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2日目:ラタのお守り

 ゲーム内時刻は午後5時ごろ。再びギルドで作業場を2時間レンタルした。


 イオくんはゲーム内掲示板で<調理>関係のスレッドを見つけたらしく、パイ生地の作り方を質問して無事に回答を得られたみたいだ。これはアップルパイが期待できるね!

「じゃ、僕とりあえずラタのお守りってやつ作ってみるね」

「じゃ、俺はパイ生地の検証から」

 <調理>に関しては、リアルの感覚には近いけどリアルより簡略化されてるそうで、材料に関してもある程度融通が利くんだそうだ。例えば、リアルではイースト菌が無いとパンは膨らまないけど、ゲーム内では8割の材料がそろっていれば大体リアルと同じものができるから、イースト菌は省略できる、みたいな。でも、何を抜くかとか、配分をどうするかとかで、味と品質は結構変わるんだって。

 特にお菓子系はやっぱり配合がシビアで、詳しく検証しているスレッドがある。イオくんはそれに参加するとのこと。


 まだこのゲームの先行体験会開始から2時間も経ってないはずなんだけど、ゲーム内ではすでに24時間近く経過していて、人によっては夜を飛ばすから2日目、というのが不思議だなーとしみじみ思う。今、僕とイオくんは大学の夏季休暇中だから、こんな調子でほぼ1か月過ごせるわけで……時間の感覚ぐっちゃぐちゃになりそうだなあ。

 そんなことを考えながら、僕はハンサさんから購入した木材を吟味して、一番良さそうなのを選らんだ。ハンサさんが木製コースターを作るために吟味された木材なので、すべて均等な正方形をしている。木目が綺麗だし、<鑑定>結果★7の木材らしく……ハンサさん何者疑惑に拍車がかかるなこれ。いやでも貴重な味噌と醤油の製造元だ、何も言うまい。


 ハンサさんの味噌と醤油は、運が良ければギルド西通りの調味料の店で買えることもあるらしい。

 そこで製造元について上手く聞き出せればハンサさんのところまで行きつく、と。ただ、誰でもハンサさんの店に行けるわけじゃなくて、何か前提となるスキルや条件があるんだとか。イオくんが掲示板でざっと調べたところによると生産スキルのレベルとかが絡んでいるんじゃないかとのことだった。

 さすがアナトラ、同じ住人に会えるか会えないかですらも人によって違うとは。


 さて、それじゃあお守り作りっと。

 僕は彫刻刀を構えて、<魔術式>から「ラタのお守り」を選ぶ。いつもならここでMP20を持っていかれるんだけど、「ラタのお守り」はMP100を吸われた。そして、普段なら「さあなぞりなさい!」とばかりに光る線が現れるけど、それが無い。代わりに、僕の腕が何かに操られるかのように勝手に動き始める。

 うわ、ナニコレ?

 と思ったけど、体の制御が効かないというか、自分の意思で動かせなくなっている。全自動アシストを受けている感じ? 今までの中では断トツで複雑な模様がするすると彫り込まれ、戸惑っている間に作業が終わって、模様に沿ってばあっと光が宿り、完成する。

 えーと、こういう時はまず<鑑定>っと。


ラタのお守り 作成者:ナツ(???)

ラタは調和と対話の一族。自暴自棄になることなかれ、破滅を望むことなかれ、終わりを乞うことなかれ。誰がなんと言おうとも、因果がどう転がろうとも、運命が全てを飲み込もうとも。あなたは私の誇り。あなたが私の証。

即死ダメージ軽減50% 回数:1回

品質★7


「……うわあ」

 これ……これもしかして僕が誰かに憑依されて作った系アイテム? <彫刻>も<魔術式>もレベル上がったのはいいけど……あ、<鑑定>も上がるんだ? そして<魔術式>からラタのお守りの表記が消えたね、クエスト進行したっぽい。

 出来上がったお守りはこれまでにない感じにきらきらしている。彫り込まれた図案に沿ってずっと淡く光ってる感じ。このエフェクト神秘的できれいだけど、腰痛のお守りに刻んでる棒人間が淡く光っててもギャグだな。

 僕の作るお守りはここまで派手に光りませんように。

 で、この説明文……多分クエスト専用の文章だと思うんだけど……。むずがゆくなるほどポエミーなの何で……? どう考えてもイライザさんに渡すべきだし、一旦インベントリに入れとくか。


 えーと、なんか気分転換にまた【インスピレーション】してみよう。注ぎ込むMPは……さっき100持ってかれたし、100入れて、っと。

 何描こうかな。ハンサさんのところでリンゴ貰ったし、リンゴのマークとかどう?……身体に作用する★4……あ、この状態で<鑑定>したら情報増えないかな? ……お? もう少し書き足すといいと。

 えーとそれならリンゴに適当な模様を入れて……五芒星くらいしか思いつかない貧弱な僕の想像力っ!あ、でも言葉変わった。……HPに作用する★6。

 自力では初めての★6! これは行くっきゃないでしょ、決定!


最大HP上昇のお守り 作成者:ナツ

所有者の最大HPを上昇させるお守り。

最大HP上昇23% 期間:1週間

品質★6


 おお!

 思ってたのと違うけどこれはかなり良さそう。イオくんが今HP300だから、369になるね。1週間ごとに新しいお守りを装備すれば半永久的に23%UPで戦えるわけで、かなりお得! 1個イオくん用に取っておこう。

もう一個同じのを作って、っと。


「イオくーん、これちょっと査定してきてもらっていい? あ、腰痛のお守りも9個売ってきてー」

「おー、ちょうど生地寝かせてるからいいぞー」

 ちょっと前からパイ生地を魔道冷蔵庫に入れて暇そうだったイオくん、新しいお守りを見て歓声を上げた。

「めっちゃいいじゃんこれ。俺も欲しい」

「高かったら売ってきていいよ、イオくんのは1個確保してるから」

 僕の分も一応作るか……いや、後にしよう。とりあえずMPポーション飲んで<瞑想>しながら査定待ち。急いで出て行ったイオくんは、しばらくして速攻で戻ってきて、ついでにMPポーションの追加を持ってきた。


「最大HP上昇のお守り、★6だし効果もかなり良いから80,000Gで買うっていうから売ってきたぞー」

「いいねー。今合計いくら貯まってる?」

「740,000Gくらいだな」

「じゃ、最大HP上昇のお守りをあと4つでクリアかな?イオくんの方はどんな感じ?」

「そろそろアップルパイを焼く」

「よろしくお願いします!」


 MPポーションを飲みながら最大HP上昇のお守りを自分の分含めて5つ作り終えるころには、アップルパイが良い感じに焼きあがって、切り分けられた1/6を差し出されたので、テンション高く受け取る。

 焼きたてのアップルパイ美味しい! リアルで市販のアップルパイに何ら遜色ないじゃん、イオくん天才!

 品質の方は★6だったーと残念そうに言ってたけど、美味しければ別にいいんじゃないかな? 食べ物が美味しいとやる気が出るしね。

 アップルパイを食べ終わったら、残りをイオくんがインベントリに収納して、時間前だけど部屋を綺麗にして作業場を撤収。

 いつもの受付のお姉さん……ノーラさんというらしい……に、作ったお守りを買い取ってもらいつつ、イライザさんはいるか尋ねてみた。


「ギルドマスターでしたら、今の時間なら執務室にいらっしゃいますよ」

 ということなので、可能なら訪ねたいと言ってみると、アポイントを取ってくれた。別の職員さんが伝えに行ってくれて、その間に僕たちはお守りを売った代金を受け取る。無事に目標額を超えた。

 あ、そういえばテールさんに売る予定のツノチキンもあったじゃん。そんなに頑張らなくても良かったかも……いや、その後杖も買うんだし、お金は無駄にならないんだ。

 しばらくしてから、イライザさんの手が空いたのでどうぞ、と促され、僕たちはギルドの奥に通される。スタッフオンリーの扉を抜けて、職員さんたちの仕事場のさらに奥、ギルドマスターの執務室へ案内された。


「君たちか。早速張り切って納品してもらえたようだ、礼を言う」

 イライザさんは、午前中に会ったときと同じように、鷹揚に頭を下げた。今更だけど、イライザさんってすごく軍人さんっぽい話し方するね。

「お時間取っていただいてありがとうございます」

「構わない。何かあったのか?」

「ええと、実は、こんなものができまして」

 インベントリから、さっき作ったラタのお守りを取り出す。多分、ラタの家に伝わる秘伝の図案なんだろうなと思うから、僕にはもう二度と作れなそうだけど。


「……これは」

 差し出されたお守りを見て、イライザさんが目を見開く。その唇が、小さく「なぜ」と紡いだ後は、しばしの沈黙。

 いつになっても受け取る気配のないイライザさんに、僕は押し付けるようにお守りを持たせた。しっかり持たせてから手を放す。

「これは、イライザさんのです」

「……だが、これは」

「それは、多分僕じゃない誰かが、僕の体を使って作ったものです。僕の物じゃないから、正しい人の手にあるべきですよね。ラタのお守りなんだから、ラタであるイライザさんが持っているべきものでしょう」

 僕の言葉に、イオくんが「何それ聞いてない」みたいな顔をした。あ、そういえば作る時全自動アシスト状態だったこと言ってないや。まあ後で。

 しばらくじっとお守りを見つめていたイライザさんは、小さく息を吐いた。

「……これを作れるのは、世界で唯一、私の夫だけだ」

 そうしてゆっくりと瞬きをする。その瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。


「13年前に、私を生かして死んだ」

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[良い点] あなたは私の誇り。あなたが私の証。 このフレーバーテキストめっちゃエモ~くらいの気持ちで見てたら最後のセリフで度肝を抜かれ、再びフレーバーテキストを読み返して泣きました。ありがとうござい…
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