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19日目:ごはんは本当に大事なので

誤字報告いつもありがとうございます。

「っし、【連撃】!」

 イオくんのアーツがとどめとなって、狼型の敵・ミニウルフが光の粒となって消える。キャインッ! ってすごく痛そうになくのでちょっとかわいそうになってしまうけど、ミニウルフなんて可愛い名前のくせに結構強い敵なのだ、これが。

「職業レベル上がったあ、やっとだー!」

「俺も。ちょっとそこのセーフエリア行こうぜ。ミニウルフ連続で相手したくねえし」

「了解」

 さささっと近くのセーフエリアを探して駆け込むと、ようやくほっと一息。

 ミニウルフってウサギくらいの体躯だからか、茂みとかにめちゃくちゃ隠れていて5・6匹の集団で襲ってくるんだよね。状態異常がすごくよく効くので【バインド】とか【ブラインド】とか【カオスギフト】とかを駆使して戦える個体を減らして処理していくのが無難なんだけと、<原初の呪文>も試験的に使って【睡眠】が効くことは確認できた。

 とっさに漢字2文字で表現できるデバフって難しい。<原初の呪文>は30秒位で効果切れちゃうから本当にちょっとした足止めにしかならないし、使い所は考えないとなー。奥が深いよ、魔法ってやつは。


「ようやく職業レベルが10まで行ったな。次の転職は20だったか」

「PPが復活したのが嬉しい!」

「SPは?」

「30まで復活したよ、魔法取りたいけど<原初の呪文>がもうレベル8だからなあ……」

 取りたいんだけどなあ、<雷魔法>とか<氷魔法>とか<樹魔法>。絶対なんかかっこいいと思うんだ。

 アナトラでは魔法使う人は特化するか幅広く手を伸ばすか、かなり自由度が高い。純粋な魔法士なら魔法は数多く持っておくのが良いし、魔法の他に<杖術>とか<弓術>とか取る場合はSPの関係で数を絞る事が多い感じ。僕は魔法専門の後衛職だから、SPもそこそこ余るし、出てくる魔法は片っ端から取ってってる。

 掲示板情報だけど、<火魔法>だけを極めようとした魔法士さんが、<上級火魔法>の次に取得できる上級魔法が2つ出てきたとか。通常は1つしか出ないはずなんだけど、ほかを何も上級にしないで特化させたことで出てきた特殊な選択肢ではないかと言われていて、今検証が進んでるらしい。


「<上流作法>のレベルが上がってるし、リゲルってやっぱり貴族だろうな」

 丸太のベンチに座ってそんな事を言うイオくん。そう言えばそんなスキル取ってたね、騎士RPやりたいとか言ってたっけ。ファミリーネームは名乗ってもらえなかったけど、ハンサさんとかテアルさんも最初は教えてくれなかったし、多分必要なければ名乗らないんだろうなあ。

「あの部屋すごい高いものたくさん置いてあったし、多分間違いなく貴族だと思うよ」

「気軽に訪ねるような場所じゃないんだろうな、本来なら」

「リゲルさん、テトに少し冷めたスコーン持ってきてくれたんだよ、優しいよね!」

「……まあ、素直なやつには優しくなる気持ちはわかる」

 微妙な顔をしながら、イオくんはインベントリからテーブルセットを取り出した。あ、そろそろお昼ご飯か! 僕もテトを呼ぼう、結局あの後森に入ったからまたホームに戻ってもらっちゃってたし。


「テトー、休憩だよー」

 とブローチに向けて話しかけてみると、巨大な白猫はぴょいんっと勢いよく飛び出してきて、わーい! とテンション高く僕の周りをぐるぐる回った。

 はちみつー? テトもっとたべられるのー。

「お昼ご飯だから、はちみつはないんじゃない? イオくんどう?」

「テトはちみつがいいのか? じゃあ、蜜花をお湯に溶かしてはちみつにするっていうの、やってみるか。お湯の分量とか知りたいし」

「あ、それは大事。テト、パンでいい?」

 リゲルさんのところで美味しいスコーン食べちゃったから、僕は甘いものはもういいかな。正直お腹もあんまり空いてないけど、午後も森を突っ切って行かないといけないから、休憩して美味しいものでも食べないとやってられない。イオくんも似たような感じらしく、じゃあ昼は軽くパンでいいか、とのこと。いいと思う。

 僕とイオくんは普通に惣菜パンだけどね! 甘いパンはおやつであってご飯ではないのだ。

「テト、魔導コンロ出してくれ」

「イオくんが預けた白い箱だよー、覚えてる?」

 まかせろー!

 普段のテトって、語尾を「なのー」とかにすることが多いんだけど、なぜか任せろっていうときだけちょっとキリッとして口調変えるんだよな。これ多分本猫的にはイオくんのモノマネなんだろうけど、イオくん本人に聞かせられないのが非常に惜しい。

 にゃにゃーっと呪文を唱えたテトが地面を前足でぽんっとすると、瞬く間に現れる白い箱。イオくんはそれを受け取って、テキパキとテーブルの上にセットした。鍋を用意して、視線を僕に向ける……ということは、水が欲しいのか。


「【アクアクリエイト】」

「よし、お湯沸かすから待ってろ。<原初の呪文>はやらなくていいぞ」

「了解」

 一瞬お湯なら沸かそうか? と言いかけたけど、イオくん料理に対するこだわりが強いからなあ。案の定、迷っている間にお手伝いは断られた。なんかイオくんは僕がすごく料理下手だと思ってる節があるんだけど、ごく一般的な腕前だと思うんだけどなー。カレー作る時稀に人参が生煮えになる程度の腕前だよ?

 たまにイオくんの家に遊びに行って「飯食ってけよ」みたいな流れになった時、キッチンには一歩たりとも入るなと言われている僕です。ちょっと悔しい。

 はーちーみつー♪

 と歌いながらイオくんにまとわりつくテトを横目に、僕もインベントリからパンの詰まった袋を取り出す。これはサンガでナーズさんの奥さんからいっぱいもらったやつ。はちみつを塗るなら普通のバターロールでいいかなー。僕はハムロールにして、イオくんは何食べるだろう、さっきスコーン食べたし絶対しょっぱいのがいいはず。

「イオくんチーズ系でいい? ハムロールもあるよ」

「噛みごたえありそうなやつ」

「了解」

 ではチーズフランスにしよう。他にスープでもあれば完璧。 


 僕が3人分のパンを皿に移していると、イオくんが蜜花を取り出して改めて<鑑定>している。確かイオくんは料理系の<鑑定>スキルを統合してるから、結果も僕が見られるやつと違ってくるんだよね。しばらくじっと花を観察してから、イオくんは花びらを2枚だけ取って木製のお椀に入れた。そこに慎重にスプーンを使ってお湯をちょっとずつ入れ、伸ばしていく感じ。

 あまいにおいー。

 にゃあ、とテトは鼻をひくひくさせて、うっとりしている。このはちみつの匂いすごく広範囲に広がる感じなんだよねー、いい匂いだから文句はないけど、ずっと嗅いでるとしょっぱいものが欲しくなる。

 と僕が考えていた時だった。

 ガサッ、と音がしたのは。


「……ん?」

 反射で<識別感知>を使った僕を横目に、イオくんははちみつから目をそらさない。ここはセーフエリアだから近くに魔物が来たとしても入って来ないし、イオくんの反応のほうが実は正しい。でも僕は気になっちゃったので……って、この色はプレイヤーだ!

「どちら様ですかー?」

 音がした方向に呼びかけてみると、相手もそれでこっちに気づいたらしく、ガサガサと草をかき分ける音が近くなる。やがてセーフエリアの北方面から、一人の男性がふらっと現れた。うん、間違いなくプレイヤーだ。っていうか初期装備の靴は変えたほうが良かったと思うよここまで来るなら。

 男性は黒髪をざんばらに肩くらいまで伸ばした、紺色の長いローブを羽織っている、ヒューマンかな? 銀縁メガネに金色にきらめく瞳は切れ長でシャープな感じ。黒髪に一房だけ金髪が混ざっている、いかにもゲーム用っぽい外見だ。

 彼はふらふらとセーフエリアに足を踏み入れ、僕たちの近くまで来て、そのまま唐突にばたっと倒れた。

「え?」

 だれー? おなかすいたのー?

 にゃっと首をかしげたテトが、てててっと走ってきて男性の頭に前足をぽんっと置いた。テトさん、それ踏んでるように見えるからやめようね……!

「あのー、大丈夫ですか?」

 テトの足をどけつつ問いかけてみると、倒れ込んだままの男性はか細い声で「……て」と何かつぶやいた。聞き取れなかったので「もう一回!」とリクエストすると、男性はだるそうにくるっとうつ伏せから仰向けにひっくり返って、


「なにか……食べさせてほしい……」


 と、言ったのであった。

「……イオくんイオくん! 飢餓患者がおります!」

「ほいほい拾ってくんじゃねーわ」

「この人が自分の足で歩いてきたんだよ!」

「呼び込んだのはナツなんだよなあ」

「だってそこにプレイヤーがいたから……!」

「そういうとこだよ!」


 僕たちがぎゃあぎゃあやり取りしている間にも、男性のお腹は盛大に鳴っている。ぐー、とかそういうレベルじゃない。ぎゅるるるる! って感じに! 盛大に! 鳴っている!

 それを聞いたイオくん、流石に不憫そうな顔をしてロールパンを一つ手に取り、半分にして中にはちみつを塗ったものを僕に差し出した。

「責任持って食べさせてやれ」

「そんな犬猫拾ってきたときのようなリアクション……! 言ってる場合じゃないか、もしもーし! パンあるよー、食べられますかー!」

「た……食べる……!」

 震える手を伸ばしてパンを受け取った男性は、それをもっしゃもっしゃと一心不乱に咀嚼するのであった。



「いやあ、助かった。このゲーム空腹でも死なないけど、空腹状態が続くと超絶しんどいからやらないほうがいいよ」

「やらないですね」

「そうなる前に食えよ」

「ごはん大事」

「それはほんとにそう」

 2つ目のパンを食べつつ、男性は淡々とそう言った。何となくひょうひょうとした感じの人だなあ。年上っぽいなと僕が判断したところで2つ目のパンを食べきった男性は、はーっとようやく息を吐く。

「食べ物ありがとう。僕は雷鳴、ヒューマンの魔法槍士だよ」

「上級魔法士のナツです! パンにはちみつを塗ってくれたイケメンは親友のイオくん、このもふもふ猫は僕の契約獣のテトです、撫でると喜びます」

「へえ」

 よしよし、と雷鳴さんはさっそく手を伸ばして撫でた。

 僕を。

「いや今ボケいらないので!」

「フリかと思ったのに」


 な、なんだろうこの人、ちょっと愉快な感じの人かな? イオくんがなんかまたツボに入って笑いそうになってるけど、ほんとにこの友人の笑いのツボが謎なんだが。

「雷鳴さんは、雷好きだから雷鳴さん?」

「うん。でもまだ<雷魔法>まで届いてないんだよ、残念ながら。雷好きだから、将来的に<雷魔法>特化させたいんだよね」

「SPが重くてまだ僕でさえ取れてない<雷魔法>」

「取ろう。かっこいいよ」

 そう言ってサムズアップする雷鳴さんだけど、口調がすごくフラットで淡々としているのでどれくらい本気にすればいいのか判断に迷うなあ。

 戸惑っていると、ようやく笑いの衝動を抑えたらしいイオくんが会話に割って入ってきた。

「マップあるし、迷子ってわけじゃないよな? なんでこんなところを空腹で彷徨ってたんだ?」

「食事のためだけに街に行くの面倒くさくて」

 あ、だめな人の予感がする。

 具体的に言うとイオくんの2番目のお兄さん・常磐さんのような、研究に没頭すると他のこと一切どうでも良くなっちゃう感じのだめさだ。


「もともとイチヤからまっすぐ歩いてきちゃったからサンガ行ってないし」

「なぜ!?」

「今思うとサンガは寄ったほうがよかった。でも白地図埋めるのが楽しすぎて」

「あー」

 そ、それは仕方ない気がする……! 歩いた所が地図に乗るの、自分の行動がゲームにしっかり反映されてる感じで凄く楽しいからね。

「楽しんでたら食料が尽きて三日ほど」

「ごはんは大事!!」

「さまよい歩いていたら甘くて美味しい匂いがしたからふらふらと」

「イオくん! 呼び込んだのはイオくんだったよ!」

「あー、わかった。わかったから落ち着いて、2人とも椅子に座れ」

 大きくため息を付いたイオくんは、インベントリからスープの入った鍋を取り出した。


「まず昼飯!」

「「異議なし!」」

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