16日目:引っ越し完了
いつも誤字報告ありがとうございます。助かってます。
「お疲れ様ー!」
「お疲れ」
「お疲れ様でしたー!」
お酒じゃないけど乾杯して、ジンジャーエールを飲み干す。労働の後に炭酸は最高に美味しい!
あの後結局、サラムさんの家まで戻って庭に栗の木を植えたんだけど。
庭が、なんかもう、ぐっちゃぐちゃでね……。サラムさん本人も「なんっだこれは!?」と叫んだくらいに、荒れ果てていたというか……。
表からちらっと見る分には普通の庭に見えたんだけど、いざ足を踏み入れるとなると草は生え放題だし虫はいっぱいいるし池は濁っているしで、まあひどい状態だったね。
まずはこの状態をどうにかしないと木を植えるどころじゃないぞ! となって、応援を呼んだり道具をかき集めたりと走り回ることになったのだ。サラムさんが近所の人たちに声をかけたら、「マロネ来たって!?」「マロネ生きてたんかい!?」「マロネマジかよ顔見せろオラ!」とわらわら色んな人たちが集まってきた。
マロネくん、さてはめちゃくちゃ好かれてるな?
とにかくサラムさんから話を聞いて集まってきた人たちが、手にカマだとかスコップだとか色々持ってきてくれたのである。
サラムさんはサラムさんで、急に引きこもりになったのを気にしてた人が多かったみたい。呪われてたというのもあっと言う間に知れ渡って、もみくちゃにされてた。「呪われてたァ? だっせえな!」と背中をバシバシ叩いてるガタイのいいお兄さんがいたり、「痩せたねえ、肉食べるかい?」と料理を差し入れするおばさまがいたり。
そんな賑やかなご近所さんたちの力で、サラムさんの家の庭はなんとか蘇った。僕たちあんまり役に立ってなかったなーってくらいだ。
ざかざかと草と庭木の残骸を取り払って、池の水はヘドロに近かったから僕と如月くんが【アクアクリエイト】で入れ替えを手伝ったりして、すっきり平地になったその中央に、サラムさんたちが大きく穴を掘った。
「テト、ここに栗の木出してくれ」
わかったー。
イオくんの指示でテトがにゃにゃにゃっと呪文を唱えると、穴の真上に栗の木が出現する。それを数人がかりで支えて根に気をつけつつ埋めた。隣の住人だというおばあちゃんが、「栄養も大事だよ!」と肥料っぽいものをいれてくれたりもしたので、きっとこの庭でマロネくんもすくすくと育つことでしょう。
「マロネ細えなー」
「最後に見た時からあんまり変わってなくないか? ちょっと俺家から卵のカラ持ってくるわ」
「トラベラーさん、こっちにも水頼むー」
近所の皆さんがまたバタバタと動き回り初めて、如月くんが【アクアクリエイト】で水をまいて、ひと仕事終えたテトはほめてー! という感じで僕の前でスタンバイした。はいはい褒められ待ちだね、良い子良い子。
ナツー、くりいつたべられるー?
「……テトさん、あの木はマロネくんという精霊さんの本体だから、食用じゃないんだよ……」
くり……たべられない……?
「テトは今日がんばったから、今日は寝る前にモンブラン食べようか!」
モンブラーン!!
ぱあああっと表情を明るくしたテト、久々のモンブランの歌を歌い出した。
君は本当に素直で良い子だよ!
そんな感じでマロネくんの引っ越しが終了する頃には、すっかり日が傾いていた。結構な時間サラムさん家の庭にいたのに、精霊の方のマロネくんは結局出てこなかったなあ。
帰るまでに元気な姿を見たかったけど、今日は色々あったし疲れてるかも。また後日様子を見に来ることにして、僕たちはサラムさんの家をお暇することにした。サラムさんたち、近所の人たちが集まって宴会が始まりそうだったんだよね。僕たちお酒は飲まないので……。
特に如月くんは高校生なのでダメ絶対。
というわけで、3人で打ち上げを兼ねてやってきたのは如月くんおすすめのお店「グリル料理の店・テリ」! テリさんという店主さんがグリル料理を出している店なんだって。問屋通りの手前の方、グロリアさんのお店の近くの路地を少し入ったところで、僕たちの地図では空白地だったところだよ。
「働いた後はやっぱステーキですよね!」
と満足げな如月くんには同意しかないのであった。
僕もイオくんも、魚より肉派なので。
「問屋通りにもこんなお店があったとは。あんまりレストランあるイメージ無かったから見逃してたなあ」
ところで僕のオーダーはデミグラスソースのハンバーグステーキ。じっくりグリルで焼かれた肉汁たっぷりのハンバーグに、じゃがいもをまるごとホックホクにホイル焼きしてバターを乗っけたじゃがバター付き。控えめに言って最高というやつだよこれは。
「うん、美味い。これスパイス変わってんな」
とイオくんが満足げに頷いたのは、魔牛のステーキ。結構なボリュームで、スパイスをふりかけて焼いただけのシンプルさながら、そのスパイスが美味いとのこと。
ちなみに、そのままで食べるなら魔牛と呼ばれる魔物肉が人気で、ハンバーグやミンチに加工するにはコブ牛という魔物の肉が良いそうです。店の人談。イチヤにもフルーツ魔牛ってブランド肉があったよね。
「俺、サンガの飲食店全部制覇するのを目指してるんです!」
とにっこにこで言い切った如月くんは、トンテキ……なんとサンガで品種改良して育てているというネオ・ワイルドピッグという豚肉のステーキ……を豪快に食べている。特盛頼んでたけど、でっかいな? これが世にいうわらじサイズというやつなのか……!
肉を思う存分がっついている僕たちの横で、テトはスープメニューのコーンスープを頂いている。あまーい♪ と満足げだ。デザートはこのあとモンブランが待っているのでお預けです。
「マロネくん無事に引っ越し出来てよかったねー」
「ほんとですよ。解決しなかったらサンガ離れられないところでした」
如月くんもマロネくんのことかなり気にかけてたからなあ。それにしても、サンガを離れる、かあ。
「相方さん、ついに迎えに行くの?」
「えー、行きたくないです……」
「行かないのかー。サンガを離れるならイチヤに戻るのかと思ったよ」
「ゲーム内時間で1ヶ月待っても来なかったら戻りますけど」
1ヶ月って相当長いと思うんだけど、如月くんの相方さん、そんなに時間がかかると思われてるのか。なんかそれはそれですごいな。と思っていたらイオくんが口を開く。
「ナツ、俺達もそろそろゴーラ行く予定立てる頃合いだぞ」
「……ホタテのために行かねばなるまい……!」
サンガに永住しても良いんだけどさ! でもやっぱり海は1回見ておきたいよね。船で沖合に出れるとか結構ロマンあると思うし、すでに掲示板ではゴーラ近くの島から住人を救出したとか言う話も出てるし。
「ナツさんとイオさん、ゴーラ行くなら川船使って行きます?」
如月くんが尋ねる。
川船っていうのは、サウザン川を下っていく客船のことだ。サンガからゴーラへ下る定期便は1日1回出港していて、2日かけてゴーラへたどり着く。けど、逆にゴーラからサンガへは緩やかな登りになるからスピードが遅くて、倍の4日ほどかかるらしい。
あとはイチヤからサンガに来たときと同様に乗合馬車もある。これは行きでも帰りでも3日ほどの日数かかるはず。交通機関を使うならそのどちらかなんだけど。
「この前イオくんと話して、歩いていくことにしたよ」
「歩くんですか? 地図も埋めなきゃいけないし、それもありですね」
「地図もだけど、僕たちは聖獣の住処かもしれないところに足を運びたくて。……あ、そうそう。この本如月くんに回すね」
ずっと持ってたサームくんの本。「ナルバン王国に住まう聖獣」……これはトラベラーたちの間で回してね! って趣旨の本だから、誰に渡そうかなーって考えてたんだけど、やっぱり如月くんかなと。如月くんなら、変な人に渡さないだろうし。
「おお? 聖獣の本……」
「そうそれ読むとね、聖獣がいるかも知れない場所が地図にでるから」
「は!?」
「トラベラー同士でやり取りしてね、って感じのアイテムらしいから、信頼できる人に回して」
「如月なら安全だろう」
「だよねー」
僕とイオくんが顔を見合わせてうんうん頷いていると、如月くんは「ええええ!?」と大げさに驚いてた。そんな驚く事じゃないと思うんだけどなあ。って言ったらすごいジト目で見られた僕である。
「この人たちやっぱ別ゲーやってる……!」
アナトラやってますぅ!
*
素晴らしい夕食を終えると、外はすっかり暗くなっている。これから生産するという如月くんと分かれて、僕とイオくんは川南通りへ向かうことにした。ギルドに戻って生産しても良かったんだけど、その前にやらなきゃいけないことがあるのだ。
「愚者の巣穴へ行こう。テトビタDのラベル作ってもらわなきゃ!」
「そうだな」
時刻は午後7時頃だけど、ラリーさんの住民情報を確認すると愚者の巣穴にいるらしい。とりあえずイラストを描ける人を紹介してもらいたいんだよね。
「ラベルか……この世界のシールは紙材質だから、液体とはあんまり相性がよく無さそうなんだが」
「イオくん難しいことを考えてる……! 防水加工は流石に無いよね、多分」
「商品にするからには、その辺こだわりたいんだが」
「出たよイオくんの謎のこだわり。妥協して?」
「挑戦する前に妥協はしねえぞ?」
なんて話をしながら、病院前通りにある私立図書館・愚者の巣穴へ到着。明かりがついているし、門も相変わらず開け放たれているから、入っても大丈夫そうだね。
僕たちが二度目の図書館に足を踏み入れると、ちょうど地下へ続く階段からラリーさんが上がってきたところだった。あれ、なんかやつれてない? と思った僕に、ラリーさんは「ナツさんじゃないですか!」とやたらハイテンションな声をかけてくる。
「先日はありがとうございました! いやあ<彫刻>奥が深い! お守り作るの楽しいですねー!」
「……ラリーさん、寝てますか?」
「もちろん寝てます! 3時間くらいは!」
「あ、それ多分だめなやつ。寝てください」
「今はまだその時ではない……!」
うわー、めちゃくちゃテンション高い。これは3徹目のイオくん並のテンションだ、ねえイオくん? と視線を向けると、イオくんも複雑な表情だ。僕はすぐ眠くなっちゃうから徹夜とか出来ないけど、イオくんは起きていられるからさらっと徹夜するんだよね。
2日目くらいまでは違和感ないのに、3日目で一気に物言いが辛辣になってテンション上がるイオくん、前回はなんか徹夜で角煮作ってたっけ。
ナツー、このひとだいじょうぶー?
テトさん優しいね、でもダメかもわからんのだ。ちょっとテトの癒やしパワーでも正気に戻れるかどうか……。あ、イオくんがラリーさんにそっと何かを差し出した。……ちょっと待ってそれはテトビタDなんだが!? まだ流通前のやつだよ!?
「ん? なんですかこれ。……てとびたでぃー?」
「良いから飲め。飲んでしゃっきりして俺達の話を聞いてくれ」
「あ、はい。飲めば良いんですね。では失礼して」
ラリーさんもなんのためらいもなく飲むね!? そしてイオくんはなぜ満足気に頷いてるのかな!?
「……!? これは!」
ラリーさん、ばあっと表情が明るくなった。そしてなぜか腕をぐるぐる回し、その場で軽くジャンプして、「おおー!」と感嘆の声を上げる。
「なんか……よくわからないけど……力が湧いてきます!」
「そうだろう。この素晴らしい商品をな、なんと売りに出す予定があるんだ」
「ダースで買いましょう!」
「まあ待て。その前に商品のラベルを作る必要があるんだ、誰か絵心のある人材に心当たりがあったら紹介してほしいんだが」
イオくん、悪徳商人みたいになってるー! いや、まあ確かに商品の良さをわかってもらったうえで描いてもらうのが一番だとは思うけど……でも今の状態のラリーさんに飲ませて良かったのかなあ、なんか過労死の気配がするんだけど……!
ハラハラする僕を尻目に、ラリーさんはうむ、と一つ頷くと、力強く請け負った。
「そういうことなら紹介しましょう、姉のサリーを!」
おお、ラリーさんのお姉さん!




