23日目:ダンジョンチャレンジの前に
ダンジョン。
アナトラのダンジョンは、基本的にゲートと呼ばれる魔力の渦っぽいもの(扉サイズ)と、その前に説明ボードの設置がある待合室から入る。僕は見たこと無いけど、割と初期の頃から掲示板では報告があった。
ダンジョンはトラベラーたちのために、統治神スペルシアが作った施設だと言われている。スペルシアさんは空間魔法の権威だから、こういった空間を作る事ができるよ、トラベラーさんたちが使ってくれたら嬉しいなって感じ。その場所はスペルシア神の魔力を感じられる場所として住人さんにも人気で、ダンジョンが街で見つかると住人さんたちは大喜びするんだって。スペルシア神の加護がある証拠だー! って。近くに祭壇とか作っちゃう人もいるとか。
「遺跡の街ハチヤにダンジョンがいくつかあるのは知ってたけど、他に何か見つかってたっけ?」
「イチヤ近郊のフィールドでも、初心者用ダンジョンあるらしいぞ」
「え、そうなんだ。どんなの?」
「遺跡の中にあったってさ。レベル10以下のみ挑戦可。経験値1.3倍でスキル経験値0.8倍だから、スキルほっといてもいいからとにかくプレイヤーレベルだけあげたい人用」
「SP貯まらないじゃん! 今すぐPP欲しい人用?」
「たぶんそうだな」
確かに最初PPほしいと思うタイミング多かったもんなあ。でもSPも絶対必要になるものだし、最初の頃はレベル上がりやすいから、あんまり入る意味無さそうなダンジョンだ。
ここなあにー? まりょくたくさーん。
「テト、ここはダンジョンだよ。ちょっと調べるから、ハクトくんたちといっしょにいてね」
わかったー。テトがまもってあげるのー。
お仕事大好き猫のテトさんは、ちょっときりっとして子どもたちに寄り添った。予想外のものが出てきたので、子どもたちもびっくりしているっぽい。
「ハクトくん、ちょっとここ調べるから、テトと一緒にそこにいてね」
「あ、うん。ダンジョン……って、ぼうけんしゃがはいるやつか? まものでてくるか?」
「魔物が溢れて出てきたりはしないよ。でも、トラベラーがこれを目当てに湯の里にくるかも」
「ほんとか! すげー!」
ハクトくんが笑顔になると、そんなハクトくんに両側からしがみついていたツバキちゃんとキキョウちゃんも落ち着いた表情になる。それだけ2人にとってハクトくんが信頼できる人だということだね。
「あぶなくない? だいじょうぶ?」
とツバキちゃんが心配してくれて、
「ひといっぱいくるの?」
とキキョウちゃんは嬉しそうな顔をした。里にとっては外から人が来るって事自体、今までなかったことだし、色んな人が里に来たら嬉しいのかな?
まあ女の子たちはハクトくんに任せておけば大丈夫でしょう。イオくんが先に説明ボードを見ているから、僕もそっちへ行こう。
「えーと、このダンジョンはレベル制限なし、可変……ってことは、入る人のレベルによって敵のレベルも変わるって感じだよね」
「そうだな。レベル制限がないのはかなり人を呼べると思う。で、経験値とスキル経験値が等倍だから、どっちかが偏ることも無いし。気になるのはこのその他の項目なんだよな」
「あー、これねー」
説明ボードに書いてある内容は、以下の通りだ。
「湯の里ダンジョン(発見者が名称変更可)」
プレイヤーレベル制限:なし、可変
経験値取得量:等倍
スキル経験値取得量:等倍
その他:1日1回限定
宝箱出現率:高
「……絶対気になるよね、宝箱」
「気になる。ナツの幸運値と<グッドラック>で何が出るかめちゃくちゃ気になる」
「何が出てくるか次第で、このダンジョンの人気が変わる気がする……!」
だってガチャだもんこれ。みんなガチャ引きたいよね、1日1回だけ引けるガチャ! 何回か潜ってどんな宝物が出るのかを確認したい気持ちがめちゃくちゃある。その前に難易度とかどんな敵が出るのかとかも知りたいな。
「スクショとったから、これは後でアサギに見せるとして。入るなら子どもたちは家に戻したほうがいい」
「そうだね、所要時間よくわかんないし。ちゃんと整備したら温泉と並んで目玉の観光産業になるかも」
「一旦村長にも話する必要があるな」
その場合、ここは秘密基地ではなくなっちゃいそうだけど。一旦ハクトくんたちと話をしたほうが良さそう、かな。
ハクトくんたちのところに戻ってダンジョンのことを説明すると、子どもたちは意外にあっさりと村長に相談することを了承した。
「さとのためになるなら、そっちのほうがいいとおもう」
と、大人びたことを言うハクトくん。
「キキョウは、ハクトにいがいいならいいよ。ひみつきちはほかにもあるもん」
「わたしも。またあたらしいひみつきち、さがそうね」
と、女の子たちも前向き。もともとここに僕達を連れてきたのだって、ひらけなかった石の扉を開けてもらいたかっただけで、扉の先にあるものには興味がないとのことだ。この子達にとっては秘密基地を探すことのほうが楽しいのかもしれない。
「村長さんにここのこと教えたら、ビー玉とかお茶碗とかも運び出されちゃうと思うよ」
と一応確認してみたけど、ハクトくんたちはもともと自分たちのものじゃないから、とそこは割り切っている様子。ビー玉とかお手玉とか、遊び道具も色々あったけど、蔵から持ち出さないようにしていたんだって。ここにいる間だけここにあるもので遊んで、家に帰るときはちゃんと戻してから帰ってたから、問題ないと。
「もともとオレたちのじゃねーもんな」
「うん、かしてもらってたけど、だめならしかたないよ」
「キキョウ、おかあさんにおてだまつくってもらうのやくそくしたから、へいき!」
「くっ、なんて素直で良い子たち……! えらい! 撫でましょう!」
僕が子どもたちを順番に撫でたところ、最後にテトさんが並んで撫で待ちしていたので、ついでにテトも撫でました。うむ、みんな良い子です。
一度ハクトくんたちを家に帰して、イオくんがひとっ走り村長に報告に行くことになった。僕がテトに乗っていこうか? って提案したんだけど、「子どもと残されてもどうしたらいいのかマジでわからん」と真顔で言われてしまったので、イオくんにお任せ。僕は子どもたちにイオくんの蒸しパンを食べさせつつ待つことにする。
「家の天才料理人のイオくんが作った美味しいおやつだよ!」
イオのおやつー。いつもとってもおいしいの、イオはとってもよいりょうりにんさんだから、すごーくえらいのー!
にゃっにゃっ、とと弾むようなお声でイオくんを褒め称えているテトの言葉を、翻訳しなくても子どもたちは大体分かっている様子。期待に満ちたきらっきらした眼差しを僕に向けてくる子どもたちに、イオくん特製のジャム蒸しパンをそっと差し出してみる。ちゃんと甘さは控えめで作りました、イオくんが! 朝食に出してもらって食べてきたけど、とても美味しかったです、さすがイオくん!
「おやつ……あまいのか?」
「おだんごじゃない……?」
「じゃむってなあに?」
と、それぞれの感想を抱きつつ、僕の差し出した蒸しパンを受け取る子どもたち。さあお食べ! 美味しいから! そしてイオくんに美味しかったって言ってあげてね、喜ぶよ!
3人は期待と不安の入り混じった眼差しで蒸しパンを見て、キキョウちゃんとツバキちゃんの目線がハクトくんに向いた。おやつと聞いて期待したけど、普段あんまり見慣れないお菓子だから不安になったのかもしれない。ハクトくんもじっと蒸しパンを見ていたけれども、テトが「おいしいよー」とダメ押しでにゃーんと鳴いたのをきっかけに、一口かじって……。
「……! うまい!」
ぱあっと目を輝かせる。
ふふん、そうでしょうそうでしょう!
「すげー、これイオがつくったのか? だんごよりあまい!」
「美味しいでしょー? イオくんは料理がすごく上手だからね! 中に木苺のジャムが入ってるんだけど、えーと、木苺っていう果物を煮詰めて、ちょっと砂糖を入れたものだよ!」
「さとう!」
ハクトくんは僕の説明を聞いて、もう一口、今度はさっきより大きく蒸しパンをかじった。ジャムにたどり着けたかな?
「すげー! さとうって、きちょうだからしょうがつだけってきまってるやつだ!」
「あ、そうなんだ。でもこれからはサンガから入ってくると思うから、もっと食べる機会が増えるよ」
「あまくてうまい!」
あまいのおいしいのー!
ハクトくんの力強い言葉とテトの後押しに、キキョウちゃんとツバキちゃんもようやく蒸しパンをかじった。そしてすぐに顔を見合わせて笑顔になって、次の一口へ。
最終的に夢中になってバクバク食べ続ける3人の子どもたちをほのぼのと見守っていると、テトさんが僕の正面におすわりしてきらきらした眼差しを向けてくる。
テトもー。
「テトも食べたい? いいよー、僕とはんぶんこしようか」
わーい!
実は朝も僕とテトではんぶんこして食べたんだよね、蒸しパン。あくまで味見だったから、それで十分だったんだけど、テトにはちょっとだけ物足りなかったのかな?
子どもたちと一緒に縁側に並んで蒸しパンを食べていると、そんなに待たないうちにイオくんが戻ってきた。村長と一緒に。ちょうど子どもたちが美味しかったって話をしてたときだったので、イオくんは大歓迎されてお礼を言われて照れくさそうにしていたよ。
「おいこら、テトまで口のまわりジャムだらけにしてるじゃねえか」
とか言いながらテトに【クリーン】をかけるイオくん。そして僕は村長さんに「どうもー!」と声をかける。
「おう、なっちゃん。ダンジョンが見つかったと聞いてきたんじゃ」
「落ち着いて、一回こちらに座ってください。あ、蒸しパン食べますか? イオくんの作った美味しいやつです」
「すまんのう」
よほど急いできたのかぜいぜいと息を切らしているので、一旦座ってもらった。ハクトくんの隣に僕の代わりに座ってもらって、その手に蒸しパンを持たせて、なにか飲み物なかったっけ? とインベントリを漁る。紅茶しか無いな僕のインベントリだと。飲み慣れないかもしれないけど、これを渡しておこう。
「村長に相談したら是非見たいって言うから連れてきたんだが」
「めちゃくちゃ息切れしてるよ」
「背負うか? って提案はしたんだが断られた」
それは村長さんのプライド的なものかも? それなら仕方ないね。
僕とイオくんが会話している背後で、村長さんが子どもたちに囲まれて「うまいのう!」と蒸しパンの味に驚いている。そうでしょうとも!
「いやお前がドヤ顔すんな」
イオくんのツッコミが入ったけど、顔が笑っているので許されているはずです。
「ダンジョンって喜ばれるっていうもんね。スペルシア神の加護があるっていう証拠とかで」
「ああ。それで、ちょうど難航してたスペルシア教会の場所をな。ダンジョンができたなら、そこを教会にしてついでに管理してもらえばいいんじゃねえかってさ」
「ああ、なるほどー」
祭壇作る人もいるっていう話だから、スペルシア信仰の良いシンボルになるのかもしれない。ダンジョンありますよって言ったら教会誘致もスムーズに行くんじゃないだろうか。
「雪乃さんにメッセージ入れて置かなきゃ」
「それは任せた」
うむ、任されます。
さしあたってこれからすることは3つ。
1つは、村長とも相談してダンジョンの名前を決めること。2つ目は、実際に潜ってどんなダンジョンなのか確認すること。3つ目が、ダンジョン周りの整備とか。
少なくともトラベラーさんを呼ぶには、わかりやすい道が必要だと思うんだけど、そのへんはアサギくんと相談しないと。あ、スクショ付きでアサギくんにもメッセージ送っておかなきゃ。
これは忙しくなりそうだね!