17日目:炎鳥は難儀な生き物
「うむ、うむ。愛おしいのう。赤と青の炎鳥は対の存在、揃って一つ、我が半身よ。満ち足りたぞ、ああ、ようやく……満ち足りた」
よたよたと歩く小さな赤い鳥を、ソウさんは大事そうに自分の方に寄せた。寄り添う赤と青の鳥は、鮮やかで華やかで、光り輝くよう……いや、普通に光り輝いている。魔力量多いんだろうなあ。
ナツー、ほめられたー!
「良かったねテト。お仕事もえらいぞー、でも次なにか依頼受けたら僕にも教えてね!」
はーい。
よしよしとテトを撫で回して、体温が戻ったのも確認する。小さい鳥に撫でられている巨大猫、とても良い構図でしたね、スクショも捗るってものです。
……角度的にイオくんのほうが良いスクショ取れてる可能性があるので、後で回してもらおう。
「赤と青の炎鳥は、対の存在と言うのは知っていたが……。同時に生まれるということではないのか」
僕がテトを撫でている間に、イオくんはソウさんに質問をしている。それ僕も気になってたやつ……! 相変わらずイオくんは的確に僕が知りたいことを聞いてくれるのでありがたい。
「炎鳥は、それぞれが100年に1度、卵を己の魔力から生み出すのだ。それを我のようにはぐれている他の炎鳥へ渡す。我らは対にならねば空を飛べぬ。片割れだけでは、ちょっとした段差を行き来するくらいの移動しか出来ぬのでな、こういった妖精郷に隠れ住んで、どこかの炎鳥が卵を持ってきてくれるのを待ち続けるのだ」
「ぴゅ」
「……ソウは話せるが、この子は大きくなったら話せるのか?」
「1年もすれば流暢に話すだろう」
なるほど?
炎鳥はどっちかが先にいて、どっちかの卵がそこに届けられて初めて対になるってことかあ。それで、どっちかが死んだらまた対の卵が届くのを待つ、と。あー、でもそれだと道迷いの呪いがかけられたこの世界って、卵石を誰かが見つけるのも大変だし、それをどこかに届けるのもめっちゃ大変だな……!
「もしかして、ソウさんみたいに卵石が届くのを待っている炎鳥ってたくさん……?」
「居るな、賭けても良いぞ」
ものすごく軽く肯定された。ソウさんもだいぶ待ったんだろうなあ。この妖精郷は一応サンガの中にあるけど、卵石がサンガになかったら待ってても無駄なわけだし……。
多分、道迷いの呪いって、強い存在には効かないんだ。戦後に道から外れたところで亡くなった人たちを燃やして回った青炎鳥さんもいるっていうし、ラメラさんは平気で道なき道を飛んでたから、聖獣さんたちも道に迷わない。そうすると同様の力を持つ神獣さんたちにも呪いは効いてないはず。
にも関わらず、炎鳥さんは対がいないとあまり動けないから、対を探しに行けないという。もどかしいだろうし、力になれるものならなりたいところだ。
「そういうのもトラベラーに期待されていることなんだろうな」
と頷くイオくんである。
うむ、卵石を何処かで見つけたら拾っておいて、いつ炎鳥さんに出会っても大丈夫! って状態にしておきたいところだね。そう考えるとあの小屋にあった卵石も、誰かが拾って隠していたのかな。間違ってもツノチキンに突き回されて砕かれたりしないように、厳重に……。
「出会えて良かったね、お誕生日おめでとう。あと、テトに加護くれてありがとう」
僕が小さいひよこさんにそう告げると、赤いひよこさんはきょとんと僕を見上げてから、「ぴ!」と鳴いて羽をばさばさと動かした。喜んでるのかな、多分。
「さっきテトもお誕生日おめでとーって鳴いてたよ」
「あー、さっきの大声それか。そうだな、今日が誕生日ってことか。おめでとう」
「ぴぃ!」
「大儀である」
赤いひよこさんはぴ、ぴ、と何事かソウさんに訴えている。ソウさんは優しい顔でそれを聞いてうんうん、と頷いてから、テトに顔を向けた。
「そこな運び屋に、我の卵を預けよう」
「運び屋……!?」
「ナツ、怪しい表現じゃない。テトのことだぞ」
あ、そう言えばテトさんは収納持ちの運び屋……! 言葉の響きだけだと怪しい薬を運んでる人のイメージだったよ、リアルの認識は一旦忘れねば。
なにかはこぶー?
自分の話をされてる! と悟ったテトは、ぱあっと明るい表情で身を乗り出した。お仕事大好きなテトさんは、何か運べるってだけでも大喜びだ。テトの空間収納はまだまだ余裕があるからね。
「テト、ソウさんの卵石を運んでほしいんだって」
はこぶのー!
「運ぶそうです」
「うむ、元気なものだな。どれ、少し待て」
ソウさんは、どこからか2つの卵石を持ってきて、テトにそれを渡した。赤いひよこさんの卵石と同じサイズだけど、触ってみるとひんやりと冷たい。
「ひよこさんの卵はあったかかったけど、ソウさんの卵はひんやりしてるね」
「うむ。性質ゆえな。相対する力が備わっているのが炎鳥というものだ」
「これをお預かりして、赤炎鳥さんを見つけたら渡せばいいんですね?」
「左様。我らは長く生きるゆえな、おそらくどこかでのんびりと待っているだろう。どこかに対を探す赤炎鳥をみかけたら、渡してやってくれ」
100年に1度、自分の魔力から卵を生み出すって言ってたよね、さっき。ということはこの2つの卵は、200年分のソウさんの魔力ってことになる。そう思うとなんかこう、ずっしりと重みを感じるような気がしてくるね。
「テト、大事に運んでね」
おしごとー! がんばるー!
にゃー! と気合の入った声を上げたテトは、呪文を唱えて2つの卵を収納した。ふんすっ! と表情を引き締めるテトである。
「テト、卵の運び屋さんだねー」
と口にした僕の言葉に、テトは嬉しそうな顔をして、「たーまごー♪」と歌い出した。最近は食べ物以外も歌にするようです。
その後もいくつか炎鳥さんの生態系とかの話を聞いてから、ソウさんは入ってきた入口まで僕たちを送ってくれた。森に入ってから結構何も考えずに歩いてきちゃったから、道をあんまり覚えてなかったんだよね。送ってもらえて助かったよ。
すっごく軽やかに飛び回るソウさんだけど、「久々に飛ぶと清々しい」とか言ってたから、赤いひよこさんが生まれたからこそ飛べるようになったってことなんだろう。そのひよこさん、今はソウさんの頭の上に乗っかって風を感じている。
まだ飛べないから仕方ないんだろうけど、正直めちゃめちゃかわいい。スクショしました。
「そう言えば、ここって子どもたちが出入りしてると思うんですけど、危険なことはないですか?」
「うむ。捨て置かれた妖精郷であるゆえな、魔物は入り込んでおらぬはずだ」
「そうなんですね、よかったー」
キヌタくんがここに出入りしてるから、危険があったらその辺どうにかしなきゃと思ってたんだけど。ソウさんが断言してくれるなら大丈夫そうだ。
「でも、子どもがここに来て何してるんだ? 遊ぶだけなら外に公園とかあるはずだろう」
不思議そうなイオくんに、ソウさんが答える。
「なにやら、入ってすぐのところの河原で石を拾っておったな」
「石?」
「丸いのが良いらしい」
あー、なるほど。子供の頃僕も丸い石探したり平べったい石探したりしてたよ、懐かしい。平たい石は水切りして遊ぶために拾ってたんだけど、僕の器用さでは3回までしか飛ばなくて悔しい思いをしたもんだ。友達はみんな5回とか6回とか飛ばして遊んでたんだけど、未だに3回以上石をバウンドさせられる自信がないよ。
そんな話をしながら、その河原に戻ってきた僕たち。小さな小川だからここで水切りはできないかなあと思いつつ川を覗き込むと、水底の方に何かがきらっと光った。
「あれ、何か落ちてる?」
「つまむと崩れるぞ。神蛇の鱗であるな」
「神蛇……というと、神獣さんですか」
「うむ」
よーく目を凝らして見ると、川のそこには結構たくさん鱗が落ちている。これ拾えないのかあ。拾えたら子どもたちの宝物になっていただろうに……とちょっと残念な気持ちになった。
「イオくん、河原で石拾いとかしたー?」
「したことないな」
「ガラスも拾わないか……」
「なんで拾うのかわからん」
「いい感じの流木とか……」
「いやマジでなんで拾うんだそれを?」
何に使うんだ? と首をかしげるイオくんだけど、理屈じゃないんだ。なんかこう、かっこいい枝とかさ、そう言うので昔遊んだんだよ僕は。
「神獣が上流に住んでいるのなら、挨拶はしなくて良かったのか?」
イオくんがソウさんに問いかける。
「出てこぬのだからそれでよかろう。神蛇が興味を持ったならいつでも姿を見せられただろうからな」
「そんなものか」
「あれはこの妖精郷の主だ。狭い空間だが、我よりも強い存在。簡単に人前に出てくることはない」
レベル180のソウさんより上かあ……。それはますますご挨拶したかった気がするよ僕は。うーん、何か好きなものとかあったらソウさんから渡してもらうとかできるかな? 何かめぼしいもの持ってたっけ、お菓子なら結構いろいろあるんだけど……。
「お供えとか出来ますか? 神蛇さん、何が好きでしょう?」
一応ダメ元で聞いてみると、ソウさんはふむ? と思案顔だ。
「耳も目も良いのでな、何か差し出せば喜んでもらっていくだろう。たしか……珍しいものが好きだったように思うが」
「珍しいもの……」
持ってないことも無いけど、品質が高いものって感じでもなく、珍しいって観点だと難しいな……。考え込んでいると、イオくんが続けて問いかけた。
「ちなみにソウとひよこは何か好きなものあるか?」
あ、確かにそれも聞くべきだった。イオくんは気が利くのでえらいと思います。
「我らは、魔力を多く含んだものだな」
「なるほど」
「じゃあ、ソウさんとひよこさんにはこれをどうぞ」
すっと差し出したのは、リィフィさんの飴玉の瓶。見た目も綺麗だし、青いから気に入るかも……と思って出してみました。案の定、赤ひよこさんが目を輝かせて瓶に抱きついているので、たぶんこれで正解でしょう。テトがそんなひよこさんに「それおいしいのー」って話しかけて、赤ひよこさんは「びゅい!」ってなんか返してる。すっかり仲良しだなあ。
「神蛇さんには……イオくん何がいいかな」
「珍しいもの、か……。素材とかより、手作りのものがいいんじゃないか。お守りとか」
「うーん」
僕の作れるお守りの中で、神獣さんが気に入りそうな効果のものなんて無いよなあ。でも手作りというのは確かに、珍しいもののカテゴリに入るかも?
そうすると、僕が作れるものの中で一番珍しいもの……。
「……これしかないでしょう!」
取り出したるは、一時的にMPポーションの瓶につめておいた10倍希釈のテトビタD! 金色にきらきらと輝く元気の素!
「こちらお近づきの印にどうぞ!」
耳も目も良いと言うからには、こちらの声が届いているはず。テトビタDの瓶を掲げてそう言うと、2・3秒後にしゅんっと瓶が消えた。おお……!
「受け取ったな」
「受け取ったね」
思わずイオくんと顔を見合わせてうんうん頷いてしまった。ほんとにこっちの声聞こえてたんだなあ、と思っていたところ、僕とイオくんの頭上に何かが突然しゅんっと現れた。
「お?」
僕より早く反応したイオくんが、それを難なく受け止める。と同時にそのまま何かはインベントリに収納されていった。
「うん? 何拾った?」
「さらさらしてたが……」
イオくんは素早くインベントリを開いて、拾ったものを確認した。そしてぽんっと取り出したのは、銀色のきらきらした何か薄いもの。
「<鑑定>……神蛇の抜け殻らしいんだが」
「おお! え、びっくりしたすごくきれいだね」
きらきらしてるー。
てててーっと走ってきたテトが容赦なくじゃれつこうとしたので、イオくんは問答無用で蛇の抜け殻を再びインベントリに入れた。大事な素材なので引っかかれるわけにはいかないのである。にゃーん、と残念そうにするテトだけど、流石にね。
「抜け殻か。珍しい、久々の客人に滾って気合でも入れたのかもしれぬな」
とつぶやくソウさん。あっ、やる気UP……!
「大体ナツのせい」
「認めざるを得ない……!」
でももらえるものは遠慮なくもらおう。ありがとう神蛇さん!
 




