18日目:ドロガさんからの依頼
憩いの広場の屋台撤収時間に合わせて僕たちも広場をあとにして、目指すは南西門。
このあたりはシーニャくんのお店があるからよく顔を出すエリアでもあるんだけど、今回の目的は南西門の門番さんたちの詰所だ。
シーニャくんにはもう挨拶終わってるしね! クルジャくんにもリィフィさんから伝わると思うから大丈夫。お別れっていてもどうせ戻って来るんだし、あんまり重くはしたくないよ。
「こんにちはー! ドロガさんいますかー?」
お仕事中に声かけるのもどうかなーと最初は思ってたんだけど、この世界では許されるらしいよ。レストさんが言ってた。何なら納品とかも普通に営業中に届けるのが当たり前で、むしろ店主が家に居てくつろいでいる時納品とかされる方が嫌だとか。
雑談で話しかけられてほかのお客さんの邪魔になったりしないの? って聞いてみた所、他のお客さんもわかってるから用事があるなら雑談に堂々と割り込んでくるんだって。そんな感じだから、仕事中の人にも用事があれば声掛けはOK。でもあんまり長引かせるのは駄目だよって感じとのこと。
リアルはそういうの厳しいからねー。アルバイト中の友達に話しかけようものなら怒られるし。無駄話NG職場も多いと聞きます。
「おう、こっちだ」
と窓際から手を振ったドロガさん、相変わらず立派なヒゲである。
そういえば僕、ドロガさんにテトの紹介したっけ? ……してない気がする! サラムさんが外に出る時ちらっと見かけたけど、あのときはドロガさんが兵士仲間に「あの人達は大丈夫だ」って話をしてくれてて、ドロガさん本人と話はしてないよな。
「ドロガさん、この猫は家のかわいい担当契約獣のテトです! この前なんか騒ぎになっちゃって紹介出来てなかったね」
「あはは、ありゃあ仕方あるまいよ。いくらトラベラーさんとパーティー組んでるって言っても、住人が正道の外に出ようとするなんざ、前代未聞だったからなあ!」
「思ってたよりみんなざわざわしてて驚いたよー。テト、こちらは兵士のドロガさんだよー」
テトだよー、よろしくー。
撫ででいいよ! という感じでおすましポーズ取りつつ若干頭を下げて撫でを要求するテト。ドロガさんはさすがの貫禄でがしがしと撫でてくれました。テトも嬉しい顔だ。
「知り合いになったばっかりだけど、僕たちゴーラに向かう予定なんだ。それで、知り合いに挨拶回りしてるんだけど、サンガにはまた戻る予定」
「そうなのか。何で行くんだ?」
「徒歩!」
「……ふむ。そりゃちょうどいいな、ちょっとそこに座ってくれ」
ドロガさんに促されるまま、兵士詰所のテーブルセットに座る。結構年季が入っている椅子で、僕が座るとその隣にテトがすすっとお座りをした。この位置取りは、「ひまなときなでて!」の意図がありそう。撫でます。
僕が微笑ましいなーと思っている間に、ドロガさんは詰所の奥から古びた紙を持ってきた。ポスターサイズのそれを広げると、かなり汚れてはいるけれど……古い地図かな?
「これは……?」
「ああ、戦前使っていた地図だ。煤けてて見づらいが、戦火をくぐり抜けたもんだからな。これの……ここを見てくれ」
ドロガさんはその地図を、僕とイオくんに向けて広げた。王国の全体ではなくて、サンガを中心にゴーラ、ヨンド、イチヤとロクトまでの、王国の東側のみが載っている。そして指さしたのは、サンガとゴーラの間、ややサンガ寄りの南側。
「これは……村?」
「鬼人たちの里があった場所だ。そこは結構大きいところでな、当時600人くらい住んでいたはずだ」
「600人も!」
結構大きいってどころじゃなくない? どうして正道がつながってないのか不思議なくらいじゃん。
「ああ。今でこそナルバン王国の街は多種多様な人種が住んでいるが、戦前は種族ごとにまとまって自分たちの隠れ里や集落を作っていることが多かったんだ。俺達ドワーフも、もともとはヨンドの山岳にでかい洞窟を利用したドワーフの村があった」
「そうなのか。なら、ドロガはどうして街に来たんだ?」
イオくんが興味深そうに尋ねると、ドロガさんは小さく笑ってみせた。それは昔を懐かしむような笑みで、なんとなく、ドロガさんって結構年齢が上の人なのかな、と思う。ドワーフさんってほんとうに外見で年齢わかんないんだよね。
「戦争が始まるとなって、人族の貴族が時間を稼いでくれたからな。俺達だって、他種族だけ犠牲にして自分たちだけ助かりゃあいいなんて言えねえよ。村に残って隠れ住むって言いはった奴らもいたが、7割のドワーフは街に降りて戦に協力したんだ。戦力としちゃあそこまで強い種族じゃねえが、俺達には鍛冶技術があるからな」
「なるほど。協力のために来てくれたんだな」
「結果としちゃ、それが正解だった。今となっちゃあ、あの洞窟の村が存続しているかもわからん。……このあたりにあったはずだが、どうだろうなあ。まあ、あんたらがヨンドへ行く日があったら少し探してみてくれ」
イオくんが話をしている間、僕は横から地図をじっくり見てみる。ドワーフの村や鬼人さんの集落の他にも、いくつか小さな集落の場所が記されているみたいだ。……っていうかこの地図手書きでは……? めちゃくちゃ貴重なものかもしれない。保存のお守りの在庫あったはずだから、ドロガさんに渡そうかな……。
とか思っていると、ぴろんと視界の隅っこにシステムアナウンスが流れた。あ、はい。ナルバン王国の古地図(東側)を入手したので、以後、白地図の画面を切り替えできます、と。……めっちゃ便利な機能が開放されたね。
古い地図だから、多分今とはだいぶ変わっているんだろうけど。それでも集落があるかもしれない場所に目星をつけるにはだいぶ便利そう。ただ、煤けてたり文字が滲んでたりしてよく見えないところが多いから、あくまで補助用にしか使え無さそうではあるね。
でもこれは貴重な情報源!
ステータス画面から切り替え可能ということだろうから、後でちゃんと確認しておこう。それより今は、鬼人さんたちの集落のことを聞いて置かなきゃ。
「それで、その鬼人さんたちの集落って……?」
「今も人がいるよ。実は何度か連絡を取ることに成功してる。ほら、契約獣のおかげでな」
契約獣と言われて、テトがピンっと耳を立てた。ほめてる? ほめてる? って感じの期待に満ちた眼差しをドロガさんに向ける。
「鳥型の契約獣にサンガの旗を持たせて、正道で一番近いところまで行って手紙を飛ばしたんだよ。魔物と間違われて攻撃される可能性もあるから、成功するかどうかはやってみるまでわからんかったが、無事に成功した。5年前に最初の連絡が取れて、手紙にも返事があってな。そのときはなんとか暮らして行けているが、主食になるものが米だけでは収穫量が足りないというので、芋や野菜の種を運ばせたんだ」
「おお!」
すごい! 街として正道で繋がらなかったけど、もともと大きな集落だったから街として認識はされたってことかな? えーとたしか、街として認識されるには人が一定数暮らしていることと、周辺を柵などで囲むことが条件……なんだったっけ? 掲示板でまとめられてたはずだ。
「それから1年毎に連絡を取り合って、今年もトラベラーさんたちが来ることを伝えてある。返事もちゃんとある。つまり、この鬼人の里は今も多くの人が住んでいる可能性が高いんだ」
「なるほど! 僕たちがここへ到達できれば、ここに住んでいる人たちの助けになるんだね!」
「そういうことさ」
ドロガさんは頷いて、それから少しだけ難しい顔をした。眉間に深いシワが寄る。
「もともと、各地に隠れ里は点在する。戦争が始まる時に協力しようとそこを出た者たちも多いが、事情があって里を離れられない者も、自分たちは無関係だと無視を決め込んだところもある。そこの里は、立地がちょうどサンガとゴーラの中間あたりだったのもあって、敢えてそのまま移動せず自己防衛を選択した里だ。街のように石壁で囲われていない分、防御面で不安はあったが、森の中にひっそりとある分見つかりにくく、後方支援を主にしていた。東方面から魔物の群れが襲ってくれば、挟み撃ちを協力することもよくあったよ。……あんたらは、サンガ周辺の砦で人助けをしてくれた実績があるし、信頼してこの地図を見せているんだ」
「えっと、地図は本来公開してないの?」
「残ってるものが少ないからな。おそらくこの地図も、サンガに残っているのは2枚だけだろう」
2枚……! それは、また、貴重なものなんだな……!
複製魔法とかもあるけど、あれって劣化が早いらしいし。一般に流通させてない理由も何となく分かる。これが手元にあったら、多分、どうにかして助けたいと思う人たちが無謀にも呪いに挑んでしまうんだろう。だからあえて住人には見せない、というか、見せる範囲を狭めているんだろうな。
こんな状況で助けるべき人たちの居場所がわかっちゃったら、助けられないという事実に打ちのめされてしまう人も居るだろうし。
この場合は、制限を付けて正解な気がする。
「トラベラーさんたちには、こういった取り残された集落を救う手段もあると聞く。俺達サンガの兵士にとっちゃ、鬼人集落の連中はもはや戦友だ、どうにか力になってやってほしい」
ドロガさんの真っ直ぐな言葉に、僕とイオくんに断るなんて選択肢は無い。
「もちろん、僕たちにできることなら!」
「通り道だしな、行ってみる」
テトもー! テトもみつけるのー!
僕とイオくんのあとに続けてにゃにゃっ! と元気にお返事したテトにも頷いて見せて、ドロガさんはホッとしたように表情を緩めた。彼にとっては、おそらく長年気がかりで、ずっとなんとかしたいと思っていたことなんだろう。ようやくトラベラーがやってきて、各地を探索し始めて……それでも大事な人達のことだから、誰に託そうかと迷って。
その回答として僕たちを信頼して任せてくれるっていうのなら、どうにかしてあげたくなるのが人情というもの!
「里の人達が必要としてそうなものってある? 持っていけるものなら持っていくよ」
テトはこぶのー!
「うちのテトが張り切って運びます」
テトはポーションも運ばないと行けないから荷物ぎっしりになりそうだけど、お仕事が多いほうが張り切るだろうから問題ない。やる気に満ちたテトを撫でていると、イオくんがうむ、って感じに頷いたのでやりなさいということでしょう。
「食料か、それとも衣類や生活用品か?」
イオくんの質問に、ドロガさんはうーむ、と思案顔だ。
「調味料や布地を持ち込んでもらうのが良いかもしれん。野菜類の自給自足はしているはずだが、塩や胡椒が足りているかわからん。それに、布は劣化するからな。あそこの里で織物が出来たという記録はないから、喜ばれるはずだ」
「なるほど。適当に持ち込んでみる」
そんなに量はいらないはずだ。たどり着いて正道に繋げられたら、その里から出るにしても外から人を呼ぶにしても、なんとでもなる。むしろ、大量に持ち込むなら一度現状を確認して、必要なものを確かめてからじゃないと。いらないものを持っていったってじゃまになるだけだし。
と、そんな話をしたところ、ドロガさんはうんうんと小さく何度も頷いてから、やがて大きく息を吐いて、吸って。
「ありがとう。頼むぞ、救世主たち」
そんなことを告げた。
切実な祈りのような声で。




