20日目:クエストあれこれ
そろそろ夕暮れ時なので、クエスト確認するにも河原でやることはない、ということでツバキちゃんを家に送るついでに村長さんの家まで戻る。
僕があの場でクエスト確認作業に入ったら、暗くなるまで動かないであろうことを見越したイオくんの決断である。英断。
ゆっくり高台に戻りながら、簡単にツバキちゃんが村の案内をしてくれたので、公共の施設やお店などの位置を把握することができた。里は、サンガやイチヤと違って道が整備されているわけではないから、人がよく歩くところはあぜ道のようになっている。
なんとか通りとか名称がないから、分かりづらいところが多い。この土地で唯一の食堂はちょうど川が二股に分かれるあたりにある食堂「月下美人」のみ。ここはその日取れた食材を使って食事を作るので、決まったメニューはないらしい。経営は里の自治体が行っているということで、里の人間からお金は取っていないそうだ。
お金があったとしても、ここでは使わないからね。今後トラベラーを里に呼び込むことを考えたら、これから対応しないといけないだろうけど。
村長のところに届けた調味料は、この食堂「月下美人」に運び込まれているらしい。ちょうどお店の前を通りかかった時、「久々の胡椒よ!」とか大騒ぎしているところを見たよ。
門から少し北のあたりにある大きな建物は、集会所。
里に関わる決め事なんかをする際には、あそこに住人が集まるらしい。昼間は寺子屋……つまり簡易的な学校の役割をしているそうだ。
「もじと、けいさんをならってるよ」
とは、ツバキちゃん。
子どもたちが少ないから、人によって何を学ぶかはバラバラで、習得速度も違うんだって。ツバキちゃんは6歳だけどすでに基本的な文字は理解していて、書くのが苦手だから書く練習を多めに。計算は覚えておいて損はないからとお婆ちゃんに言われたらしい。
「たしざんはできるけど、ひきざんはちょっとむずかしいの」
「そうなんだ。偉いねえ」
6歳……その頃の僕、小学一年生か。計算あんまりできない子だった気がするなあ。指使って数えちゃ駄目って言われてからようやくコツを掴んだんだよね。引き算のほうが難しいの、よくわかる。
あとは、来た時も見た共同の炊事場。ここはいつも誰かいる感じで、常に何か作っている。保存食とかも有志を募ってみんなで作って、共用の倉庫に保管して分配するらしい。
「かまどちょっと使ってみたい」
とかイオくんが言い出したので、あとで使わせてもらいに来ようか。何か差し入れすれば使わせてもらえるでしょう、多分。
炊事場の隣の広い空き地が、これまた共用の洗濯場になっているとかで、昔ながらの洗濯板でごしごしと洗濯するらしい。物干し用のロープがいくつも張られていて、昼間は賑やかそう。
「そっか、鬼人さんたちは魔力高くないから、【クリーン】使えない人が多いのか……」
と思わず納得した僕である。
公式サイトによると、鬼人さんの初期魔力値は4である。これは全ての種族中最低の数字だ。住人さんたちはトラベラーと違って自分で職業を選んでPP振り分ける感じじゃなくて、才能を見出されたらそれを伸ばす感じらしいから、多分この里に魔法を使える人はほとんどいないんだろうね。
イチヤやサンガの街では、洗濯屋さんが住人向けにあったんだよね。僕たちトラベラーは用がないけど、汚れた衣服やシーツなんかを持ち込んで、【クリーン】で綺麗にしたり、ほつれを繕ったりしてくれるお店。自分で魔法を使えない人のための店で、料金も手頃で、無理なく毎日利用できそうな感じだった。多分、リアルで言うとクリーニング屋さんよりコインランドリーの方に近そう。
この里であれをやったら、すごく人気店になりそうだなあ。
そんなことを考えつつ、高台の上に到着。
ツバキちゃんの家は村長さんの家の3つ隣だったから、そこまで送ってから村長さんの家に戻る。声をかけてまた庭を借りようかと思ったら、部屋を用意してもらっていたようで普通に中に案内してもらった。
「布団を干しておいたからのう。古い布団じゃが、まあ寝るくらいなら問題なかろう」
と声をかけてくれた村長さん。テトも一緒でいいですか? と【クリーン】をかけながら問いかけると、快くOKしてくれた。ありがとー! とすり寄るテトを、優しい眼差しで撫でてくれる村長さんである。
「夕飯は自分たちで用意するので大丈夫です! もしお肉がもっとほしいようであれば、明日狩ってきましょうか?」
「嬉しいのう。じゃが、アサギが明日から忙しくなるようじゃ。そっちを手伝ってやってくれんかの、里が良くなる方が優先じゃ」
「なるほど、わかりました」
さすが村長さん、と感心していると、視界の隅っこにクエスト受注のアナウンスが……な、なるほど。今まで全然意識してなかったから見逃してたけど、一応ちゃんと通知は来てたんだな……!
案内された部屋は、畳張りの和室だった。
座椅子とローテーブルが用意されていたので、そそくさとそれに座る。足を伸ばして座椅子に座ると、太もものあたりにテトがぼふっと乗っかった。僕が撫でやすそうな場所を常にキープしている撫でられのプロだな……! と感動しつつ、さっそくクエスト画面を開く。
「……ねえこれアサギくんの方さ、まちづくりゲーム始まってない?」
「多分もはや別ゲーなんじゃねえかな、クエスト的に」
イオくんも同意してくれた通り、クエストを手伝おう! みたいな、さっき受注したばっかりのクエストの中身がなんか凄い。いくつもチェックリストがあって、「廃墟を解体しよう」「ギルドの場所を決めよう」「里の区画整備をしよう」「石畳の道を敷こう」「使っていない建物を確認しよう」「スペルシア教会を呼び込もう」…………ねえこれ本当にアナトラ!? って感じのクエストがずらーっといっぱい並んでいる。
これら全て、アサギくんと雪乃さんが受注してるクエストっぽいんだよね。下の方にある「使節団を結成してサンガへ報告しよう!」が進行中表示になってるし。その下の「正道に枝道をつなごう!」はクリア表示だ。
「そう言えば僕たち最初にクエストの表示切っちゃったんだっけ?」
「いちいちポップアップ出ると邪魔だからな」
「ねえイオくん、ちょこちょこ「テトを褒めて撫でましょう」みたいなクエスト発生してる……!」
「それはテトが撫でられたいと願ったからじゃ……?」
なでるー?
「撫でる!」
ちなみにクリア報酬は幸福度+2%(持続10分)とかだよ! バフ表示とか出ません! そんなのわかんないよ! でも猫をモフるという作業が幸せじゃないわけがないので当然の報酬かと思います!
「だ、だめだ。なんか多すぎてよくわかんない。受けてるクエストもクリアしたクエストもめちゃくちゃ多いじゃん」
「だろ。俺も最初の頃は結構ちゃんとチェックしてたけど、サンガの途中あたりからもう面倒くさくてたまにしか見なくなった」
「イオくんもチェックしてないじゃんー!」
「ははは」
うわー、これ割と適当な僕たちだから良かったけど、クエスト全部クリアしないと気がすまないタイプの完璧主義者さんとか、発狂しちゃいそう。そのへんこだわりなくてよかったー。
僕が言い出したお土産買ってくるよ! みたいなのまで全部クエストになってるじゃん、凄いな。
「あ、そういえば如月くんからフレンドメッセージ入ってたよ、ほら、ミミムちゃんのクエスト」
「お、あれどうなったんだ?」
きさらぎー?
クエストの話の流れでついでに、と思って切り出した話題に、イオくんもテトも反応を示した。テトは如月くんのこと結構好きだからか、耳をぴん! と立ててわくわくの顔をしている。
「イチヤのササラさんのところに、ミミムちゃんのご両親の情報を探しに行ったじゃん? 結局、ササラさんのお店で会えたらしくて、今ミミムちゃんのご両親をサンガまで連れて行くクエストを相方さんに強制的に受けさせて、自分は先に転移装置でサンガに戻ってきたところらしいよ」
「お、おう?」
きさらぎサンガかー。きさらぎこない?
「如月くんまだ来ないよ、また後で会おうね」
わかったのー。
テトさんちょっぴりしょんぼりしている。やっぱり如月くんの撫で方好きだったんだな。
「相方にクエストを受けさせる……とは……」
「いやなんか、そうでもしないといつになってもサンガに来ない感じの遊び方してたらしくて」
「俺、相方ナツで良かった」
「何しみじみと。僕も相方イオくんでいつも助かってます!」
まあ遊び方は人それぞれだから、今日の予定をしっかりたてる人もいれば、その場のノリで動く人もいるし、多少の齟齬はあってもいいと思う。でもあまりにプレイスタイルが離れていると、それ一緒に遊ぶのしんどくない? って僕ならなっちゃうけどな。
如月くんの場合、相方さんは幼馴染で昔から蹴り飛ばすのは慣れてますんで! とのこと。力関係がわかりやすい。
「今日ここで一旦ログアウトして昼休憩だから、アサギくんたちにフレンドメッセージ入れておくね。再ログインはリアルで13時くらいにしようか」
「昼飯ちゃんと作れよ」
「はーい」
なんか料理できるものあったっけ? ごはんは冷凍してるやつがあるけど……あ、買ってから4日目のナスがあるじゃん、あれ早く食べないと悪くなりそう。あとは……ベーコンでも焼けばいいかな。
「再ログインしたら何しよっか?」
「何って、決まってるだろ、まずは足湯だ」
「あー」
そう言えばイオくんはクエストを生み出すほど足湯に入りたいんだった。でも足湯ってどうやって作るんだろう。源泉だと熱いから川の水と混ぜるって言ってたよね、一旦ため池みたいにしてから座るところを作ればいける?
「作るなら村長さんの許可取らなきゃ」
「そうだな。あとアサギの手伝いか。雷鳴たちが戻ったら、すぐそこの火山も行きたい」
「サームくんのクエストもあるし、それは行きたいね」
「ナツ何かやりたいことあるか?<グッドラック>的に」
「うーん、そうだねえ」
気になることと言えば子どもたちかな。あの子達何か情報持ってそうなんだよね。キヌタくんも秘密基地を持ってたけど、子供にしかわからない場所って、多分結構あると思うんだ。
「……後でハクトくんたちとはまた会いたいかなあ」
「出たよ子ども担当」
「違うとも言い切れない現状……!」
だって話しかけやすいんだもん、子ども。精神年齢が近いとか言わないように。
「テトはなにかあるか?」
一応、とでも言うようにイオくんが僕の膝の上でまったりしているテトに話しかける。んにゃー? と顔を上げたテトさんは、んとねー、と小首をかしげてみせた。
ナツのぴかーってするまほうー。
「僕の魔法? ピカーってするのってどれ……? 魔法ってたいていピカッとするんだけど」
しろいのー。のろいをえいってするやつー。
「呪いをえいって……あ、【ピュリファイ】かな?」
たしかにあれはなんか綺麗にぴかぴかする。マロネくんの一件で使ったし、聖水を作るにも使うから、僕としても結構使い慣れている魔法だ。
「あれがどうしたの?」
ぴかってするのー。
「使えってこと?」
くろいところあったのー。ナツがぴかってしたらきえるのー。
「うん?」
えーと、【ピュリファイ】は、穢れた物質を浄化する魔法。
え、まさかどこか穢れてるところ、あったりする……?




