19日目:ティータイムは優雅に?
毎度誤字報告ありがとうございます。
ふわりと良い匂いのする紅茶は、見事なオレンジ色。
口に含むと、クセのない飲みやすい味が広がる。こういう時リアルな紅茶の名前が出てこない僕の知識の浅さだよ。でも茶葉の名前覚えるの難しくない? 珈琲より紅茶派ではあるけど、そこまでこだわりがあるわけじゃないからなあ。
「とりあえず美味しいということだけはわかった……!」
「無理するな」
「無理せんでいい」
くっ、なんか気の利いたこと言おうとしたけど無理でした!
リゲルさんが用意してくれた紅茶セットは、この飲みやすい紅茶とスコーンの乗ったお皿。スコーンは一人3つで持ってきてくれたけど、テトの分は1個でいいです……! って言ったら僕とイオくんのスコーンが1個ずつ増えた。嬉しい。
テトは実際、たくさんは食べないからね。味がわかれば良しって感じ。でも美味しいもの食べたときのリアクションが良いのでついつい何かと食べさせたくなってしまうのである。
ナツー、しろいのー。
さて、そのテトさんはスコーンを前に、クロテッドクリームが気になる様子。木苺のジャムやはちみつもあるので色々つけてたべると美味しいよーと説明しつつ、先にテトのスコーンをぱかっと2つに割る。焼きたてほやほやのは僕たちの方に回して、テトには少し冷めてるのを持ってきてくれたリゲルさん、さては気配り上手ですね……! いい人だ!
「こっちがクロテッドクリーム、えーと、たしか生クリームから作られるやつ……で、合ってるっけイオくん!」
「牛乳から作るレシピもあるぞ」
「さすがイオくん物知り!」
つまり乳製品ってことだね! すごく甘いわけじゃないけど、スコーンと言えばクロテッドクリームと決まってるんだよ、セットのようなものだよ! と個人的に思ってる。
「こっちが木苺のジャムで、これははちみつだね。あ、もしかしてこれって、蜜花の?」
気になったのでリゲルさんに聞いてみると、リゲルさんは「ああ」と肯定した。おお、やった、どんな感じなのか食べてみたかったんだよね!
「テト、これエクラさんの蜜花から作ったはちみつだって!」
あまいのー?
「甘いよー、どれ塗る? 全部のせちゃう?」
んとねー、ぜんぶー!
テトがとってもわくわくと見つめる中、僕はテトのスコーンに全種類を乗せて差し出した。さあお食べ……と許可を出すと、わーい! とご機嫌なテトがさっそくぱくりとスコーンにかじりつく。
あまーい!
お、最初ははちみつのところだったようだ。満足げなテトの一声である。
「さてそれでは僕も!」
「あー、おう。ナツは食っとけ。リゲル、聴取は俺が」
「……それが適任そうだな」
なぜかリゲルさんには肩をすくめられたけど、気にしない……! 今は目の前のスコーンをいただくので! 焼き立てのさっくさくなスコーン、たっぷりのクロテッドクリームとともに……んー、これこれ! これこそスコーン……!
僕が至福の一時を感じている横では、リゲルさんとイオくんが真面目な会話をしている。
「それで、お前たちが入った入口はどこだ?」
「サンガからゴーラに向かう正道の南側だな、少し歩いて森に入ったところ。大きな花畑があって、フラワーワームというのがたくさんいた。その花畑に<罠感知>が反応したから、何かあるのかと探し回って居ると地下へ降りる穴を発見した」
「ふむ……。No2の扉か。あそこはもうずいぶん使っていなかったと思うが……」
「地下の空間は巨大な礼拝堂のような感じで、エクラの石像が建っていたぞ。俺達はそれを見て宗教施設だったんだろうか、という話をしていたんだ。そうしたら家のテトが空間魔法があると言い出して」
「優秀な契約獣だな」
リゲルさんはほんのり微笑んでテトの方を見た。テトはご機嫌でスコーンを食べながら、耳をぴぴぴっと動かしている。褒められているのはわかってるっぽいな。
「今回は仕方がないとして、次回からその扉は使わんほうがいい」
「何か問題があるのか?」
「端的に言って古すぎる。使われている空間魔法もかなり旧式のものだし、何よりあの石造りの地下空間が問題だ」
「崩れるのか?」
「長年人の手が入っていないからな。いつ崩れたとしてもおかしくない」
あー、たしかに。エクラさんも100年くらい前に使ってた扉って言ってたっけ? それだけ古くて手入れされていないとなると、天井崩落! とかありえるよね。僕とイオくんだけならまだしも、テトは復活できるのかわかんないし、絶対に守らなきゃ。
僕はむぐむぐと口の中を空にして会話に加わろうと思ったんだけど、その間にもイオくんがぐいぐい話を進めていく。
「どこかに代替えの扉はないか? あるならそこから来るんだが」
「来ないという選択肢が最初にあるが」
「……向かいに座っている猫とエルフを見ろ。その上でその言葉が出るならもう一度どうぞ」
んむ?
なんか話題に上がった気がしたけど、横からテトがはちみつで口元をべたべたにしながらも、
ナツー、はちみつおいしー!
と話しかけてきたので、そっちに向き直る。わかる、わかるよテト、このはちみつ市販のやつのようなクセがなくてめっちゃ食べやすい。メープルシロップに近い感じだね。
「美味しいねー! あとでイオくんにホットケーキ作ってもらおうね、そしたらこれをたっぷりかけて食べよう!」
すてきー! はちみつたっぷりー!
「テトこっちの白いのも美味しいでしょー? 僕これ好きなんだ」
おいしいのー! でもはちみつのほうがあまいのー。
「そっかー。はちみつ甘くて美味しいねー」
しあわせなのー。
テトがほわほわと和みの幸せオーラを醸し出しているので、僕もなんか釣られてしまいそう。このスコーンにははちみつをたっぷりにして、っと。
「んー、エクラさんは素晴らしい花を咲かせるので素晴らしい存在……! 感謝を捧げておこう」
かんしゃー!
はー、口の中に広がる甘みの素晴らしさ……。僕リアルだと苦手な味のはちみつもあるから、買うときはアカシアしか買わないようにしてるんだけど、このはちみつがリアルにあったら絶対買うし、ストック切らさないんだけどなー。
イオくんはなんか美味しいはちみつ知ってるだろうか。でもイオくんの買うはちみつって高そうだなーと思いながら顔を上げると、そこにはこちらを凝視するイオくんとリゲルさんの姿があった。一瞬ビクッとしてしまう。
「な、なに? どうかした?」
真顔でじっと見られると怖いんですが? という気持ちで首をかしげると、イオくんが「ほらな」とリゲルさんに視線を移し、リゲルさんはなんか微妙な顔で「確かに」と頷く。何の話してる?
「あ、イオくん、テトもはちみつたっぷりホットケーキ楽しみにしてるって」
「よし任せろ。というわけでリゲル」
「……これで諦めろとは流石に言えん」
なんかよくわからないけどリゲルさんは軽く頭を振ってため息をついた。んん? 何を諦める話? イオくんに任せとけばなんとかなるって思ってるけど、なんか交渉難航してる? 僕会話に入ったほうがいい? とイオくんに目で訴えた所、「ナツ、美味いならそのまま食ってていいぞ?」と慈愛の眼差しを返されました。あ、僕いらないっぽい。大人しくスコーン食べてよう。
ナツー、はちみつもっとぬってー!
「はいはい。テト、はちみつだけ舐めてる! スコーンと一緒に食べなよ」
なくなっちゃうのー。
「僕のスコーン半分あげるから」
わーい!
尻尾をぴこぴこさせるテトさん、全身で嬉しいを表現。家の猫本当にかわいいな……と思いながらテトのスコーンにはちみつを追加していると、イオくんたちの商談は佳境に入ったようだ。
「しかしあそこ以外の扉となると……。ゴーラへ行く途中と言ったか?」
「ああ、こう、南側をぐるっと回ってゴーラへ行く予定だ。頼まれ事もあるので途中でこの辺に立ち寄る」
「ふむ。そうすると一番近いのはゴーラの……このあたりにある島の何処かだが」
「なんとかもっと手軽に来れないか?」
「方法が無いわけではないが、対価もなしには出せんぞ。そうだな……何か私が驚くようなアイテムがあるのなら、それと交換でどうだ。そちらが出したものに応じてこちらも考えよう」
「なるほど……リゲルは仕事が好きか?」
「労働を好きなやつがいるのか」
「んー、じゃあテトビタは駄目か。ナツ、何かリゲルに渡してもいいようなレア度の高いアイテムあるか? 選んでくれ」
え、僕? 急に話振ってくるじゃん……!?
えっと、リゲルさんになんか素敵アイテムを渡したら、あの花園に行くアイテムを貰えるってことでいいのかな?
「えーっと、どんなのが欲しいとかありますか?」
「お前の持っているものの内、最も珍しいものを出してくれ」
うーん、珍しいもの……。相克魔力水ならたくさん出せるけど、泉に行けばいくらでも汲めるしなあ。それに、一番珍しいものって言ったらこれじゃないね。
「……リゲルさん、出した瞬間から劣化が始まるものがあるんですけど、保存容器とかありますか?」
「ちょっとまて。そこまでのものは流石に想定してない」
ラメラさんからもらった鱗! あれしか無いでしょ! と思ったんだけど、リゲルさんはちょっと焦った顔をして僕を止めた。むむ、これじゃないのか。
「というか、そんな早期劣化するようなものを持っているのが予想外だ。早く劣化するものは総じて貴重なものだと決まっているだろうが」
「だってリゲルさんが一番珍しいものがいいって」
「ナツ、良いものは人に渡さず自分で使え。出せと言った私が言うのも何だが」
「それは本当にそう」
「遠慮がないな」
あ、しまったついイオくんと会話するノリで。失礼だったかな? と思ったけど、リゲルさんは軽く笑っていたので、多分気分を害したりはしてないはず。
「うーん、そうすると、やっぱりこれかなあ」
取り出したのは相克魔力水。これならまだまだたくさんあるからね! 竜の好物だっていう白水桃とかもありかもしれないけど、あれはラメラさんのお土産って決めてるからここで出すわけにはいかない。でもこれだけだとなんかパンチが足りないかもしれないな……。
「テトー、リゲルさんにプレゼントしたいものあるー?」
リゲルおいしいのくれたからー、マロングラッセー。
「了解」
というわけでテトセレクトのマロングラッセを出しましょう。小さい粒だけど、1粒1粒が最高に美味しい至高のマロングラッセだからね! 3粒くらいで勘弁して欲しい!
はーちーみつー♪
とおいしいのの歌を歌い始めたテトを指さして、
「こちらはテトから」
とマロングラッセを差し出し、その後相克魔力水を横において、
「こちらは僕から」
と告げた僕に、リゲルさんはちょっとだけ笑った。
「そう来られたら仕方ないな。ではこれを」
すっと差し出されたのは、銀色の鍵。手のひらほどの大きさのその鍵は、きらきらと白銀に輝いている。これは……どこでどう使えばいいのかな。<鑑定>してみたけど、「エクラの花畑へ続く鍵」としか出てこない。鑑定レベルが足りないのかな。
「これはどう使うんですか?」
はいっと手を上げて訪ねた僕に、リゲルさんはサラッと答えた。
「使用を宣言するだけだ。その鍵でこの部屋に飛べる」
「え」
「この部屋からそこの魔法陣のある壁に魔力を流せば、花畑に行ける」
「え、あの。帰りは?」
「この部屋で帰ると宣言すれば、元々いた場所に戻れる」
「べ、便利だー!」
最高に便利なアイテムだこれ! わーっと喜んだ僕に対し、リゲルさんはさらに淡々と続けた。
「ただし、ナツ専用」
「なぜ!?」
そこはイオくん専用にしてほしかった!!




