14日目:即席幼稚園……!
いつも誤字報告ありがとうございます。
10年に1度くらいの間隔で生え変わるらしいよ。
フェアリー族の羽のことである。
「でも、フェアリー族の羽ってとっても繊細なの。生え変わる時ってものすごーく背中が痒くなるんだけど、引っ掻いてうっかり羽をもいじゃったり、生え変わりの時期にストレスを貯めてたりすると、色が濁ってしまうのよ」
「そうなんだ。この羽はすごく透明できれいだね」
「そうでしょう! その羽はね、とってもぽかぽかの温かい日にお昼寝してたら自然に抜けた羽なの。自分でもかなり上質だと思うのよ」
リィフィさんが自慢に思うだけあって、箱の中にしまわれていた羽はクリスタルみたいに透明できらきらしている。こういう芸術品ですと言われても全くおかしくないくらい、美しいものだった。
「<鑑定>してもいい?」
「もちろんよ!」
では遠慮なく、っと。
おお、品質★8! こんなにきれいでもまだ上があるんだなあと思うと美術品の世界は恐ろしいね。そしてこの羽、なんと、杖専用の強化素材になる……だと……!?
「ナツ用だな、採用」
「社長の決裁が降りた! リィフィさん、交換成立で!」
「やったわー!」
わーい、とお互いに喜んだリィフィさんと僕がハイタッチすると、テトも混ざりたかったみたいでにゃっと前足をタッチ。なんかよくわかんないけどわーい、という適当な気配が伝わってくるよテト。
「交換しちゃってから言うのもなんだけど、これって貴重じゃないの?」
「全然! だって10年に1回は手に入るのよ。私だけじゃなくて両親も生え変わるし、むしろ家に余ってるくらいよ」
「それならいいんだけど……」
「ちゃんと一番きれいなのを吟味してきたのよ! ナツさんの杖に使ってね!」
ばちんとウインクするリィフィさんである。ありがたく使わせていただきますとも!
さて、妖精の朝市に時間を使っちゃったけど、リィフィさんについでに人類の方の朝市に戻してもらって、今度はイオくんの買い物に移る。
探しものは、包丁! と決まっていればお店を見つけるまでは早い。金物とか調理器具を扱っている店を探せばいいからね。ついでに蒸し器とか伸ばし棒とか、なんか色々他のも買ってたけど。
包丁専門店も発見したので、そこにイオくんを放流……妥協せずに好きなのを選んでおいで、と見送ってから、僕とテトは店と店の間にところどころ設置されているベンチで一休み。こういうときのイオくんは長いのだ。リアルでも実体験があるから焦らずに……あ、テト飽きちゃった? 仕方ないなー、なにか暇つぶしを……。
うむ、イチヤに戻った時にサームくんにプレゼントしようと思って持っていた『ねずみくんのぼうけん』、これでどうだろう。絵本をインベントリから取り出すと、テトはなあにそれー? と僕にぴとーっと体をくっつけた。
「絵本だよ。読んであげようか?」
よんでー!
「いいよー。……今よりちょっぴり昔、サンガには、とっても食いしん坊なねずみくんが住んでいました……」
なんか意外とテトの食いつきが良い。
というかすごく真剣な顔で僕の読み聞かせを聞いてくれている。
「……その時、ねずみくんの乗った馬車は、崖から落ちそうになってしまいます」
おちたらいたいのー。ねずみくんがんばれー。
なんて時々合いの手を入れてくれたりする。なんて読み聞かせ甲斐のある子なんだろう、テト良い子だなー。そして気の所為でしょうか、僕の周辺にヒューマンやら獣人さんやら鬼人さんやらドワーフさんやらの子どもたちがわらわらと集まってきて、いつの間にかベンチ周辺に輪になっているのですが……?
いや本当にいつの間に!?
よくわかんないけどこれ途中で辞めるわけには行かなくなってきた……!
「……その時、カラスくんが大きな声で鳴きました」
みつかっちゃうー。
とテトがにゃぅーと弱く鳴くと、子どもたちも「ああ~」と小さく声を出すので、ここは幼稚園だっただろうか……という気持ちになる僕。テトがハラハラすると、子どもたちもソワソワするこの空間、僕は幼稚園の先生だっただろうか……?
「……その時、たくさんのカラスの群れが、ねずみくんを助けてくれたのです。あの時カラスくんが味方を呼んでくれたのだと、ねずみくんは気づきました」
カラスくんすごーい!
テトが嬉しそうににゃーん! と鳴くと、わっとギャラリーも沸く。道行く大人たちがなんか微笑ましい笑顔で暖かく見守ってくれている……!
「…………こうして、ねずみくんはヨンドにたどり着きました。その門をくぐった時、カラスくんと抱き合って喜びを分かち合ったのでした。おしまい」
やったー!
わーい! とギャラリーが一斉に拍手をした。テトはたくさんの子どもたちが集まっていることにびっくりしたようだったけれども、みんなが拍手をしているのを見て真似っ子したくなったのか、なんか一生懸命飛び跳ねてじたばたしていた。……多分これテト的には拍手のつもりなんだろうな。微笑ましい。
「お兄ちゃん読んでくれてありがとー」
「たのしかったー」
と周辺の子どもたちも笑顔である。そのつもりは全然無かったけど、とりあえず子どもたちにエンタメを提供できたようでよかった。と安心する僕のズボンをひっぱる小さな手。
「どうしたの?」
ドワーフの子供は、人類の子供たちよりひと回り小さくてお人形さんみたいなんだよね。その小さな手を一生懸命伸ばして僕の服を引っ張ったドワーフの女の子は、
「あのね、ごほん、どこでよめる?」
とちょっと舌っ足らずに問いかける。
「この本は、憩いの広場でたまに出店する本屋さんで売ってるよ。ラリーさんっていうお兄さんのお店だよー」
ラリーさんのことも宣伝しておこう。ねずみくんの続きの本が出るかもしれないしね!
「僕、お父さんに買ってもらうー」
「わたしも!」
「他にも絵本あるかなあ」
と口々に言いながら解散する子どもたちをばいばーいと見送る僕とテト。あ、テトは尻尾を振ってるんだね、僕の背中にびしばしあたるのでちょっとやめていただきたい。
「テト、面白かった?」
あのね、おいしいものはだいじなのー。おいしいもののためにたたかうのー!
にゃにゃっと鳴きながらシュシュっと前足でひっかく仕草をするテトである。あの……君戦闘用じゃないので戦わないでいいからね。安全にしてて?
「テトは戦わなくていいんだよー、僕が戦うからねー」
とやる気みなぎる巨大猫をなだめていると、ようやく包丁を購入したらしいイオくんが満足げな顔でお店から出てきた。普段クールオブクールみたいな顔してるイオくんが、ほっくほくの表情である。
「おかえりー! 満足のいくもの買えた?」
イオおかえりー。あのねー、カラスくんがすごかったー。
うにゃうにゃとイオくんにまとわりつきに行くテト、興奮冷めやらぬって感じだ。これはラリーさんにリクエストしてもっと絵本を作ってもらうべきかもしれない。
「おう、完璧な包丁を買ったぞ。テトは何興奮してんだ?」
「ああ、絵本読んであげたから」
「気に入ったのか?」
すてきだったのー。
「そうか、良かったな」
……え、イオくん本当に<意思疎通>スキル持ってない? 実はこっそり隠し持ってたりしない?
何はともあれ、目的は達成したので、今日は速やかに朝市を離脱することにする。
っていうかイオくんの包丁、なんの効果もついてない普通の包丁なのにイオくんの胸当てより高いという……。満足そうだから良いんだけども!
とりあえず7時ちょっと過ぎくらいの余裕のある時間帯だから、市場通を抜けたところにある喫茶店に入って、軽くモーニングを食べることにした。明るい感じのちょっとおしゃれな喫茶店で、珈琲や紅茶よりは軽食や焼き菓子にこだわっているっぽいお店だ。
ごはーん♪
とご機嫌なテトがドアに体当りする前に、イオくんがスマートに開けてくれる。さすがイケメン、行動までイケメンである。
「いらっしゃいませ」
店員さんがお好きな席へどうぞと促してくれたので、奥の方の席に進む。そのついでにちらっとカウンター付近を確認すると、ケーキのケースの中に並んでいるモンブランに、テトの目が釘付けになってしまったようだ。
ピーンと尻尾を立てたテト、しばらくじっとモンブランを見つめて、それから思い出したように大きく一言。モーンブラーン♪ と……やっぱり歌うんだね。
「えーと、イオくん、テトにモンブランのお恵みを……」
「構わんが、多分ヴェダルのほど美味くはないぞ……?」
まあ、お値段の差があるからね。でもテトは栗が好きだから食べさせてあげたい契約主心だよ。
テトにモンブラン、僕は紅茶とハムタマゴトースト、イオくんは生ハムとチーズのベーグルサンドと珈琲。メニューを注文したらすぐに届いたので、まずは温かい内に食べる。
うーん、やっぱり朝はトーストのサクサク感が良いよね! 耳までカリッカリによく焼けてるのが食感が良くて好きなんだよねー。サンドしてあるハムと卵もシンプルな味付けで満足度が高い。紅茶はあっさりした飲みやすい茶葉なので、ミルクだけ入れていただこう。こういうとき詳しい人ならアッサム! とかダージリン! とかすぐ分かるんだろうけど、僕はそこまで知識がない。
「テトどう? おいしい?」
尻尾をパタパタさせながらモンブランにかじりついているテトに、ちょっとだけ話を振ってみると、テトは耳をぴんと立てて顔をあげた。
あまーい! おいしい。でもまえにたべたやつのほうがおいしいねー。
「うーん、味のわかる猫、さすが。前に食べたのはヴェダルさんが作ったやつだからより美味しいんだよー」
ヴェダル……りょうりにん?
「そうだよー」
イオとおんなじ?
「そうだよー」
なるほどー。
何か理解したらしいテト、イオくんをちらっと見てにゃっ! と感謝を伝えた。あ、イオくんは正確には料理人騎士だったっけ。まあいっか、たいして変わらないし。
「そういやこの前拾った栗、品質★7だったんだよな」
ベーグルサンドを上品に平らげたイオくんは、すでに珈琲タイムだ。この店は珈琲と紅茶のおかわりは半額らしいので、多分おかわりするんだろうな。
「★7すごいじゃん。甘露煮いつ作る?」
「それなんだが、ダメ元でヴェダルにモンブラン注文できないかと思ってな」
「え、優しい……」
「いやテトのためだけじゃなくて俺もあれ気に入ったし」
はー、イオくんさすが性格までイケメン。この優しさはプライスレスだよ。
僕はステータス画面を開いて住人一覧からヴェダルさんを探してみる。どこに居るか場所をチェックすると、通勤中の文字が。ということは、この時間からお店に居るってことだよね!
「川のせせらぎ亭って、ランチもやってるのかな?」
「ショップカードには書いてないが……」
でもこの時間からお店にいるなら、ワンチャン、ランチタイムも可能性としてはあるよね。僕が1人でそわそわしていると、モンブランのお皿をきれいに舐めたテトがごちそうさまーとにゃーんと鳴いた。じっとそんなテトを見たイオくん、大きく頷く。
「行ってみるか、ダメ元で」
うちの社長、身内に甘すぎる問題。




