16日目:サラムさんに会いに
なんとこのパン屋さん、ナーズさんの奥さんのお店でした!
10年ナーズさんの帰りを待ち続けた奥さんは、子どもを育てるためにも稼がねば! と奮起し、ナーズさんにいつも褒められていたパンを作って生計を立てることに決めたのだそう。周囲の人たちは再婚をすすめたりもしたのだが、奥さんが一途な人だったようで、帰りを待つと決めていたのだとか。
そしたら本当に10年も経ってからナーズさんが戻ってきたものだからびっくり仰天、近所の人たちも総出で迎えに行っての大歓迎会が開かれたとかなんとか。
「あなた達がうちの人の生命の恩人か! 好きなだけ持っていきなさい!」
と、えらく男前の奥さんに山程パンを持たされた僕たちである。次からはちゃんと買いますね、と言っておかないと一生無料とか言い出しそうな勢いだった。
わんぱくそうな息子さん15歳も、ぶっきらぼうに「ありがとな!」っていいに来てくれて、だいぶほっこりしたよね。ナーズさんは息子さんの成長を見られなかったのは悲しいけど、未来があることが嬉しくて仕方がない、ってなことを言っていた。
「俺とミーアは病院でも問題ないと太鼓判を押されて退院してますから、あとは体力が回復すればという感じなんですが。レーナは少し体調が悪いみたいで。もし皆さんがどこかでレーナに会ったら、気にかけてやってくれませんか」
というナーズさんの言葉に「もちろん!」と答えてからパン屋さんを出た。いや、居座るとまたさらに焼き立てのパンとかくれそうだったから……。流石にあんまりたくさん貰い物するのは申し訳ないし。
「今のクエストですよ、ナツさん」
店を出て今度は焼き菓子のお店に向かいつつ、如月くんがそんなことを教えてくれた。
「レーナさんを気にかけてってやつ?」
「はい。なんだかんだ気になりますよね、俺もハイデンさんのお見舞いに行こう」
「ナル連れてってあげて」
「了解です」
ナルー? またあいにいくのー?
「如月くんがね。僕たちもまた会いに行ってもいいけど」
ナルよいこー。マロングラッセわけてあげるのー。
にゃー、とそんなことを言うテトである。大好きなマロングラッセをわけてあげるというくらいだから、テトとナルは思ってたより仲良しそうだね。まあ背中に乗っけてたし、なんかずーっととぼけた会話してたしなあ。
パン屋さんから左方向へ4軒目、焼き菓子「スイートメロウ」でサラムさんへの手土産を購入。今回は甘いものが好きかどうか情報がない男性だから、甘さ控えめのものが良いかなあ、と話をしていたら、店員さんが熱烈にブランデーケーキを勧めてくれた。
「こちら、お酒好きな男性に好評なんです! 甘さも控えめで作ってますよ!」
お酒も好きかどうかわからないんだけど、店員さんの勢いに押されて購入。あの店員さん、ブランデーケーキ好きなのかなあ。
まあ、お酒駄目だったら別のものを渡せばいいからね。ということで、自分用にくるみといちじくのパウンドケーキを1本、マドレーヌを9個、ダックワーズを9個! あとバウムクーヘンがあったから何個か……この辺は僕が買うからイオくん、その大量のクッキーは一旦置こうか、そんなに買ったらインベントリがいっぱいになるよ。
「テトのおやつ……」
「僕のおやつから出すから大丈夫」
おやつー!
にゃにゃーっと僕とイオくんに交互にすり寄るテトである。イオくん、契約獣は基本魔力さえあれば生きていけるってこと忘れてない??
「イオくんすでにいっぱいお菓子インベントリに貯めてるでしょ……」
「無いよりはあったほうが……」
「ただでさえ料理大量でインベントリ圧迫してるんだから……」
イオくんはしばらく無言で自分のインベントリを見つめたあと、断腸の思いでクッキーの購入を断念した。
丁寧に梱包してもらったブランデーケーキを受け取ってインベントリへ入れていると、イオくんは如月くんにおにぎりとおかずを皿ごと何個かプレゼントしてインベントリを空けていた。やっぱりパンパンだったんじゃん!
「さ、行くか。サラムの家は北門近くの住宅地だな」
何事もなかったかのように歩き出すイオくんである。
「如月くん、インベントリ大丈夫?」
「あ、素材こまめに売ってるんで大丈夫です、ありがとうございます!」
如月くんは喜んでるっぽいので良かったけど。朝ご飯にはイオくんの作ったやつを食べるようにしてるんだけど、料理は1回作ると複数個できるからねー。イオくんのご飯も美味しいけど、サンガは美味しい料理屋さんが多いから、どうしてもお店に目が行ってしまうのも敗因かなあ。
ゴーラへ行くときは歩きで行くつもりだから、その時にはキャンプ用品もイオくんの料理も大活躍すると思うけど。
「イオくん、アーダムさんからサラムさんがどんな人なのかとか聞いてない?」
「ああ、多少は」
歩きながらイオくんが語ってくれた内容を整理すると、サラムさんとは幼馴染で、小さい頃から同年代の遊び相手として一緒に育ったのだそうだ。
アーダムさんはその後、大きくなるにつれて剣技を磨き、盾術や捕縛術を習得して16歳で兵士見習いとしてサンガの防衛隊に入った。その後、イチヤから兵士の補充要請があって、まだ若かったアーダムさんと数人の若人たちがイチヤへ向かったという経緯がある。
サラムさんはというと、手先が器用な人だったらしく、武器や魔道具の修理をして裏方に従事していたらしい。ただ、妹のサフルさんは魔法の適正があって、崖方面の前線基地に行っていたと。
「アーダムがいうには、昔は闊達で前向きで割り切りの良い……竹を割ったような性格のやつだったらしいんだ。それが、妹が死んでからというもの、すっかり別人のようにしおれてしまったと」
「しおれて……激変だねえ」
「身内が亡くなったなら、わからないでも無いですよ。妹さんが心の支えだったのかもしれませんし」
「アーダムも、手紙のやりとりは結構していたらしいんだ。だがその手紙の文面が別人かってくらい変わってしまったから、魔族のなりすましを警戒して戦後何度か会いに来たそうなんだが」
「本人で間違いなかったんだ?」
「そうなんだよな。それで、それ以降は人づてに様子を見てもらったりしていると」
「イオさんのその話だと、マロネくんと知り合いなのは妹さんの方ぽいですね。サフルさん、崖方面の前線基地にいたって話ですけど、それ多分マロネくんがいた辺りってことですよね?」
如月くんが言うのに、イオくんは「そうだな」と頷いた。
ダンワン橋を渡ってすぐ、高級そうな楽器店の隙間を縫うように現れた細い路地を入ると、住宅地に出る。地図でいうと新人通りと木目通りの間くらいかな? その路地には特に名前がなくて、小さな公園で子どもたちが遊んでいたり、洗濯物が外にたくさん干してあったりと、かなり生活感が強いところだった。
「ここだ」
イオくんが足を止めたのは、その住宅地の中でも比較的古そうな、そこそこ広い庭のある一軒家。こぢんまりとした建物に池に庭……日本家屋だったらめちゃくちゃ雰囲気良い感じだっただろうなあ。
「ここはもともとアーダムの家族が住んでいた家らしいんだ」
「え、そうなの?」
「ああ、アーダムがイチヤの方で役職について、これは引っ越したほうが良いとなったそうでな。その頃はアーダムの父親とサラムしか住んでいなかったから、サラムにもイチヤに来るよう誘ったそうなんだが、首を縦に振らなかったらしい。それで、家の管理を任せていると」
その話から察するに、サラムさんにはご両親がいないのか。うーん、妹さんとたった2人の家族で生きてきて、その妹さんを亡くしたんなら、大きなショックを受けても仕方がないように思えるなあ。
この家には魔力を流して鳴らすチャイムがあったので、如月くんが率先してそれを鳴らした。しばらくすると、家のドアが開いて1人の男性がのっそりと顔を出す。
「どちら様?」
覇気のない声がそう問いかけたので、それにはイオくんが答えた。
「俺達はアーダムの知り合いだ。お前がサラムであっているか? 頼まれて様子を見に来たのだが」
サラムさんは、なんか全体的にやつれた感じの、顔色の悪い人だった。
髪もぼさぼさだしヒゲも伸ばしっぱなしって感じだし、目の下に大きめのクマが出来ている。服もなんかよれよれなのを着てて、それがよけいにくたびれた感じを強くしているんだな。なんかちょっと引っかかるというか、違和感を感じるところもあるんだけど……まだその正体はよくわからない。
もさもさー。
とテトも横で言っている。うん、確かにもさもさだね……。
「……彫刻師をしているサラムだ。アーダムの使いか……立ち話もなんだから、どうぞ」
そのもさもさサラムさんがぼそぼそと話すので、ちょっと聞き取りづらい。僕はインベントリからブランデーケーキを取り出して、「手土産です、よかったら」と手渡すことに成功した。反応が薄いから喜んでるかまではわからないんだけど、家の中に入れてくれたんだから、まあ悪くはないでしょう。
サラムさんの住んでいる家は、外見同様に中も古びた感じだった。良く言えばレトロ。悪く言えば古ぼけた感じというか。丁寧に管理はされているんだろうけど室内の色味が全体的に暗いんだよね。カーテンも締め切っているみたいで、こんな中でずっといたら気が滅入りそうだなあ、という感想。
ソファへどうぞと言われたので3人で座って、サラムさんが珈琲を入れてくれている間に自己紹介を済ませる。僕の隣の床に座った巨大白猫が「テトだよー」といつものあざといポーズをしてみせたけど、当然のようにスルーされてた。ですよね。
不服そうなテトは、僕が横から撫でておきます。
「これ、アーダムから預かった手紙だ。読んでくれ」
珈琲が全員に行き渡ったところで、イオくんがまずアーダムさんからの用件を切り出す。様子を見るのと、手紙を渡すのが達成されればアーダムさんのほうのクエストは終了だ。サラムさんが無口なので、なんとなーく無駄話も出来ないまましーんと沈黙する室内で、サラムさんはさっと手紙に目を通した。それから、ゆっくりと息を吐く。
「アーダムは、元気か?」
やがてサラムさんが口にしたのは、当たり障りのない質問から。
「ああ、門番としてきびきび働いているぞ。子供が可愛いという話をよく聞かされた」
「そうか。……一度は会いに行きたいが……」
サラムさんはそこで言葉を区切ってしまった。多分、遊びに来ないか、みたいな内容だったんだろうなあ。うーん、それにしても会話が続かない。ここは僕が! あえて空気読まずに! スパッと先陣を切りますか! よし!
「サラムさん、不躾なんですけど、マロネくんっていう栗の木の妖精を知りませんか?」
「マロネ?」
僕がさくっと切り出してみると、サラムさんは少し予想外の名前を聞いた、みたいな表情をこっちに向けた。これは確実に知っている顔。
「まだ生きていたのか」
「はい。崖の上に大きな墓地があって、守っていたみたいでした。そこを動きたくないって」
「……馬鹿が」
苦々しくつぶやくサラムさんの表情は、なんとなく困ったような顔に見える。
「生意気なガキだったが、そこまでする必要は無いだろうに。あいつは、妹と恋仲だったんだ」
「え」
「マロネは精霊だから、ヒューマンのサフルとは結婚は出来ても子供ができない。それに、寿命が違い過ぎるからな。最初はうまくいくはずがないと反対したんだが……あんな時代だ、少しでも何かすがれるような希望が欲しかったんだろうさ」
戦争中だったから、精霊の木を街の中に移動させるなんて話も出たには出たが、そんなことをやっている暇はどこにもなかった。と、サラムさんは続ける。
「マロネは精霊なだけあって魔法も上手かったし、結局はサフルと一緒にあそこで戦っていた。助け合って、手を取りあって生きるために頑張ってくれるなら、それも良いのかもしれないと思って、交際を許可したんだ」
だが、と、サラムさんは息を吐く。
「生き残ってしまったのか。……かわいそうにな」




