閑話:チャーハンはお店で食べたい派閥
いつも誤字報告ありがとうございます、助かります。
「エビチリ、焼き豚チャーハン、そして餃子!」
「酢豚、海鮮チャーハン、更に餃子」
「はいよまいどー。あ、今日のお勧め五目春巻きいかがっすかー? 揚げたてっすー」
「くっ、さすがお兄さんいつもお勧めありがとう! 追加で!」
「了解っすー」
さて、話題はチャーハンだ。チャーハンについて語らねばなるまい。
家庭で作られるチャーハンといえば、余った野菜の消費とか、半端に残った肉の処理とか、なんかそういう安上がりな料理になりがちである。ナツの家では少なくともそんな感じだった。チャーハンといえば、休日のお昼とかに「簡単なものでいいよね?」ってなった時に出されるイメージだ。
シンプルに塩コショウで味付けした後、醤油を回し入れたり、コチュジャンを加えてみたりする。多少の工夫はあれど、基本はシンプルだ。ナツの母は豆信者でもあったので、納豆チャーハンとかも出現率は高かった。他には高菜チャーハンとか、シーフードミックスを使ったチャーハンとか、時々米と卵オンリーの潔いのも存在したような。
もっと簡単に! と思ったら、市販のチャーハンの素がある。これさえあれば誰でも手軽にそれっぽい味のチャーハンを作れる、素晴らしいアイテムだ。一人暮らし中のナツの家には常備されている物の一つである。
だがしかし。
家で作るチャーハンって、なんかいまいちしっくり来ない、とナツは常々思っていた。それはナツの料理技量が低いから、というのももちろんあるが、母の作るチャーハンでもなんとなく水分量の多さを感じる場合が多かったのだ。どことなくべちゃっとしているのである。
米をパラパラにする裏技、とかも色々あったけど、試してみてもなんかちがうなーと思ってしまう。チャーハンは誰にでも手軽に作れる食事だが、極めようと思うと底なし沼の料理でもあった。
さて、そんなナツが初めて「お店のチャーハン」を食べたのは、小学校2年生の頃。母が不在の土曜日に、父が「たまには外食するか」と連れ出してくれた時のことだった。
ナツの実家では、外食というものをあんまりしない。基本は家で作るか、惣菜や弁当を買ってくるか、稀に出前を取るか。家で食べる事が多くて、店で食べるということがほとんど無かった。今は一人暮らしだから外で食べることも結構あるが、実家に住んでいた頃は1ヶ月に1回あるか無いか、という感じだった。
ナツが小学生の頃は更にそれが顕著で、半年に一回くらいしか外食チャンスは無かったような気がする。別にそれを不満に思うことは無かったし、母の料理も大好きだが、レアイベントというのは何であれテンションが上がるものだ。この時も、珍しいこともあるものだなあと思いながらわくわくと父について行ったのが、某餃子のチェーン店だった。
お子様のナツは、メニューを見て迷いなくお子様ランチを選んだ。このお店のお子様ランチは、チャーハンに餃子に肉団子に野菜炒めなど、様々な料理がワンプレートに少量ずつ乗っかっているもの。ナツは基本的にこういう時長く迷わない方だ。ちょっとずつたくさん種類を食べられるほうがお得なのだ。
そして運ばれてきたお子様ランチで、ナツは初めて「お店のチャーハン」に出会ったのだった。
衝撃だった。
おかしい。
味は確かにチャーハンなのに、絶対的にお家のチャーハンと違う。
なんだかよくわからないが、このチャーハンとお家のチャーハンの間にはとてつもなく高い壁があって、存在を隔てている。わけがわからない。ただ唯一よくわかったことは、お店のチャーハン圧倒的に美味しい、ということだけだった。
今なら多分、冷凍食品のチャーハンは家庭で食べられるチャーハンの中で一番お店の味に近い。冷凍食品を先に食べてからのお店のチャーハンなら、そこまで衝撃を受けるようなステップアップではなかったかもしれない。だがしかし、ナツが冷凍食品のチャーハンを初めて食べたのは中学生の頃だったから、順番を間違えたな、とその時思ったものである。
とにかく、当時のお子様ナツにとっては途方もない衝撃だった。そんなわけでお店のチャーハンが美味しいことを知ってしまったナツが、一人暮らしを始めたマンションのすぐ近くに個人経営の中華屋さんがあると知ったら、そりゃもう行くしかないに決まっている。
なんなら引っ越し初日に意気揚々と食べに行った。結果、めっちゃ美味しかったのだ。以来、週に1回くらいの頻度で通い詰めているので、すっかりオーナー兼料理人のリュウさんとも、いつもいる店員さんとも顔なじみなのである。
「この店5日ぶりだよ。エビチリ久しぶりに食べるなー! 麻婆豆腐も毎度捨てがたいけど……!」
「ナツは結構気まぐれに何でも頼むからな。っていうか通い過ぎじゃねえのか。ちゃんと自炊もしろ」
「……リュウさんのご飯が美味しいので!」
イオが若干呆れた眼差しでナツを見ると、ナツはごまかすようにすいっと視線をそらした。こいつ自炊してねえな、とそれだけで明確にわかる仕草である。
ナツの一人暮らし中のワンルームマンションと、イオが悠々自適に暮らしているマンションは徒歩でも20分という近さである。特にお互い近くに住もうと約束していたわけでもなく、それぞれの進学先の大学に通いやすい路線がたまたま被って、引っ越ししたよという報告をした時に「近えよ!」と互いにツッコミを入れたくらいの偶然だ。
とはいえ、イオのマンションは駅近の1LDK、築浅の便利物件。ナツのワンルームはイオの最寄り駅の隣駅から徒歩10分、築30年以上のそこそこ家賃の安い部屋だ。ちょっと遊びに行こうと思ったら自転車で15分かからないけど、とは言えリアルで顔をあわせることはそこまで多くない。
「波多野くんが通わなくなったら、リュウさん落ち込んじゃうっすよー」
と店員が笑いながらチャーハンを運んでくる。この店は12時過ぎからは混み合うが、今はまだ11時半。まだ空いている時間帯なので、料理が出来上がるのも速い。
「はい、海鮮チャーハンと焼き豚チャーハン、春巻き4本」
「わーい!」
「どうも。こいつ週何回通ってるんすか?」
「週に1回は最低でも来るっすねー」
「ナツぅ?」
「自炊も多少はしてます! でもリュウさんのご飯美味しいので!」
素早くレンゲを手に持ちつつ、ナツは強く主張した。美味しいご飯は大事なのである。美味しいご飯は日々の活力につながる、つまりそう、元気の素……!
「ほら! イオくんもそういう話は後で良いから! 今は食べよう、この素晴らしい黄金のチャーハンを……!」
「お前ほんっとに食い物に対する愛が強いな!?」
「褒め言葉でーす!」
いただきまーす! とナツが元気に宣言し、レンゲでチャーハンをすくって一口。ぱくりと大口を開けて飲み込んだ「お店のチャーハン」は、子供の頃の記憶のままに今もナツを美味しいの極みへと連れて行ってくれる。
「これだよこれ! なんか違うんだ、油なのか火力なのかわかんないけど、口に入れた瞬間の、一口目のインプレッションがもうなんか美味しいんだよ、これぞお店のチャーハン!」
「いやわかんねえわその表現。美味いけど」
「冷凍食品も最近のは美味しくなっているけど、それでもこの高みへはまだたどり着けない……。リュウさんの自家製焼き豚も美味しいしこれがチャーハンの頂点といっても過言ではないのではないか!」
「わかったから大人しく食え」
「はい」
チャーハン美味しいなー! とナツはにっこにこでぱくぱくと食べ勧める。箸休めに春巻きに手を伸ばすのも忘れない。さくっと良い音がするのを聞いて、イオも釣られたように箸を伸ばすのである。
この顔だよなあ、とイオはナツの笑顔を見て思う。テトがこの顔するんだよなあ、と。アナトラで美味しいものを食べるたびに、眼の前でテトとナツがこの顔をしているので、なんか条件反射というかパブロフの犬状態というか。もはや美味いからナツとテトがこの顔してるのか、この顔をしている2人が目の前にいるから飯が美味いのかわからなくなりつつある。まあどっちでも良いのだが。
「へーい、エビチリと酢豚お待ちー。餃子はもうちょいだよー」
「ありがとう!」
「どうも」
ところでこのアルバイト男性、実はナツの大学の先輩である。まあナツはその事実を全く知らないのだが、男性の方は学校でたまにナツを見かけて「常連さんいるなー」と思っている。
「エビチリー! ここのエビチリは辛すぎず旨味を感じるバランスで、食べるたびにリュウさん天才じゃん! って思うね! 噛んだときのエビのぷりっぷり感がすごく食べてて気持ち良いというか!」
「酢豚も美味いぞ」
「イオくんはもうちょっと語彙力頑張って!」
と言われても。
全てにおいて「褒める」ということに対する経験値が低いイオは、どう言葉を選んでいいやらわからない。ナツが意気揚々と褒めているのだからもうそれでいいじゃないか、という気持ちになる。
イオがナツに会ったばかりのころに「この世にこんな些細なことを褒める人間がいるのか……!?」と衝撃を受けたことがあった。忘れもしない、「あの犬、一生懸命吠えててえらいねー」だ。マジでこの一言を聞いた時、イオの中の常識が何個か潰れた。
吠えるだけで犬が褒められる……だと!?
それは、勉強や運動をどれだけ頑張っても両親に全く褒めてもらえなかった悲しい子供時代を持つイオにとって、青天の霹靂というか、目から鱗というべきか。犬がそれで褒められるなら、俺なんか生きているだけで褒められてもいいのでは? と思うくらいの常識破壊だったのだ。
まあ後にここまで息をするように褒められるようになるとは思わなかったが。
「ふあー。春巻き美味しい。さっくさく」
「へーい、餃子2皿お待ちー、焼き立てだよー」
「やったー! リュウさんありがとー!」
ナツが大声で厨房に声をかけると、鉄鍋を振るっていた筋骨隆々な料理人がぐっとサムズアップをしてみせた。両親は中国人だが本人は生まれも育ちも日本のリュウさん、日本人の町中華の店に弟子入して料理を学び、独立した経歴を持つ。彼は基本的に寡黙だ。一見してちょっとおっかないので、ナツのような今どきの若者に懐かれたことがあまりなく、そのためにナツの褒め殺しに毎回喜びを感じ癒やされているらしい。
焼き立ての餃子は熱々である。
ナツは小皿に醤油と酢とラー油を全部入れて混ぜた。気持ち酢多めにするのがポイントである。ちなみにイオはさっぱり食べたい派なので酢のみで食べる。
「水餃子も美味しいけど、やっぱ日本人は焼き餃子だよねー」
「火傷すんなよ」
「はーい!」
毎回返事だけはいいナツのことだから、中華は熱々で食べなきゃとかなんとか思っていそうだな、とイオは思った。そして実際ナツはそう思っているが、ゲーム内でも何回か火傷しそうな熱々を体験していたので、流石に気をつけて食べた。
ナツも学習はするのである。すぐ忘れることもあるが。
「はー、やっぱ中華はお店で食べるに限る。家で作るとなんか違うんだよね」
「それがよくわからん。チャーハンって店でしか食べたこと無いし」
「えー、そうなの? じゃあ一回家で作ってみたらいいよイオくん。なんか違うから。なんか、こう、べちゃってなるんだよ家で作ったチャーハン」
そうなのか、と話を聞いていたイオに、横からアルバイト男性が口を挟む。
「火力が違うんっすよー。中華は火力が命なんで」
「そうなの? じゃあ、僕がこのチャーハンを作れる日は来ないのかあ」
ナツは残念そうだが、高火力で料理をするなんて危ないからやめておけとイオは思った。ナツのことだ、鍋を振り回してチャーハンをかぶる未来が容易に想像できる。
いや、しかし火力。
火力か。
「それなら俺の家でなら作れるかもしれないぞ、店のチャーハン。家のコンロ高火力のやつ使ってるからな」
「えっ、なにそれ特注!?」
「料理するなら欲しいだろ」
ちょっと凝った料理を作る時に必要かと思って、特別に入れてもらった高火力ガスコンロ。あれならナツの納得するチャーハンが作れるかもしれない。おお! と目を輝かせたナツの隣から、アルバイト男性が更に情報を追加する。
「あと油っすよー。ラードとか使うんでー」
奥でリュウさんもうんうんと頷いているので正しい情報だろう。だがラードなら任せろ。
「常備している」
「そしたらもうあれ、鉄鍋にこだわってきましょー」
奥でリュウさんは自分の愛用鉄鍋を掲げてサムズアップをしてみせた。無口なくせにコミカルだなこの人、とイオは思う。だがそれも任せろ。
「実は今育てている最中のフライパンが1つあってな」
ちなみに、鉄鍋を育てるという表現を教えてくれたのは波多野家母である。イオは何度か彼女に料理を習っているが、そこでお勧めされたのが鉄製のフライパンだった。鉄製のものは使えば使うほど油が染み込んで良い料理器具になっていくのだと言われ、自分で育てるという表現が気に入って購入したのである。
「作れるんじゃないか? 店のチャーハン……ぽいもの」
「イオくん……! ビストロ・イオくん開店する?」
「中華っぽくねえなあ」
「じゃあ伊織亭」
「それは和食じゃね?」
「流石の僕でもイオイオ軒は無いってわかる」
「だっせえ」
ちなみにこの店の名前は「来来軒」、日本中探せば100軒以上ありそうな店名である。
「まあ、今度作ってみるか」
後に。
片手で鉄製フライパンを軽々扱うイオを見て、このフライパン重そうに見えるけど軽いのかな? と考えたナツが、そのフライパンを持ち上げただけでぷるぷるするのであるが、それはまた別の話。
「やっぱリアルの筋力も5じゃん」
「馬鹿な……! た、たぶん10はあると信じる!」




