16日目:とりあえず生姜焼き!
いつも誤字報告ありがとうございます。
先人の言うことはたいてい正しいのである。
そう、たとえばお腹が空いては戦は出来ぬ、とか。
「会いたかったよ生姜焼きー!」
「この店の前通った時めちゃいい匂いしたもんなー。昼これしかねえだろと思った」
「僕も!」
というわけで、水辺通り沿いの定食屋さん「肉料理・こんがり亭」にやってきた僕とイオくんとテトである。このお店はダンワン橋のすぐ近くにあるお店で、11時開店。水夫さんたちに人気のガッツリスタミナ系肉料理のお店なのだそう。
お菓子とパンを買った時に、仕込み中の生姜焼きの匂いがめちゃくちゃ漂っていて、もうこれ食べに来るしか無いよ! とイオくんとアイコンタクトを交わしておいたのである。やっぱり肉は良いものなので!
おにくー?
「そうだよー。テトにはデザート頼んであげるねー」
つめたくないあまいのあるー?
サラムさんのお家ではずーっと大人しく良い子だったテトは、外に出た瞬間からご機嫌のるんるんステップだった。知らない人が居たから、一応それなりの配慮をしていたらしいよ、賢いね。
とりあえず僕たちは、午後1時にあらためて南西門集合ということで一度解散して、各自昼食を取ることになった。考えなきゃいけないことも多いし、準備もある程度必要だから、別行動のほうが効率が良いだろうってことになったんだよね。
マロネくんもおそらく呪われている、と判明したので、その対策を考えなくてはならない。
と言っても、呪いのアイテムを解呪するには聖水、もしくは聖職者の魔法が必要となるわけで……聖水は【ピュリファイ】で作れるけど、<光魔法>の【ピュリファイ】が呪いに直接効くかっていうと、効かないんだよこれが。
そもそも聖水が、この【ピュリファイ】という魔法に込められた呪いを解呪する要素を抽出して、ぎゅっと濃縮したもので……マギプランツが水と魔法の成分を結ぶ役割をしているとか解呪の効果を上げているとか何とか……まあそんな感じのものなので、ただの【ピュリファイ】だと軽度の呪いでも解呪は不可能。
もちろん、【ピュリフィケーション】【ハイピュリフィケーション】でも、魔法での解呪は出来ない。もしこれらの魔法で呪いを解く、となると聖職者になる必要がある。
聖職者については、まだ全然条件がわかってない。トラベラーがなれるのかさえもわからないらしい。ただ、聖職者になることができれば【ピュリファイ】をはじめとする浄化系の魔法で呪いを解呪できる……らしいよ。聖職者というけれど、教会に所属する必要はないとか、なんかよくわかんないんだよねこの辺。まだ開放されてないシステムかもしれない。
まあ、全部レストさん情報だから、僕もあんまり詳しくはわからないけど。
そうなると、聖職者ではない僕たちが取れる手段は聖水のみだ。しかし手持ちは現在、浄化の聖水が残り2つ。これだとちょっと心もとない。
なので、僕とイオくんは聖水の買い足しへ。如月くんは別ルートから聖水を買えるところを探しに。サラムさんは長いこと引きこもってて全体的にもさもさしているので、身だしなみを整えたい、ということになったのである。
レアなショップカードは人に渡せないから、そのカードを貰った本人かそのパーティーメンバーしか店に入れない。如月くんにはお世話になっているから僕たちのパーティーに入れたいのは山々なんだけど、そうするとイオくんのスキルバフがリセットされてしまうので、そこはごめんねってことで。
とは言え、如月くんも全く心当たりがないかというとそうでもないらしいので、健闘を祈ろう。
僕たちはとにかく、聖水を買いに行く前に腹ごしらえだ。
アナトラ世界の食事処は、結構イラスト入りの丁寧なメニューを作っている店が多い。この店も例外ではなくて、イチオシされていたのはこんがりオーブンで焼いたチキン。自家製ハーブたっぷりの香草焼き……という文字列にも惹かれるけど、さっきから店内に充満しているこの生姜の匂いには勝てない。
本日の日替わり、豚肉の生姜焼き定食。これは行くしか無いでしょう!
「あ、テトにはデザートのプリン頼んであげるね!」
ぷりーん!
にゃーん、とご機嫌な鳴き声をあげるテトである。前にジェラート買った時発覚したんだけど、テトは冷たい食べ物苦手らしいので、アイス系は頼めない。そうするとパフェとプリンの2択なんだけど、パフェだと器の関係でテトが食べにくいから、プリンで決定。
そう言えばレストさんに猫型のお皿売ってる店聞こうと思ってたんだっけ。これから会いに行くから聞いておかなくちゃ。
注文を取りに来た店員さんに生姜焼き定食2つとプリンを頼んで、プリンはできれば平皿でくださいと言ってみると、店員さんは快くOKしてくれた。そのまま待っていると、すぐに定食が運ばれてくる。この店は水夫さん御用達のお店だから、安い! 速い! 美味い! が売りなのだそう。
確かに、ここのランチは一律500Gという破格のお値段なのだ。ただし、売り切れたら終了という制限付きだけどね。
「いただきまーす!」
「いただきます」
ぷりーん!
「んー! 甘じょっぱいタレにしっかり漬け込まれたお肉の柔らかさと生姜の香り……! よく知ってる味とちょっと違うけどかなり近いね、さっぱり目かな? 美味しい!」
「うむ。生姜焼きだ」
醤油使ってないんじゃないかなこれ。どんな調味料で再現したのか謎だけど、めっちゃ近い味になってるし、生姜たっぷりで美味い。これで500Gはかなり安いと思うぞ。
ぷりんやわらかいのー。ナツー、あまくておいしー。
「テト、プリン気に入った? イオくんが作れそうなら作ってもらおうか」
「スタンダードなやつなら」
ほんとー? イオはよいりょうりにん! ありがとー!
「イオくんは良い料理人だって」
「料理人じゃねえんだわ」
「ありがとうって」
「礼は受け取るが」
料理人じゃねえんだわ、ともう一回繰り返したイオくん、テトのきらきらの眼差しを受けて、まあいいかと肩をすくめた。もう半分料理人だから諦めて認めれば良いのにねえ。
「レスト、今在宅になってるから、訪ねれば居ると思うけど。頼み事するわけだし、なんか手土産持ってくか?」
「スイートメロウで買ったくるみといちじくのパウンドケーキが余ってるからこれでいいかな。レストさんは善人なので、変にごまかさずに包み隠さず正直にお願いすれば開店前でも売ってくれると思う」
「だといいな。ついでに呪いについて聞き出せることがあったら聞いておこう」
「うーん。マロネくんは体が透けるんだから、ペンダントを身につけてるってことはないよね。どこに隠し持ってるんだろう」
「本体が木だからな。そんなにでかい木でも無かったが、枝から根まで、捜索範囲は広い」
なるほど、でもそうなると捜索かなり大変そうだなあ。
マロネくんを<鑑定>しても流石にわからないだろうし……あとは<罠感知>が反応すればわかるかも? いずれにせよ、問題は呪いの進行度だ。
「呪いが重度になってたら白光の聖水か破邪の聖水でしか解呪出来ないから、できれば白光を作ってもらいたいんだけど……」
「高い」
「それ」
いや、クエスト真面目にこなしてるし、買えるくらいはあるよ。あるけどさ、買ったら一気に貧乏になるんだよ。だって1本500,000Gだよ! 消耗品にこのお値段! 秘蔵の高品質アイテムを売れば余裕で賄えるけど、武器強化に使えそうなアイテムは絶対売りたくないし。周辺で集められるアイテムは全部売り払ってるしなあ。
あー、でもお札が作れるから、今日は久々に生産すればいいか……。
「最近怠けてた<彫刻>を頑張ります」
「それしかないかな。じゃあ俺はプリン作るか」
「焦がしカラメル多めで!」
「はいはい」
ぷりーん、ぷーりん、ぷーりーん♪
「テト、プリンの歌作ったの?」
イオがつくってくれるからおうえんなのー。
「気が早いと思うよ……!」
昼食に満足した僕たちは、その足でレストさんの家へ向かい、事情を話して聖水を補充させてもらった。レストさんは「また人助けしてんのかぁ。まあ、良いことだけどよぉ」とか言いながら、目の前で白光の聖水を作ってくれたよ。
【ハイピュリフィケーション】、エフェクトがめっちゃきれい。【ピュリファイ】もきれいなんだけど、なんとうかこれを唱えているレストさんは神聖な存在なのでは……? ってくらい、清浄で美しい。聖水にするために圧縮してるから余計に光が濃縮して輝いているのかもだけど、これ普通に範囲魔法で見たらめちゃくちゃ神々しい魔法だろうなあ。思わず拝んだ僕に、レストさんは真顔で「やめろ」と言ったのだった。はい。
「ほい、白光の聖水。500,000Gなぁ」
「支払いはこれで」
「まいどー」
共有財布から支払って、ついでに使った分の浄化の聖水も1本買い足して……本音を言うなら白光の聖水もう一本欲しいけど、流石にお金がないので我慢。
「ねえレストさん、どうかな、マロネくんはどこに呪いのアイテムを持ってると思う?」
「んー、そりゃ見てみねえとわかんねえけど。ナツせっかく【ピュリファイ】使えるんだし、その精霊に使ったらいいんじゃねえの」
「え? でも浄化魔法では解呪は出来ないって聞いたよ」
「できねえけどぉ。でも浄化はできんだろぉ? その木の精霊が呪われてるんなら、魔法使ったら呪い……っつーか、瘴気か? 黒いモヤみてえなのが見えるはず。呪いが浄化に抵抗すんだよぉ」
レストさんが言うには、もともと浄化魔法っていうのは呪いの可視化にも使われていた魔法なのだそうだ。戦争末期の頃、呪いがものすごく流行った時期があって、その時に人を集めて一気に浄化魔法をかけて、黒いモヤが出た人が呪われている! って判別したんだって。
「その黒いモヤが、一番濃いところを探す。たいてい、呪いのアイテムがその中心にあるからさぁ」
「なるほど……有益情報!」
さすがレストさん、頼れる! えらい! と褒めていたところ、テトもレストさんにすり寄って「えらーい」とか言ってた。テトさんやっぱり僕に似るんだな……。今後は僕とテトでダブルで褒めていこうと思う。
良い情報を聞けたし、なんとかなりそうだ。
ということで、まだ少し時間は早いけど、先に南西門へ向かおう。サラムさんがどうしても一緒に行くと言っていたから、合流したら如月くんとパーティーを組んでもらって、正道の外に出ても迷わないようにするのを忘れないようにしなきゃね。
「じゃあレストさん、ラベル作ったらまた……」
「ナツ」
別れの挨拶を告げようとした僕の脇腹を、イオくんが肘でつつく。え、なに? と首をかしげた僕に呆れた視線を投げつつ、イオくんはぼそっと言った。
「手土産」
「……毎回忘れる! ごめんレストさん、これ店開けてもらったお礼!」
絶対美味しいくるみといちじくのパウンドケーキです! お納めください!!




