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21日目:温泉への道、二歩目!

「ユズキにーちゃんは、オレたちともあそんでくれるし、いいやつだぞ」

 とにこにこしながらハクトくんが案内してくれたのは、南西方向だった。

 門よりさらに南、この辺にくると長屋ではなくて、古いけれども昔ながらの民家が建ち並んでいる。高台の方にある家はお屋敷という感じだけど、この辺にあるのはファミリー向けって感じ。ハクトくんのお家もこの近くらしい。

「ここ! あかまつ!」

 とハクトくんが教えてくれた家は川沿いの一軒家。はっきり言っちゃうと結構ボロいけど、丁寧に手入れしている感じはあるね。広めの庭には大きな松の木がどーんと立っているから、確かに特徴的かも?

 魔道具のチャイムみたいなのがあるかと思った僕の目の前で、ハクトくんが意気揚々と門扉を押し開けた。鍵かかってないのか! と驚いてる間に「ユズキにーちゃーん!」と大声で呼びかけるハクトくん。……田舎のおじいちゃん家がこんな感じだったかも。鍵とか基本かかってなくて、近所の人達が普通に玄関から入ってくる。時々外出から帰ると玄関先に野菜置いてあったりして、おじいちゃんたちも普通に受け取ったりしてたっけなあ。


「あ、ハクトくん」

「アヤメねーちゃんおはよ! ……あ、ねーちゃんでもいいのか! トラベラーさんつれてきたぞ」

「ええっ!?」

 たたたっと庭先に入ったハクトくんは、小さなため池で根菜を洗っていた女性に意気揚々と話しかけている。村長さんがこの家は姉弟の2人暮らしだって言ってたから、ユズキくんっていうのが弟で、こちらのアヤメさんっていうのがお姉さんだね。

「おはようございます、突然すみません。僕はトラベラーのナツ、こっちが親友のイオくんで、この猫が僕の契約獣のテトです」

 第一印象は大事だから、元気にご挨拶して名前を名乗った僕に、女性は明らかにうろたえながら、

「あ、あ、アヤメ、ですぅ」

 と小さな声で答えた。……あがり症の人かもしれない。でもイオくんみたいに黙っちゃうよりは喋ってくれるだけ優しい。

「ああああの、そ、それでどのような、ご用件で……?」

 アヤメさんは鬼人さんらしい黒髪をおかっぱより少し長いくらいまで伸ばし、それを一つにくくっている。前髪を長めにしてうつむきがちで、あんまり人と視線を合わせたくない感じが伝わってきた。

「こちらのお家が昔、湯屋をやっていたと聞いたので、お話を伺いに来ました」

「ひぃ! た、確かに私の家は昔、そ、そんなことをやって、ました、けど今は全然、全然なんですぅ!」

「ねーちゃんおちつけよー」

 ハクトくんがアヤメさんの背中をぽんぽん叩いて落ち着けようとしている……。いや本当に落ち着いて欲しい、僕こんなに人畜無害なのに。普段ここまで警戒されること皆無だからなんか新鮮だけれども。


 どしたのー? なでるとおちつくよー?

 心配したのかテトもアヤメさんの前にてててっと歩み寄って、すりすりしている。しかしアヤメさんはテトの魅惑の毛並みにも「ぴぃ!」と奇声を発して硬直してしまった。手強いな……!

 どうしたものかと思っていると、家の玄関が開いて中からひょいと青年が一人顔を出した。利発そうな男性で、右目の下に泣きぼくろがあるのが特徴だ。

「姉ちゃん、俺が対応するから」

「ユズキぃ!」

 あ、アヤメさんが青年の後ろに隠れた。いじめてるわけじゃないんだけど、なんか申し訳ない気持ちになるなあ。機敏な動きでアヤメさんが家の中に駆け込んで、その場に残されたユズキくんがこっちを見る。僕たちより少し年下……に見えるかな? 自己紹介しようとした僕より先に、ハクトくんが張り切って前に出た。

「ユズキにーちゃん、オレのともだち! ナツと、イオと、テトだぞ」

「ハクトくんに先を越された! ナツです、おはようございます」

「イオだ」

 テトだよー。アヤメだいじょうぶー?

「おお……、ユズキです。すみませんね姉が、人見知りでして、大勢いたから驚いたみたいです」

 ぱち、と大きく瞬きをしたユズキくんは、ハクトくんにまずしゃがんで目を合わせる。

「ハクト、悪いけど姉ちゃんと遊んでてくれるか?」

「わかった! アヤメねーちゃんしらないひとにがてなのか? オレごめんってしてくる」

 おお、すぐ謝れるハクトくんめっちゃえらい。子供は少なからず誰しも自己中心的なところあるけど、ハクトくんは小さいながらもお兄ちゃんなんだなって思える言動が多いなあ。周りをよく見てる感じがするというか。


 ハクトくんが家の中に駆け込んで、「アヤメねーちゃーん」と呼びかけている声を背後に、ユズキくんは改めて僕たちに向き直った。そんなユズキくんに、テトさんがすすすっと寄っていって、「なでる? なでる?」と期待の眼差しをしている。モモカさんに撫でてもらったのでまた自信が戻ってきたのかなあ。

「うわ、でか。契約獣って言ってましたっけ?」

 突然ぴとっと身を寄せてきた巨大猫に、驚くユズキくんである。

「テトはものを運ぶのが得意な契約獣だよ。人に撫でられるのが好きなんだ、猫が苦手じゃなければ撫でてあげて」

「あ、はい。……おお……」

 にゃふー。

 恐る恐る撫でるユズキくんに、満足げな顔をするテトさんである。ユズキくんが驚いているのは、テトの毛並みの柔らかさにだろうか。ふふ、僕が昨日の夜もブラッシングしたので当然だね! と自慢に思っていると、イオくんが隣で呆れた顔をしているのであった。

「あのー、村長さんにこの家が昔湯屋をやってたって聞いてきたんだけど、湯元の管理は今もやってるのかとか、教えてもらえるかな?」

「湯屋ですか。そう言えばそんな話聞いたことありますね」

 ユズキくんは僕の問いかけに、あんまり興味なさそうな感じで答える。詳しく知らないのかな?


「一応俺が家長ってことになってるんですけど、家のことは姉ちゃんのほうが詳しくて。俺終戦の頃にはまだ5、6歳だったんで、全然昔のこと覚えてないんですよ」

 申し訳無さそうに言われたけど、となるとユズキくんは今15~16歳くらいか。アヤメさんはおいくつなんだろうか。でも女性に年齢を聞くのはすごく失礼なことだってお母さんが言ってたから、僕にはそれを問いかける勇気はない。

「そうなんだ。村長さんは、ご両親から何か聞いてるだろうって言ってたけど……」

「俺はその湯元の管理をしている部屋っていうのに行ったことないんで、今どうなってるのかまではわからないです。姉ちゃんなら多分知ってると思うけど……」

 ユズキくんは家を振り返って、そろそろいいかな、とつぶやいた。それから僕たちに中に入るように促す。

「そろそろ姉ちゃんも落ち着いたと思うんで。不意打ちに弱いんですよ、1人ならあそこまで混乱しなかったと思うんですけど、知らない顔が3人もいたから許容範囲を越えたんだと思います」

「え、大丈夫? テトも計算に入れるんだ、ホームに戻そうか?」

 いやー。ナツといっしょにいるのー!

 一応提案してみたけど、テトがにゃあにゃあと抗議の声を上げつつ僕に思いっきりすり寄ってきたので、テトはよっぽどホームに戻りたくない様子。それを見てユズキくんもちょっと笑った。

「あはは、大丈夫ですよ、2回目ならだいぶマシだと思うんで。ハクトも一緒だし」

「ハクトくん、小さいのに頼りになるねえ」

「あいつはでかい男になりますよ多分。今も肝が据わってますしね」


 そんな話をしながらユズキくんはどうぞと促してくれたので、遠慮なく家に上がらせてもらう。そう言えば鬼人さんの里では当然のように玄関で靴を脱ぐので、僕たち日本人にとってはかなり落ち着く作りだ。畳だし。

 居間に案内されると、アヤメさんはハクトくんにねだられてあやとりをしているところだった。僕たちが部屋に入るとまた一瞬体を硬直させたものの、ユズキくんの言っていたようにさっきよりはだいぶ平気そうな感じ。

「あ、あの、さっきはすみません」

 と頭を下げてくれる。

「いえいえ、こちらこそ急に大人数で押しかけてすみません」

「私、頭が真っ白になっちゃって、本当に、申し訳ないですぅ……」

「そういうこともありますよねー」

 僕無害ですよー、警戒しなくて大丈夫ですよーというアピールを兼ねてにこやかにしている僕である。鬼人さんたちは筋力と俊敏が上がりやすい種族なので、鬼人さんがその気になれば僕なんて一発でKOできるからね! なんなら多分魔法使わず戦ったらハクトくんにも負けるね僕は。自信あるよそこは。なので怖くないですよー!


「姉さん、温泉の管理室入ったことある? そのことを聞きに来たんだって」

「あ、えっと。地下の?」

「多分。俺は入ったことないけど、姉さんあるかなと思って」

「小さい頃だけど、あるよ。トウヒ兄さんと一緒に、戦時中も何回か……」

 あれ、村長さんは姉弟で暮らしてるって言ってたけど、更に上のお兄さんがいるのかな。結婚して家を出ているか、戦争で亡くなったか、他の街に移り住んでいるという事もありえるか。

 アヤメさんは僕たちの方に視線を向けて、大きく深呼吸してから話し始める。

「えっと、地下から温泉を汲み上げるのは、ま、魔道具が、やってましてぇ……。ただ、その、戦後はそれどころじゃなかったので、い、今も、動くかまでは……」

 わからないですぅ、と消え入りそうな小さな声が続ける。アヤメさんの話し方なんだろうけど、語尾が消えそうな感じでちょっと聞き取りづらい。

「じゃあ、アヤメさんも戦後はその魔道具を見に行ったりはしてないんですね」

「す、すみません……」

「いえいえ、責めているわけではなくて。えーっと、イオくん!」

「おう」

 上手い説明の仕方がわからないのでイオくんに話を投げると、さっきからずっと黙っていたイオくんも流石に重い腰を上げた。

「この里の名前が湯の里になったのは知っているかと思うが」

 と切り出してから、イオくんは淀みなく流れるように温泉を観光産業の目玉としたい旨の説明を始めた。そりゃもう見事なプレゼンである。頭の回転の早い人が説明も上手い、はっきりわかるね。


「……と、いうわけで。トラベラーは絶対に温泉を好むし、この里にやって来る。そこで最も勝算の高い湯屋を復活させ、以前と同じように料金を取って開放するのが里の利益になると踏んでいる」

「……な、なる、ほどぉ……」

「そんなに温泉って好まれるものなんですか。ちょっと想像できないですけど……」

 ぽかんとするユズキくんとアヤメさん。

「ぽかぽかするときもちいいもんなー」

 テトもぽかぽかすきー。

 となぜか同時に頷くテトとハクトくん。僕が正座で座ったところにテトがえいやっと上半身を乗っけているので、必然的にぽかぽかする僕には同意しかないのである。ぬくもりはよいものだ。

「え、えっと。湯屋の建物とか、どうなりますでしょうかぁ……」

「そのあたりはトラベラーの代表者アサギとの相談になるが、おそらく里の復興事業の一環に組み込めるはずだ。流石にユズキとアヤメに建てろなんて無茶ぶりはしない」

 イオくんの言葉に、アヤメさんはほっと胸をなでおろしている。ユズキくんもそういうことなら……って感じで前向きぽいな。


「それなら、一度湯を汲み上げていた管理室の方を見に行って、今も動くかどうか確認しないといけないですね。流石に時間の経過もあるし、もし魔道具が壊れていたら修理にかかる時間も見込まないといけないので」

 ユズキくんが冷静に言う。確かに、もし修理が必要なら時間がかかるかもしれないし、早めに確認するのは大事だ。

「鍵は、私が持ってるよ」

 と言うアヤメさんに、ユズキくんはそっと問いかける。

「姉ちゃんはどうしたい? 湯が出るなら、湯屋やりたいか?」

「え、えっと……」

「俺は別にそれに思い入れとかないけどさ。姉ちゃんは、いい思い出も悪い思い出もあるんじゃないかって」

「あ……」

 気遣うようなユズキくんの言葉に、アヤメさんは顔を上げた。その表情は相変わらずわからないけれども、アヤメさんはしばらくの沈黙のあと、しっかりと頷く。

「私、やりたい」

 今までの消え入りそうなか細い声ではなくて、今までで一番力強い声で、彼女ははっきりと言った。


「湯屋は、トウヒ兄さんの夢でもあったから」

ユズキくん宅の場所を変更しました。すでに読んでしまった人はすみません。

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