21日目:かつて、そこであったこと。
かつて、魔王軍には魔族と呼ばれる、ヒューマンに近い姿の種族がいた。
この世に呪いがあると知った時、その呪いを世界にばらまいていたのが魔族だと教わったので、当然、魔族とナルバン王国の人たちは敵対していたことになる。
彼らを姿だけで見分けるのは難しく、外見は顔色の悪いヒューマンにしか見えなかったという。
「魔族……敵と通じてたってこと?」
表情を固くして問いかけたユズキくんに、アヤメさんは「違うの」と首を振る。消え入りそうな細い声に怯えが見えたので、慌てて間に入った。
「ユズキくん落ち着いて、まず事情を聞いてから判断しないと。話し合いは大事だよ!」
特にユズキくんとアヤメさんは姉弟なんだから、勘違いとかですれ違ってほしくない。僕の両親もいつも、疑問や疑惑があったら話し合いで解決するべき、思い込みは良くないって言ってるし。これ本当に大事なことだよ。
そもそも、例え身内であっても、全く同じ思考回路の人間は存在しないのである。考え方が違う以上、自分が「こう考えている」と相手に伝えることは、人付き合いの上で大事なのだ。
「アヤメさん、それで、そのリィサさんって?」
「は、はい……っ」
僕が話を促すと、アヤメさんは少しだけホッとしたような顔をした。短い付き合いでも、彼女が話し下手だということはわかるし、こちらがちゃんと聞くという姿勢を見せることが大事だと思う。ねっ、テトさん? と視線で合図してみると、テトさんは仕事を任されたのだと判断したのか、目をキラキラさせてアヤメさんに寄り添った。
アヤメー、テトがついてるのー。あんしんするのー!
お、テトさんから自信満々の言葉が出た。でも、寄り添うぬくもりにはそれだけの力があるのだ。さすが家のテト、仕事できる猫! これにはイオくんもちょっと自慢げにもなるというもの。
アヤメさんも少し安心したのか、先程までよりは若干スムーズに話をしてくれた。僕が質問して流してみたり、イオくんが的確にまとめを入れたりしてくれたおかげで、アヤメさんの言いたいことは大体汲み取ることができたと思う。
昔、この里にやってきたリィサという女性は、確かに魔族だった。
里にやってきた目的も、ヒューマンに擬態して呪いのアイテムをばらまくことであったようだ。
ただ、彼女は里にやってきてから、積極的にそういった妨害工作のようなことをしなかった。その頃にはだいぶ戦況がはっきりしていて、魔王軍が明確に不利だったし、魔族という種族も魔王軍のなかで良い扱いではなかったそうで。だから彼女としては、どうせ魔王が負けるのだから、自分がなにもしなくても問題ないと思っていたのだという。
魔族は、魔王の魔力から作られる生命体なのだそうで、人類のように両親が居て子どもができる、って感じではないんだって。魔王が魔力を込めて卵を作る感じで生まれてくるから、いくらでも量産できるし、だからこそ使い捨てに近い扱いをされていたんだとか。
魔族は知略に長けた種族であるらしいんだけど、それが故に謀反を恐れた魔王は魔族をあまり強くならないように調節していたという話もあったそうだ。闇が深い。これ、プレイヤーが住人と協力して魔王を倒そう! みたいなゲームだったらかなりどろどろしたゲーム内容になってそうだなあ。
最近流行ってるVRMMO系のRPG、ダークな話が多いから、その路線でアナトラを売り出してたら、多分今よりプレイヤー注目度は低かった気がする。同じようなゲーム結構出てるし、そもそも同じジャンルで覇権取ってるゲームが完全にダークファンタジーだから、差別化が難しい。だったら有名な方でいいじゃん、ってなっちゃうよね結局。
「魔王が死んだら、魔族も消滅するんだって、リィサちゃんは言ってましたぁ……」
「ということは、今はもう魔族さんは居ないってこと?」
「その、一部の方々は、魔族という種族から解放されるために、色々研究してたって……、だから、もしかしたら、そういうのに成功した元魔族さんなら、いるのかも……しれないですぅ……」
アヤメさんは自信なさそうにそんなことを言った。まあ、もしかしたらそういう人たちもいるのかなあ。でもいまのところ存在は確認できてないし、一旦「魔族はもういない」ってことにしておこう。
アヤメさんも当時は子どもだったので全部はっきり覚えている訳では無いらしいんだけど、リィサさんはこの里で与えられた任務に当たっている、と見せかけつつ、普通に隠れ暮らして、魔王が負けるのを待っていた。その中でトウヒさんと出会い、恋に落ち、将来を真剣に考えるようになったのだとか。
「でも、リィサちゃんは先が無いから、って……」
魔王が死ねば自分も消える運命にある。しかもその時はさほど遠くない。だから、恋人のプロポーズに答えることはできない……リィサさんとしても苦渋の決断だっただろう。それでも愛した人に誠実でいたいと、ある日トウヒさんとアヤメさんだけにそれを打ち明けたリィサさんは、「戦おうと思うの」と2人に告げた。
「短い間だけしか一緒にいられない、けど。それでも、トウヒ兄さんと、ほんの僅かな間だけでも、家族になりたいって、言って、くれてぇ……」
でも、魔王軍の所属であるリィサさんには、監視役がついていた。何日かに1度顔を出して任務の進捗を確認するまとめ役の魔族がいたのだ。この里と、サンガと、他のいくつかのはぐれ里を兼任して、あっちこっち飛び回っていたらしい。魔族は魔族同士、なんとなく気配を察することができたというので、その監視役の目をかいくぐるのは難しいことだったようだ。
だから、監視役と戦おうと思う、と。
リィサはそう言って、2人に理解を求めた。
「トウヒ兄さんは、最後まで、反対したんですぅ。リィサちゃんが、危険だからって。せめて、誰か助っ人がいないと……って」
けれども、里の人間にリィサさんの正体を明かすことはリスクが高すぎた。よほど信頼できる相手、冷静に事情を説明して納得してくれるような相手でなければ、流石に敵側の所属である彼女の味方にはなってくれないだろう。当然トウヒさんはリィサさんの味方に付くとして、腕っぷしが強いわけではなかったトウヒさんだけでは、戦闘では役に立たない。アヤメさんはそのころまだ子どもだったし、両親も亡くなっている。
兄妹が迷っている間に、覚悟を決めてしまったリィサさんは行方不明になった。そして、トウヒさんは彼女を必死に探して、探して……。
「多分、ここで、見つけたんですねぇ……」
沈んだ声でアヤメさんは言う。この丁寧な墓標を作ったのが、トウヒさんであると確信しているようだ。そこまで言ったアヤメさんは、テトにぎゅっと抱きついて大きく息を吐いた。
だいじょぶー?
にゃー、と労るようなテトの鳴き声が響く。ユズキくんは何を言えばいいのかわからないって顔でアヤメさんと墓石を何度も交互に見つめて、口を開いたり閉じたりした。ユズキくんからしてみれば覚えてないくらい子どもだった頃の出来事だし、どんな反応したらいいのかわかんないよねえ。
「……壁に補修の跡があるし、あの辺は塞がれてるな。トウヒは、こんな墓標を作るくらいだし、手先が器用だったのか?」
重苦しい空気の中、イオくんが問う。リィサさんのお墓の後ろの壁には、確かに木板を打ち付けて塞いだ跡があった。
「はい、器用な、人でしたよぅ……。そこは、昔はたしか、扉があって……そっちの部屋は、地下水を引いてた魔道具があったはず、ですぅ」
「地下水か。確認してもいいか?」
「は、はい……」
頷くアヤメさん。イオくんは2、3歩ステップを入れてから塞がれていた木板を思いっきり蹴っ飛ばして……ぶち抜いた。
いやぶち抜いたらだめでしょうが! ここ! アヤメさん家の施設!!
やり方! 他になんかあったでしょ! と思った僕である。
イオすごーい。
とテトは楽しそうだけれども。そういう問題じゃないんだよテト、器物損壊は良くないよ! イオくんも何事もなかったかのように平然と「ナツ、【ライト】くれ」じゃないから!
「破壊は! 破壊は良くない!」
「早いだろ」
「そういう問題でもないよ!? アヤメさん、ごめんね家のバーサーカーが!」
「い、いえ、はい……」
ほらー、アヤメさんあっけにとられてるじゃんー。ユズキくんも顔が引きつってるよ……。そんな空気にようやく気づいたらしいイオくん、軽く咳払いをして、
「ユズキ、気になることがあるんだろう。俺達はこっちの部屋を確認しておくから、その間にアヤメときちんと話をしておけ」
と話を変えた。
……当然こうするつもりでしたが? みたいな顔をしてるけど、イオくんだからそういう意図だったのかーと納得しそうになるけど、絶対今の言葉後付だな? ただただ軽い気持ちで「よしぶち破るかー」って蹴り飛ばして、僕がアヤメさんに謝ってるところ見て「やべ、人様の持ち物だった」って気づいたやつだ。
これだからスマートヤンキーは……! 頭いいくせに、なんでこういうところだけIQ下がるんだろうイオくん……! いやフォローも上手いから結果ノーダメージなんだけどさぁ!
「ユズキ……」
「そうですね、ちょっと、お言葉に甘えて……。姉ちゃんちょっと向こうのベンチ行こう」
案の定、ハッとしたような顔をしたユズキくんは、イオくんの気遣いに感謝しつつアヤメさんを最初の待合室のような部屋へと促した。家庭内の話し合い、じっくりして欲しい。それはそれとしてイオくんはもう少し自重して欲しい。
「イオくーん……?」
「いや、悪かったってマジで」
視線を泳がすイオくん、そこそこレアなんだけど、僕は割と見る機会がある。今回はイオくんの蹴り飛ばした木板が結構劣化していたし、この施設をまた使うならどのみち手入れが必要だろうからこの程度だけど、人様の持っている施設で暴れるのはよろしく無い。そこんとこしっかり反省して!
「反射的に……」
「イオくん反射的に足出るの良くないよ! リアルでもよくポケットに両手突っ込んだまま足で扉押したりするでしょ」
「いや、うん、気をつける、気をつけるから……」
「しっかり約束して!」
「今後、人様の持ち家で勝手に破壊行為はしません!」
「よろしい!」
年に3回くらいは僕がイオくんに反省を促すこともあります。
うむ、と頷いた僕に、テトがなんかきらきらの視線を向けて「ナツつよーい!」って喜んでるんだけど……。これはあれかな、テト的にイオくんのほうが強いと思っていたところに僕がビシッと言ったから見直されてるのかな……?
テトさんも覚えておくんだよ、人様のお家や、人様が管理している場所で暴れるとご迷惑だからね。だめだよってイオくんに言ってあげてー。
と、神妙な顔でテトにも一応伝えると、テトはふむふむって頷いてから、イオくんの額に前足をぽむっと当てた。肉球スタンプ押してる……。
すごいけど、だめなのー。
「……なんて言ってるのかわからんが、多分ダメ出しだなこれは……」
「すごいけどだめだよって。テトは賢いねー」
「いや、マジで気をつける」
テトに叱られたイオくんは地味にショックを受けた顔をした。でも肉球スタンプは嬉しいようで複雑な表情である。
さて、気を取り直して行こう、次の部屋へ。
「【ライト】」
ぺいっと光源を部屋の中に放り込んで、まずは入口から中の様子を伺う。その部屋は、お湯が溢れていたこっち側の部屋とさほど変わらない作りだった。しかしながら、そこかしこにえぐれている地面があったりだとか、焼け焦げた跡があったりだとか、壁に傷跡っぽいのも残されている。
「……戦ったのってこの部屋かな」
「だろうな。……敵はいない、けど……」
イオくんが微妙に眉間にシワを寄せたので、僕も部屋を見渡して……アクティブスキルの<罠感知>がぴこっと反応するのを確認。
「なんかあるね。えーっと……あの辺の地面かな」
「掘り起こそう。さて、何が出るかな」
なんだろうね。でもなんか、あんまり良いものじゃなさそうだよイオくん。




