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2日目:イライザさんの昔話


 君たちには想像しにくいだろうが、魔王との戦争は20年近く続いた大きなものだったんだ。

 イチヤはほとんど損傷が無いように見えるかもしれないが、食料供給を担う重要拠点を、敵が攻撃しないわけがない。

 イチヤは立地が良いだろう?周辺が全て見晴らしの良い平原で、壁の上からなら寄ってくる敵に一方的な攻撃ができる。だが、敵だって馬鹿ではない。結界魔法は一点集中で攻撃すれば案外脆いんだ、大抵はどうしても守りが薄くなる夜に、壁を破るのではなくその内側に魔法を飛ばすとか、岩や大木のような重いものを放り込むとか、まるでゲリラ戦のような攻撃をされることが多かった。


 イチヤの領主は、3等星のアバル家。

 その下に4等星のラタ、ザフ、エナの3家がいた。


 ラタは対話と調和を重視し、穏やかな穏健派の家系と言われていた。私の夫、前ラタ家当主のエイク=ラタも、いかにもラタ家の人間らしく穏やかで優しい男だったよ。少々頼りないが、公平で聞き上手で、若いころはだいぶモテていたようだ。

 私は王都から流れてきた魔法士で、軍に所属していたんだが向かなくて辞めたばかり。

 荒んでいた私には、イチヤの穏やかさが肌に合って、20歳頃に移り住んだ。ちょうど、春の花まつりの時期で、街の若い子たちに囲まれてきゃあきゃあ言われていた軟弱そうな男のことを覚えている。第一印象は正直、特になかったね。自分とは縁の無さそうな人だと思った気もするが。


 私は、ここで護符の作成をして生活していたんだ。ナツと同じで、最初はお守りから始めて、札を作って、護符を作れるようになって、地味にコツコツやるのが自分には向いているんだと理解した。

 ある時、ラタ家から依頼が舞い込んできて、領主のアバル家に納める護符の作成を手伝ってほしいと言われたんだ。ラタには家系に伝わる図案があるんだが、エイクは<彫刻>があまり上手じゃなかったから、助言が欲しいと。

 それがきっかけで、まあ、会えば挨拶する程度になって、そのうち軽く会話をするようになって。正直なところ、私のどこが良かったのか、いまだに自分でもわからない。

 エイクは選べる立場だったから、私が選ばれるはずがないと思っていたんだ。

 だがあの人は、私の、人を強く引っ張っていける筋の通ったところが好きだと言った。いつも背筋をしゃんと伸ばしているところが好ましいと。


 人は自分に無いものを伴侶に求めると言うが、おそらくそういうことだったのだろうね。エイクは優しく誠実だったが、人の上に立つ器ではなかった。どちらかと言うと、上に立つ人をうまく支えることができる人間だったと思う。

 私とエイクが結婚したとき、人々は皆「ラタらしくない花嫁だ」と言ったよ。「だけど、エイクらしい選択だ」とも。

 自分で言うのもなんだが、仲が良くてね。

 夫婦として、家族として、支えあって生きてきた。40も過ぎてそろそろ長男に家督を譲ろうかとエイクと話していたころ、戦争が始まったんだ。


 長く、厳しい戦いだった。三男は戦死し、長女は行方不明のまま。私とエイクはさすがに前線に立てる年齢でもない。家督を譲った長男夫婦を支えながら、細々とお守りを作って戦士や住人に配ったり、食料を出荷する手伝いをしたり、イチヤから他の街へ物資を届けに行く隊列に隠匿の魔法を施したりと、目まぐるしい日々だった。

 魔力は、年を取るとわずかに衰える。

 これは、体力と魔力が紐づいているからだと言われている。若いころなら私も城壁の上に立って敵を屠っただろうが、50も過ぎると、もはやお守りや札作りが関の山だ。


 ラタのお守りは、ゲリラ攻撃にさらされる住人たちに配られた。

 木材も貴重な資源だったから、各家庭に1つずつだ。私は夫にそれを持たせた。当然だろう、ラタのお守りを作れるのはエイクだけだったのだから。


 終戦も終盤の、ひと際戦火が激しかったころのことだ。13年前の、夏から秋に移ろうかという夜。私たちが寝泊まりしていた本宅の離れに、魔王軍の魔法攻撃が直撃した。

 直撃だ。家屋は崩れ、壁材の下敷きになった。火魔法でなかったことは幸運だった、あの上火事に見舞われたなら生きてはいられなかっただろう。

 ラタのお守りの効果は、見ての通りだ。私はその時かろうじて意識があって、自分がこの程度の怪我なら、お守りを持つエイクは助かるだろうと思ったんだ。心からそのことに安堵して気を失い、目覚めたのは3日後のことだった。

 そして私は、エイクが死んだと聞かされたんだ。


 ――あの時のことは、うまく言えない。まさかと思ったし、そんなはずが無いと取り乱した。信じられなかった。あり得なかった。


 エイクはラタのお守りを持っていたはずだ、と口にした私に、息子はボロボロになって役目を終えたお守りを見せてくれたよ。お守りはきちんとその役割を果たしていた。それは、私の使っていた枕の中に隠されていたんだそうだ。

 ああ、そうだよ。エイクが私の枕に無断で入れたんだ。あの時私が死ななかったのは、このお守りのおかげだった。


 あれから13年だ。まだ私はあの時の、えも言われぬ罪悪感から抜け出せていない。

 私ではなく、エイクが生きるべきだった。

 ずっとそう思い続けている。



 淡々とそう告げたイライザさんは、僕を見て、お守りに視線を落として、もう一度顔を上げた。

「トラベラーさんたちがやってきて、<彫刻>に興味を持つ人も増えた。エイクも嬉しかったのかもしれない。……ラタの図案は、現物が残っていないせいで息子にうまく受け継がれなかったんだ、これで……繋がるだろう」

 しんみりと言うイライザさんに、僕は何も言えなかった。思っていたよりずっと重い話を聞いてしまったので。

 そういえば、この世界は復興中なんだったな、と思い出す。

 イチヤは結構きれいに再建されているから、ここでほんの10年前まで戦争をしていたと言われても、いまいちピンと来てなかったところがある。戦争があったのだから、当然、犠牲者もいるんだ。そんなことをようやく理解した僕は絶句してしまった。


 何も言えない僕の隣で、イオくんが「そうか」と軽く頷く。それから、

「イライザ、そのお守りを<鑑定>したか?」

 と問いかけた。

 首をかしげる僕とは違って、イライザさんはすぐに<鑑定>をしたらしかった。しばらくして、大きく息を飲む音が聞こえる。


「自暴自棄になることなかれ、破滅を望むことなかれ、終わりを乞うことなかれ。誰がなんと言おうとも、因果がどう転がろうとも、運命が全てを飲み込もうとも。――イライザはそうしたんだろう。エイクが死んでも、自暴自棄にならず、破滅を望まず、終わりを乞わず、全部を飲み込んで、今ここにギルドマスターとして立っている。違うのか」

 問いかけの形をとりながら、イオくんの言葉はほぼ断言していた。

 でも、その理由は分かる。イライザさんは、おそらく今70歳くらい。それでもエイクさんが好きだと言ったまま、今もしゃんと背筋を伸ばしている。嫁に入ったラタの家の為に、いまもまだ現役でギルドの長をしている。

 僕にだって分かる。イライザさんは前を向いたからここにいるんだ。


「……そっか。だからイライザさんがエイクさんにとっての誇りで、ラタのお守りがイライザさんに届いたことが、エイクさんの証になるんだね」

 さっきイライザさんは「繋がる」と言った。

 エイクさんが紡いできたラタ家が、途切れることなく繋がる。そういう意味のテキストだろう。

 しばらくの間、じっとお守りを見つめていたイライザさんは、やがて大きく息を吐いた。


「……ハンサに会ったかい?」

「え、はい。買い物に行って……僕にラタのお守りを作る様に言ったのは、ハンサさんです」

「そうか。ハンサは職業柄、魂をほんの少し引き寄せることが上手いんだ」

「職業柄……?」

 え、ハンサさん農家の人じゃないの?

 目を瞬かせた僕に、イライザさんはカラリと笑って、こう言った。

「ハンサはいくつか職を持っているんだが、その中の一つにネクロマンサーがある。なんでもできるんだよ、あいつは。さすが3等星のアバルと言ったところか」

「え」


 え??


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