19日目:百花の園
一面の花畑。
赤白黄色と華やかな色がひしめくその一帯を、おっかなびっくり進む僕。
「うーん、なんとなーくこの辺な気がするんだけどなあ……ここらへんだけ黄色い花一色だし」
「広いし、他にもそういう場所があるかもしれんが」
「いや、なんか僕の<グッドラック>さんがこの辺だって言ってる」
「じゃあそこだな」
花畑の中に足を踏み入れるのはものすごく勇気が必要だったんだけど、さっきのフラワーワームの鑑定結果からして、故意に花を摘まなければ大丈夫なのでは……? と信じてみた。結果として、なんとか襲われずに気になるところまで来られたので、解釈が合っていたんだと思う。
ちょっと踏んじゃった花とか、服に引っかかって折れちゃった花とかは申し訳ないんだけれども。フラワーワームがさっきから僕たちの足元にうごめいて、そういう花をせっせと食べているので、何かしらの役割があるんだろうな。
さて、それはいいとして。
「えーと、<鑑定>、<鑑定>、<鑑定>……。あ、多分これだ。ここだけ造花」
「マジか。生花にしか見えねえけど……、手触り違うな」
他の花と何が違うのか全くわからないくらい見事な造花が、黄色の花だけ集まっている場所の真ん中のあたりにあった。直径1メートルくらいの狭い範囲だけ造花になってるから、ここに何かしらのギミックがあるはずだ。
「えーと、考えられるのは……引っこ抜く?」
「ああ、地下はありそうだな。ちょっと待て」
2人でしゃがみこんでどこか隠し扉がないだろうかと探してみると、イオくんがあっという間に引っ掛ける溝みたいなのを探し出してくれたので、そこをテコの原理でがこっと開ける。もう何年もここを開ける人はいなかったみたいで、ものすごく錆びついていた。
「これナツだったら開かないやつ……!」
「いや当然ですね!? なんなのイケメンは力すら強いとか」
「わかりやすく」
「こんな錆びついてる上にめちゃくちゃ重そうな扉をあっさり開くとかイオくんさすが! 上腕二頭筋が鍛えられてる!」
「笑かすな!」
素直な褒め言葉ですぅ!
なんとかイオくんが腹筋に力を入れて、マンホールみたいな円形の蓋をずらして人が入れる分だけ隙間を開けた。珍しくぜえはあ言ってるイオくんである。これ笑いを耐えている顔だなって僕はすぐわかるんだけど、イオくんの笑いのツボは一体どこだったのだろうか。わからぬ。
まあいっか!
「下結構空間あるけど、真っ暗だなあ。梯子もないし、原初の呪文で足場作る?」
「待て、ちょっと待て」
なんか咳き込みつつようやく笑いの衝動を収めたらしいイオくん、下を覗き込み、少し考える様子。
「まず換気してくれ」
「あ、そういえば。まあこのゲームそのへんあんまりシビアじゃなさそうだけど」
「気分の問題」
「わかる」
締め切った空間とか古びた廃屋とか、今までやってきたゲームでもちょっと空気がこもってる感じがするだけで、有害なことはなかったんだけどね。やっぱリアル知識があるから、なんとなく体に悪そうなイメージがあって、換気はしたくなる。
「【換気】! あとは……まず【ライト】かな」
「ナイス」
中に何かあるなら、【ダークアイ】より【ライト】のほうが安全かなーと思ってなんとなくそっちをチョイス。下の空間に向かって光の玉を投げ入れる……けど、1個じゃ全然足りないなこれ。
続けてぽいぽいと【ライト】を投げ入れ、下の様子がある程度わかるように配置していく。こういう生活魔法っぽいのって、リキャストタイムがほぼ無いから助かるな。
「空間広いな。とりあえず降りてみるか……」
「【足場】? あ、【フロート】もあるな」
「【フロート】って<風魔法>だったか?」
「そう、<上級風魔法>で覚えたやつ。これ浮いて上下するだけの魔法だけど、こういう場所降りるのには使えそうだよ」
「じゃ、俺はそっちにしよう。【足場】だと時間制限があるし。ナツは普通にテト呼べ、安定感が違う」
あ、そうか。テトは空飛べるし、このくらいの高さなら余裕で滑空してくれるね! とか考えていたら、イオくんが「俺先に降りるから」と言ってくれました。
「ナツが死んだら俺の特殊スキルも死ぬ」
「ア、ハイ」
そう言えばそんな話もありました。うーん、【フロート】は1回使ってみたことあるけど、浮いている間MPを少しずつ消費する感じだったかな? 多分、かなり余裕でイオくんを下に下ろせると思う。
「じゃあ、【フロート】使ってみるから、なんかヤバそうだったら引き上げるので教えて」
「頼む」
僕がイオくんに向けて【フロート】を発動すると、イオくんの体がふわっと浮いた。そのままだと地面の上なので、ここでテトを呼び出してイオくんを押してもらう。【フロート】って便利なんだけど、並行に移動することが出来なくて上下のみなんだよね。そういうとこちょっと不便な魔法だ。
どーん!
と楽しそうにイオくんに体当りしたテト、そしてその勢いに押されて穴の真上に来たイオくんを、僕がゆっくり下方向に向かって降りるよう調整して……っと。
イオたんけんー? ナツはー?
「僕たちも後から行くよー。先にイオくんが降りて敵がいないか確認してくれるからね」
そっかー。イオえらーい。
にゃにゃーっと明るいテトの鳴き声に、そうだよイオくんはえらいよーとうんうん頷いていたら、パーティーチャットの方に文字が送られてくる。どうやら中間くらいで<敵鑑定>が使えて、何もいないことが確認できたらしい、『降りて大丈夫』とのコメントだった。
「テト、乗せてー」
わーい!
僕がお願いすると、ぱあっと表情を輝かせたテトはその場でささっと伏せた。乗って乗って!! とその眼差しが訴えてくるので、遠慮なくよいしょっとテトの背中に乗る。
「中にイオくんがいるんだけど、敵がいないことを確認してくれたから、僕たちも中に行くよー」
わかったー! ぴかぴかするのもっといっぱいだしてー。
「【ライト】のことかな? いいよ!」
あれは1個につきMPは2しか使わないし、途中で消そうと思えば消せるし、そのまま放置しても1時間位で自動消滅するから、すごく燃費がいい。その割に、照らせる範囲も結構広いし。
ぴょいーっと穴の中に飛び込んだテトは、そのまま隅っこの方に移動するので、僕も光が足りて無さそうなところへ【ライト】を飛ばしておく。そのままぐるーっと広い空間を一周する感じで飛んで、イオくんが降りたところの近くに滑るように着地した。
「明るくなったな、サンキュ」
とイオくんが褒めてくれましたが、これは実のところテトの功績なので、僕は無言でテトを撫でておきました。テトは気が利いてえらいね!
さて、降りてきた空間は石造りで、かなり頑丈に作られているらしい感じだ。ぐるっと見渡すと、奥の方に石像が設置されていて、近づいてみるとそれは巨大な蝶のようだった。僕の3倍はありそうなでっかい像だから、蝶といえども圧があるけど。
でもなんで蝶? 花畑だから? と思いながら<鑑定>すると、どうやら昔神獣さんを祀っていた祭壇らしい。
「神輝蝶の祭壇だって。なんか神ってつけときゃ神獣ってわかるだろ、みたいな雑さだね」
「まあわかりやすくていいんじゃないか? 横文字の造語とか作られるよりは」
「ゴッドブライトフライとか……? うん、わかりにくい」
「直訳かよ!」
イオくんはなんかツボに入ったようでげらげら笑い出した。失礼な。でも今日よく笑うね、なんかやっぱりテンション上がってるんじゃないの? 旅だし!
おおきいのー。
と石像を見上げたテトが、僕を乗せたままでその石像の周りをぴょいぴょい回って、何が楽しいのかちょっとだけタッチしてみたり、羽のところに乗ってみたりしている。ホコリとかは積もってないので、なんか保存魔法的なものがかかっているのかもしれない。
ナツ、ちょうちょさんつよいー?
「多分すごく強いんじゃないかな、神獣さんだもん」
にゃんにゃんとテトがおしゃべりな時は、楽しい時だ。なんかこの空間秘密基地みたいで気に入ったのかもしれない。思いつきでたくさん浮かべた【ライト】のお陰で不気味さは無いし、上の方にちらっと出入り口が見えて青空が覗いているのがなんか不思議な感じだね。
祭壇というだけあって、石像の前には祭事用の台とか、古びた燭台とかが置かれていたけれど、それ以外はこのがらんとした空間には何もなかった。リアルでいうところの密教みたいなものだったんだろうか? と僕が不思議に思っていた所、テトが突然ぴたっと停止して、耳をぴこぴこさせながらすんすんと空気中の匂いを嗅ぐ。
「テト? なにか見つけた?」
もしかして名探偵テト再びかな? と思って問いかけてみたら、テトは少しだけ首をかしげてから「にゃ!」と元気にお返事してくれた。
ナツー、ここにくうかんまほうあるー。
「え、空間魔法?」
「え、ちょっと待てテト……!」
えいっ。
てしっと。テトの真っ白な前足が石像のすぐ後ろ、壁の一部に触れる。いや待ってテトさんそんなあっさりえいっと開けるものじゃないんだよそういう隠しギミックは……! せめてなんか、周辺に罠がないか確認してからとかさ……!
だがしかし、家の名探偵は思い切りが良い。テトが触った所から何やら光の線がすすーっと伸びて、魔法陣のような形をばばばっと形成した。と思ったらその円形の模様が歯車の如くぐるぐるっと回り始めて、ごごごごご、とどこからか地響きの音が鳴り響いたので、僕は慌てた。
「て、テトさん!? ちょっと離れよう、危ないかも」
だいじょぶー。
「大丈夫なのこれ!?」
ナツはねー、テトがまもってあげるからだいじょぶー。
アッハイ。戦闘能力のないテトさんにまで守ってあげると言われる貧弱エルフとは僕のこと……! ってそうじゃなくって!
「下にイオくんもいるんだよ!?」
イオつよいからだいじょぶー。
「確かにイオくんは強いけれども!」
なんかテトと言い合っているうちに大丈夫っぽいな……というのはわかってきた。なんか気の抜けたようなのほほーんとした鳴き声でにゃあにゃあ言ってるし。なんかまずい仕掛けだったら流石のテトでもここまでのんびりしてない……よね? 多分。
「いやお前らの謎の信頼何!?」
一人地面に足を付けているイオくんが慌てて石像の影に隠れつつ僕たちにそんなことを問いかけるんですが、そりゃまあイオくんだしなあ。
「まあまあ、テトが大丈夫って言ってるから」
「ほんとかよ……って、通路ができたぞ」
「おお」
テトが言うように、さっきの地響きは警戒するようなものではなかったらしい。魔法陣のようなものがあった場所には、ぽっかりと高さ3メートル幅1メートルくらいの通路の入口が出現していた。空間魔法でこれを隠していたということらしい。
すんすんと鼻を鳴らしたテトは、イオくんの隣にぴょこんと降り立つと、僕を背中に乗せたままでイオくんの服の袖を噛んで引っ張った。
イオー。あまいにおいするのー。おくいくー。
「イオくん、なんか甘い匂いがするからあの奥に行きたいって」
「ちょっと待て。<敵感知>も<罠感知>も引っかからないから大丈夫だと思うが……これが遺跡ってやつか? それにしては年代が新しいな」
甘い匂いなんてするか? と訝しげにイオくんも空気中の匂いを嗅いでいたけれど、わからないみたいだった。僕もわかんない。
「よくわからんが……まあ、行ってみるか。テトは俺の後からついてこい」
わかったー!




