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21日目:温泉への道、一時中断。

いつも誤字脱字報告ありがとうございます。


 照らし出された隣の室内は、たっぷりとお湯に浸かっている。

 長方形の部屋の、左側手前にあるのが貯水槽だろうか。おそらく大部分が地中に埋まっていて、一部が地上に出ている形だ。壁になにか穴を塞いだような跡があることから、ここでお湯と水を混ぜて温度を下げていたものと推測される。

 地表に出ている貯水槽の一部には亀裂が入っていて、そこから室内にどんどんお湯が漏れているのがわかった。おそらくはこれも、何年もこの状態のままで放置されていたのかな。

 室内に溜まっているお湯は、今は30センチから40センチくらい。隣室に向かって右手の方向に排水溝か何かがあるらしく、お湯は渦を巻いてそちらの方に流れていく。穴が空いているだけかもしれないけど、とにかく右側にお湯がどんどん流れていくから、おそらく河原がそっちの方向にあるんだろう。

「……あ」

 ふと、アヤメさんの頼りない声がこぼれ落ちる。


 お湯びたしの隣室の、まっすぐ奥の方だ。

 多分、トラベラーは説明されないとそれがお墓だとは思わないだろう。丁寧に磨かれた、円柱の石が直立しているだけの、なにかのオブジェかなと勘違いしてしまいそうな光景。

 僕たちがそれをお墓だと察することができたのは、サンガで実際に墓地を見ているからだ。偶然知っていただけだけど、墓だと知ってしまったからにはそのまま無視をする気にはなれなかった。


 この世界の墓標は、円柱の石だ。切り出した石を円柱の形に整えるのは、故人の親族や親しい友人たちが丁寧に行う。この円柱の形は、亡くなった人たちが迷わず川へたどり着けるよう、道標の役割を担うのだという。この話は炎鳥の話を聞いた時、シスイさんがパーティーメンバーが住人さんから聞いた話として教えてくれた。多分、博士さんかな、知識を知ろうとする人っぽかったし。

 その話を聞いた時、ラリーさんの図書館の隣の土地が円柱で埋め尽くされていたのを思い出した。最初にあそこに行った時は、「サンガ復興記念霊園」という看板を読んでただ墓地なんだなと理解しただけだったけれど、今にして思えば、もう少し詳しく話を聞いておけば良かったと思う。

 墓標の形がリアルと異なるのも、ゲーム内の話だし、と深く考えてなかった。炎鳥さんだって、すべての死者に向き合えるわけじゃないのに。

 こうして、まっすぐに対峙してみると。

 本当にお墓なんだな、と思う。特有の雰囲気というか、空気が感じられる。お湯に飲み込まれないようにという配慮なのか、台座のようなものの上に設置されていて、囲いが施されていた。問題は、誰がこれを作ったのか、そして、誰を弔っているのか、だ。


「……魔道具、止めて、来ますぅ……」

 ささやくような声でそう言ったアヤメさんは、小走りで今もお湯を汲み上げている魔道具に駆け寄った。ユズキくんは迷うようにそんなアヤメさんの後ろ姿を見て、視線をもう一度お墓に戻す。

 何度も何かを口にしようとして、言葉を飲み込んでいるのがわかる。テトが心配するようにユズキくんにそっと寄り添ってくれた。家のテトさん、優しいな。

「ナツ、このお湯どうにかできるか」

「……熱いよね。それに、こんなにたっぷりあると水圧で扉も開かないかも」

「蒸発させるとか……は、だめか。水蒸気爆発とか目も当てられん」

「怖いこと言わないでよイオくん。頭いいな!?」

 そんなすぐ水蒸気爆発なんて単語出てくるものなの?? イオくんが色々知ってるだけでしょ絶対。えー、でも困ったな、水分を蒸発させられないとなると、他にこのお湯を一気に無くす方法ってあるかな……。

 背後で、ずっと動き続けていたポンプの音が消えた。アヤメさんが魔道具を停止させたのだろう。ぱたぱたと戻って来る足音を聞きながら、ちょっと苦しいかもだけど、とある方法を思いついた僕、割と賢いかもしれない。誰も言ってくれないので自分で言います。


「ユーグくん、まずはこのお湯全体を……【冷却】」

 イメージは温かい飲み物を氷のたっぷりはいったカップに注ぐ感じ。一旦冷たくしないと、お湯をどうにかできたとしても地面とかが熱いままになるかもしれないからね。……あ、わりとMP取られたな。隣室全体で範囲が広いから、【冷却】するのも大変ってことなのかも。

 <原初の呪文>はやりたいことによって減少するMP量が変わるんだよね。コップ1杯のお湯を【冷却】するくらいならMP1くらいでやってくれるんだけど、範囲が広くなったからかMP30くらい今消費した。ユーグくんが攻撃魔法以外を使う時にMP軽減するスキル覚えてて、しかも<原初の呪文>は自然界にある自然の魔力を使って半分補ってくれるのに、この消費量。相当お湯が熱かったのかも。

「扉、開けますか?」

 こわばった表情のままでユズキくんが問いかける。それに「ちょっと待って」とストップをかけて、もう一度ユーグくんを構えた。イメージ、大事なのはイメージなのだ。

 いいねユーグくん、砂に水を撒いたときのあの感じだよ。瞬く間に水が下に落ちていって、表面は少し湿るくらいで上に水が貯まることはない。ああいう感じでしみていくんだ。

「……いくよ。【浸透】」

 唱えた瞬間、またしてもMPがごっそりと消えた。


 蒸発が駄目なら、染み込ませてまた地面に戻せばいいと思ったんだよね。この管理室は床に板を張ってないみたいだったから、隣室も地面は同じく土だろう。それなら土に染み込ませる事ができれば……と。

 思ったんだけど地面を砂にせよとは言ってない! 言ってないよユーグくん! それはちょっと違うのでは!!!

 土を砂に変えてそこに水分を浸透させただと……! いやわかってたけど<原初の呪文>めちゃくちゃ自由度たっかい。でもこれだと砂がぐっちゃぐちゃだよユーグくん……! 歩けない地面だな、ちょっと待って今MPポーション飲んで、っと。

「ナツ大丈夫か?」

 イオくんが心配してくれている。僕の親友優しい。

「MP思ってたより減っただけ、大丈夫! 最後、【ドライ】で……!」

 これならMP消費量は一定なので安心。<風魔法>のドライ、こんなところで使うとは思わなかったけど、これなら何でも乾かすから土だって乾くはず。流石に乾かす範囲は僕の前方のみだけど、歩ければ良いので。

「OK、扉開けても大丈夫! 多分!」

「多分かよ」

 そこは言い切れ、と軽く笑ったイオくんが、隣室へと続く扉を開けた。


 まず押し寄せてきたのは、熱くて湿った空気。でも最初に【冷却】したおかげで耐えられないほどではなかった。真夏の雨が降る直前の空気くらいかな。僕が【ライト】をいくつか追加する間に、アヤメさんがお墓の前まで駆けていって、そのすぐ後ろをユズキくんが追う。

 ナツー、アヤメとユズキ、かなしいのー?

 ピリっとした緊張感を感じ取ったのか、テトはそわそわしている。そのまますり寄ってくるので、「大丈夫だよー」と撫でて落ち着かせた。正直わかんないけど。でもまだトウヒさんが関係してるって決まったわけじゃないし。ここは敢えて空気読まない方がいいかもしれないな。

「アヤメさん」

 声をかけてみると、放心したようにお墓を見つめていたアヤメさんが顔を上げる。お墓のある場所が少し高くなっていたのは、石材を積み上げていたからだということがわかった。円柱を立てているところにだけ土を入れているらしく、こんなところに作られたにしては、かなり丁寧な台座だった。

「その、お墓は……?」

 どんなふうに聞けばいいのか迷ってそこで言葉を切った僕に、アヤメさんはかすれた声で答える。

「リィサちゃん、の」

「リィサ、さん?」

「リィサちゃんのお墓、でしたぁ……」

 円柱の石の、上の面、円形の平らなところに刻んである言葉が、おそらく名前だ。こちらの世界の文字は、僕たちの世界で言うところのエジプト文字みたいな、絵に近いものに見えるんだけど、それらも全て自動翻訳で脳内に入ってくるので、なんて刻まれているのかすぐわかる。


『最愛の人、リィサ』


 これ、作ったのって、もしかして。

「姉ちゃん、リィサさんって誰?」

 ユズキくんが問いかける。彼は終戦の年に5歳、お兄さんの事もよく覚えていないと言っていた。そのリィサさんという人とも、もし会っていたとしても、覚えてはいないだろう。

 アヤメさんは少し迷ったように視線を彷徨わせて、息を吸って、吐いた。

「リィサちゃんは、ほんとなら……私たちのお姉さんになってた人、だよぅ。トウヒ兄さんの、お嫁さんに……なるはずだった」

 そこで一度言葉を切って、アヤメさんはもう一度お墓に視線を向けた。そこに丁寧に刻まれた名前をなぞるようにそっと指で触れる。

「……やっぱり、戦ってたんだ」

 つぶやきは、詳しい事情を知っている人の言葉に思える。やっぱり、ということは、少なくとも予測はできていたんだろう。


 人様の事情を根掘り葉掘り聞くのは、本当は好きじゃないけど。

 アヤメさんは聞かないと教えてくれないだろうし、そこまで言われると気になるし。ちらっとイオくんにお伺いを立ててみると、イオくんも頷いたので、これは聞けという意味だろう。うーん、絶対しんどい話だ。でも、知らないよりは知っていたい。

「アヤメさん、何があったのか、知っているなら少し教えてもらってもいい?」

 僕たちは赤の他人だけど、もし教えてもらえるのなら。そう思って問いかけると、アヤメさんは大きく息を吐いた。

「……その。私達も、トウヒ兄さんも、裏切り者とかじゃ、ないんですぅ……」

「裏切り?」

 なんだか予想外の単語が飛び出したので思わず聞き返すと、アヤメさんはちょっと体を縮こませる。なんだかよくわからないけど、それだけで結構訳ありな話だというのはわかった。

「……僕もイオくんもトラベラーだから、客観的に見られると思うよ」

「そ、そっか……。うん、はい。ユズキにも、いつかは……話そうと思っていた、のでぇ……」

 胸の前で両手を握りしめて、アヤメさんの視線はもう一度お墓に戻った。心配そうにその様子を見ていたユズキくんが、そっとアヤメさんの背に手を回す。落ち着けるように背を撫でるぎこちない仕草には、家族をいたわる愛情が込められている。そのぬくもりに勇気をもらったように、アヤメさんは再び顔を上げた。


「リィサちゃんは、リィサちゃんは魔族、だったんですぅ……。でも、良い魔族でした、ほんとに、良い魔族だったんですぅ、信じてください……っ」

ちょっと台風のあれやこれやで次回更新は9/2になると思います。

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