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14日目:ヴェダルさんの依頼

 川のせせらぎ亭へゆっくり散歩がてら歩いて、たどり着いたのが午前9時前くらい。

 念の為ステータス画面から住人一覧を開いて……OK、シエラさんもヴェダルさんも所在地がお店になっているから、中にいるはずだ。開店してないから対応してくれるかわからないけど、栗を見せるだけでも……と思いつつ階段を上がって、レストランの扉をノックする。

「はーい、どちら様?」

 返事はすぐあった。そして、警戒心もなくあっさりと扉を開けてくれるシエラさん。

 いや、ノックしといてなんだけど、もう少し警戒はしたほうが良いと思うよ……!

「こんにちは」

「あら、ハンサ様の……ナツさんとイオさんですね。こんにちは!」

 明るい笑顔で対応してくれるシエラさんに、僕の後ろからテトがにゃっと顔を出す。テトもいるよー、とアピールしているらしい。そう言えばこの店に来た時、テトはホームに戻ってもらってたっけ。


「すまんな、ちょっと見てもらいたいものがあったので寄ってみたんだが、ヴェダルはいるか?」

「はい、夫なら奥に。あら、その猫さんは?」

「あ、僕の契約獣のテトです! テト、シエラさんだよ」

 シエラー? テトだよー。よろしくー。

 テトはハイデンさんのところでも披露した様に、可愛く小首を傾げてにゃーんと鳴いた。うーん、あざとい。だがそこが良い。シエラさんは猫獣人さんだから仲間意識もあるのか、とろけるような笑顔で「まあかわいい」と撫でてくれた。そうでしょうそうでしょう。

 獣人さんたちは人類に分類されるから、妖精類ほどの身内感はないらしく、リィフィさんのように隙あらば撫でようって感じじゃない。落ち着いた対応でとても助かります。

「南西方向の……ロワの森というところで群生している栗を見つけたんだ。品質が★7だったから、どこかで売りたくてな。レストランに直接売れるものなのかわからないが……」

「あら、食材の持ち込みなんですね! それならヴェダルに見てもらいましょうか、どうぞ」

 シエラさんはあっさりと僕たちを中に入れてくれた。今は下準備の時間で、今日はランチ営業は20名までの制限付きでやるらしい。

「この店はディナーのほうが力を入れているので、ランチは食材が余っている時とか、試しに作ってみたいものがある時だけなんです。やっているときは道に看板を出していますから、よかったらランチも遊びに来てくださいね」

「なるほどー。でもすぐ終わっちゃいそうですね」

「そうですねえ、実は結構人気のお店なので、そういうこともあるかもしれません」


 にこっと笑ったシエラさんが、厨房にいるヴェダルさんに栗のことを話しに行ってくれたので、少し待つ。

「ラリーさんの売ってたグルメガイドにも、次世代のトップシェフ! って感じで大きく取り上げられてたんだよ、この店」

「へえ。納得だな、美味かった」

 なんて話をしていたら、すぐに奥からヴェダルさんが顔を出してくれた。

「食材の持ち込みと聞いたが」

「ああ、ヴェダル。栗なんだが、そこのテーブルに出してもいいか?」

「頼む」

 ヴェダルさん、相変わらず目つき鋭い感じで強面だなあ。ちょっとイオくんと口調が似てるので、僕は親しみやすいけど、怖がられそうな感じ?

「テト、ヴェダルさんだよ。あの美味しいモンブラン作ってくれた人だよー」

 僕はとりあえずテトにそう説明すると、テトは尻尾と耳をぴーん! と立てて目をきらきらさせた。尊敬の眼差しだ。

 モンブランのひとー! おいしいモンブランありがとー! だいすきー!

 体当たりの勢いで絡みに行ったテトである。にゃにゃーっ! と鳴きながらまとわりつくテトに、ヴェダルさんは困惑の表情だ。すみません家のテトが。

「ヴェダルさん、僕の契約獣のテトです。ヴェダルさんのモンブランがものすごーく美味しかったみたいで、ずっとモンブランの歌を歌ってるくらいに好きなので、美味しいモンブランありがとーって言ってます」

「そ、そうなのか。少し驚いた。俺は動物にはあまり好かれないんだが」

 おお、そんなところまでイオくんに似ているとは。


 気が済むまでヴェダルさんに懐いたテトは、そのままテーブルの上に広げられた栗を期待の眼差しで見つめている。栗がモンブランの材料だって知ってるからね、そりゃあ期待もしちゃうか。

「これなんだ。南西の森に群生地があってな」

「ああ、母から昔、あの辺りに果樹園を持っていた農家があったと聞いたことがあったような……。戦後まで木が残っていたんだな。良いものだ」

 へー。やっぱり街の外にも色々施設はあったんだよね。でもそういう果樹園とかって、人の手が外れちゃうと品質落ちるイメージだったけど……。

「……品質は落ちたんだろうな。多分、以前は★10クラスのものが作れていたんじゃないか?」

「イオくんは僕の心を読みすぎではないかと思う。……でもそっかあ、品質落ちてもこれなのか。それはすごいね」

 呪いをどうにかしないと、今後も品質は落ちていくんだろう。でもトラベラーが道迷いの呪いをどうにかできれば、あそこにまた人の手が入って品質が良くなる可能性もあるってことだ。そうなったらすごいよね。

「申し分のない栗だな、どれくらい売ってもらえるんだ?」

「そうだな……俺は甘露煮が少し作れればいいから……このくらいか」

「よし、全部買おう。シエラ、頼む」

 買うか買わないか判断はヴェダルさんで、お会計はシエラさんなんだね。

 ここの夫婦はきちんと役割分担されている感じだ。信頼感も見えるし、エーミルさんたちのところもこんな感じの夫婦になりそうだなー、なんてちらりと思った。


「……ではこの金額で」

「ああ、問題ない。それと、これは可能ならでいいんだが、家のテトがここのモンブランをいたく気に入っているんだ。もし在庫があるなら売って欲しいんだが」

「ああ」

 ヴェダルさんは一旦厨房に戻ってなにか確認し、箱をいくつか持って帰ってきた。

「ケーキの方は昨日の残りが5つくらいだな。ランチで出そうと思ってたが、別のものもあるから、これは売ってもいい。あとはマロングラッセがあるが」

「マロングラッセ!」

 真っ先に反応してしまった。テトもなんか食べ物の名前だ! ということは分かったみたいで、それなにー? とにゃあにゃあ言っている。美味しいものだよー。テトの大好きな栗だよー。

「どのくらいある?」

「今あるのはここにある3箱分だから……30粒だな。せっかく良い栗を買えたんだ、こっちで作ったものをランチとディナーに出したい」

「じゃあ、その3箱は買い取ろう。……ナツ、1つテトにあげていいぞ」

「ありがとう!」

 イオくんが会計をしている間に、箱を開けて1粒だけ取り出して、さっきからきらっきらの眼差しで僕を見上げているテトに差し出す。

「テト、食べてみて、美味しいから!」


 テトは基本、僕が美味しいと言うものは疑わないので、僕が差し出したマロングラッセをためらいなくぱくっと……そしてピッシャーン! って感じに総毛立った。おお、このリアクションは! モンブランのときと同じやつ!

 では僕もテトが停止している間に1粒いただきます。……うん、文句なしに美味しい! なんかもうこう、ほろっと口の中で広がる感じと、ちょうどよくほんのり香る洋酒も素晴らしいし、栗の味を消さずに甘すぎない程度に甘く……くっ、自分の語彙力の貧弱さを感じる……! なんかもうあれ、栗界の宝石のような1粒だよ!

「最高に美味しいということしか表現できないんだけどとにかく僕史上最高のマロングラッセだよ、イオくん……」

「お、おう。テトが時間停止してるんだが」

「多分今口の中の余韻をどうにかしてる……」

「どうにか……?」

 わけわからんという顔をしたイオくんも1粒ポイッと口の中に放り込んで、お、と顔を輝かせた。美味しいよね! 甘いものそんなに得意じゃないイオくんが甘いものを食べてこの顔をするということは、つまり甘いとかそういう次元を超えた美味しさだということだよ!

「ねー、テト。ヴェダルさんのマロングラッセ美味しいよね」

 そろそろ戻ってこーい、と思いつつ話しかけてみると、テトはハッとした様子で必死でなにか訴えてくる。


 お、おいしー! これなあに!? マロンなんとかはくり? モンブランもくりなの? くりはせかいでいちばんすてきなたべものなの!? あまーい! しっとりー! かめばかむほどおいしー! 

 ものっすごい勢いでにゃにゃにゃーーー! と鳴きまくるテトの様子に、ヴェダルさんはちょっとびくっとしていた。シエラさんはテトの喜びが伝わっているようで、あらあらって感じ。イオくんは……あ、これ何言ってるか大体理解してますね。はい、その通りだよ多分。

「美味しいねー。ヴェダルさんが作ったんだよ」

 ヴェダルー! ヴェダルはてんさい? てんさいりょうりにんなの?? これすっごくおいしいー! すっごくすっごくおいしいー!

 僕がヴェダルさんの名前を出したら、にゃあにゃあ鳴きながらヴェダルさんにまとわりつくテトである。全身でおいしい! を表現しつつ必死で体をこすりつけている。テト、僕の褒め言葉レパートリーを着実に自分のものにしているな……。

「お、おい。なんだ、どうしたんだ」

「ヴェダルさんのモンブランも美味しかったしマロングラッセも美味しいので、ヴェダルさんは天才料理人なのではないかと訴えていますね……」

「そ、そうなのか。むず痒いな……」

 とりあえず褒めていることは伝わったようで、ヴェダルさんはぎこちなくテトを撫でた。めっちゃごろごろいってるテト、ご機嫌最高潮って感じだね。


「マロングラッセって死ぬほど甘いイメージだったけど、これはちょうどいいな」

「あ、たしかに。僕も昔食べた時は砂糖で煮詰めたのかってくらい甘かった記憶があるよ。これは素材の味もちゃんと残ってるし口当たりが良くてすごく美味しいよね!」

「テトは洋酒大丈夫なのか……?」

「あー、まあちょっとハイになってるかも? なんかずっと美味しいありがとうって感じのことを訴え続けてるね……」

 食べ物に関してはちゃんとシーニャくんのお店で確認してて、僕たちが食べられるものは何でも食べられるって聞いてるんだよね。だからお酒も平気だし、辛いのとかも大丈夫なはずなんだけど。

 ……これ以上食べさせるのはちょっと不安だな。1回1粒を徹底しよう。決意して僕は購入した物を共有インベントリにそっと収納した。

「テトちゃん、ごめんね、うちの人がちょっと困ってるから……」

 穏便にテトをヴェダルさんから引き離してくれるシエラさん。お手数をおかけしました。

 僕とシエラさんにどーどーとなだめられて、テトはなんとか落ち着いたようだった。その後はマロングラッセの正式名称を覚えるというので、何度か「マロングラッセだよー」と繰り返してあげたところ、3回くらいで覚えてしまった。テトさん美味しいものに全力だね、そういうところ良いと思うよ。

 

 そしてテトがマロングラッセの歌を考え始めた頃、ヴェダルさんがそっとイオくんに話しかける。

「イオは<収穫>を持っているんだな。可能であれば、頼みたいことがあるんだが……」

 お、クエストの予感! 僕も聞きたい。

 ささっとイオくんの隣に移動して、最初からここにいましたよって顔しておこう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] テトの可愛さが留まる事を知らない! 可愛すぎる! ナツもイオ君も好きだけど、テト圧勝の可愛さ! 可愛すぎて辛い!
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