15日目:テトのげんきのもと
「そう言えば、オーレンさんってすごい魔法使いさんの弟子なんだよね?」
「ああ、ジド師匠なぁ」
ちゃちゃっとチャーハンを作ったレストさんは、ちゃんとテトの分も小さいお皿に入れてくれた。テトがわーい! と喜びの舞いを踊っているのを横目に、イオくんが自分のインベントリから適当におかずを足している。同時に作っていたのはどうやら青椒肉絲の様子、大皿にざざーっと盛り付けている。
「ジド師匠は、戦時中から青空教室で子供たちに魔法の基礎を教えてくれたりして、何かと顔の広い人だったなぁ。すげえ人だったっては聞いたことあるけど、俺なんかは子供だったし、どうすげえのかまではわかんねえなぁ」
「そうなんだ。珍しい魔法を使えたっていうのも?」
「あぁ、空間魔法の上位系統らしいんだけど、そこまで魔法を極めてる人も少ないしなぁ。トラベラーさんたちなら到達できるのかもしれないけど。……イオ、スープ頼む」
「おう」
イオくんが卵スープを器によそっている。
僕はなんで手伝わないのかって? 落としたら大惨事だからです。
いや、ほんとにね。こういう場面になると筋力にPP振るべきかな、ってちょっと思うけど。思うけどさー、PP5も筋力に入れるのもったいなさすぎる……。テトさんどう思う? 僕も筋力ムキムキになるべき? と問いかけてみたところ、にゃふっと笑われました。どうせムキムキとは程遠いですぅ!
「ほい、お待たせ。シンプルなチャーハンに青椒肉絲、卵とわかめのスープと昨日作った肉団子なぁ」
「わーい、美味しそう!」
「レスト、俺からもこれ作り置きのほうれん草の胡麻和えと、こっちは惣菜のメンチカツ」
「おぉ、サンキュー」
レストさんのお家は、おかずは大皿にどどんと出して好きなだけ小皿に取り分けるスタイル。僕の実家もこのスタイルだからなんかちょっとうれしい。個別にお皿に盛ってもらうのもいいんだけど、残した時申し訳ないし、もうちょっと食べたいとかも言いづらいからね。
ちなみにイオくんの家は1人分ずつ個別に盛り付けられるスタイルで、お鍋とかですら家政婦さんがとりわけている。僕も何度かご相伴に預かったことがあるけど、お店の食事みたいだったよ。
「いただきます!」
とそれぞれ手を合わせて、チャーハンを一口。熱々パラパラの王道チャーハン、具材もシンプルで、それがまた大変よろしいと思います。
「お店のチャーハンだ! イオくんこれお店のチャーハンの味がする!」
と思わず声を上げた僕に、イオくんは微妙な顔をした。
「家のチャーハンの味ってあんのかよ」
「あるよ! チャーハンの素の味、あるいは塩コショウの味だよ! あれはあれでなんか懐かしくて良いものだけど、チャーハンは圧倒的にお店で食べるほうが美味しいんだよ!」
力説してみるけど、イオくんはよくわからん、って顔である。まあイオくんの実家ではチャーハンが食卓に上がることが無かったらしいので仕方ないか。万が一食卓に上がるとしても、多分チャーハンの素は使わなそうだね、崎島家。
「よくわからんけどナツが満足してるのだけはわかった」
「大満足。レストさんこれ美味しい!」
木製スプーンを握りしめながら感想を告げると、僕やイオくんよりも少なめのチャーハンを食べていたレストさんはけらけらと笑った。
「おぉ。いっぱい食えよぉ、俺はこんなに食えねえからな。テトもお代わり欲しかったら言えよぉ」
はーい。
さて、そのテトさん、お皿に盛られたチャーハンをにこにこと見ている。
「テト、食べないの?」
ナツー、おさらがねー、ねこなのー。
「あ、ほんとだお皿に耳ついてる、かわいいね」
ねこのおさらー。
どうやらレストさんがわかりやすいように猫の形したお皿にテトの分をだしてくれたようで、その形がテトの琴線に触れたらしく、なんかずっと見つめている。たまーににゃっ! とお皿に触っては、ちょいちょい動かしたりしてるだけで満足そう。
「チャーハン食べないの? お米だよ」
たべるー。
「あ、もしかして熱い? 適温にする?」
だいじょうぶー。
うーん、テトさんお皿が気に入りすぎていて食べ物に興味が向いてないね。うーん、ここはなにかテトの興味を引きそうなものを……あ、肉団子良さそう。甘酢あんがかけてあるやつ。これ僕好きなんだよね、だから多分テトも好きだと思うんだ。
「テトー、肉団子もあげるねー」
にくだんごー。まるーい!
「美味しいよ、食べてごらん」
テトのお皿に肉団子を一つ移動させると、それでようやく食べる方に興味を持ったらしい。すんすんと匂いを嗅いでから、テトは肉団子にかじりついた。んにゃんにゃと咀嚼してから、今度はチャーハンの方も食べ始める。にゃにゃにゃー、と語って曰く。
おこめー。おにくの……あまみ? うまみ? なんかそういうのをかんじるのー。
「テト褒めるの上手になったね」
ナツのまねー。
「そっかー。……イオくん、テトが順調に僕の褒め言葉レパートリーを習得していってる」
「お前らもともと似てるからな……」
テトさん、どうせならイオくんに似てインテリジェンスな猫になってくれてもいいんだよ? と思いつつ、テトは僕の契約獣なので僕に似るのは当然かなという気持ちもある。複雑な心境です。
*
大満足な夕飯を終えて、食後の紅茶を入れてくれるレストさんを横目に、僕はイオくんに向けて例のアレを差し出した。今は専用の器がないから、ポーションの瓶に入れているテトビタDである。
「お納めください……」
「何だこれ、何作って……いや本当に何作ってんだ!?」
受け取って流れるように<鑑定>したらしいイオくんが、珍しく結構大声でツッコミを入れた。正直作った本人である僕もなんてものを作ってしまったんだ……って思ってるよ。本当だよ。
「ネーミングセンスお前、お前ぇ……」
なぜか頭を抱えるイオくんである。
「いや名前より中身が問題なので」
「名前も問題だろうが。なんでテトビタDだよ、どんなテンションで付けたんだこれ」
「テトがいつも元気だなーって」
「いやそれはそう」
げんきなのー。
お腹も満たされて大満足のテトは、ソファに座っている僕の足の上にもふっと前足を乗っけている。今日はいっぱい撫でてもらえる! と思って僕の撫でやすい位置をキープしているようだ。テトは本当にかわいいなー。
「……あ、おう。確かに中身もアレだな。飲んで良いのかこれ」
「僕とレストさんがすでに体験してるので無害なのは立証済みだよ」
「ふーん、それじゃ遠慮なく」
イオくんはためらいなくポーション瓶の蓋を開けて中身を一気に飲み干した。本当に一欠片のためらいもない動作だ。思い切りが良いなあ……と思っている僕に向けて、イオくんは超真顔で言い放った。
「テトナミンCじゃないのかこれ?」
「あー、味は確かにそっちのほうが近いかも……? でも文字数制限があってね、5文字以内だからテトビタDです」
「許す」
「許された!」
社長からのOKが出たので無事に商品名は決定です。
「っていうか世に出していいのかこれ? 無駄にやる気が湧いてくる」
「ステータス画面にバフの詳細載ってるから」
「…………いやほんとに野に放っても大丈夫かこれ!?」
「わかんない!」
でもせっかく作ったんだししまい込むのもなんか違うと思うんだよ! という説明をしていると、レストさんがティーカップを人数分トレイに乗せて戻ってきた。そう言えば猫型のお皿、テトが気に入ってたからどこで買ったのか後で聞いておかなきゃ。
「おぉ、イオ飲んだのかぁ」
「飲んだんだが、これ本当に大丈夫か? やる気に満ち溢れた住人が正道の外に飛び出していったりしないか?」
「そこまでは心配しなくても平気だと思うけどなぁ。まあ初期は俺が一応売る相手見るし」
「レストの店に置くなら大丈夫か」
「その前にラベルと瓶を作らないと発売出来ねえんだが。先にラベルデザイン考えてくれって話をしてたんだけどよぉ」
なるほど、とイオくんは一つ頷いた。それから僕をちらっと見て、テトを見て、言いにくそうに口を開く。
「ナツが描くわけじゃないよな?」
「無いから!」
僕が絵とか苦手なの知ってるくせに何をおっしゃいますかね!
「ラリーさんが絵本作ってるから、挿絵を描いてる人を紹介してもらおうと思って」
「ならいい。でも製品を作ったとして、どうやって納品するんだ? 俺達はいつまでもサンガに居るわけじゃないぞ」
「あ、それは確かに」
どうするのレストさん? と視線を向けると、レストさんは胸ポケットからカードを取り出した。僕たちが持っているギルドカードと同じカードっぽいな。
「ナツ、ギルドカード出してみぃ」
「はい」
何をするんだろうと思って大人しくカードを差し出すと、レストさんは自分の持っているカードに魔力を流して、それを僕の持っているカードに重ねる。2・3秒くらいでピッと電子音みたいなのが聞こえた。
「俺が商業ギルドに入ってて、これがギルドカードなぁ。今ナツのギルドカードと紐づけして取引の設定したから、ステータス画面から取引できるようになってるぞ」
「マジですか」
え、すごい。そんなことできるんだギルドカード。感心しつつステータス画面を開くと……新しく「売買」のタブが出現している。えーと、契約店リストに「月夜の調べ」が入ってるから、これを選択して……なるほど、納品するものをインベントリからこっちの枠に入れると、設定した金額で自動買い取りしてくれる、と。へー、便利!
金額の割合とかはレストさんが設定してくれてるから、僕は出来上がったものをこの枠に入れればOKってことだね。瓶はミィティさんにラベルを見せて作ってもらうという話だったし、この画面から瓶の買い取りとかも設定しておけばできる。
「ということは、話はラベルデザインを作ってもらってからかあ」
「そうなるなぁ。まあ、急ぎじゃねえし、時間ができたら頼む」
「了解です。イオくんなにかある?」
僕が聞き忘れてる大事なことがないかなと思ってイオくんに話を振ってみたけれど、イオくんは軽く首を振ってそれに答えた。
「それより、めちゃくちゃ夜のフィールド行って腕試ししたい。流石に無謀だとわかってるけどやる気が漲ってる」
「ハイな状態でも分別のつくこのイケメンよ。これが真のイケメンというのならば世の中がイケメンに求めるハードル高すぎるのでは?」
「普通に褒めてくれ」
「いかなる時も冷静な判断力を持つイオくん、流石だなと思います!」
「うむ」
テトさん、「うむー」ってキリッとするのはやめようか。どう見てもイオくんのマネっ子だね、それテトがやってもかわいいだけだからねー。
「ところで元気といえばテト! と思ってテトの名前使っちゃったけど、テトはこれがあると元気になれるなーっていうものとかあるー? やっぱりモンブラン?」
モンブランはねー、おいしいのー。
にゃーんと甘えた声で鳴いて、テトは前足の肉球をぽむっと僕の手に乗せた。ちょっとひんやりした肌触り、猫の肉球は最高なのだ。
ナツがいっぱいなでてくれたらげんきー。
「そっかぁ。うちの子超いい子だなー。ブラッシングしてあげようねー」
わーい。
上機嫌でごろごろと喉を鳴らす家の巨大猫である。




