17日目:シーニャくんはご機嫌。
いつも誤字報告ありがとうございます。
起きて朝ご飯を食べて、昨日作ったお札とかお守りを売っぱらったことにより、財布の中身は多少復活の兆しが見えた。
僕、彫刻刀新しいの買ったじゃん、朝市で。うっかり存在を忘れてたんだけど、昨日ようやくあれを使ったんだよ。そしたら普通に品質が上がって、やはり道具は大事……! ってなった次第です。良いものを使って作れば品質は上がるんだなあ。
そんなわけでめちゃくちゃ需要の高い「防火のお札」や「保全のお札」、「無病息災のお札」などを売ったところ、「くもり止めのお札」があれば売ってくださいというリクエストが来た。思わず需要あるんですか!? って聞いた僕に、ギルドの受付さん曰く、「高級品店のショーウィンドウに欠かせないものなので、とても需要が高いです」とのこと。
なるほど盲点だった。
北門通りのあの並び、絶対使うよなあ。一面ショーウィンドウって感じだもん。
そんなわけでちょっとだけ「くもり止めのお札」を作って、急遽納品したところ、よいお値段になった。イチヤでも聞いたけど、魔術式でお札とかお守りつくる人本当に今いないらしい。わざわざ作ってくれてありがとう! って少しだけ良いお値段で買ってもらえたのである!
で、僕がお札作ってる間にイオくんは優雅にテトに餌付けしていたようで、僕がひと仕事終えて合流した時に「どっ、どっ、どっ、どーなっつ♪」と歌っているテトがいました。ドーナツ、そういえば共有インベントリに1個だけ残ってたっけ。まあインベントリの枠を空けるためだから許されるけども。
「テト、ドーナツ食べたの? 美味しかった?」
あのねー、ドーナツあまいのー。まるいのー。
にゃにゃにゃーっと嬉しそうにテトがおしゃべりしてくれたんだけど、口の端っこに食べかす付いてるぞこの猫。
「テトは甘いのと白いのと丸いのが基本的に好きなんだね」
あとねー、ドーナツってなまえにナツがいるよー。すてきー。
「……確かに!」
え、よく気づいたなテト。本当に賢い。家の猫頭良い良いよイオくん!
「イオくん! テトめっちゃ頭いい!」
「何だ、どうした?」
「今、ドーナツにナツが入ってるって話をしてた……!」
「お、おう? よかったな好かれてる契約主で」
逆に契約してるのに嫌われることってある? って思う僕である。だってテト最初からめちゃくちゃ好感度高かったじゃん? まあ好かれているのは嬉しいのでめっちゃ撫でておこう。
「1時間使っちゃったねー、9時半か」
「ちょうどいいんじゃないか? 今日川下りツアーからの予定だろ」
「そうそう! 川魚!」
このツアーは、サンガにたどり着いたときに報酬でもらったやつ。川下り体験をしたら川魚の直売所に行って買い物が出来て、さらに川魚メインの食事もついてくる。契約獣も含めて3名までのチケットだから、テトも問題なく乗れるはず。
「テト、一緒に船に乗るよー」
ふねー?
なあにそれって感じのテトの反応。これは船が何なのかわかってない感じかな? まあ、船の乗り場は北門の方……ダンワン橋の西側だったはずだから、遊歩道歩いている間に説明すればいいか。
「ちょっとだけシーニャくんのお店寄ってっていい? 一応、テトにブランデー多めのお菓子あげても問題ないかどうかだけ確認したい」
「おう。じゃあシーニャの店経由で遊歩道か」
行くぞ、というイオくんの声に押されてギルドを出る。今日もサンガは良い天気だ。
レストさんとの雑談で聞いたんだけど、ナルバン王国は1年を通してあんまり気温に変化が無いらしく、北の方は標高が高くてちょっと寒いらしいんだけど、それ以外については季節によって極端に気温が変わることはないらしい。
だから季節柄雨が少ないって感じでなくて、たまたま晴れ続きなだけ、なんだそうだ。メタ的に言うと、先行体験会の期間中は天気が大きく崩れないように調整してるらしいよ、公式サイトに載ってた。
そういう話をしながらシーニャくんの契約獣屋さんへ顔を出すと、シーニャくんは僕たちの顔を見てぱあっと表情を明るくした。
「ナツさーん! いらっしゃい! さあさあ座って座ってー!」
「え、何どうしたの? なんかあった?」
「いやー、ナツさんたちのお陰で助かってるんだよー。美味しいお菓子出してあげるー」
助かってる……?? とは??
なんかよくわかんないけどシーニャくんはご機嫌だ。テトも釣られるようにわーいとはしゃいでぴょんぴょん跳ねながら来客用のソファに飛び乗った。自由だな君は。
「これおすすめのカステラ! ざらめが美味しいんだよー」
上機嫌でお菓子とお茶を持ってきたシーニャくん。カステラは嬉しいけれども、なんでこんなに上機嫌なんだろうな?
「カステラ! 美味しそう!」
あまいのー? ナツすきー?
「甘いのだよー。おいしいやつ! 僕も大好き!」
僕が好きだと断言したことで、テトの瞳が期待に輝く。まあうちのテトさんは常にキラキラしてるけどね! わくわくと僕が食べていいよっていうのを待っているテトさん、この様子を見たら意地悪はできまい。
「食べていいよー」
わーい!
にゃあん、と嬉しそうな声を上げたテトは、カステラにかぶりついて「んにゃーーーっ!」とうっとりした声を上げた。モンブランとかには敵わないけど、スイートポテトくらいのレベルの美味しさは感じたかもしれない。
「で、どうしたのシーニャくん。何かあった?」
「それがさあ、ナツさんたちがテトをつれて街を練り歩いてくれたお陰で、今契約獣人気が上昇中なんだよー」
にっこにこのシーニャくんは、今にも揉み手しそうな勢いだ。どういうこと? と首をかしげた僕の隣では、イオくんが、「ああ」と納得したように頷く。
「うちの猫が有能なばっかりに……」
「イオくんが珍しいこと言う」
ほめられたー!
「まあ要するに、テト見た他の奴らが契約獣ほしい! ってなったってことだろ」
「なるほど!」
それなら理解できる……というか理解しかない。こんなかわいい契約獣が街中をウロウロしていたら興味持つなってほうが無理だよねー。
「テトかわいいもんねー」
えへへー。
良い子良い子と撫で回すと、テトは満足げに僕の膝の上にぽふっと前足を乗せた。もっと撫でてほしい時素直に僕の撫でやすいところに来てくれるところ、とても良いと思います。
「今までは、契約獣と契約するっていうのは明確な目的がある人だけだったからさー。契約獣屋さんとしては、もう少し気軽に……っていうのも何だけど、目的がなくたって運命感じたとかそういう理由でも、契約してくれていいんだよーって思ってたんだよねー」
「まあ、ホームとかは金もかかるしな」
「でも食費はかからないじゃん?」
「本来はかからないんだよなあ」
イオくん、そんな呆れた目でテトを見ても、テトが食いしん坊なのは今後変わらないと思うよ……! そこはもう僕の契約獣ってところで諦めて欲しい。テトだって美味しいもの食べたいよねー?
カステラおいしー!
「カステラ美味しいよねー!」
「トラベラーさんにはそういう意味で期待してたんだけど、やっぱり1人1匹縛りだからか、様子見してる人が多かったんだよー。ナツさんが来て、美月さんが来て、それからしばらく誰も来なかったんだけど……」
「え、そうだったの? かわいい子とかかっこいい子とかいっぱいいるのにね」
「いやー、でもテトが卵から孵ってからというもの! トラベラーさんも住人さんも続々と来てくれたんだよー!」
「おおー!」
そりゃそうだよねー! 僕だって誰かが巨大な猫連れて街歩いてたら羨ましいよ! 住人さんたちも契約獣かわいいねって結構撫でてくれてたし、やはり猫は最強なんだな!
「ということはフォレストウォーカーが人気なのか?」
はしゃぐシーニャくんに質問するイオくん。あ、それ僕もちょっと気になるなあ。サンガでテトみたいな大きな猫、僕の他に連れてる人まだ見たこと無いんだよね。
「ううんー。まあ最初はそれ目当てで来ても、他に一目惚れしたり、契約獣の方からのアピールがあったり、まあ色んな理由で結局はばらばらかなー。今のところトラベラーさんには鳥系が人気だね、索敵ができるっていうのがポイントみたいだよー」
「なるほど」
確かにトラベラーは探索しないといけないから、実用的なスキル持ってる子に惹かれることが多いだろうな。このゲームって初期職にスカウト……いわゆる斥候系のジョブがないから、そういうスキル持ってる子なら大人気になりそうだ。
「そんなわけでナツさんたちには感謝してるからさー。あ、ところで何か用事だったー?」
「あ、そうだった忘れるところだった!」
僕は慌ててテトにお酒は大丈夫なのかって質問をしてみる。サラムさんのところに差し入れしたブランデーケーキとか、ちょっと食べてみたいじゃん。でも僕が美味しいって食べてたらテトだって食べたいから、そこは確認しておきたかった。
普通に料理でも洋酒が効いてるやつとかもあるからね、確認大事。
「お酒かー、全然平気だと思うよ。もともとマギプランツだから、ちょっとふわふわするかもしれないけど」
「あ、なるほど」
そういえばリィフィさんのお菓子を食べた時、テトがそんなこと言ってたような? テトにとってお酒はアルコールというより魔力の含まれた飲物って感じなのか……。
「じゃあアクアパッツァも大丈夫だねー」
あくあ……ぱ?
不思議そうに首をかしげるテトだけど、まだサンガでは食べないので覚えなくても大丈夫です。ゴーラで絶対食べたいね。
その後少し雑談をしてからシーニャくんの店を出ると、ちょうど別のトラベラーさんたちが店に入ってくるところだったので、会釈をしてすれ違う。「見た? 今の猫さんかわいい!」「いいなー、でも個人的には犬派かも……!」なんてはしゃいでいる女性二人組。良い相棒を見つけてほしいね。
水辺通りの遊歩道に出ると、サウザン川にはすでに船の往来が見える。イオくんがそれを指さして、
「テト、あれが船だぞ」
と教えている。……あのー、イオくん? なんでテトが船のことよく知らないってことを知ってるのかな? まさかテトの心まで読んでる??
と疑問符でいっぱいになる僕に、イオくんは、
「だってさっきナツが船って言ったら首かしげてただろ、こいつ」
だ、そうで。
「え、こわ。イケメンってここまで出来ないといけない存在……? 僕一生イケメン無理……」
「普通に」
「あれだけでここまでたどりつけるとは、さすがイオくん名探偵にもなれます!」
「ならねえよ」
ケラケラと笑ったイオくんに、テトは「テトもー! テトもめいたんていー!」と体当たりでじゃれついていった。おそろい嬉しいんだねー。イオくんは僕と違って筋力も体力もあるので、どんと受け止めてうりゃーっとテトの顔を揉む。にゃーっ! と明るい歓声を上げるテト、すごく楽しそう。
最初はイオくんに対して萎縮してたとは、今のテトを見たら誰も思うまい。良いことです。
「よし、それじゃ、遊覧船に乗ろう!」




