18日目:ヴェダルさんは天才なので!
いつも誤字報告ありがとうございます、助かってます。
ランチ、やってた!
というわけで久々の「川のせせらぎ亭」に真っ先に飛び込んで行ったのはテトさんです。お店壊しちゃ駄目だよーとちゃんと言い聞かせておいたので、家具や壁に体当たりとかはしないはず。うちのテトさんは賢いので大丈夫! たぶん!
「いらっしゃいませ!」
と元気に出迎えてくれたシエラさんが、僕たちの姿を確認してにこっと笑ってくれる。それから後ろにいた如月くんを目にして表情を引き締めた。
「3、いえ、4名様ですね。窓際のお席へどうぞ」
シエラー、テトのくびわみてー。すてきなのー!
テトをちゃんと人数にカウントしてくれたシエラさんに、ご満悦のテトがにゃにゃーんと懐きに行く。幸い開店直後だったようで、僕たちの他に1組のカップルが居るだけの店内なので、シエラさんも和やかに「どうしたのかしらー?」と対応してくれる。
「テト首輪作ったばっかりなんです、とにかく誰かに見せたいみたいで。あ、シエラさん、こちら僕たちの友達の如月くんです」
「如月です、はじめまして」
「あら、ご丁寧にどうも。給仕をしているシエラです」
にっこりと微笑んだシエラさん、如月くんに挨拶をしてからテトの首輪を律儀に褒めてくれる。似合うと言われてますますご機嫌になったテトは、にゃふふーっとテンションが上がりっぱなしだ。
案内された席は窓際の眺めの良い席だった。テトが真っ先に窓際を取ったので、僕はその隣。向かいの席には如月くんが窓際、イオくんが僕の前に陣取る。
「ナツさんたち、ランチにいらっしゃったのは初めてですよね。軽くご説明しますね」
とシエラさんが説明してくれたところによると、ランチは前菜、メイン、スープとデザートを2・3種類から選んでいくチョイススタイル。お値段は一律一人3,000Gだ。如月くんが「お高い!」って顔をしてるけど、この店ディナーは20,000Gからなのでお得なほうなんだよ。
「本日のランチはこちらからお選びください」
と差し出されたメニューは手書き。読みやすいきれいな文字だ。
「えーと、前菜は豆入りポテトサラダかラタトゥイユ」
「ポテサラ」
「ポテサラでしょう」
「僕もこれはポテサラ。テト食べるー?」
モンブラーン。
「あ、はい。シエラさん、今日テトのモンブランだけ別注文って可能ですか?」
「あらまあ。大丈夫ですよ、この前の栗で作ったものがありますから、デザートのとき一緒にお持ちしますね」
対応してもらえて本当にありがたい。モンブラン後で食べられるよーと言ったら、わーい! と目をきらきらにするテトである。尻尾もぶんぶんである。
前菜については、アナトラ世界、サラダと言ったらグリーンサラダか温野菜のサラダしか今まで遭遇してないので、ポテトサラダは初遭遇なんだよね。あと僕食感の違うものが合わさった料理大好きなので、豆入りってところがポイント高い。
「次、メインは肉か魚だね。肉料理は……角煮だ! そして魚料理はシャケのチリソース掛け!」
正直どっちも美味しそう! 僕はピリ辛系の味付けが好きなので、今回ばかりは魚料理も気になる。どうしようかなーと思っていると、イオくんが迷いなく「角煮」と告げて、如月くんが「じゃあ俺はシャケで」と別のものを選んだ。余計に迷う。ものすごく迷ったけど、今回ばかりはシャケにしよう!
「僕もシャケ! えーと、スープは夏野菜の塩スープと、鶏団子の生姜スープ」
「鶏団子」
「俺も鶏団子スープですね」
「じゃあ僕は塩スープで」
そして最後のデザートは……っと。
「本日のデザートはどっちもパイです。アップルパイとレモンパイ。これは迷いなくアップルパイ!」
「ナツはパイ好きだよな。俺はレモンで」
「じゃあ俺はアップルパイで」
さくさくとチョイスが決まったので、シエラさんがメモして注文完了。すぐに最初のサラダを持ってきてくれるんだけど、そのときにテト用の小皿も一緒に持ってきてくれた。そこに乗っているのは三角の……パイかな。
「あれ、シエラさん、これって」
「ああ、ヴェダルからです。テトちゃんに、マロンパイを」
テトのー?
にゃー? と首をかしげるテト、目の前に置かれたお皿をふんふんと嗅ぐ。マロンパイというと……中身はもちろんテト大好きの栗である。
「テト、それ中身栗だよー」
! くりー!
「そうだよ。テトが好きだからヴェダルさんが作ってくれたんだよ」
ヴェダルはてんさいりょうりにんだからつくってくれたの? うれしいのー。すてきー。ぜったいにおいしいやつなのー!
にゃにゃーにゃー! と興奮気味にまくしたてるテトさん、すでによだれが垂れそうなお顔ですね……。思わず慈愛の眼差しで「お食べ……」ってなる。テトは耳をぴくぴくさせつつ、かぷっとマロンパイにかぶりつき、衝撃を受けたように静止した。ぴーんと尻尾を立てて目をきらきらにして至福の表情でうっとりするテトさん、知ってたけどとっても美味しいの顔だ。
では僕もさっそくポテサラを……うん、美味しい! 食べ慣れているポテトサラダより甘さ控えめで、その分酸味とハーブの効いた味わいになっているんだけど、じゃがいも本来の味がしっかり引き立つ絶妙な塩胡椒で文句の付け所がない。さすがヴェダルさん天才! サンガNO1の座を狙おうとするシェフの実力文句なしだね!
「んー、美味しい! 如月くんどう?」
「めっちゃ美味いですね、俺の知ってるポテトサラダとちょっと違うけど、すごくしっくり来る味です」
如月くんも微妙に目を輝かせているように見える。やっぱり美味しいものを食べていると人間は幸せになれるのだ。イオくんなんか無言で貪り食ってるもんねー、よっぽど舌に合ったらしいよ。あ、<鑑定>してる。確かイオくんは料理に特化した<鑑定>を持っているはずだから、この味の再現……できるかな? 期待しちゃうね!
しばらくしたらメイン料理とスープが一緒に出てきたんだけど……これがまた最高だった。シャケって塩焼きのイメージが強すぎて、他の味ってあんまり想像できなかったんだけど、すごいよこの料理。最初にピリッと来て結構辛いかもって思ったんだけど、噛めば噛むほど素材の旨味みたいなのが感じられて口の中で味わいが変わっていくというか……!
口の中が至福……!
これは魚のイメージが変わってくる一品だよ。圧倒的肉派の僕だけど、もう一度選べるなら迷わず選ぶかもしれないってくらい。噛み締めて美味しいーって言ってたら、隣でテトもとろけるような笑顔で「おいしー!」ってずっと言ってた。
あのねー、くりがほくってしてるのー! あまーくてさくさくーでとってもおいしいのー!
にゃっにゃにゃ、にゃーっ! とずっと興奮気味に喋ってるんだけどよっぽど美味しいのか、とってもちまちま食べているテトさんである。一口食べては噛み締めてうっとりする流れを繰り返している。テトにはこのあとモンブランもあるんだけど、大丈夫かな。幸せで昇天しないように気をつけて……。
僕もしっかり味わってから、そう言えば如月くんのリアクションどうかな? と思って視線を向けた所、如月くんは料理しか見てませんでした! 気に入ってもらえたということで良いでしょう!
「イオくん角煮どう?」
「凄いの一言。これは作れねえ」
「知ってる」
さすがにヴェダルさん渾身のメイン料理は無理でしょう、むしろこれを再現出来たらイオくんがすごすぎるという話になる。こころなしか明るい表情で淡々と角煮を食べ進めるイオくん、箸でほろっと崩れる角煮をじーっと見つめては、小さく唸る。
「リアルで食べる角煮とはやっぱり少し違う味付けなんだけど、正直俺はこっちのほうが好きかもしれん。角煮って基本甘めというか、基本の味付け醤油・酒・砂糖だろ? これは多分料理酒じゃない酒だし砂糖控えめで他の調味料入ってる感じ。何の調味料だかわからんけど合うんだよな。甘さ控えめな分、肉の旨味がこう……口の中に……」
「イオくんにしては頑張ってる感想! それこっちのシャケもね噛めば噛むほど口の中に旨味が広がってソースと程よく絡んで旨さの大洪水ってかんじになる……!」
「つまりヴェダルは天才」
「ほんとそれ」
いや本当に美味しい以外の言葉必要? って感じでしてね。すごく噛み締めて食べたはずなのに瞬く間になくなってしまった。
そこで気付いたわけですが、そういえばスープもあった。メインが美味しすぎてすっかりそればっかり食べてしまってたよね。慌ててそっちも口に入れるんだけど……いやほんとどこからこの旨味出てくるの?? って首をかしげるレベルですねこれは。
トマトやズッキーニ、ナスにコーンと玉ねぎ、パプリカ? これでもかと煮込まれた夏野菜に、ベーコンを加え、塩で味を整えたシンプルな一品。シンプルだからこそ、素材の味が存分に感じられてとっても美味しい。
メイン料理を邪魔しない、主張が強くないスープではあるんだけど、単独で味わったとききちんと存在感があるように絶妙な調整がなされているのではないか。つまり……そう、スープは芸術……!
とか言ってる場合じゃない、思わず夢中になってスープを貪ってしまい、あっという間になくなったわけで、もっと味わって食べればよかったー!
それかせめてイオくんに<鑑定>してもらって、近いものを作ってもらえるようにお願いするべきだったね、これは僕のミス……! あ、でもイオくんの方の鶏団子スープは作ってもらえるかも? 生姜も好きだよ僕。ものすごい勢いでスープ飲み干した如月くんを見ると、美味しいに決まってるし。
最後にデザートのパイが配られ、テトの前に素敵なモンブランが置かれた。
「テトちゃんのモンブランはディナー用のものなので、他のお客さんには内緒ですよ」
と小声でシエラさんが言ってくれる。テトが一番奥の席で、他の席からは見えにくいから特別に、という好意で出してもらえたようなので、感謝しかないね。
ありがとー! シエラありがとー! ヴェダルありがとー! すきー!
テトが目をきらっきらさせてお礼を言っているので、シエラさんに通訳しつつ、このタイミングかなあと思ったので、ゴーラへ行く予定であることを話してみる。このお店みんな静かに……っていうか夢中になって食事をしているから、小声になってしまう。
わかるよ、ヴェダルさんの料理美味しいからね……!
「……というわけで、そろそろゴーラに向けて旅立つ予定なんです。何か良いもの見つけたら持ってきますね」
「まあ、そうなんですね。何が持ち込まれるのか楽しみですけど、ちょっと寂しいです。ヴェダルもテトちゃんに懐いてもらえたのが嬉しいみたいで、栗のデザートをたくさん研究してるんですよ」
「えっ、そうなんですか。それは戻ってきた時にぜひ食べないといけませんね……!」
くりー!
「テトも大喜びです」
「まあ」
くすくすと笑うシエラさん、ヴェダルを呼んできますね、と言ってさっと厨房へ。料理大丈夫なのかな? と思いつつも、テトを廊下側に移動させてヴェダルさんを待つと、すぐにヴェダルさんが顔を出してくれた。
ヴェダルー! マロンパイおいしかったー! てんさいー! ありがとー! モンブランだいすきー! とってもおいしいのー!
にゃにゃっ、にゃーん! と甘えた声で鳴きつつ、すかさずヴェダルさんにすり寄るテトである。喉をごろごろ言わせながら全力で「好き!」を表現するテトに、ヴェダルさんも戸惑いつつぎこちなく撫でてあげている。
「ヴェダルさん、テトがパイすごく美味しくてヴェダルさんは天才だーってめちゃくちゃ喜んでます」
「そ、そうか。気に入ったならよかった。栗は研究のしがいのある食材だ。ゴーラへ行くと聞いたが……」
ヴェダルさんの視線がイオくんに向いたので、イオくんも会話に入る。
「おう。道中徒歩で行くつもりだから、なにか良いものがあったら確保しておく。魚は流石に流通があるから、森の恵みを中心に考えているんだ」
「ああ、それを頼もうと思っていた。サンガには新鮮な魚介類は入ってきやすいからな。3ヶ月後の料理コンテストまでに間に合うようならで構わない、無理はしないでくれ」
「了解した」
イオくんとヴェダルさんが会話を始めてしまったので、暇になったテトは自分の席にぴょんと戻って、僕を見つめている。あ、はい、モンブラン食べたいんだね。いいよお食べ……。
わーい!
と大喜びのテトさんは、モンブランにかじりついてもぐもぐと咀嚼し、にゃわーっと全身で喜びを表現しながらつぶやいた。
モンブラン……! またおいしくなったの……! きせきのたべものなの……!!!
テト、それはね、ヴェダルさんが天才だからだよ!




