21日目:配信設定はばっちりなので!
「大好きな猫さんにすり寄られるという不測の事態に対して感情が高ぶってつい呼んでしまいましたが、普段はテトと呼び捨てにしていくつもりですので決してなっちゃんを不当に扱っているわけではありません」
「くっ、しっかりとした釈明をしてきたなアサギくん……!」
「大変申し訳ございませんでした!」
「許しましょう!」
許しました。
なんか釈然とはしない……しないけど別に侮られているというわけではないので……今回ばかりは……っ! 僕があまりにも悔しげな顔をしていたからか、テトさんが「どしたのー? げんきだしてー!」と寄り添ってくれました。うちの猫めちゃ優しいな……。
「なっちゃんは親しみやすいんだもんよ、才能だぞ、それ」
と言うアサギくんに、イオくんが無言で頷いている。割とよく言われるなあそれ。人畜無害に見えるとか親しみやすいとか、安全そうとか。何が安全なんだろうか。
「俺もなっちゃんくらいの親しみやすさがあったら今頃人気配信者だったはず。……あ、俺ゲーム内録画してるけど、2人とも配信設定デフォルト? 動画出てくれるんなら顔出しOKにしてくれると助かるけど、NGなら適当にいい感じのアバターに差し替えとく」
「え」
ゲーム内録画……? って何?
って顔をした僕を見て、イオくんが「配信設定はデフォルトだと配信しない・他人の配信に顔出ししない、の設定になってるから大丈夫だ」と情報を付け加えてくれた。あ、なるほど。アサギくんが配信者で、今のゲームプレイを録画してて、あとで編集して動画にするってことだね、把握。
「えっ、アサギくんもしかして有名人?」
「いやいやいや。俺は普段メインでやってるゲームもマイナーだし、そこまで知名度はないかなー。ただこのゲーム面白いからさ、配信はやっていくつもり」
「アナトラ布教動画ってことかあ」
「そうそう。なっちゃんたちも楽しんでるし、配信してみる気ない? やってみると結構楽しいぜー」
笑顔のアサギくんには悪いんだけど、僕たち配信者さんにあんまりいい思い出無いからなあ。アサギくんが良い人なのは分かってるけど、自分でやってみようって気にはなりそうにない。渋い顔した僕に変わって、イオくんが、
「そういうのはしない」
ときっぱり。
うんうん、配信で嫌な思いしてるのは僕じゃなくてイオくんの方だからね。
「やっぱだめか。ま、配信はハードル高いよなー、俺も最初の動画出すまでが一番葛藤があったし。今の法律だとアバターのベースを自分の顔から変えられないから、企業系以外で新規参入する人って少なくてさ。やっぱ身バレはやだ?」
「うーん、それだけじゃないけど、でもイオくんはリアルでもこのまんまだから、無理かな」
色を変えているから完全一致……ではないけど、知り合いが見たらすぐイオくんだって分かっちゃうくらい。美化もされてない……っていうかイオくんのどこをどうしたらこれ以上美化できるのかわかんないからなあ……。
というようなことをぼやくと、アサギくんは「マジか」って顔でイオくんを見ていた。マジだよ。
「ふぇー、こんな美術品みたいな美形いる? リアルこえー……」
「イオくんはイケメンだよ!」
「なんでナツが自慢げなんだ。……ナツはリアルだともうちょい大人しい感じに見える」
「僕大人しいじゃん!?」
「えっ」
「不思議そうな顔された!」
いや別に本気で言ったわけじゃないけども! まあ大人しくはないね。どちらかと言うと騒がしい……自覚はある!
「僕は今回がっつり色変えてるからバレない気がするけど、イオくんはリアル黒髪だから印象が変わらないんだよね。多少リアルの方がオシャレさんだけども……。でもそれでイオくんが身バレしたら、イオくんの周りをうろちょろしてる僕も連座でバレるからねー」
「別にナツにうろちょろされた覚えはないんだが……?」
そうだねえ、お互いに予定合わせて遊ぼう! ってやってるわけだから、僕が一方的にまとわりついているように言われるのは不本意だけど、なんでかイオくんの信者の人たちはそう思うらしいんだよねー。不思議だなー。まあそういう事言う人達はリアルでイオくんに話しかける勇気ない人が多いから、VRデバイス内でブラックリストに入れとけばそれでいいんだけど。
前にやったVRゲームのお陰でブラックリスト充実したから、多分アナトラではほとんど絡まれないんじゃないかな。
「あー、OK。じゃあかけ離れた公式アバター探して差し替えとくわ」
「よろしくー。あ、テトは? 色変える?」
テトしろいのがいいのー。
「テト白いままがいいって」
「じゃ、首輪だけ隠しとく? 俺が動画上げるときはそういう設定でやるから」
あ、それは助かる。羽付きのスカイランナーは珍しいけど、よく似ているフォレストウォーカーなら結構メジャーな契約獣さんらしいから、首輪変えとけば特定もされないだろうし。
「ライブはしないの?」
「先行体験の期間中はライブNGなんだー。動画ポータルもまだ公開されてないし。でも動画を編集して外部サイトにUPするのはOKだってさ」
アサギくんは嬉々として配信について色々教えてくれた。
アナトラみたいな時間経過がリアルより早いゲームは、普通の動画サイト経由でライブ配信すると視聴者さんのPCがバグるから禁止されてるんだって。だからVRゲームの方でライブ配信ができる動画サイトを用意することが一般的。同じ開発会社で時間経過設定が同じ複数のゲームが動画サイトを共有することは割とあるらしい。
で、アナトラを作っている会社は大手のゲーム開発会社の子会社らしいんだけど、その親会社はVRFPSゲームで有名な会社で、MMO系のゲームはアナトラが初めて。おそらくアナトラ公式サイトに専用の動画サイトができるだろう、とのこと。
「公式サイトで配信について確認すると、先行体験会中はライブ配信はできません、って表記なんだ。だから、本サービス開始と同時にライブ配信サービスも解禁になるだろうと予測してるんだよねー」
「へー」
昨今のVRゲーム配信者は、こういう専用動画サイトが乱立している関係上、複数の動画サイトのURLをチャンネルポータルっていう機能でまとめて表示している事が多い。そのポータルにアクセスすれば、全部の動画サイトに投稿されている動画やライブアーカイブが見られるってやつね。それで、今はここでライブしてるよ!って誘導してくれたりもするんだって。便利だねえ。
「アサギくんもう動画上げてる? めっちゃ他の人のゲームプレイ見たい」
「もうとっくに上がってるはずだったんだけどな! ゲーム楽しすぎて全然編集できてなくてさー。初日にこれはやばいと思ってちょっとお高い自動動画編集ソフト買っちゃったから、今リアルの方でオート編集中。今夜くらいから動画あげられる……はず!」
「おお、すっごい。AIが編集してくれるやつ? 結構なお値段するよね」
「マジで懐痛いけど、時間無いからなー。あ、なっちゃん見に来るんならフレンドメッセージにポータルのURL入れとくから、チャンネル登録よろしくおねがいしまーす!」
「お、やったー!」
これは嬉しい。プレイヤー毎に全然違うゲームになりそうだから、アサギくんがどういうルートたどってここまで来たのかすごく興味ある。それに、アナトラに限ってはネタバレが全然怖くないから安心して人のプレイ動画を見られるしね!
「あ、でも普段はレースゲームの実況ばっかだから、VRMMOの動画とかはアナトラ以外期待しないでくれよな!」
ウインク付きでそんなことを言ったアサギくんは、早速移設する予定の屋敷を確認して大工さんに指示を出してくる! と風のように去っていった。……なんかすごく生き生きしてるなあ。
普段はレースゲーム……全然違うジャンルのゲームをしている人が熱中するくらい楽しんでるってことは、それだけこのゲームが面白いってことだよね。良いことです。
「ナツ、テト。村長がいい感じの箱くれるってさ」
「えっ、いつの間に」
僕がアサギくんと話している間に、イオくんはイオくんで村長に交渉してテトの宝箱を探してくれていたらしい。さすがイオくん要領が良い。テトもこの言葉には大喜びである。
はこー! イオありがとー!
とぴょんぴょんして喜びを表現してから、イオくんにどーんと体当りしに行った。テトは僕が貧弱なことを理解しているのでふんわり接してくるけど、イオくんは頑丈だと分かっているので遠慮なくどかんとぶつかりに行くのである。あの体当たりを受けてもびくともしないイオくん、やっぱこれもHPの差なんだろうか……。
物理防御……っ、いやでもテトに体当りしてほしいからって物理防御にPP振るのはどうなのか……っ!
僕が葛藤している間に、村長さんが奥の部屋から一抱えある木箱を持ってきた。リアルで言うとみかん箱くらいの大きさで、オルゴールみたいに上蓋が開くタイプの木箱だ。頑丈そうな作りで、古そうだけど丁寧な彫刻が施してあって、ザ・宝箱って感じ。
「わあ、きれいな箱ですね」
すてきー!
テトはひと目で気に入ったようで、村長さんにまとわりついて「くれるの? くれるの?」と期待の眼差しを向けている。村長さんはちょっと苦笑してその箱を座卓の上に置いた。
「実は戦前からずっと儂の家で保管しておるんじゃが、中身について情報がなくてのう。トラベラーさんなら何か知っておるかもしれんし、一度見てもらおうかと思ったんじゃ」
「中身ですか?」
「うむ。まあ、中身は小さなものじゃから、この箱をテトに譲るのは問題無いぞい。ただ、もし中身について何か知っておったら教えてくれんかの」
「はあ、そういうことなら……」
どんな中身なんだろうか、と思っていると、村長さんは箱の蓋を開ける。中にはもこもこに綿が詰まっていて、その中央に一つの石が鎮座していた。
つるんと丸いフォルム。一見ただの石にしか見えないそれは、見覚えのあるものだ。
「卵石じゃん!」
思わず声を上げた僕に、村長さんは目を丸くした。
「なっちゃん、これが何か知っておるのか?」
「村長さん朝は普通にナツって呼んでくれたのに呼び方戻った! ……ってそれはいいとして、これは卵石です、ちょっと<鑑定>しますね」
えーっと、これは赤炎鳥さんのかな、青炎鳥さんのかな……? サンガでソウさんと知り合ったおかげなのか、<鑑定>するとすんなりと赤炎鳥の卵石、と結果に出てきた。赤! ということは。
「テト、ソウさんから預かった卵石出せる? この子とペアにならないかな?」
んとねー、ちょっとぎんみするのー。
確か、テトはソウさんの卵石を2つ預かっていたはず。そう思ってテトに話を振ってみると、テトは僕が差し出した卵石をじーっと見て、くんくん匂いを嗅いで、うむーっと考え込んだ。何を吟味してるんだろうか。
しかし、しばらく考え込んだ後、テトは呪文を唱えて自分の影をぽんっと前足で叩く。現れたのは、ソウさんの卵石。1つだけ取り出したらしい。
こっちー。
とテトが言うので、もしかして卵石にも相性とかあるのかな?
村長さんは、急に現れた2つ目の卵石に驚いたような顔をしている。そんな村長さんにこれが何かを説明する……前に、2つの卵石をそっと触れさせて見ると、手にしていた方の卵石がじんわりと熱を持った。あ、良かった、卵同士でも大丈夫なんだ。
「ナツ、庭にしろ。燃えるぞそれ」
「あっ、そう言えばソウさんたちのとき思いっきり炎吐いてた! 村長さん、どこか燃えてもいい場所……! あ、あそこの平らな庭石借りてもいいですか!」
「おお……? 構わんが、それは何なのじゃ?」
「卵石は、炎鳥さんの卵です!」
詳しい説明は後で、その前にこの卵を庭石の上に移してっと。本当は何か柔らかいものの上に置いてあげたいんだけど、枯れ葉とか探す前に、2つの卵石は触れ合ったところからみるみるうちに炎を上げた。赤と青の炎は、互いを包み込むように広がっていく。美しい炎のゆらぎは、そこにあるだけで周辺を浄化するかのように神秘的だ。
「……<鑑定>。えーっと、この炎が3日ほど続いて、それから炎鳥さんが生まれるそうです」
そう言いながら振り返った先の縁側で、村長さんはひざまずいて手を合わせていた。お、拝まれてる……! そういえば、炎鳥さんはこの世界でとても縁起の良い存在なんだっけ。
「あの、村長さん……」
庭石燃えていいですか、ってこの状況で口にしたら流石に空気読めないよね。どうしようかと迷っている僕に、村長さんはちょっとだけ涙ぐみながら、震える声でこう言った。
「長生きはするもんじゃの、なっちゃんよ。まさか人生でこれほどの奇跡を目の当たりにするとはのう……」
この世界の人たちにって、炎鳥は特別な存在。そんな反応にもなるのだろう。じっと炎を見つめ続ける村長さんに、僕にはもう、何も言えることはなかった。
 




