2日目:欲しい物は案外見つかる
ギルド前通りの道具屋で小さいのこぎりを買って、一旦ギルドの作業場へ。
大きくて使いづらかった木材を、お守りにちょうど良さそうな手ごろなサイズに切り分けていく。あの腰痛のお守りがあるから、金策そのものは楽だと思うんだけど、多分リアルで朝が来て7時くらいから混み始めるんじゃないか、っていうイオくんの予測だ。つまり、それまでにできればイチヤから移動したい、ってことらしい。
夜を飛ばすとして、そうなるとあとゲーム内4・5日くらいで大体リアルの朝7時くらい? それまでに剣と杖とキャンプ用品を工面するのが当面のミッションだ。割と何とかなると思うので、新しいお守りの作成もやってみようかな。
<彫刻>スキルが、【フリードロー】で新しく作る方が経験値効率がいいんだよね。それに、新しい図案でお守りを作ると<魔術式>にも収録されるから、そっちのスキルも上がる。
と言うわけで、自然回復したMPを使って、まずは新しい図案を【インスピレーション】で考えてみる。ちなみにイオくんはソロでウサギ狩りに行った。このゲーム、パーティーを組んでいても距離が一定以上離れるとソロ扱いになるらしいよ。いちいち解散しなくていいのは便利だね。
えーと、じゃあ【インスピレーション】。MPは50入れてっと。前回は人が剣を持っている絵……のはず……が腰痛のお守りになってしまったわけで、今回はもう少しこう、僕たちも使いやすいのを作りたい。
えーと、例えばイオくんの持ってるラウンドシールドとかどうかな? ……防御力UP★3……15%くらいになりそうだな、もう少しいい効果ついてほしい。えーとじゃあ剣単体だとどう? ……道具の扱いがうまくなる★2……違う、違うんだそうじゃなくて攻撃力とか……。あ、杖は? 「マジカルワンド」のショップカードみたいに……魔力に関する何らかの上昇★4。うーーーん何らかのって何!
★4だし、一回これで作ってみるかな。決定、っと。
なんかいい効果でありますように! と祈りつつ彫ってみると、出来上がりと同時に<彫刻>レベルが7に上がった。いいね、順調。
で、何のお守り? <鑑定>!
身体保護のお守り 作成者:ナツ
体に作用するすべての状態異常を無効化する。
身体的状態異常無効 回数:8回
品質★4
おお、これはいい感じ! 状態異常回復って一応土魔法で呪文があるけど、成功率そこまで高くないんだよね確か。70%で回復とか、そんな感じだった気がする。多分上級土魔法で100%になるんじゃないかと思ってるんだけど、それまではキュアポーション頼みになる。
でも、キュアポーションってなんでも治すやつはバカ高い。
「薬屋アンゼリカ」で値段確認したけど、1本700,000Gもした。毒回復ポーションとか麻痺回復ポーションとかの、細分化されて1つの異常にしか効かないやつでも1個50,000Gするんだよ。それを考えるとこのお守りは重宝するはず。
身体的って限定されてるけど、精神的な状態異常もあるから、多分それとの差別化かな。混乱とか恐怖とかの状態は精神的に分類されるから、身体的の方は、毒とか麻痺とかだ。
MPポーションでMP回復して、とりあえずもう1個作っておこう。僕の分とイオくんの分。
それからポーション回復を挟みつつ腰痛のお守りを作れるだけ作る。5個が限界だったし、MP尽きそうだから<瞑想>っと。
……微妙。嫌確かに普通にしてるよりはMP回復の速度が速いけど、すごく速くはない……。スキルレベル1だから仕方ないとはいえ、レベル10でどのくらい回復速度が速くなるんだろう。そこまで速くならない気がするなあ。
うーん、これなら一旦作業場を出て、お守りを売ってからMPポーション買いに行った方が良さそうだね。ポーション類にもクールタイムがあるけど、お守りを1個作っている間に終わるから効率はいいんだよな。品質がよくなって回復量が増えると、ポーションのクールタイムも増えそうだ。
……なんて考えてたら、イオくんが作業場にやってきた。
「お?何してんだそれ」
「<瞑想>。ウサギ狩り終わったの?」
「狩場が混んでてあんまりいい仕事になんなかった。一応、多少戦利品は売ってきたけど俺の<感知>レベル低くて効率悪くてな。なんか雑用あるか?」
「このお守り売って、MPポーション何個か買ってきてほしい」
「任せろ」
「あ。身体保護のお守りは値段が知りたいだけだから、受付のお姉さんに査定だけ」
「了解」
イオくんがさっとお守りを持ってさっと消える。こういう時文句言わずに率先して動いてくれるので、イオくんは本当にえらいと思います。助かる。
しばらくすると、イオくんはMPポーション5つを抱えて戻ってきた。ギルドでもポーションは買えるから楽でいいね。
「新しいお守りは住民向けではないけど、トラベラーには絶対に売れるから1つ28,000Gだってさ。★5になったら35,000G。★1つにつき7,000Gだな」
「ん-、絶妙。多分もっとMP注げば★5になるんだろうけど、それでも腰痛の方が上かあ」
「これ俺欲しい」
「僕とイオくんの分だよ」
「よっしゃサンキュ」
イオくんはおもむろにふわふわ毛玉のウサギのお守りを外して、代わりにアクセサリ枠に身体保護のお守りを装備した。……あ、そっか気絶も身体的状態異常だ。イオくんそういうところ頭回るなあ。
「革ひも買ってきたから、これをお守りに通して、こうすればベルトに引っ掛けて結べるだろ」
「気が利くー。僕のも加工してもらっていい?」
「おう」
イオくんは僕の格好をちらっと見て、革ひもを長めにとった。あー、そっか。僕の服装は魔法系の職種向けだから、イオくんの初心者装備と違ってベルトというより帯? なんだよね。
じゃらじゃらお守りをぶら下げるのには向かなさそうだから、ペンダントにしてもらった方が助かる。さすがイオくん、気配り上手!
MPポーションを飲みながら、さらに5つの「腰痛のお守り★5」を作り上げた。これで合計10個、金額にして500,000G。イオくんの武器に必要な金額の半分は確保したので、心に余裕ができる。<彫刻>スキルも8まで上がったので、そろそろ息抜きに別のを作ってみようかな。やっぱり、ずっと同じことをやってると飽きるんだよね。
ぐーっと伸びをして肩を回すと、イオくんはどうやら<調理>をしているようでいい匂いがしてきた。うわー美味しそう、甘いやつ……これはリンゴジャム? コンポート?
「おやつだー!」
「うわ、びっくりした。急に叫ぶなよナツ」
「ごめんごめん」
まったく、とぼやきながら、イオくんはコンロの火を止めた。リンゴの形が残っているからコンポートかな? コンポートならアップルパイ食べたいけど、パイ生地ってどうやって作るんだろう。
「ナツの考えてることは大体分かるけど、残念ながら俺もパイ生地の作り方は知らん」
「えー、残念」
「まあ、今度調べるか。ほれ、このまま食え。★5のリンゴのコンポート」
「★5! あ、まさか」
「ハンサのリンゴ使って★5はさすがに己のレベル不足を感じる」
イオくんが虚無の目をしている……!
★8素材を使って失敗しなかっただけえらいと思うけど、すごく素材を無駄にしたような気がして悲しくなる気持ちもわかる。
「僕がもらった方も使っていいよ! 多分スキルレベル上がるよねこれ」
「コンポート成功で2レベル上がった。サンキュ、ナツのリンゴはなんとかしてアップルパイにしよう」
「やった」
小皿に分けてもらったコンポート、めっちゃ美味しかった。これで★5なら、★10とかどんな味になるんだろう、想像できないなあ。僕がおやつを食べている間に、イオくんはお守りの個数を確認してねぎらいの言葉をくれた。我ながら頑張ったと思うのでドヤ顔しておく。
「そろそろ2時間経つし、レンタル時間切れる前に一旦出るか?」
「木材なくなりそうだし、買い物行きたいな。キガラさんが良い木材欲しかったらハンサさん所って言ってたし、ハンサさんのところにも行ってみる?」
「あー、リンゴ売ってるなら欲しい……けど値段によるか」
★5腰痛のお守りは一旦インベントリにしまって、「良い木材」とやらがいくらくらいで買えるか確認しつつ、キガラさんのところでまた端材を買ってくることにしよう。必要なものを片付けて、木材のカスとかのゴミは【クリーン】で綺麗にし、イオくんが作った食べ物を小分けにしてインベントリに入れている間に調理器具類も【クリーン】しておく。
あ、<風魔法>のレベルが上がった。レベル5でウォール系呪文が来たね。
「【クリーン】いいな、俺も<風魔法>欲しい」
「便利だよねー。このゲーム、生活魔法みたいなの無いから、便利魔法系もアーツで追加っぽいんだよ」
「マジか。光と闇どんなのだった?」
「光が【ライト】で、闇は【ダークアイ】、夜目が効くようになる呪文だったよ」
「へえ、旅では重宝するかもな」
ゲーム内時間は午後3時くらいだったから、ギルドの外に出ると明るくてちょっと目がくらむくらいだ。先にハンサさんの果樹園へ向かう。
ハンサさんの果樹園付近は、相変わらず静かだ。僕たちは入り口になっている木の門の前に立って、ノッカーを鳴らす……と、直後に背後から、
「いらっしゃいだね」
と声をかけられて「びゃっ」と変な声を上げてしまった。イオくんが隣で笑っている。うぐぐ。
「おやおや、びっくりさせたね」
「ハンサさんこんにちは!びっくりしました!」
「うん、こんにちはだね。良かったら中へどうぞ」
軽く門を押し開けて、ハンサさんは僕たちを招いてくれる。いつまでも笑っているイオくんを放置して、僕はささっとハンサさんの後に続いた。その後をイオくんが「待て待て」とか言いながらついてくる。笑いすぎだから。自分でも変な声でたと思うけど。
「わあ、ハンサさんのところ、直売所もやってるんですね」
ログハウスみたいな見た目の建物が門のすぐそばに建っていて、「ハンサの果樹園直売所」という看板がかかっている。商品ラインナップは、リンゴと、リンゴジャム、フルーツブレンドの紅茶、リンゴの木で作ったコースター等。そして……。
「豆?」
「え、何の豆だ?」
大豆かなこれ。あっ、大豆って言ったら醤油とか味噌じゃん。
「大豆……醤油っ!」
僕が口に出す前に、イオくんが思い当って叫んだ。料理人としては絶対欲しい調味料だろうし、イチヤの街中では売ってなかったんだよね、醤油。味噌も。
「醤油が欲しくてきたのかい?」
と尋ねるハンサさんに、「ああ、いえ」と僕が答える。イオくんはきらきらした目で大豆見てるし。
「実は僕が今お守りなどを作っているので、ハンサさんがちょっと良い木材を売ってくれるって聞いたので買いに来ました」
「ふむ」
「でもイオくんは料理をする人なので、醤油とか味噌とかがとっても欲しいと思います」
「なるほど、ちょっとついてくるんだよ」
ハンサさんがにこやかに手招きをする。僕はまだ大豆にくぎ付けのイオくんの手を引っ張って、ハンサさんの後をついていくことにした。なおイオくんは引っ張られてもなお大豆に視線を向け続けている。よく転ばないなこの人。
果樹園の木々の隙間を縫うように少し歩くと、少し開けたところに出る。ハンサさんはその一角を指さしてちょっと得意げに胸を張った。おお、これは!
「蔵!」
「蔵!?」
「ふふふふふ」
立派な蔵だ。ちょっと西洋風になってはいるけど、どこからどう見ても蔵だ。と言うことはまさか、もしや。
「醤油とか味噌、実はハンサさんが作ってたり、します?」
「異世界から入ってきた調味料だから、まだこちらの世界でも大々的には広まってないんだよ。サンガでは結構流通してきたけど、イチヤで作っている蔵はここだけだよ」
「ハンサさん天才では!?」
「最高では!?」
僕とイオくんがほぼ同時に叫んだのを聞いて、ハンサさんはまたふふと笑う。
「売ってくれ! 俺には味噌も醤油も必要なんだ!」
「ふむ。君たちは生産もするトラベラーさんだから、物作りの大変さは分かっていると思うんだよ。何か君たちの作ったものを1つ貰えるなら、売ってあげてもいいよ」
なるほど?
ああ、これクエストか!
ここで何かハンサさんに渡せば条件クリアで醤油と味噌を売ってもらえるってやつかな。僕はハンサさんに「ちょっと待ってください」と伝えてインベントリを開く。ほとんどチェックしていなかった「クエスト」タブをたたくと、現在進行中のクエストの詳細が表示された。
えーと、ハンサさんの気に入るものを渡せれば、買える量が増える……だと……?
「イオくんここは僕が!」
さっとインベントリから取り出した腰痛のお守り。ハンサさんはお年を召したおじいさんなので腰痛は持っているはず、きっと持っているに違いない。つまりこれがお役に立つ!
「どうぞ!」
と勢いよくお守りを差し出すと、それを受け取ってじっと見つめたハンサさんは、たっぷり3秒後ににっこりと笑った。
「樽で売ろうかね」
「やったー!」
「マジか!」
あ、クエスト画面がS評価クリアになった。つまり樽で売ってくれるのが最高評価ということだ!
「ナツえらい!!」
とイオくんも興奮気味。ふふん、そうでしょうそうでしょう。
「豚汁とか親子丼とかも作れるぞこれ」
「最高では!?」
親子丼が作れるならかつ丼も牛丼もありでは!?
えーと味付けに必要なのはお酒と醤油とだし汁と……みりん?他の調味料が気になるけど、イオくんなら何とかしてくれるでしょう!
イオくんは嬉々として味噌と醤油を樽で買い込んだ。お金? 気にするな! と僕もGOサインを出したし、実際そこまで高い買い物でもなかった。1樽10,000G也。
流れで木材も良いものを買えたし、最後には「おまけだよ」という言葉と共にリンゴを2つずつもらってしまった。★8のリンゴをおまけにくれるなんて、ハンサさんは器が大きいな。
「ありがとうハンサさん、すごく助かります!」
「うんうん。今後も利用して良いんだよ。仕込みもあるし、出荷分もあるから、そんなにたくさんは売れないけどね」
具体的には、月に樽半分くらいなら売っても問題ないとのこと。覚えておこう。
買いたいものは買えてホクホクしながら門を出た僕たちを、ハンサさんは見送りに出てくれた。そして、なぜだか僕をじっと見て、「ああ」と。
「ナツさん、変わった<魔術式>を覚えたね」
「え」
「それは今日中に作った方がいいんだよ。できたら、イライザに見せてやるんだよ」
言い終わると同時に、ハンサさんはふっと目の前から消えた。
「……」
「……やっぱNINJAだろあの人」
「……深く考えるのはやめよう!」
そう、ハンサさんはミステリアスキャラだから。まあでもあれだよ、急に現れたり消えたりされるとびっくりするよほんとに。
「で、変わった魔術式覚えてたのか?」
と聞かれたので、改めてスキルを確認してみると、知らない魔術式が一つ増えていた。
「……ラタのお守り、って言うのがあるんだけど」
「明らかにイライザ関連のクエストっぽいな」
「あー」
さっきと同じようにクエストの詳細を確認しようか迷ったけど、迷った末にステータス画面を消す。クエスト説明でネタバレしちゃってる場合もあるし、詳細を知っちゃったら面白くないんだ、こういうのは。
僕は攻略情報とかは見ずに適当にやる派で、イオくんは大事なイベント以外は基本的に僕に任せるスタンスだから、たまにバッドエンドなクエストとかもあるけど、それはそれであるがままに流している。
なんか大事になりそうなイベントとか重要なものがもらえるクエストとかは、イオくんも積極的に意見を出してくれるので話し合い。会話は大事だ。
帰りがけにキガラさんのところまで足を延ばすと、店の外にワゴンが設置されていて、端材が売られていた。昨日の今日でフットワークが軽くて助かる。
僕たちの前を歩いていたプレイヤーがそれを見つけて、「あ、彫刻レベル上げたいから買ってくるー」「これ切ったり繋いだりしたら木工スキルとか生えないかな?」「あるかも? 検証したいし、3つくらい買うか」なんてやり取りをしていたから、結構売れてる感じかな?
僕たちが後ろに並んでることに気づいたしいプレイヤーさんの一人が、「並んでるぞー」と声をかけてくれて、てきぱきと購入を済ませてワゴンの前を開けてくれた。ありがたい。
「どうぞー。お兄さんも<彫刻>ですか?」
「あ、はい。<魔術式>の方です」
「あー、あれ使い勝手気になってたんですよ。私<魔術付与>なんですけど、そっちどんな感じです?」
「えっと」
3人組パーティーは、女性2人に男性1人。
黄緑色っぽい髪のお姉さん……いや年下かな? とにかく女の子に、<魔術式>スキルについて簡単に説明する。基本、こっちは戦闘で生かすというよりアクセサリを作ったり、住人さんたちに贈答したり、って感じの物です、ってなことを言っておいた。
<魔法付与>は、やはり魔法士以外の人に持たせて魔法を撃たせ、攻撃の幅を広げるのが良いとのこと。あとは【クリーン】みたいな便利魔法の木札を作ってパーティーメンバーに配ったり、回復を覚えたらそれも保険に、と言う感じらしい。確かに便利だなあ。
「へー、結構高く売れるんですね」
「そうなんですよ。旅道具とか装備とか欲しいんで金策中です」
「それ聞いちゃうと<魔術式>もいいなあ。でも<魔術付与>の方が手堅いし……」
「付与したものをギルドに売れませんかね」
「あ! それはできそうですよね。やってみます、ありがとう」
僕がそんなことを話している間に、イオくんがサクッと端材を購入して、ついでにキガラさんに挨拶しに店内へ。次のお客さんが来たのをきっかけに3人組と別れ、僕とイオくんはそのままギルドに戻る。
「キガラが感謝してたぞ、結構売れるらしい」
「よかったー。提案しといて売れなかったら申し訳ないなと思ってたんだ」
「ナツまだ札はできないんだっけ?」
「多分<彫刻>の上位スキルなんだよそれ。あと2レベル」
さて、ギルドで再び生産……の前に。
ラタのお守り、作ってみようかな。