18日目:お見舞いリターンズ
誤字報告いつもありがとうございます。
おっみっまーいっ♪ げんきになーれっ♪
にゃっにゃにゃーっにゃーん♪ とご機嫌に歌っているテト、背中に乗ったナルが時々合いの手を入れている。川南通りを堂々と闊歩するテトとナルのコンビは、道行く住人さんたちからめちゃくちゃ注目されていた。わかる、わかるよ、かわいいからね!
やがて僕たちが病院前通りに足を踏み入れると、テトはすんすん鼻を鳴らしながら耳をぴんっと立てた。少しの間きょろきょろしてから、病院とは反対方面へてててーっと走り出す。
ナツー、こっちー!
「あ、また名探偵テトが出てきた」
「ん? なんか見つけたのか?」
今度は何だと思いながらも、イオくんが余裕でついていき、僕はその後ろからもう歩いていく。どうせ追いつかないので! 人生は諦めも大事だからね、うん。
そんな感じで遅れて追いついた僕が見たのは、シスイさんに盛大にじゃれ付くテトのお姿でした。……いやいやいやテトさん!? どーん! じゃないから! ステイステイ!
「ははは、元気だねえ」
「普通にごめんなさい! テト、いきなり飛びついたらだめだよ!」
シスイつよいからだいじょぶー。
「いや強くてもだめだよ!?」
どうやら知り合いを発見して嬉しかったようです。というか、その場にいたのはシスイさんだけではなかった。
「そういえばシスイさんたちはナツさんのご紹介でしたねー」
とのほほーんと笑っているラリーさんも一緒。そしてもうひとりは見覚えのない黒髪メガネの生真面目そうなヒューマンの男性……この人はトラベラーだよね? 誰かなーと思っていると、シスイさんがさらっと紹介してくれた。
「ナツさん、イオさん、テト。こちらは僕のパーティーメンバーの博士だよ」
「はじめましてナツです! こっちのイケメンは頼れる友人のイオくんです! この巨大もふもふ猫は僕の契約獣のテト、そしてその背中にいるのは契約獣屋さんからお預かり中のナルです!」
「お、おお。情報量が多いぞ!? 博士という者だ、よろしく頼む」
ちょっと戸惑いつつもメガネを押し上げ、挨拶を返す博士さん。……博士さんってあだ名をそのまんま持ってきた感じ? ということは、頭いい人なんだね、わかります。
「ショップカード渡したとき言ってた、本が好きな人ですか?」
ちょっと思い出したから尋ねてみると、シスイさんは大きく頷く。
「そうそう。博士は活字中毒者だから」
「その活字中毒者をVRゲームに引っ張り込んだ極悪人が何を言うかね」
「罰ゲームは罰になんなきゃ意味がないんだよ」
笑うシスイさんに、憮然とした顔をする博士さん。付き合い長そうだね、なんとなく。僕たちが挨拶を交わしている間に、テトはラリーさんの方にすり寄って「すてきなびんできたのー」と報告していた。ラリーさんにこにこしながらテトのこと撫でてくれているけど、目の下のクマすごいな……もしやまた寝てないのか。
そしてイオくん、無言で頭を下げるだけで終わらずに、なんかしら話したりしませんかね……? いやまあ人見知りのイオくんには無理か。僕のコミュ力でなんとかせねば。
「ちょうどよかった。シスイさんたちってまだサンガにいます? 僕たちそろそろゴーラに行こうかって話をしてて、ご縁のあった人たちに挨拶回りしてるんです」
「そうなんだ。ゴーラは魚介類だね、海いいなあ」
「俺達の次の目的地はヨンドだ」
「……まあ、うん。そこは博士に譲るけどね」
「何が何でもヨンドだ。国立図書館に行かねばならない」
「はいはい」
シスイさんが肩を竦める。サンガからヨンドへ行く道って、思いっきり山道になるから険しいってエーミルさんが言ってたような……? 博士さんは多分魔法士系統の職業だと思うんだけど、HPは十分あるのかな。
「ナツさんゴーラに行くんですか? 海産物も美味しいですよねー」
すっと会話に入ってきたのはラリーさん。まだテトをもふもふし続けている。
「なんでみんな僕の顔見ると食べ物の話するんですかね! まあ海産物目当てですけど!」
「ですよねー」
「でもサンガには定期的に戻る予定です。ラリーさん何かお土産に欲しいものあります?」
「本ですかね」
「知ってた……!」
むしろラリーさんがそれ以外に欲しがるものなんて……あ、テトビタDも欲しがってたっけ。今日から販売しますって教えたいけどラリーさんには教えたくない。なんとかしてサリーさんにだけ伝えられないものだろうか。絶対絶対ラリーさんは危ない、過労死の影が見える……!
それこそ謎の無敵感で正道を踏み外す人がいるとしたら、ラリーさんが筆頭だと思います。
……いや、考えるのをやめよう。サリーさんに任せれば良いのだ、多分。色々なことを飲み込んで、僕は全力ですっとぼけることにした。
「じゃあなんかゴーラで本を見つけたら買ってきますねー」
「ありがとうございます、楽しみにしてますねー」
ラリーさん細かいこと気にしない人なのでそこは助かるなあ。それにしても、ゴーラ特有の本ってなんだろう。海の生き物図鑑っぽいのとか? 張り切って探してみよう。
ラリーさんとシスイさんにまとわりついて満足したらしいテトは、最後に博士さんになんとかして撫でられようとしてもふもふボディを見せつけていたけれども、博士さんは「恐ろしいほど懐っこいな……」と恐れおののくばかりであった。
こういう反応している人は動物慣れしてない人かなあ。イオくんも最初に猫カフェに連れて行ったとき猫を触って良いのかわからないって感じでホールドアップしてたんだよね、触るのが怖いらしい。特に猫は柔らかいから潰しそうとか言ってた……さすが脳筋。パワー系イケメンゴリライオくん……って前一回うっかり口にしたときこめかみをグリグリされたのでもう二度と言わないけど、本当にパワー系だなって思います!
「博士さん、それ撫でてほしいんですよ。よかったら撫でてあげてください」
「そ、そうなのか。すまんな、動物が身近にいたことがないからよくわからんのだ」
戸惑いながらもテトをようやく撫でた博士さん。テトは満足気ににゃふっとしていた。やはり全人類は自分を撫でるべきとか思っていそうだな家の猫。
ナルはテトと同時に撫でられて戸惑いの表情をしているから、こっちは撫でられるのに慣れてない感じっぽい。北の砦は少人数だったからそれも仕方がないね。
思う存分撫でてもらって満足したテトを連れて、ラリーさんたちに別れを告げた僕たちは、今度こそ病院へ向かって歩き出した。前回来たときからそんなにたってないから、ハイデンさんの病室は同じところだろうけど、一応受付で移動してないか確認してから病室へ向かう。
相変わらず1階の奥の方の病室へ向かった所、ちょうどハイデンさんの個室から出てくる人とばったり遭遇した。
「あ、レーナさん!」
「ん? おや、命の恩人さんたちじゃないか。お久しぶり……ってほどでもないかな」
相変わらずタレ目でおっとしりた感じのレーナさん、砦から助け出したときよりさっぱりした格好をして元気そうになっている。年齢も、前は30代後半くらいに見えたけど、今は20代後半かな? ってくらいまで若返って見えた。
いや、前が疲れ果てて老けて見えただけなんだろうけども。獣人さんたちってヒューマンより長生きするらしいから、年齢基準も違うのかなあ。
「わー、元気そうでよかった! この前ナーズさんにも会えたんだけど、レーナさんとミーアさんには会えなかったからちょっと心配してました」
「それは悪かったね、おかげさまでだいぶ元気だよ。ミーアも3日前に会ったときはずいぶん元気になっていたから、心配しなくても大丈夫。ハイデンのお見舞い?」
「はい! 本題はこの子ですけど」
僕がテトの背中を指差すと、チュ? と顔をあげたナルがレーナさんを見てぱっと表情を明るくした。チュ、キュ! と何事か訴えつつ、ぴょんとレーナさんに飛びついている。
「ナル! そうか、君も会いに来たのか」
「チュチュ、チ!」
「あはは、私には何を言ってるかわからないってば。ほら、早くハイデンのところに行ってあげなよ」
レーナさんが笑顔で病室の扉を開けて促すと、ナルはぴょんと室内に飛んでいった。続いて「テトもー」と家の猫が追いかけていく。その後に続こうとしたんだけど、その前にイオくんがレーナさんに話しかけた。
「……レーナもお見舞いできたのか?」
ん? なんか含んだ物言いだね……?
思わず足を止めて話の続きを聞くことにした僕に、レーナさんは少しだけためらう様子を見せた。正直に言って良いものか、と迷うような表情だ。でも、すぐに小さく息を吐いて口を開いた。
「……半分はね。あとの半分は、ちょっとした不調を診察にって感じだよ」
「……あ! ナーズさんが心配してました。レーナさんの調子が悪そうだって」
「ナーズの家と私の家は近いからね。まあ、ちょっと色々難しいんだ。私の不調は別に病気ではないから」
「病気ではない……?」
どういうことだろう。詳しく聞いちゃってもいい話かな、これ。いや、何か力になれるかもしれないしぜひ聞いたほうがいいような気がするな。どう思うイオくん? と視線を向けると、イオくんは小さく頷いた。これはGOという意味ですね、分かります。
「ハイデンさーん! 僕とイオくんレーナさんとお話してくるので、テトとナルお願いしますー!」
イオくんがGOというのならば、優先すべきはまずレーナさんだろう。というわけで僕は病室に体を半分入れてハイデンさんにそう声をかける。数日前より少し元気そうに見えるハイデンさんが、「任せてください」と笑って請け負ってくれた。テトは尻尾をパタパタさせながら、
テトおるすばんできるよー。
となぜか張り切っている。お留守番……ではないような気がするけど、まあいっか!
「さ、レーナさんどこか静かに話せるところに行きましょう!」
「……まあ、これも御縁というやつかな。それじゃあ、病院の中庭に東屋があるから、あそこでいいかい?」
息を吐いたレーナさんが提案してくれたので、「じゃあそこで!」と返事して、僕たちは連れ立って外に出た。今日のサンガも、青い空の広がる良い天気である。
歩きながらレーナさんと雑談したところによると、レーナさんにはミーアさんと同年代の妹がいたらしい。いた、という表現からわかるように、戦時中に亡くなっている。
「ミーアには申し訳なかったね、どうしても、妹と彼女を重ねてしまって。彼女を生かして返すことができれば、妹の人生が報われるような、そんな気がしたんだよ」
「それは、ミーアさんに対して申し訳ないって要素ではないと思いますよ」
「そうかな、誰かに重ねて見られるなんて嫌だろう?」
「少なくともミーアさんは、レーナさんのこと好きみたいでしたし。砦を出るときも門番さんたちの詰所でも、ずっとレーナさんにくっついてたから、ずいぶん仲良しだなって思ってました」
「そう、かな。あの子も私のことを、姉のように思ってくれたら嬉しいんだけど」
小さく笑って、レーナさんが案内してくれたのは、一度病院の外に出てからぐるっと庭に回り込んだところにある東屋。ここは患者と見舞客が気分転換に使ったり、庭を歩くリハビリ患者が休むために使ったりしているらしい。
「目立たない場所だから、案外穴場でね。先客がいなくてよかった」
と言いながら向かい合って座ったレーナさんは、穏やかに微笑みながら、僕たちにこう告げた。
「実は、今私は魔力のコントロールを失っているんだ」




