17日目:テトビタDの素敵な瓶
さて、月夜の調べは夜だけ開く店だ。ゆっくり夕飯を食べてから向かってちょうど開店時間ってところである。
相変わらず住宅街に溶け込むような店構えの静けさは、そこに店があると知っていなかったら多分見逃してしまう。
「こんばんはー!」
こんばんはー!
と僕とテトが同時に言いつつ店に入って、イオくんが少し遅れてついてくる。店の奥にレストさんが居ることを認識したと同時に、「テトちゃん!」という喜色に溢れた声が。びゅんと飛んでくるフェアリーさん、ミィティさんだ。藍色の髪をポニーテールにしている、快活な感じで明るい人だけど、怒らせたら怖いらしいよ、レストさんから聞いた情報です。
なでるー?
にゃーんと甘えるように鳴いたテトがどうぞと頭を差し出したので、ミィティさんは満面の笑みで撫でている。改めて見ると小さなフェアリーさんが巨大な猫を撫でている図ってすごくファンタジーだな。
「ミィティさん、テトビタDの瓶作ってくれたって聞いてきました! ありがとうございます、こちらお礼の品です」
「あら、対価をもらって作るのだから気にしなくて良いわよ! とってもきれいなお菓子ね、ありがとう!」
差し出した金平糖の瓶は、ミィティさんに無事に受け取ってもらえた。金平糖、ジンガさんのところに持っていったときに結構買い込んでたはずなんだけど、なくなっちゃったなあ。実は贈答用の袋に入れてインベントリに入れていたせいでアイテム名が「紙袋(金平糖)」になってて、「あれ? もう金平糖なかったっけ!?」ってめっちゃ探した。僕があれー? って探している画面を横から見てたイオくんが、「これだろ」ってあっさり見つけてくれたという……。僕の目割と節穴だなって思う。
ま、まあ喜んでもらえてるからいいでしょう!
金平糖の瓶を抱きしめてくるくる回っているミィティさんの後ろから、レストさんが呆れたような顔で出てくる。手にしているカゴに入っているのが、テトビタDの瓶だろう。
「ようレスト。それが?」
とイオくんが呼びかけると、レストさんはカゴから瓶を一つ取り出してこちらに差し出した。
「ミィティがめちゃくちゃ張り切って作ったんだけど、どうもなぁ。芸術性は求めてなかったんだけどよぉ」
差し出された瓶は、ちょっと白っぽいガラス製。栄養ドリンクの瓶って茶色ってイメージが強いから戸惑いつつ確認すると、飲み物というより香水の瓶に近かった。
「え、おしゃれ……!」
「なんか思ってたのと違うな……?」
同時に感想をつぶやいた僕とイオくんである。ラベルせっかくデザインしてもらったのに、貼ってない! と思ったらあの柄をそのまま瓶に彫り込んであるし。
「え、なにこれすごく凝ってる」
ラベル作って貼るって言ってたじゃん!? と思った僕に、レストさんは深々とため息をついた。
「ミィティが無駄に張り切ってなぁ」
「だって! ラベルにしちゃったらテトちゃんのかわいい顔がぐちゃぐちゃになっちゃうじゃない! このかわいい絵を生かさなきゃ!」
「……って言われてよぉ」
あ、はい、押し切られたんだねレストさん。ミィティさんが力説してる通り、ラベルだと水に濡れたらすぐぐちゃっとするし、剥がれやすいけれども。
「コストどのくらいかかるのこれ? 量産できる?」
「あーそれはこのくらいでて……。まあラベル貼るのとそこまで差はないかなぁ」
「おお、良心的。さすがミィティさん!」
ミィティさんがでしょー! って顔をしている。
「蓋の肉球マークがポイントよ!」
「わ、すごい。全部彫ってあるし、手が込んでるね……!」
「テトちゃんモデルの瓶に手抜きはしないわー」
ねー? とかいいながらテトをもふもふするミィティさんである。遠慮がないなこの人。でもテトはふんわり撫でられるよりもがしがし撫で回されたい方なので、ミィティさんの撫で方はお気に召した様子だ。ゴロゴロとご機嫌な音が聞こえてくるよ。
「テト見てー、ミィティさんがテトの瓶作ってくれたよ」
と瓶を見せてみると、じーっとそれを凝視した後、テトは嬉しそうに目をきらきらさせた。
すてきー。ありがとー!
にゃにゃーんとミィティさんにすり寄るテト、それを受けて大満足の顔をするミィティさんの図である。
「これはテトちゃん喜んでくれてるのよね?」
「素敵だって。ありがとうって言ってるよー」
「テトちゃん……! 喜んでくれて嬉しいわ……!!」
「でもこれかなり細かく彫ってあるけど、ほんとにこの値段でいいの?」
「ガラス瓶なんて材料さえあれば錬金釜でぽーんと作れるから気にしないで。それよりこの瓶、なんだか珍しいものを売るんでしょう? 私そっちに興味があるの」
「栄養ドリンクですか?」
「そう! なんだか素晴らしい飲み物って聞いたわ!」
えー。素晴らしいかどうかはわかんないけど……。レストさんどんな説明したの? と視線を向けてみると、そっとそらされた。これちゃんとした説明してない感じでは?
僕が言葉を選びつつミィティさんに説明している間に、イオくんとレストさんが原価計算して売価と利益の話をしている。頭いい人たちの会話だ……! なんか適当に利益出るならそれでいいし、取り分なんて半分ずつでいいじゃんと思っていたのに、割合について結構細かく決めてる感じだ。
……まあ僕はその辺よくわかんないし、イオくんに全部任せよう。
「……というわけで、疲労回復や気力回復に加え、飲むとやる気UPや集中力UPといったバフ効果が付きます。超眠いけどあと少し頑張りたいときなどにおすすめです」
「最高じゃないの……! レスト、それとりあえず1ダース買うわ!」
「1日1本まででーす」
「うちの工房12人居るの、1人1本よ!」
「そうきたか。まあミィティなら悪さしねえだろうけどなぁ」
聖水の亜種だから、体に悪いってことは無いと思うんだけどね。でもリアルで栄養ドリンクはあんまりたくさん飲んじゃいけないものだし、一応個数制限は守ってもらったほうがいいよね。イオくんが言ってたみたいに、謎の無敵感に操られて正道を踏み外す人がいたら大変だし。
「ナツ、その瓶で問題ないのかぁ? 一応品質保持機能も付いてるし、MPポーションの瓶と同じ扱いできると思うけど」
「問題ないよ、かわいいし1本欲しい。あ、テトの瓶だからテトの分も欲しい!」
「ほれ、試作品だから1本ずつ持っていけよぉ」
「やったー!」
わーい!
僕とテトが喜んで1本ずつもらって、イオくんもしれっと1本もらってた。空っぽの瓶だけど記念に……早くアイテム倉庫実装して欲しい、切実に。テトは空間収納に瓶を入れて、満足そうな顔をしている。
「じゃあ、明日納品するから、12本作ってねー!」
「おう。取り置きしておく」
ミィティさんはレストさんに「ありがとう!」と告げて、笑顔で店を出ていった。風のような速さである。もしかしてテトビタDを予約するために今日いたのかなあ。あ、でも妖精類さんだし、テトを撫でたかっただけという線もあるか。
「そういえばレストさん、テトビタDの原液どのくらいいる? 今日の夜作って明日納品に来る感じで足りるかな?」
「とりあえずミィティのは、今の手持ちで足りる。明日納品してもらえるんなら、MPポーションの瓶で5本くらいあったら助かるなぁ。どのくらい売れるかわからんし」
「分かりました!」
MPポーションは聖水作るときにたくさん消費したから、空き瓶はいっぱいあったはず。売るときは10倍に希釈することを考えると、5本分でも結構な量になるから、すぐに追加納品くれ! とかにはならないよね。
「じゃあマギプランツの粉売ってください!」
「おう」
レストさんのお店には、魔力を含んだ素材とかが結構多い。マギプランツも取り扱っている素材の一つで、粉の状態と、その粉をタブレット状に固めた固形物がある。加工前の草の状態のも一応あるらしいんだけど、これは加工系のスキルを持っていないと処理できないから、店には置いてない。
「ナツならマギプランツを買って加工したほうが安上がりだけどなぁ」
と、前回も言われたことをまた言われたけど……SPがないので……っ!
「当分粉で買う……!」
「ナツは今、<雷魔法>と<氷魔法>と<樹魔法>を取るに取れない状態で、さらにこのあと<原初の呪文>の発展スキルが待っているんだ」
「地獄じゃん……?」
「くっ、事実だからなんとも反論できない……っ! 今日<聖水作成>のレベル上げするから!」
「よし、ちょっとおまけしてやるよぉ」
「ありがとうレストさん! 頼れる!」
けらけら笑いながら、レストさんがマギプランツの粉を少し多めに売ってくれました。優しい!
「そろそろゴーラへ向けて旅に出るつもりなんだけど、レストさんゴーラで欲しいものとかある? サンガは食べ歩きのためにまた戻って来るし、何かあるならお土産くらい買うよー」
「んー、ゴーラかぁ」
ちなみに、僕とイオくんのプランでは、ゴーラ行ってヨンド行くまでは決定。その後は、その時のプレイヤー人口とか混雑具合とか見ながらナナミ行くかイチヤに一度戻ってあんまり探索できなかった所を再探索するかって感じ。
最初は地図を見ながらコース決めてたんだけど、サンガが思っていたより楽しくて長居しちゃってる現状だから、ぎちぎちに予定決めるよりゆるく臨機応変のほうが良いかなって話になった。イオくん曰く、「どんなクエスト拾うかわからん幸運の化身がいるからな……」だそうで。僕だけのせいではないと思います。
「んー、まあ手に入ったらって感じだけどなぁ。なんか、珍しい貝があるらしくてよぉ」
「貝?」
「それがなぁ。魔力を込めると光るらしいんだ。魔光貝っつったかぁ?」
なんでも、ヨンドの学者さんが最近発見した貝で、今後ランプの代わりの魔道具として使えるのではないかと研究されているらしい。ただ、見つかった数が少ないから、まずは養殖から……ということでゴーラで頑張って増やそうとしているから、もしかしたら手に入るかも? くらいのものなんだって。
「へえ、海洋研究も結構盛んなんだな」
イオくんが感心したように言う。養殖とかって現代日本でも結構難しいテーマだもんね。
「まあ、手に入ったらでいいからよぉ。何に使うかって案があるわけじゃねえし。ただ、むかーし読んだ本に、光る貝で作るレシピがあったような気がすんだよなぁ」
「何のレシピ?」
「薬だなぁ。<光魔法>と併用じゃねえと作れないやつがあったような? 後で調べ直しておくかぁ」
へー、薬かあ。なにか良いも作れそうだなあ。あ、これクエストだ。レストさんに貝を持ってくればいいんだね、無期限だからいつでもOKで助かるー。
と僕がのんびり考えていると、イオくんが軽く首をかしげた。
「レスト<調薬>持ってるのか?」
「ねえよ? 薬作るときは薬師と共同作業だなぁ」
「ああ、なるほど分業できるのか」
協力して作るとかもできるのか。それはなんかちょっと楽しそうだけど、息が合わないと大変そうでもあるな。僕もなんかイオくんと共同作業できそうなの取っておけばよかったかなーとちらっと思ったけど、SPを見て諦めた。当分無理。
大人しく<聖水作成>のレベルをあげるべし!




