23日目:秘密基地ってすげーのだ。
「ナツおにいちゃん、イオおにいちゃん、テトちゃん、おはよう」
にっこにこのツバキちゃんの笑顔につられて、僕もにへらっと笑ってしまう。リアルで夕飯を食べた後、再開のゲーム内23日目。今日が終わったら就寝なので、快く眠るためにも良い感じのクエストをこなしたいところだ。
「ツバキちゃんおはよう! 早いねえ」
「おはよう」
おはよー! なでるー?
「えへへ、あさごはんたべてすぐきたんだよ!」
イオくんもちゃんと挨拶を返し、テトもツバキちゃんにすり寄った。今日は朝ゆっくり目に起きて、ご飯を食べてから村長さんに会いに居間にきたところ、ツバキちゃんに遭遇したという展開。
リアルで夕食を食べてきたので元気! どんなヘヴィなクエストがきても今なら対応できる。なんかイオくんがゲーム終わったら良いお知らせがあるぞーって言ってたけど、イオくんが良いお知らせと言ったら普通に良いお知らせなので、それも楽しみだなー!
と、そんな気持ちでツバキちゃんと会話している今である。
「もう出かけよっか? どこいくのー?」
しゃがみ込んで目線を合わせて問いかけると、ツバキちゃんは「あのね!」と弾むような笑顔で答えた。
「ハクトお兄ちゃんのおうち!」
「お、合流するんだね!」
「うん、さんにんのひみつきちなの」
キキョウちゃんとハクトくんと3人の秘密基地なんだって、昨日も言ってたね。元気に僕の手をひっぱるツバキちゃんについて、村長に「行ってきます」と手を振って外へ出る。
今日の湯の里は曇り、少し空がくらい程度で雨は大丈夫そう、かな?
「きょうはねー、だいくさんが、ぎるど? っていうのを組み立てるんだって」
「そうなんだ。無事に出来上がるといいねえ」
なんて話をしながら川に沿って歩く。
クエストの進行については、そのクエストを受注している人がログインしていれば進む場合もあるらしい。
湯の里発展クエストは、アサギくんと雪乃さんが受注者だから、アサギくんがログアウトしても進んでいるということは、雪乃さんがログイン中ということだ。今頃サンガで頑張ってギルド誘致の交渉してるのかな。
炊事場も過ぎてどんどん南方面へ、ツバキちゃんたちと初めて会った河原のあたりで、西方向へと方向転換。まばらに民家が立ち並ぶ場所に出た。
このあたりは土地も余裕があるから、家族が多い人たち向きなんだって。子どもが遊べる広い庭が持てるしね。その分ちょっと共同の炊事場が遠いから、人気があるかどうかは微妙なところかも。
「ハクトおにいちゃんのおうち、ここだよ!」
とツバキちゃんが案内してくれたのは、ちょっと赤っぽい木造のお家。臙脂色っていうのかなこれ? ちょっと明るい印象で、なんとなく周囲の家より新しいような感じがする。
ツバキちゃんが家に向かって呼びかけると、すぐにハクトくんとキキョウちゃんが中から出てきて、テトにまっしぐらに走ってきた。「おはよう!」と口々に挨拶をしてからテトに抱きつき、そのままワシャワシャ撫でている。
子どもが苦手な猫もいそうだけど、テトは全然平気で、わーいって喜んでご満悦だ。自分が構ってもらえるならなんでもいいらしい。あれ、そういえば。
「キキョウちゃん、ハクトくん、それ新しい服?」
前回会ったときはツギハギの多い浴衣を着てたけど、今日の服は生地が新しいような。そう思って聞いてみると、ハクトくんがぱっと顔を上げてえへへっと笑った。
「これ! ナツたちがはこんでくれたってきいたぞ! ありがとな!」
ばっと両手を広げて見せてくれた浴衣は、青灰色の生地に黒の模様……この模様よく見る和柄だけど、名前がわからない。レンガの道みたいな長方形が組み合わさった模様……! よくわからないけどとりあえず和柄! 僕達が運んできたってことは、村長さんに預けた差し入れの中に入ってた布だろうか。
「似合うね! 仕立ててもらったの?」
「おう! きのう、おかあさんがふじんかいでつくってくれたんだ! こどもゆうせんだって!」
「キキョウのもみてみて!」
キキョウちゃんが見せてくれた浴衣の生地は、若草色に、鳥模様。これは知ってる、千鳥模様だ。女の子っぽいかわいい柄だね。
「ナツ、ハクトのは檜垣、キキョウのは千鳥だぞ」
「……ありがとう、僕の困惑をサラッと汲み取るイオくん、やぱり心読んでるなって思います……! 檜垣模様っていうんだ、初めて知ったかも」
今後この柄を見たら「檜垣だ!」って言えるように覚えてこう。
「キキョウちゃんのもかわいいね! それにいい色。ツバキちゃんも作ってもらった?」
「ツバキはね、きょうできるって。たのしみだよ」
にこにこしているツバキちゃんに、キキョウちゃんも「たのしみね!」とにこにこ。仲良しだなこの子たち。
ハクトくんは、子どもながらにいかにもお兄ちゃんって感じの貫禄があるけど、キキョウちゃんはザ・妹! って感じの甘え上手感がある。ツバキちゃんはちょっとおとなしめの、真面目そうな感じだね。
「今日、モモカさんは?」
一応、一緒に遊ぶなら親御さんにご挨拶しないと。そう思って聞いてみると、婦人会の集まりに行っているとの返事。ツバキちゃんの服を今まさに仕立てているらしい。子どものいる母親たちが集まって、炊事場の作業台のところでわいわいやっているんだとか。
「オレたちはるすばんだぜ」
「留守番なのに、僕達と出かけちゃっても大丈夫?」
怒られないかな? と思って聞いてみると、すごくいい笑顔で「ないしょ!」と返された。これはいたずらっ子たちだなー? 本当はだめだけど行っちゃうって感じか。
「止めなくていいのか、これ」
イオくんが心配そうに僕に聞くんだけど、あいにくと<グッドラック>さんも「いけいけGOGO」と言ってるんだよね。むしろ子どもたちだけで行っちゃうよりは、僕達が一緒に行って守ったほうがいい……ってことにしておこうか。
「怒られるときは僕達も一緒に怒られよう、諦めが肝心」
「マジか」
テトおこらないでーっておねがいするー?
「そうだね、モモカさんに見つかったら、一緒にごめんねってしようね……!」
わかったー!
絶対に怒られるやつなので、怒らないでってお願いしても多分だめだと思う。潔く謝ることを前提に、万が一にも危険にさらしてしまったら土下座しよう。何があっても守るけれども。
イオくんは戸惑っているけれども、子どもって親の言うことを聞かない日もあるのです。僕も微熱があって寝てなさいって言われたときとか、布団の中でゲームしたりしてたもんね。お母さんに見つかってよく怒られたよ。
「秘密基地って、この3人で見つけたの?」
「ハクトにいがみつけたの!」
「ハクトおにいちゃん、すごいんだよ!」
自分のことのように自慢げにして、キキョウちゃんとツバキちゃんが胸を張った。君たちが自慢に思うくらい、ハクトくんのことを好きなんだね、なんか微笑ましいな。でもちょっと気持ちは分かる、僕もイオくんとかテトが褒められたらドヤってしちゃうからね!
「ハクトくんが見つけたんだね、すごいじゃん」
「そんなでもねーよ! でもちょっとオレたちじゃひらけないんだよな」
「ひらけない?」
ハクトくんから話を聞きながら、とりあえずハクトくん家の縁側へ案内される僕達。中庭は登りやすそうな木が何本か植えてあって、見て楽しむ庭というより、ハクトくんたちが遊びやすい庭に整えているようだ。
そんな中庭を突っ切って、門と反対方向の土壁に向かう子どもたち。テトが「なになにー?」って感じに先頭集団に混ざっている。
「ここ! イオとおれるか? ナツはだいじょうぶだとおもうんだけど」
とハクトくんがゆびさしたのは、ちょうど太い木の裏側にある壁の穴であった。……いや、待ってハクトくん、僕でも厳しいよそれは。子供サイズの穴じゃん、僕一応これでも19歳の体型なので大丈夫じゃないよ。いかに貧弱エルフといえども、どこまで小さいイメージなんだろうか、僕。
「この穴、裏のお家につながってるんじゃないの? 勝手に入ったら怒られない?」
「うらはあきやだったんだけど、すんでるひといないからかいたいされたんだ。このかべこえると、くらだけあるぞ」
「蔵だけ……。イオくんは僕がなんとかするからちょっと待ってね」
人が住んでいる家に無断で入るのは流石にどうかと思うけど、まあ蔵なら……リアルでは良くないことだけど、解体されたってことはちゃんと管理してるみたいだし。
「不法侵入か……土下座で許されるか?」
と考え込むイオくんを【フロート】で浮かして、っと。
「テトー、のーせて!」
いいよー!
と乗り込んだ天駆けるテト号で、どーんとイオくんに体当たりして位置をずらし、また下ろす。僕はそのままテトで隣の敷地に降り立った。
子どもたちがわーっと拍手してテトすごーいと褒めてくれるので、テトはにゃっふーと自慢げな顔だ。翼をばっさばっさしてサービスしている。うちの翼を授かりし猫、かっこいいからね! 契約主として僕もドヤ顔になるってなものである。
「おお、これが蔵か」
地面に降り立ったイオくんは、早速目の前の蔵に視線を移して興味深そうだ。……都会に蔵って珍しいもんなあ。僕は祖父母の家にあったから知ってるし、中に入ったこともあるけど、イオくんはもしかして初見かもしれない。
「イオくん蔵って見たことある?」
「資料では」
「なるほど、じゃあ中に入るのは初めてだね!」
「入っていいのかこれ」
心配そうな顔をするイオくんである。大丈夫……だよね? と僕もハクトくんに視線を移してみる。
そんな僕達の視線を、どう受け取ったのか。ハクトくんは木製の大きな扉の左下のほうに向かった。板を打ち付けているようにみえるけど、どうやら実際に釘は打ち込まれてないようで、その板をひょいっとどかしてしまう。
「これ、はずれてるのないしょだぞ!」
「えー、すごい。ここから入るんだ、わくわくするね!」
「だろ!」
得意げなハクトくんが先頭で子どもたちがそれに続く。テトもわーいって感じで先に入っていった。その次を僕、最後がイオくん。さっきの壁の穴よりは大きいから、ちょっと這う感じになるけど問題なく入れる。……中は真っ暗だ。
「あ、あかりもってくるのわすれた」
「ハクトくん、僕明かり出せるよ。【ライト】、【拡大】」
中がどんな感じなのか気になったので、僕が明かりを出す。<原初の魔法>で【拡大】すると、明るさが落ちる代わりに明るくなる範囲が増えるので結構こういうとき便利だ。全体的に間接照明っぽい穏やかな光に浮かび上がった蔵の中は……。
「物置?」
「物置だな」
「ここいろいろあるんだ! こっちびーだま!」
「こっちにおちゃわんあるよ」
思いの外狭いスペースには、木箱が並んでいる。ツバキちゃんが見せてくれた「おちゃわん」は木製で、ここに住んでいた人たちが使ってたものかな? ざっと見た感じ、高価なものとかは無いみたいなのでちょっと安心。不要なものを詰め込んでいる感じなので、子どもたちがおもちゃにしても問題なさそうだ。
「なんでこんな狭いんだ? もっと奥行きあったよな」
不思議そうなイオくんに、答えたのは意外にもテトさん。
こっちとびらあるのー。
「お、名探偵テトさんが扉があるって言ってるよ」
「扉? これ石じゃねえのか」
不思議そうにイオくんが壁に近づくと、小さな窪みがそこにあるのを見つけて驚いたように「扉かこれ!」と声をあげる。じいちゃん家の蔵にも石で作った扉、あったんだよね。石だと隙間がなくてネズミが入りづらいとかなんとか?
「それ、おもくておれたちじゃあかないんだ。あけられるか?」
とハクトくん。ひらけないって言ってたのはこの扉のことだったのか。でもこれ……石だよね……。一応<鑑定>してみると……ア、ハイ。
「筋力40以上無いと開けられないそうですイオ先生」
「お、出番だな。任せろ」
イオがんばれー!
にゃにゃーっと応援するテトに手を振って、イオくんは石の扉の窪みに手をかけた。そのままぐぐっと扉をスライドさせて……いやちょっと、待ってこれ、なんかとんでもない空気がするんだけど……!
扉を開けたイオくんも、中を覗き込んで「うわ」と声をあげる。
「ダンジョンじゃねえか!」
そう、中にあったのは魔力の渦のようなものと、トラベラー向けの説明ボードだったのであった。