20日目:慌ただしく命名
いつも誤字脱字報告ありがとうございます。
お盆なので次の更新は多分15日になりそうです。
結構広い里の、ほぼ真ん中にあるのはじゃがいもの畑だった。
「主食じゃの。土に栄養がなくても育てられるでな、備蓄にも最適じゃ」
「鬼人さんの主食はお米のイメージだった……!」
「米は、この土地では難しいかのう」
僕がイズモさんにそんな話を聞いている横から、ひょいと顔を出したのは雷鳴さんだ。
「火山の近くだから、土地そのものが火山由来だろうね。米は乾燥に弱いから、水はけの良いこの土地で育てるのはちょっと厳しいんじゃないかな」
「出た、農業やりたい人」
雷鳴さんは続けて、水はけの良い土地で育てやすい野菜について色々話してくれたけど、よくわからないので聞き流すことにした。イズモさんがめっちゃ真面目に聞いてるから任せよう……PH? カリウム? ちょっとわからないですね……。
そっと雷鳴さんから距離を取った僕にテトが「ねーねー」とまとわりついてくる。
ナツー、おなかすいたのー。
「あ、お昼食べてなかったねそう言えば。このイベントが終わったらなんか食べよう。何食べたい?」
モンブラーン。
「あ、ごめんそれはあと少ししか無いから、ゴーラに着くまで我慢して欲しい……!」
じゃあねー、はちみつー。
「……イオくんにお願いしてみようか」
貴重なものなんだけれども、再入手手段があるわけだし、テトだけに食べさせるなら、テトは攻撃魔法使わないから魔法威力上がってたって誰にもわからない……ちょっと舐めさせるだけならいいんじゃないかなと思うんだよね。テトが喜ぶのなら……!
僕はお米を食べたいなあ、イオくんのおにぎりまだ残ってるかな。
そんな話をテトとしていたら、ようやくアサギくんが「ここ!」と場所を決めたらしい。畑や通行の邪魔にならない場所で、なおかつ誰かがうっかりつまずいたりしないような場所ということで、じゃがいも畑の隣にある農具を置いてある小さな小屋の裏にするらしい。
「よっせーい!」と気合の入った掛け声と共に、アサギくんが金属製の杭を地面に差し込む。そのままぐいぐいと押し込んでいき、やがてすべてが土中に埋まった。地面には、杭の一番上の円形だけが見えている状態。ここまで埋まっていればうっかり足を引っ掛けて転んだりはしないだろう。
「すっげえさっくり埋まった!」
と顔を輝かせたアサギくん。……そういえばアサギくんって職業なんだろう。今武器を持ってないからよくわからない。でもこのリアクションってことはそんなに筋力上げてないと見た。
でもそれを質問する前に、杭から空中に向かってまっすぐに一筋の光が立ち上がった。青白いその光が、上空10メートルくらいのところで円に形を変え、ぐるぐると回りながら円陣が広がっていく。つい昨日リゲルさんが見せてくれた、魔法陣魔法。あれの高度なバージョンだね。
空でどんどん巨大化していった魔法陣は、やがてだんだん回転を緩やかにして停止する。察するに、この里の範囲を定めたって感じか。魔法陣の線に沿って光の雨がさーっと地上に降りていき、それが地面に到達……すると同時に、アサギくんが「うげ!?」と大声を上げた。
「さ、里の名前つけろって言われたんだけど!?」
めちゃめちゃ慌てた感じに言うアサギくん。おそらくステータス画面を指さしながら、その場にいる全員にキョロキョロと視線を彷徨わせる。
「俺こういうのセンスねーの、ネーミングとか超苦手! なんか無い!?」
思ってたより必死である。と言われても僕もネーミングセンスはちょっと……。どうしようと思っていたら、雷鳴さんが村長に向けて「この村前は月影村って名前だったんですよね?」と確認を取っている。同じ名前を付けても、かっこいい名前だし良さそうだけど。
「月影村という名前は戦後に捨てたのでな。アサギ坊、心機一転できそうな良い名前を頼むぞ」
あ、同じ名前は駄目らしい。厳しい。
「プレッシャー! えー、どうしよ」
「アサギー、まんまだけど鬼人の隠れ里とかどう?」
「ナイスゆきのん! えーっと……文字制限ひっかかった!!」
「何文字までOKなのさ」
「5文字以内!!」
テトビタDのときと同じで、文字数制限があるんだね。5文字以内かー、でも何も無い状態から考えるのって結構難しいな。なんかテーマがあればそれに沿って考えられるけど。
「村長、この里って何か名物ってありますか? 特産品とか、名所とか」
「そうじゃのう。特産品と言えるべきものは特に無いと思うが……何しろ作っているものの大半が芋じゃからの。流石に芋の里というのはかっこわるいじゃろ。……ああ、そういえば最近は余裕がなくて手入れしとらんが、昔はよく湯が湧いておってな。今も東側の河原のあたりに湯が湧くところがあったはずじゃ」
「湯……温泉!」
えっ、最高のアピールポイントじゃんそれ! と思わず声を上げた僕。そしてアサギくんはその声に反応してこれしかねえ! と叫んだ。
「湯の里!」
そして空中を指で叩く仕草……あ、決めちゃうんだ。まあわかりやすくて良いと思うけど。だって最近手入れしてないってことは、ちゃんと手入れして整備すれば僕たちも温泉の恩恵にあやかれるのでは?
『今いる集落に名前が付けられました。名称は<湯の里>です』
システムアナウンスさんがぴこんと通知を出してくれたので、どうやら名前は決定のようだ。試しに白地図の画面を出してみると、確かに現在地に「湯の里」と名前が記録されている。
「温泉……やはり火山の恩恵かな。そうすると活火山か……流石に永住の農地には向かない……」
雷鳴さんが何事か考え込んでいる、けどそっか。温泉って火山の周辺に多いんだったね。リアルでも日本は火山の多い国だから、それに比例して温泉地が多いんだっけ。
「いいな温泉。足湯欲しい」
イオくんもそんなことを言い出した。これは後で作らねばじゃないかな、温泉。これからもトラベラーをこの里に呼び込まなきゃいけないってアサギくんも言ってたし、日本人なら「温泉あります!」って言えば「行きたい」と思ってくれる人が結構いるはずだ。
つまりそう、観光資源というやつ。絶対に需要あるよ!
無事にスペルシア神に認識されたらしい湯の里には、すでに正道に繋がる枝道ができていた。ちゃんと門のところから伸びているんだけど、先述したようにかなりの大回りになる。まあ、それ自体は多分問題にならないんだけど……。
「細くない?」
と思わず僕が言ってしまうくらいに幅が狭い。1メートルは絶対に無いよこれ。
「細いな。50センチくらいか」
「イオくんこれ、住人さんがうっかり足を踏み外す可能性があるよね」
「この幅だとなあ」
苦い顔をするイオくん。そして村長さんも「そうじゃのう」と少しだけ困惑の様子だ。
「馬車も通れんだろうし、行き来は徒歩になるだろうが、この幅じゃと怖いのう」
「あ、そういえば。僕、道迷いのお守り作れます」
そう言えば★1とか2なら1日~3日しか効かないやつが作れるはず。<上級彫刻>のレベル8で【コピー】というアーツを覚えていたから、一度作ったことのあるお守りと同じものをMP使うだけで複製できる。まだ使ったこと無いけどたぶんそういうアーツだったはずだ。前にキヌタくんに作ってあげた★2の道迷いのお守りを複製すれば、この細い道でも安心して歩けるんじゃないかな。
そう思って作れることを報告した所、アサギくんが僕の手を握ってぶんぶん上下に振った。
「ありがとうありがとうなっちゃんは神か!」
「ただの上級魔法士ですが!? そう言えばアサギくん職業何?」
「唐突ぅ!」
笑いながらアサギくんが教えてくれたのは、手数重視の上級弓士さんで魔法もそこそこ使う、とのことだった。猫獣人は器用と俊敏が上がりやすいので、パワー系よりもクリティカル重視の弓士に向いているとのこと。そう言えばサンガであった猫獣人のミーアさんも弓を使ってたね。上級弓士になったけど魔法士もマスターして魔法弓士とかになったほうがいいかもなー、とか言ってるけど、魔力大丈夫なんだろうか。
「手数重視の弓士さんは、筋力そこまでPP振らないんだ?」
「どっちかというと俊敏と器用。筋力も欲しいけど、俊敏がないと数稼げないし、器用低いと外れるんだよ。特に俺って獲物がボウガンだから、普通の弓より命中率悪くてさあ」
「おお、ボウガン……! ゲームでしか見たこと無いやつ!」
「一応弓と両方持ってみて、ボウガンの方がしっくり来たから使ってんだけど。弓より威力出る分、命中率が下がるんだよなこの武器」
「パワー系弓士さんとは一緒に冒険したことあるけど、あっちは一撃一撃重いのを着実に入れる、って感じで筋力にかなり振ってたよ。使う弓によってステータス結構違うんだね」
「パーティー最初から組んでるんなら俺もパワー系が良かったなー、なんかカッコイイし」
最初はソロでやるつもりだったからさー、とアサギくん。魔法も使えるってことは、スリップダメージとか入れてく攻撃方法もできそうだし、パワー系弓士さんよりできることの幅が広そうだけど、やっぱり一撃必殺はロマンらしい。
「雪乃さんは? 武器持ってないけど」
「私ー? くノ一目指してるから一応刀っていうか、短刀がメイン武器。一応、剣士と弓士の初期職業はマスターしてるから、苦無っぽいのも持ってるよ。あ、弓って言っても飛び道具全般弓士のくくりだから、私は飛び道具でマスターしたんだけどねー」
これ! と雪乃さんが見せてくれたのは、確かに苦無っぽい形の刃物。反射的に<鑑定>してみると、制作者が雪乃さんになっていたので、どうやら<鍛冶>スキルを持っているみたいだ。
「今は忍びの者見習い、って職業だよ。結構レアなやつ」
「へー! プレイスタイルによって結構ニュアンスの違う上級職出てくるって、本当だったんだ。アナトラすごいなあ」
「だよね! 下手っぴでも自作の刀にこだわって良かったよー、店売りの刀は高くて手が出なかったからさー」
「刀ってこの世界にもあるんだ?」
イオくんの剣を買いに行った店には、刀っぽいのはなかったんだけどな。不思議に思って聞いてみると、「あるよ!」と雪乃さんは手を握りしめた。
「っていうか鬼人さんの技術なの、刀鍛冶。それもあってこの里に来たかったんだよねー!」
「あ、なるほど。ここで弟子入りして学ぶ感じ?」
「そうそう。ねー、村長!」
「はっはっは。まあ昔取った杵柄じゃがなあ」
おお、村長さん刀鍛冶さんでしたか……! ささっとステータス画面の住人一覧から確認してみると、職業欄は……鍛冶名人……? それって職業なんだ? 名人って名誉称号とかそういうのかと思った。でも職業に名人ってついちゃうくらいだから、相当腕のたつ刀鍛冶さんではあるまいか。
「へー、村長すごそう。雪乃さん頑張ってね」
「がんばるー! 絶対刀打てるようになって、個人ショップ実装されたら売るんだ。需要超あると思う!」
「絶対あるね、それは」
なんだかんだ言って日本人、忍者と侍大好きだもん。かっこいいよね日本刀、そういうRPしたい人もいるだろうし。
「自分は短刀とか脇差しサイズが使いやすいけど、やっぱ太刀とか打刀がロマンだよねー。あ、イオくんさんも一本どう? 知人価格で作るよ?」
「なんだその呼び名」
僕の隣にいたイオくんさんは、不思議な呼ばれ方に眉間のシワを深くした。呼び捨てしてないあたりが、雪乃さんから見たイオくんの印象を物語っているようにも思える。
「俺は騎士系RPしたいから遠慮しておく」
「そっかー、残念。日本刀欲しがってる人いたらぜひ紹介してね!」
商魂たくましく雪乃さんが言うので、そのときは教えるねー、と約束してフレンド登録をした。当然僕が。アサギくんとも登録しておいた。
この2人独特のテンションだけど悪い人たちじゃないし、なんとなく付き合いやすいからね。
ちなみにイオくんは、日本刀は細くて折れそうなので自分で使うのは好きじゃないって昔言ってた。持ってる武器で殴りにいっちゃうタイプのスマートヤンキーには、日本刀はもったいないのかもしれない。




