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21日目:ホワイトシチューは最高なんだ。

いつも誤字報告ありがとうございます。

 とろっとろに煮込まれたお肉、口の中で溶けます。

「んー! えっ、すっごい柔らかい……すごいこれ、綿あめのようにすっと消える……!」

「めっちゃうまくいったな」

 おいしー! イオはヴェダルのつぎにすてきなりょうりにんなのー! しろいのおいしー!

 うにゃっ、にゃっ、にゃーん! と歓喜の声を上げるテトさんに、イオくんも「うまいか」と満足の顔である。

 村長さんに借りている客間で火を使う料理するのもどうかと思ったので、最初は庭を借りようと思ったんだけど、現在庭は超満員で借りることができなかった。そこで、ちょっと歩くけど炊事場に行ってみようとイオくんが提案してくれたので、現在共同の炊事場へやってきてる。

「私までご相伴に預かってしまって、悪いわねえ」

 と微笑むのは、「かまど番」を名乗るお婆さん、ナズナさんだ。たぶん、70歳は越えてると思う。見事な白髪で、ちょっと腰が曲がっていて、荒れた働き者の手をしているお婆さん。

 この炊事場にある、かまどの手入れをしている人なんだって。古い道具だから手入れを怠るとすぐに調子が悪くなるから、と毎日通っているとのことだよ。


 僕たちが炊事場に到着したとき、そこにはナズナさんが一人でかまどの火を調節していた。夕飯時なのに空いてるなあと思ったけど、村長さんが炎鳥さんの卵が庭にあることを里中に知らせて回っていて、みんな村長さんの家に見に行ってしまったのだそうだ。

「ナズナさんは行かないんですか?」

 と聞いてみると、

「私はイズモとお茶でも飲みながら、後でゆっくり見に行くから良いわ。あなた達、かまどを使いたいのかしら? 使い方は分かる?」

 とのお返事。イオくんが張り切って煮込み料理を作る旨を伝えたところ、丁寧に使い方を教えてくださったのである。なれない調理器具だから、先生がいるのはありがたいね。僕とテトはイオくんから「向こうで待ってろ」と言われて作業スペースに座っていたわけですが。

 でもナズナさんが腰を痛そうにさするのを見たので作ったよ、腰痛のお守り。ささやかだけどお礼に……と差し出したところ、すごく喜ばれた。めちゃくちゃ撫でられて「良い子ねえ!」と褒められました。

 ナツよいこー。

 とテトも褒めてくれたので僕は大満足だよ。ちょっと気恥ずかしいね!

 お札は……1個だけ★4を作ってあるけど、これはハンサさん用なので……。いやお札のほうが効果が長く続くのは分かってるんだけど、どうしてもシュール過ぎて作る気にならないんだよねこれ。めちゃくちゃ豪華な枠に囲まれた棒人間。……うん、ハンサさん専用にしよ。


 まあとにかくそんな感じで、イオくんがかまどでコトコト煮込んで作ってくれたハニーラビットのホワイトシチュー。かまどという調理器具が良いのか、イオくんの腕が良いのか、肉が良いのかわからないけど、とにかくめちゃくちゃ美味しい。

「はあ、やはりイオくんは天才料理人……」

「料理人じゃねえんだわ。フランスパンもっと食うか?」

「ありがとうございます!」

 ちょっと硬いパンをホワイトシチューに浸して食べるとまたじゅわっと美味しい。満足しか無いなこれ。僕の隣ではテトがちょっと深いお皿にシチューをもらって、一生懸命舐めている。相変わらずテトさんはうまうま言いながら食べてるようにしかみえないので、とてもかわいい。あ、ちゃんと適温にしました。

「お米とも合うのねえ」

 と感心しているナズナさんは、カレーのようにシチューをお米にかけて食べている。鬼人さんの里では、戦前からあまりパンは食べないのだそうだ。米は戦時中までは普通に食べられていたものなので、ナズナさんも喜んでくれた。

「最近はじゃがいもばっかり食べていたから、久しぶりのお米が嬉しいわあ」

 としみじみ。雷鳴さんが土地的にお米の栽培に向かないって言ってたから、昔は外から買ってたのかな。

「今度からはサンガから持ってこれますよ!」

「嬉しいわねえ。昔は、北の方にある別の鬼人の里から定期的に買っていたのよ」

「へえ、そうなんですね。……ちなみにそれってどのあたりでしょう?」

「ええと、確か……」


 ナズナさんが教えてくれたのは、ゴーラからヨンドへ向かう道沿いで、比較的ヨンドよりのところ。教えてもらうとすぐに、自分の白地図に★マークが出た。

「そこで米が作られていたんですね」

「そうよ、きちんと水田を作ってたくさん作っていたわ。ただ、戦争でどうなったのかまではよく分かっていないのよ」

「僕たち、ゴーラからヨンドへ向かう予定なので、そのついでに見に行きますね」

「ええ、そうね、きっと、それがいいわよねえ」

 ナズナさんは少しだけ寂しそうに何度か頷く。本音をいうと、その後どうなったんかはあんまり知りたくないのかな、って感じの表情だった。はっきりしないうちはみんな生きているかもしれない、と思っていられるけれど、もしも行ってみて全滅していたら……と考えてしまったのだろう。

 ということは、誰か大事な人が、その里に居たのかもしれない。

「……ごめんなさいねえ。この年になると、失うものばかりで怖いのよ。それでもトラベラーさんたちが来てくれて、道をつなげてくれて、一度失ったものがもしかしてもう一度戻って来るんじゃないかって話になったでしょう。……期待をするのと同時に、やっぱり怖いのねえ。改めてだめだったって言われたら、悲しいもの」

「いや、分かる気がする」

 口の中のものを咀嚼してから、イオくんが口を挟む。

「希望があるから絶望が辛いんだ。ただ、絶望を知っているからこそ希望が輝くのもある」

「まあ、哲学的ねえ」

 ナズナさんは感心したようにそう言って、大きく息を吐いた。この話はここで終わり、と区切るような仕草だ。


 流石にこれ以上根掘り葉掘りするのもな、と思ったので、僕は里のちびっこたちの名前を出して話をそらしておく。ハクトくんとキキョウちゃんとツバキちゃん、みんな良い子ですねーって感じに話を振ったら、ナズナさんは嬉しそうに微笑んでくれた。

「ツバキは私の孫なのよ」

 とのことだ。

「そうなんですか! そう言えば知的で穏やかな目元が似てるかも?」

「あら、嬉しいわ」

 孫を褒められて嬉しかったのであろうナズナさんは、流れで自分の家族のことを話してくれた。息子さん夫婦とツバキちゃんと4人で暮らしていて、お嫁さんは2人目を妊娠中なのだそう。ヒューマンならナズナさんくらいのお婆さんにはひ孫がいてもおかしくないけど、鬼人さんたちはヒューマンより少し寿命が長いから結婚ものんびりしている感じなんだって。

「息子は戦前は火山の麓で何か研究をしていたらしいのだけれど、今は農作物の品種改良なんかをしているのよ」

「おお、学者さん!」

 すごい、頭いい人だ! と僕が思っていると、イオくんがその話に食いついた。

「俺達は里が落ち着いたら火山を見に行く予定なんだが、紹介してもらうことはできるか?」

「あら、火山へ?」

 ナズナさんは驚いたような反応だけれども、そういえば当初の目的はそれだった。里の様子を見るのも大事だけど、僕たちがここに来た最大の理由は、火山へ行って聖獣さんがいたらご挨拶することだ。


 イチヤで出会った、病気の子ども、サームくん。

 彼の両親が会いに行ったという聖獣さんが、おそらくこの火山に住んでいるのではないかと思われる。サームくんのご両親が聖獣さんのところへたどり着けたかどうかは定かではないのだけれど、サンガからゴーラの間で消息を絶ったことは確実なので、もし何か形見になりそうな遺品があれば……というクエストだった。

 やみくもに探し回るより、まず聖獣さんに会ってお話ができたら、あわよくばヒントがもらえるのでは、という下心もありつつ、純粋に火山の竜ってきっとかっこいいよね! という好奇心もある。ほら、よくゲームで自分の属性を決めろ的な選択肢があるやつでさ、火属性ってたいていかっこいいってイメージない? 僕はある。あと火力が上がりそう。

 イオくんと昔遊んだゲームでも、キャラクターを作るとき自分の属性を決めるタイプのゲームがあって、火属性にすると火力が上がって演出がすごいかっこよかった。まあ僕は火属性は選ばないんだけれども。だって火属性って絶対前衛近距離攻撃じゃん、僕は遠距離攻撃やりたいので! そういうのはイオくんにお任せ!

 まあとにかく火竜は約束されたかっこよさのはずなので、是非お知り合いになりたい。


「あの山には聖獣さんが住んでいるかもしれないって聞いてて、えっと、僕は海竜さんに知り合いがいるので、ご挨拶したいんです」

 と付け足したのは、ナズナさんが困った様子だったからだ。多分、地元の人達にとって聖獣さんは大切な存在なんだろうし、他所の人に教えるのはためらいがあるんだろう。僕の言葉を聞いて、ナズナさんはホッとしたようだった。

「すでに聖獣様とお知り合いなのね。ええ、あの火山には戦前にはとても強い火竜様がいらしたのよ。でも、戦時中から見ていないから、今はどうしているのかしらねえ。結構なお年でしたもの、もしかして亡くなられているかも知れないわ」

「そうなんですか」

 聖獣さんにも寿命があるのか……などと考えてしまったのは、神獣さんたちが結構なお年だったことを知っているからだ。何百年と生きている神獣さんたちがピンピンしているわけだし……この場合ナズナさんのいう「結構なお年」って、まさか何千年にまでいくんだろうか。

「うちの息子は、聖獣様とは何度かお会いしているはずだから……そうねえ、火山に行くのならば知っておいたほうがいいこともあるでしょう。ナツさんたちは、私の家をご存知かしら?」

「あ、ツバキちゃんを送っていった家ですよね。高台の」

「ええ、息子は午後になると畑に出てしまうけれど、午前中なら家にいますから、いつでも来て頂戴」

 お、これは話を聞きに行くのOKの意味。お礼を言ってイオくんに視線を向けると、

「助かる。と言っても、明日はアサギを手伝うつもりだから、落ち着いてからになるが」

 とにこやかにお礼を言っていた。愛想よくできるじゃんねえ。でもそういえばイオくん、おじいちゃんおばあちゃんとは比較的気さくに話してるかも。やはり、精神年齢の近さ……いやそれは認めてはならない、なぜなら僕が精神年齢子どもになるので……っ!


 ナズナさんが家に戻るというので、イオくんは大きめの深皿にシチューをとり分けてナズナさんに渡した。野菜もお肉も入っているので、ご家族でどうぞというおすそ分けだ。炊事場ではそういうやり取りが頻繁にあるらしく、料理皿を運ぶための取っ手のついた籠が自由に使えるんだって。

 スライム素材のラップっぽいもので蓋をして渡したら、ナズナさんはとても喜んでくれて、お礼にとイモ類をもらった。じゃがいもと里芋だね。里芋って苦手な人も多いけど、僕は大好き。お味噌汁に入ってても美味しいし、天ぷらにしても美味しいし、おばあちゃんが昔よく作ってくれた煮っころがしがめっちゃ美味い。ほっくほくなのだ。

 さて、それじゃあ僕たちも村長さんの家に戻ろうか。

 ……と、美味しいものを食べて満足の気分でゆっくり歩いて帰ったわけなんだけど……まだ庭には大勢人がいるっぽい。うーん、人が次々やってきてひっきりなしだなあ。

「これ村長さんに挨拶も無理かな。先に休ませてもらっちゃおうか」

「仕方ないんじゃないか、炎鳥は人気が高いらしいし」

 ナツー、とりさんいつー?

「明後日かなあ。これから寝るから、朝起きたらおはよう言いに行こうねー」


 テトさんも周囲の空気に釣られたのか、そわそわが再開している。

 サンガで見た赤ひよこさんかわいかったから、僕も楽しみだけどね。テトはあのときひよこさんに褒めてもらって大満足してたから……もしかして今回も褒められ待ちなのだろうか。

 今回は2匹ともひよこさんだから、どうかな? でも、褒めてもらえるといいね、テト。

次の更新は9/17予定。

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