18日目:テトは上機嫌
お付き合いをすることになった、と照れながらレーナさんが報告してくれたのは、それからしばらくしてからのことだった。やったー! と飛び上がった僕と、それにつられてわーい! とぴょんぴょんしたテトは、看護師さんに「病院内では静かに!」と怒られて反省したのです。
……いや、ほんとごめんなさい。落ち着きが欲しい……!
ハイデンさんは4等星だから、何か結婚に制限があったりするのかと思ったけど、4等星にはそういうのは特に無いらしいよ。2等星と3等星はなるべく星級同士での婚姻が推奨されるらしいけど、名誉職の1等星にも特に制限はないとのこと。
人種の制限も、人類なら問題ないらしい。長寿で魔法に長けるエルフや、多産で体が丈夫な獣人との婚姻は、むしろ推奨されることもあるとか。ということは、レーナさんとハイデンさんとの結婚には障害が無いということだよね! よかったー!
とりあえずハイデンさんにもおめでとうと言ってから、そろそろゴーラに行くよって挨拶をして、テアルさんに会ったらよろしく言っておいてねーといい感じにまとめたんだけど、ハイデンさんは幸せを噛み締めて上の空だったよ。まあ仕方ないね!
ナルは、レーナさんが帰りに契約獣屋さんに届けてくれるというので、お任せすることにして僕たちは病院を出た。11時少し回ったくらいだから、一旦シーニャくんのところに戻ってナルのことを伝えて、ついでに首輪が出来たか聞いてみることにする。
くっびーわーっ♪
と歌いながらぴょいっと回るテトさん、とってもご機嫌。そのまま契約獣屋さんの扉に体当たりしようとするので、イオくんが慌てて止めていた。危ない。
冷静に扉を開けてくれたイオくんに促されて店内に入ると、中には見知った顔が一人。
「あ、ナツさん、イオさん、テト。こんにちは」
「如月くんだー。契約獣選ぶのー?」
「参考までに話聞いてました」
アナトラでイオくん以外では一番一緒にプレイしている如月くん。なんか最後に会ったときから比べるとずいぶん装備が変わってるね?
「胸当て金属製?」
「いえ、これ魔物素材です。軽いんですよ」
「一気に色々変えたね」
「実は一新するためにめっちゃ金策したんで」
髪色に合わせてか、緑色をメインに、茶色や黒でまとめた装備は落ち着きがある。イチヤで買ったら他の人と被りそうだったから、サンガで装備を整えようと思っていたらしい。
「双剣だけはイチヤで入手したやつですけどね。これはもう少し使えると思うんで」
「いいじゃん、似合うよ! ねーテト?」
すてきー!
「ほらテトも素敵だって」
「あはは、ありがとう」
如月くんはテトを撫でつつ、思っていたより安くついたんで、契約獣を手に入れるのもいいかなと思ってこの店に来たらしい。
「テト見てると、いいなーって思うんで」
「テトは素晴らしい契約獣ですとも!」
もっふもふだからね! もっふもふ! ほーらこんなに手触りが良い! 僕がブラッシングをしていますので! と胸張って自慢する僕である。
「でもテトは卵から生まれたんですよねー。俺も卵選ぼうかな」
「おすすめのガチャです!」
「ナツやめろ。如月は早まるな! お前の幸運の数値はいくつだ!」
「ですよねー!」
「ナツを基準にしたら痛い目に合うぞ、こいつは特殊だと思え」
なんか失礼な言い方された気がする! と思ったけど如月くんが深々と頷いたので言葉を飲み込むことにした。幸運さんは偉大であるということについては異論が無いので……!
一応シーニャくんに相談して契約獣を見せてもらったりとかしたらしいんだけど、如月くん的にはピンと来る子はいなかったらしい。そういうときは無理せず一旦引くのがよろしい、という結論になったようだ。
まあ無理に選ぶことはないよね。この子! って迷いなく選ぶ方が選ばれる方も嬉しいよきっと。
「契約獣屋さんはここだけじゃないし、他の街でも色々見て選ぶといいよー」
と言いながら、シーニャくんが紅茶を出してくれた。
ナルがレーナさんと一緒に戻ることは伝えてあるし、ハイデンさんのお見舞いには如月くんも1度行ってるから、レーナさんに会ったことを伝えると「元気でしたか?」と聞かれたよ。ハイデンさんとうまくいったことは……勝手に触れ回ってもなんだし、秘密にしておくけど。
僕たちと如月くんがフレンドだということは、西の砦の救出劇のときに会ってるからシーニャくんも知ってるんだよね。契約獣屋さんに入ろうか迷っていた如月くんに、シーニャくんが声をかけてくれたらしい。
「シーニャくん気さく! きっかけがないとなかなか店に入れない人もいるから、そういうの助かると思うよ」
「そうかなー? あ、そういえばナツさん、首輪出来てるよ」
くびわー!
にゃーっ! と僕より早く反応したテトが、シーニャくんに体当たりの勢いで突っ込んでいった。
「テト!」
とイオくんが鋭く一喝することで、ぶつかる直前でお座り状態になるテトさんである。びしっと背筋が伸びているこの猫、僕の契約獣のはずなんだけど、イオくんの言う事のほうが聞く気がするなあ。
「テト、シーニャはか弱い」
かよわいのー?
「か、か弱くないよー!?」
「見ろ、こんなに小さいだろう」
ちいさいのー。
「ち、小さくないよー!? ケット・シー的には標準的だからねー!?」
「テトが体当りしたら吹き飛ぶぞ」
わかったのー。ナツとおんなじでやさしくたっちするのー。
「吹き飛ばない……と、思うけど……飛ぶかもしれないねー……」
だんだん複雑な表情になっていくシーニャくん、大真面目に言い聞かせるイオくん、そしてとっても真顔できちんと言うことを聞くテトの図。……ねえイオくん普通にテトと会話してない? <意思疎通>スキル絶対もってるでしょこれ? と思う僕なのであった。
そんなことより僕、優しくタッチされてたのか……。気遣いのできるテトえらいな……!
そんな一騒動があってから、シーニャくんが出してきたテトの首輪だけど、これがとても素晴らしい出来上がりでねー! テトも「すてきー!」と目を輝かせるってなものである。
紫色の組紐に、大きな白い花が向かって左側に来るように縫い付けられて、そのお花の付属品ですというようにトレントの若葉がちょんっと顔を出している。それだけでもなかなか良い感じなんだけど、ソウさんの羽が組紐にエレガントに巻きつけられて青い模様のようだ。
最後に、今までの首輪に通していたチャームを付け替えれば完成。おすまし顔で「どう?」ってしてるテトの首輪、鑑定結果がこちら。
「テトの首輪……職人が心を込めて編んだ組紐で作られた丈夫な首輪。気品あふれる優美な一品。炎鳥に出会いやすくなり、神獣や聖獣に対する畏怖に耐性を得る。気分が向上し、落ち込みにくくなる。また、森など木々の生い茂る場所での移動に補正がつく。品質★5……だって」
「すまし顔してると、どこぞの金持ちに飼われている猫かと思うな」
「品がありますねえ」
イオくんと如月くんが褒めてくれたので、ドヤア……! と渾身のドヤ顔を披露するテトである。それにしても、畏怖に耐性が付く……っていうのは、あれかな。ラメラさんと出会ったとき、テトは怖がってたから、ああいうのがなくなるってことかな。でもぺしゃんこにされちゃいそうなくらい強い相手に出会ったら、怖がることは間違ってないんだけどなあ。
……ま、いっか。テトがそういう存在と出会うときっていうのは、僕やイオくんも一緒だから、こっちで気をつけてあげればOKってことで!
「そういえば如月くん、午後一緒に北の砦から救出した子どもたちの様子、見に行かない? 気になってるならだけど」
「え、行きます! どこに引き取られたのかわからなかったから、北門に聞きに行こうと思ってたんですよ」
「あ、そっか。如月くんオーレンさん知らないんだ」
僕とイオくんの知り合いだから、当然如月くんも知ってるような気がしてた。でも、住人さんたちとの出会いって、トラベラー毎にかなり違うらしいからなあ。
如月くんが知り合いなのは、北門に居る初老の兵士さんなので、エーミルさんとも知り合ってないらしい。ちょっと気になってステータス画面の住人一覧を見せてもらったんだけど、共通の知り合いってシーニャくんと西の砦の人たちくらい? なんと如月くんはこの店に居るのにクルジャくんとも出会ってない。
「えー、すごい。知らない人ばっかり……!」
「ホントですね、ここまで見事に違うとは」
改めてこのゲームの作り込みすごいな……と思う僕である。
*
さて、午後にオーレンさんのところへ行くのは確定として、良い時間だしお昼を食べに行こう。
新しい首輪をとにかく見せびらかしたい感じのテトを先頭に、ゴーラへ移動する前に一度は顔を出したかったヴェダルさんのお店「川のせせらぎ亭」へ、如月くんを案内しつつ向かう。一応住人情報を確認した所、ヴェダルさんは今日もお店にいたので、ランチをやってるんじゃないかと推測しての行動だ。
「レアカードのお店、レアカード持ってる人が教えたい人とパーティー組むかパーティー同士連結して直接案内すれば行けるらしいですよ。例外もあるみたいですけど」
という情報を持ってきたのは如月くんである。これはイオくんですら知らなかった情報なので、如月くんが情報王であることが判明したね。
「例外っていうのが気になるんだが、どういうところはだめだったんだ?」
というイオくんの疑問に、如月くんは歩きながら答える。
「一般的な店舗はほとんどOKだったらしいです。貴族からの紹介状がないと入れない店とか、常連客の住人と一緒じゃないと入れない店が一部あって、そこは駄目。店じゃなくて何かの施設とか、個人宅の工房とかはだめらしいですね」
「へー、そんな制限なんだ」
「工房もだめなのか」
イオくんはちらっと僕を見たんだけど、多分これヨンドの国立図書館はだめなんだろうなという指摘ですね。はい。あのカードめっちゃキラキラしてたもんなあ。
ところでヴェダルさんのところに行くよと告げてから、テトがずっとモンブランの歌を歌い続けてるんだけど、ランチにケーキなかったらどうしよう。ヴェダルさんに許可もらってインベントリからモンブランを出すしか無いかもしれない。
くーり、くーり、モーンブラーン♪ くーり、くーり、マローングラッセ―♪
にゃんにゃっ、にゃっ、にゃーん♪ とループして、たまに「ヴェダルはてんさーい♪」とか「かんろーにっ♪ おいしーい♪」とかも入るので、なんか多分今、テトの頭の中には美味しいもののことしかないんだろうなあ。スキップするような軽やかな足取りのテトさん、1度しか行ったことないはずのヴェダルさんのお店への道を、迷いなく突き進んでいく。
「なんかテト、すごい上機嫌ですね」
「モンブランの神様に会いに行くからかな……」
「なんですかそれは」
「ヴェダルさんっていう料理人さんの作るモンブランが至高の食べ物なんだって。今のところテトが世界一美味しいと思ってる食べ物なんだよね」
「あー、なるほど」
如月くんは僕をちらっと見て、テトへ視線を流して、なんか納得したように頷いた。その一連の行動が解せぬのですが!? と思ったので一応、反論しとこう。
「僕はモンブランよりタルト派ですが!」
「そういう次元の問題じゃないんですよねー」
「イオくんはチーズケーキ派です!」
「あ、なんか納得できます。ちなみに俺はチョコレートケーキ派です」
「見事にばらばら!」
でも甘いものはみんな違ってみんな良いので、全部優勝ということで!




