった。ちょっと近寄ってみてもこっちに興味が無さそうな感じ。
「何かあるのかこいつ。シャドウウルフはどこ行った?」
「<直感>働かない?」
「んー」
さっき鳥の部屋でアサシンバードを見つけたのがイオくんの<直感>だったんだよね。パッシブスキルだから、運が良ければ隠れている方向を見たときに反応するはず……まだスキルレベルが低いから、確率だけど。
イオくんが部屋を見渡している間、僕も手持ち無沙汰なのでゴールデンドッグ……どう見ても角の生えたゴールデンレトリバー……に対して改めて<鑑定>でも……。
「あ」
「うん? なにか気づいたか?」
「最初のときと<鑑定>結果が変わって、友達と一緒に見逃して欲しいって出ました」
「は?」
訝しげに眉を潜めるイオくんである。でも結果に出たんだよ。
『ゴールデンドッグ レベル14 私はこの群れの長ではないので、友人のシャドウウルフと一緒に見逃して欲しい。特に戦う意志は無い。どうしても戦うというのなら仕方がないが』って、ほら。
「いや、なんでこうなるんだ……?」
微妙な顔をするイオくんだけど、戦わなくて済むならその方がいいよね、もふもふだし。でもこれ会話できるのかな。ダンジョン特有の要素だとしたら、こっちの言葉通じる?
「えーと、戦わなくていいなら戦いたくは無いんだけど、君たちを倒さないとこの部屋から出られないみたいなんだよね」
そう、ダンジョンの小部屋は、中にいる魔物をすべて倒すまで出られない仕様。入口を指さして僕がそう話しかけると、ゴールデンドッグはようやくこっちに視線を向けた。わうっと一声鳴く。
「<鑑定>……え、ファングドッグの牙? あるよー、さっきドロップしたやつ。これでいいの?」
目論見通り会話ができて、もう一度<鑑定>したら、群れの長であるファングドッグの牙を預けてくれるのなら降参して負けを宣言すると言ってくれたので、牙を差し出す。ゴールデンドッグの影からにゅーっと黒い影が伸びて、その牙を受け取っていった。
「……今の、シャドウウルフさん?」
ゴールデンドッグはもう一度わうっと鳴いた。肯定だねこれは。
少ししてから影の中からバウッ! と別の鳴き声が聞こえて、ゴールデンドッグはざあっと黒いモヤみたいなのに包まれて消えた。今のが敗北宣言なのかな。よくわからないけど戦闘終了のシステムアナウンスが視界の端っこに表示されて、入口を塞いでいた透明な壁が消える。
「えー、なんだそれ。ありなのか」
とイオくんは不服そうだけど……まあイオくんは戦闘大好きなスマートヤンキーだからなあ。
「多分こっちから攻撃したら戦闘になってたとは思うけど。5匹と戦うの大変だし、いいんじゃないかな」
「倒してないけどこっちの勝ちって扱いなのか? 宝箱どうなってる?」
「えーと、銀色!」
「ランク上がったか」
ならいいか、と呟いたイオくん、ちょっと先の猫部屋を見て腕を組む。
「猫と戦わなくて済む可能性あるのかこれは」
「あ、なるほど!」
アナトラは結構プレイヤーの思考とか行動を反映した展開とかあるから、僕達が猫と戦いたくない、って思ってるのをダンジョン精製のAIさんが汲み取ってくれた可能性、あると思います!
ということは、魔物だからちょっとキリッとしてて怖い系の猫とはいえ、あの部屋の猫科動物たちと触れ合える可能性があるかもしれない……! 僕は期待しつつそーっと部屋の中を覗いて、とりあえず<鑑定>をしてみる。
……うん?
あ、はい。
「イオくん、この部屋の猫たちさ……」
「いや、うん。分かった。俺達が猫からの好感度が高いというのだけ情報としてもらっておこう」
隠しパラメーター、いろんなものに好感度が設定されているっぽい。
<鑑定>結果にどれもこれも『あなたは猫からの好感度が高い為、この魔物はごはんをもらえたら大人しく退散する気持ちがある』って出るんですが……あの、家の食いしん坊猫の好感度ですよねこれって。というか家の食いしん坊猫の食いしん坊なところまで仮想空間に反映しなくてもいいんですよスペルシアさん……!
「配るか、飯を」
イオくんの表情はこころなしか苦笑気味だ。最後がこれじゃあ気が抜けるよね、分かる。
「よしお前ら、何が食いたいんだ並べ!」
ホワイトジャガー、ブラックタイガー、フォレストハンター、サンドキャット、アサシンキャット……という順番でしゅしゅっと列を形成した猫科たち。一匹ずつ<鑑定>するとみんな素直に好物を教えてくれる。最初の2匹は「おにくー」で、次の子は「きのみー」で、最後の2匹が「あまいのー」……ねえうちのテトの行動かなり多めに含まれてないこれ? いや、いいんだけど。列になって尻尾振ってる猫かわいからいいんだけど!
イオくんがそれぞれの要求に答える食べ物を差し出すと、わーいって感じにちょっとだけすり寄って黒いモヤに包まれて消えていく猫たち。これはダンジョンとしてどうなのか……!
でも猫かわいいから……許す!




