16日目:今後の予定を立ててみる
ラリーさんのお姉さんだというサリーさんは、セミロングの淡い茶色の髪を一つに束ねた、優しそうな女性だった。
「姉さん、こちら僕の<彫刻>の師匠のナツさんと、そのお連れのイオさんと、ナツさんの契約獣のテト! 絵を描ける人を探しているとのことだよ」
「まあ、はじめまして。ラリーの姉のサリーです。……ラリー、あなたはとりあえず寝てきて」
「後1時間くらい頑張れそう!」
「じゃあ1時間後には寝て」
「わかった!」
ラリーさんやっぱり徹夜テンションだな。このサリーさんの手慣れた感じ、もしや徹夜常連か……!
スキップでもしそうな軽い足取りで地下へ戻っていくラリーさんを見送り、サリーさんはため息をついた。それからこちらに顔を向けて、「ごめんなさいね」と苦笑する。
「ラリー、ここ数日ほとんど寝ていないみたいで、ずっとあんな感じなの。変なテンションで戸惑ったでしょう?」
「あー、いえ、ああいうふうになる人いますよね……」
僕の横とかにね! とは言わないけど、イオくんは微妙に視線をそらしたので自覚はあるらしい。睡眠は大事だから、ちゃんと寝たほうが良いよ本当に。
「それにしても……巨大な猫さんかわいいわね! 次の絵本のモデルになってほしいのだけど、出てくれるかしら?」
「えっ」
カラスくんでるならいいよー。
唐突なオファーにびっくりしていると、テトはにゃーんと肯定の意思表示をした。そっかー、テトはねずみくんよりカラスくん派だったかー。
「カラスくんと共演ならOKだそうです」
「まあ、ねずみくんのぼうけん、読んでくれていたのね! うれしいわ、あのイラストも私が描いているの!」
サリーさんはにこにこの笑顔で、あのあと絵本の売れ行きがとても好調で、第二弾をリクエストされているので本格的に作成に取り掛かろうとしている、という話をしてくれる。朝市で読み聞かせしちゃった時に聞いてた子どもたち、買いに行ってくれたのかな? もしそうだったらちょっとは売上に貢献出来たよね僕。
「テトちゃんのことは、前に街で見かけたのよ。それで、テトちゃんがゴーラまで飛んでいって巨大なカニと戦う話とかどうかしらって話をしていたの」
とぶー?
ばっさーと翼を広げるテト。うーん、真っ白でちょっと神々しいまである。さすが家の猫である。でも飛ばないよー、一旦羽はしまおうねー。
「あの、テトはスカイランナーという種族でして、空を飛べます」
「あらー。そうするとただのノンフィクションになってしまうわね、もう少しひねりを加えなきゃ……」
「あはは、おまかせしますけど、名前は変えてくださいね」
流石にテトという名前の巨大猫が出てきたら、読むの気まずいし。でもテトが主人公のモデルになった! ってなると契約主としては鼻が高いね。
その後もテトについて少し質問されて、それに答えたりした。ある程度お互いに打ち解けたところで、イオくんがすぱっと、テトビタDの説明とラベルを描いてくれる人を探している、という話をしてくれる。
こういうの、交渉が入る場合はイオくんに任せるのが一番うまく行くんだよねえ。
「ふむふむ。元気の出るドリンク……テトビタDって良い名前ね、なんだかかわいい感じで好きだわ」
「ありがとうございます!」
「そうね、テトちゃんをモデルにするなら、こう……こういう感じで、ここに肉球のマークと商品名を……」
「いや、それだと右により過ぎる。ロゴはもう少し左に……」
「そうすると……こうね! このあたり、もう少し描き込めるけど……」
「いや、シンプルのほうが映えるんじゃないか? ナツどう思う?」
えっと、なんかあっと言う間に決まってさらっと描いてくれてすごいなって思います……!
っていうかサリーさんテトビタDの文字も飾り文字っぽくしてくれてて、商品ラベルとしてこの時点で文句なしの出来栄えなのですが……プロの力……!
「かわいいと思う! やはり家のテト最高では!」
「んじゃ、これで決まりな」
「えっ、もう少しパターン描きましょうか?」
サリーさんはそう言ってくれたけど、あんまり候補がたくさんあっても迷っちゃいそうだし、今差し出された中央にテトがどーんと居るバージョンかわいいし、問題ないと思う。こういうのってこだわり始めるとドツボにハマるからなあ。
「僕はこれがいいと思う、わかりやすいし」
「俺もそう思う。採用」
「い、いいのかしら……!」
サリーさんは少し困惑気味だったけど、テトがイラストを見て「ありがとー!」ってすり寄ったので、最終的には納得してくれたようだ。テトちゃんが良いなら……! って感じで。
「それでこの商品はどこで買えるのかしら?」
「えーと、月夜の調べっていうお店で……」
レストさんのお店を説明したところ、ショップカードを渡さなくても大体わかってくれたようだ。トラベラーはフラグ踏まないといけない店でも、住人さんなら土地勘があるからすんなり行けるってことかな。ラリーさんがダースで欲しいって言ってたけど、ラリーさんにそのまま渡すのはなんか危険な気がするから、サリーさんが管理すると良いよ……! というようなことをオブラートに包んで進言しておく。
ラリーさんが過労で倒れたりしたら大変なので!
*
良いラベルが出来たので、サリーさんにお礼を言って愚者の巣穴を後にした。
そのままレストさんのお店に向かって、ラベルを預けて、ミィティさんとの交渉を任せる。後はギルドで生産して寝ようかーって話をしたところ、テトから「モンブランー!」という催促が入ったので、まずはフリースペースでデザートタイム。
くーり、くーり、モーンブラーン♪
ご機嫌なテトは尻尾をゆらゆら揺らしながらご機嫌に歌い続けている。帰り道ずーっとリピートしてたよこの歌。よほどモンブランが好きなんだね、知ってるけど。
「はい、テトのモンブラン! イオくんも食べる?」
「いや、俺はいい。ステーキ食って結構満腹」
「じゃあ、テトが食べてる間にちょっとゴーラに行く話を真面目にしようか」
というわけで、テトがうっとりしながらモンブランを噛み締めている様子を横目に、僕とイオくんはステータス画面の地図を確認した。
「聖獣の住処ではないかと言われている場所が、サンガから南東方面のこの赤いマークと、更にそこから南の青いマークだな」
「青はかなり遠いから、今回行くかは迷うところだけど。赤マークは絶対に行きたいね」
未踏破の場所だから、地図は全部真っ白だ。その中にポツンとドラゴンのアイコンだけが表示されている。色に意味がないわけがないので、多分、聖獣様の属性とかかなあ? 普通に考えたら赤は火竜とか、青は水竜とかになりそうだけど。
「アイコンタップすると説明が出るけど、あんまりヒントがないんだよね。ただ、「聖獣がいるかもしれない」って表現だから、絶対に居るとは限らないんだけど」
「俺達の目的は聖獣そのものより、サームの両親の痕跡だしな」
そうなんだよねー。この聖獣の住処がヒントだとしても、その付近にサームくんのご両親の遺品があるとは限らないわけだし。とりあえず行ってみるしかないんだけどさ。
「うーん、徒歩でどのくらいかかるかわからないけど、乗合馬車で正道通って3日はかかるわけだから……イオくんのインベントリ、食品どのくらいある?」
「溢れそう」
「アイテムボックスの購入を考えるべきかな……?」
実際売ってたし、必要かも……と考えていると、テトがハッとしたように顔を上げて抗議の声……鳴き声? を発する。
ナツー! テトもてるよー!
「うん? あ、そうだねテト空間収納持ってるから、預けるのもありだね」
いっぱいもてるー! テトのおしごとー!
にゃにゃー! と強く主張する家の働き者猫さん。
僕はステータス画面からテトのアイコンをタップして、スキルを確認してみる。えーと、テトのスキルの中では<空間収納>が一番レベル上がってて、レベル5になっている。これは常時ものを収納してもらってたり、今日みたいにマロネくんのような大きなものを収納したから……かな? あ、更に詳細で今何を収納しているか見られるようになっているんだ、便利。
えーと、スキルの説明を今更しっかり読み込んで……。
「テトの空間収納、マロネくんを入れたことからもわかるように、生き物でも入ります」
「まあそれはわかる」
「今の空間の広さは6畳ほど。なんでも入れられるけど、時間停止機能は無いから、食べ物は入れられないね」
「そうすると……使ってないアイテムとか素材を移動させるか」
「まず一応とっておいてる初心者装備一式かな」
「それだ」
初心者装備って最初しか入手手段がない上、売ってもろくな値段がつかないから捨てるのももったいなくてずっとインベントリに入れっぱなしだったんだよね。これをテトに持ってもらって……。あとは、いつか使う予定の品質の良い素材たち。劣化しないやつだけテトに渡す。
おしごとー! いっぱいはこぶのー!
たくさん収納を頼まれたテトは張り切ってにゃんにゃかと呪文を唱えた。相変わらずこの魔法の呪文だけ副音声がつかなくて気になるんだよなあ。ぽんっと影に収納したテトはドヤア……と胸を張っている。えらいぞー、すごいぞー、と褒めつつ撫でまくると、ご機嫌のテトの大音量のゴロゴロ音が響いた。
「これでインベントリ空いた?」
「まあ、あとは1個ずつしか残ってないのとかを優先的に消費すれば行けるか。リアル明日からは旅に出るつもりで、やり残してる事を消化していかないとな」
「リアル明日っていうとゲーム内では3日か4日後くらい? あ、それなら秘密基地! キヌタくんの秘密基地に行こう、明日!」
なんとなーく、教えてもらってから後回しにしてたキヌタくんの秘密基地。今なら行ってもOKと僕の<グッドラック>さんが告げている。あとやってないことは……。
「川下りツアー行って川魚買うのと、レーナの様子見に行くクエストはやらないとな」
「あー、あとグロリアさんのお店に行くって言ってたのにまだ行ってないし、オーレンさんとこに運び込まれた北の砦の子どもたちのことも気になる」
「意外とやり残しあるな。これ以上クエスト拾わないように」
「はーい」
とは返事しつつも、クエストは勝手に落ちてくるものなので不可抗力の場合は仕方ないと思う。あー、あとハイデンさんの様子も、ゴーラ行く前にはもう一度見に行きたいんだよなあ!
「とりあえず明日は、川下りツアーを先に消化して、午後からキヌタの秘密基地で予定しよう」
「異議なし!」
あとは、時間があったらマロネくんかハイデンさんの様子を見に行くって感じでいいかな。あと、隙間の時間にポーション類とマギプランツの粉は買っておかなきゃ……。
「あ、テトのお皿! 猫型のお皿売ってるところレストさんから聞いたから、それも買いに行こうね!」
ねこのおさらー! すきー!
にゃぁん、と嬉しそうな声を上げたテトの様子を見て、社長は大きく頷いた。
「いくらでも買え」
「お金は大事だよイオくん!?」
今日馬鹿高い聖水使ったから、ちょっとお金稼ぎもしないと!
次は閑話入ります。




