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17日目:それじゃあ川下りにでも。

「わー! すごい、屋形船だと水面が近い!」

 思わず身を乗り出した僕の背中を、その瞬間イオくんが掴む。これ絶対落ちると思われているやつ。振り返ってジト目で睨んだ僕の視線を、イオくんは小さなため息で受け流した。

「イオくんー?」

「いやナツは落ちるだろ」

「落ちないよ! 僕を何だと思ってるんだイオくんは!」

「はしゃいでるナツは落ちる可能性があるんだよ!」

 すごい、自信満々で宣言された。なんかそこまで言い切られると、本当に落ちる可能性があるのではっていう気持ちになる……! い、いや、流石にそこまで迂闊ではない……はず……!

 ナツおちちゃだめー!

「落ちないよ!?」

 テトまでなんか必死に僕の服を咥えて引っ張るんですが!? ちょっとイオくん! テトは賢いなーじゃないよ! 落ちないってちゃんと説明してあげて!!


 遊覧船乗り場でチケットを出した僕たちは、3種類の船から好きなのを選んでいいよと言われて和風の屋形船を選んだ。なんか川ならこれでしょ的なイメージがある。

 残りの2つは、観光地によくあるタイプの遊覧船と、真っ白なヨットだった。ヨットも迷ったけど、遊覧船には畳があって靴を脱いで乗るタイプだったから、心惹かれたんだよね。あ、テトは乗る前にちゃんと【クリーン】かけたので問題ないよ!

 船頭さんの説明によると、この遊覧船は北門から道なりに東門方面の水門へ向かい、そこからサンガの外に出ずに折り返してまた戻ってくる往復コースとのことだ。ゴーラまでの定期船が出ているから水路は安全なのかと思いきや、やっぱり時々魔物の襲撃はあるから、街の外までは出ないらしい。街の外に出る船は、トラベラーがクエストで用心棒に雇われたり、住人の戦闘できる人が対応のために乗船するんだって。

 イオくんが掲示板でそれっぽい話を探したところ、サンガからゴーラまでの船護衛クエストは道中に1回は強い魔物に当たって、クエスト参加者たちで協力して倒す必要があるらしい。結構緊迫感ありそうだ。


「さあ、出発しますよー。お席に座ってください」

「はーい!」

「お願いする」

 わーい!

 船頭さんの声掛けにしたがって、掘り炬燵風の席に座る僕たち。あくまでそれっぽくしているだけで、普通のテーブルセットをちょっと低いところに設置しているだけなんだけど、テトが面白がって下に潜って楽しそうだ。

 ナツおちないようにするのー。

 なんて言いながら僕の足の上に乗るテトである。落ちないよ、落ちないんだよ……! 

「テト、そこにいると景色見られないよ。隣においで、僕は落ちないから」

 ほんとー?

 なんで信じてないんですかテトさん。良いから出ておいでーともう一度声をかけたところ、テトはテーブルの下から出てきて、少し考えてから僕の太ももの上にぼふっとお腹を乗せて伏せた。テトがひざ掛けみたいな状態になってる。

 おさえててあげるのー。

「……うん、ありがとう……」

 くっ、この純粋な好意……っ! 無碍に出来ない……。あっ、ちょっとイオくん! 笑いすぎだから、これイオくんのせいだからね!? 早く落ちないって説得してあげて!!


 ってイオくんに訴えかけたけど笑顔でスルーされたよね!!

 くっそ時々いたずらっ子になるこの友人!!


「はい、右手を御覧ください。水辺通りの成り立ちは、戦後すぐの頃まで遡ります。当時はまだ統治神スペルシアによって正道が整備されたばかりの頃、王家より助成金が配られ、街の復興が進められました。真っ先に整備されたのが現在のギルド前通りと北門通りとなります。お金のある店や商人たちがその大通りに面した土地を買い占める中、水辺通りは駆け出しの料理人や見習いたちが身を寄せ合って屋台を並べたのが始まりでした。彼らの目的は、我々水夫です。水の上は道迷いの呪いが効かない為、しばらくは水路が主な輸送手段になるだろうと、時流を読んだのです」

 船頭さんは屋形船を進めつつ、歌うように街の解説を始める。すでに初老と言える年齢の、鬼人のおじいさんだけど、その声は朗々とした美声だった。

「水夫さんたち向けの食事処を並べていたってことですか?」

「その通りです。肉体労働ですから、当然食べる量も多く、複数の屋台をはしごして食べ歩くのが当時の主流でした。水辺通り全盛期には、約100近くの屋台があの通りにひしめき合っていたのです」

「へえー!」

 100も! それはすごいなあ。今でこそきれいでおしゃれな感じの通りだけど、そんな時代もあったんだね。

「朝市ができてサンガに人とものが流れ込むようになると、治安悪化を懸念して街の整備が始まりました。領主であるイルマ家を中心として、屋台を専用に置く憩いの広場が作られ、水辺通りは新しく生まれ変わったのです」

 船頭さんはすごく話が上手で、多分何回も同じ話をしているからだろうけど、めっちゃ聞きやすかった。僕とテトが目を輝かせて話に夢中になっている間、イオくんは風を浴びながらぼーっと景色を楽しんでいる。……けどイオくん、こんな何も聞いてませんって態度でもちゃんと聞いてるから侮れないんだよな。何なら僕よりよく覚えてるまである。


 船頭さんはその後も流れるように、ギルド前通りの解説を入れたり、東門建設時のトリビアを教えてくれたりしつつ、船はゆったりと東門前の桟橋に到着。ここからくるっとUターンして、今度は船着き場まで戻る。ずーっと僕のふとももを全身使って押さえていたテトは、このへんでようやく僕が落ちないということを信じてくれた。遅いよ。

「テトやっぱりなんか温かいよね。膝がぽかぽか……」

 おふとんになれるのー。

「うーん、多芸! テトできることいっぱいあってえらいねー!」

 えへへー。

 褒められて嬉しいテトは、イオくんのところにも「あっためてあげるー」と言いつつ体を擦り寄せに行った。ぬくぬくである。ついでに船頭のおじいさんにまで「おふねたのしいよー」とかいいながらすりすり。ほんっとうに人見知りをしない子だなあ。

「船楽しいそうです」

「おや、なによりですなあ」

 ちゃっかり船頭さんにも撫でてもらったテト、ほっくほくの笑顔で戻ってきて僕の隣にお座りする。尻尾がご機嫌だね。

「さあ、戻りの船は来るときよりもゆっくりになります。これはサウザン川が緩やかに北から東へと下っている為です。サンガも、実のところ全体的に坂の街になっており、北と南でそれなりの高低差があるのですが、そう見えないような設計となっています」

 おおー、雑学も豊富! でもそっか、北方向はハウンド山脈に続くから高くて、南方向は低いってことだよね。歩いてて全然そんな感じしなかったけど、たしかに北門からサンガに戻ってくると眺望が良いような気はしたかも?


 その後も船頭さんは北門通りの成り立ちや、サンガで老舗と言われる店の雑学などを交えつつ、ゆっくりと船着き場にたどり着く。往復で約1時間ほどの川下りツアー、個人的に大満足の時間だった。

「はい、お疲れ様です。このあとはお待ちかね、川魚の市場へご案内しましょう。お食事と買い物ができますが、どちらを先にしましょうか」

「まだ昼には少し早いし、買い物を先にしてほしい」

「異議なし!」

 まだ11時くらいだからねー、イオくんも張り切ってるし、先に良い買い物をしてもらいましょう! でもインベントリとちゃんと相談して買ってね、と一応釘も刺しておく。

 市場へも、船頭さんが引き続き案内役をしてくれるみたいだ。船はやっぱり少し揺れる感じだから、地面に足をつけるとやっぱりなんかホッとするね。

「テトー、お魚だよー」

 おっさかなー♪

 その場でぴょいんと飛び上がるテトである。


 船頭さんが案内してくれたのは、遊歩道からちょっと入ったところの空白地だった。この前行った「肉料理・こんがり亭」の近く。ちょっとした広場になっていて、今さっき水揚げされたばかりの川魚が並ぶ直販所って感じ。

 さーかなーっ!

 とテンションが上がっていくテトをどーどーとなだめる僕である。ここからはお買い物タイムなのだ、イオくんの。僕は魚の良し悪しとかわかんないので!

「じゃあ俺は、アユ、イワナ、ヤマメあたりを探してくる」

「イオくんは何でも知っててえらい!」

 えらーい!

「食いしん坊が2人もいるからな」

「いつもお世話になっております!」

 イオはおせわじょうずー。

 にゃうにゃう鳴いてるテトをさっと撫でつつ、イオくんは早速買い物へ向かっていった。僕は出入り口で売ってるアユの塩焼きが気になりますね……。そしてテトは、その近くの水槽で優雅に泳いでいる20センチくらいの魚の群れに興味津々だ。

 ナツー、このおさかなきらきらー!

 にゃにゃっと魚を狙うテトさん、ハンターの眼差し。さすが猫! だけど売り物だからやめようねー。僕その魚がなんていう魚なのかすらわかんないんだよー。


 ガラス水槽越しに魚と戦うテトを横目に、僕はアユの塩焼きを1本購入してその場でいただく。焚き火で焼いたアユ、焼き立てだからなのか、めちゃくちゃ美味しい。臭みもないし食べやすいし。

 串に刺して焼くアユの塩焼きって、なんかのお祭りで昔一回だけ食べたことあるんだけど、そのころは僕の味覚が子供すぎて美味しさがよくわかんなかったんだよねー。今でも肉のほうが好きだけど、魚の良さは高校生くらいから徐々に理解したって感じだ。

 味覚はなんか、どっかのタイミングですっと切り替わる事がある。

 小学生の頃の僕はピーマンとナス食べられなかったし、トウモロコシもそこまで好きじゃなかった。今となっては青椒肉絲最高! ナス味噌炒めは至高! 焼きトウモロコシは定番! みたいになってるけど。

 今苦手に思ってる食べ物も、そのうち何かのきっかけで「美味いじゃん!?」ってなるんだろうなあと思うので、苦手だと思っている間は無理に食べない。美味しく思えるようになったらたくさん食べればよかろうなのだ。そういう味覚の変化は、美味しいものはいくらあってもいいので大歓迎だよ。


 ナツー、ひとくちちょうだいー。

「いいよー。もう一本買おうか? 一口でいいの?」

 ひとくちー。わけっこー。

 甘えるようにおねだりするテトにアユの塩焼きを三分の一くらい分けてあげる。串は危ないから外しちゃってから差し出すと、ご機嫌でむしゃむしゃしたテトは、おさかなおいしーと大満足のご様子。普段甘いものばっかり食べてるから忘れがちだけど、本来猫は魚が好物……! と思い出す僕である。

 んにゃんにゃ言いながら食べているテトを見て、そこの市場で働いているらしいケット・シーさんがもう我慢ならねえ! とばかりにサケフレークを差し出してきた。あの、それ商品では……? あ、どうぞどうぞ思う存分撫でてください。

 なでるー? ありがとー!

 愛想よく撫でられるテトに、いつの間にやら市場で働いているらしい妖精類さんたちがわらわらと集まって来る。ここでも開催されてしまうのかアイドルの握手会が……! ま、まあいっか!

 イオくんが買い物終わるまでね!

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