14日目:物々交換は基本です
さて、妖精の朝市では、特別に欲しいものがあったわけではないんだけど……。
見つけてしまったんだよね、「妖精の彫刻刀」というものを。色々なものを雑多に売っている雑貨屋さんで、隅っこの方にあったのを<グッドラック>さんが発見してくれたようだ。
僕が今使っている彫刻刀は、初心者用の、スキルを取ったらもらえるやつ。そろそろ買い替えようかなと思ってたところに出てきたのがこれというわけ。初心者用と何が違うんだろうと思ってじっと見ていたら、店主さん……ころんとした丸っこい小さな妖精さんだった……が説明してくれた。
「この彫刻刀は、妖精類に扱いやすいように作ってあるんだ。魔力を込めやすいし、仕上がりも今までよりワンランク上になるよ」
「よし買った!」
即決! お値段30,000G! 余裕!
なんかイオくんに呆れたような目で見られたけど気にしたら負けだ!
「俺も包丁欲しいんだよな。初心者料理セットに入ってる包丁、切れ味が微妙で」
「包丁かー。それは人類の方の朝市のほうが売ってそうだね」
「そうだな……お、あそこにリィフィがいるぞ」
道具関係が売っているお店が連なっているところを歩いていたら、イオくんがそんなことを言って道の先を指さした。2軒ほど隣の店に、リィフィさんが張り付いている……何か欲しいものでもあるのかな?
なでてくれるひとだー、なにしてるのー?
テトが一足先ににゃんにゃん言いながらまとわりつきに行くんだけど……サイズ的に巨大猫に押しつぶされそうで怖いですフェアリー族。小さいんだよなあ全体的に。
「あら、また会ったわね!」
「奇遇ですねー。なにか欲しいものでもあるんですか?」
「あるのよー、でもとってもお高いの!」
顔はしょんぼりしつつ、テトを撫でる手は止めないという高度な技術を披露するリィフィさんである。テトは基本的に撫でてくれる人が好きだから満足そう。
「どれ?……これは、魔力水か」
「魔力水?」
って、つい最近手に入れたばっかりのあれ?
実はテトがはこぶー! はこぶのー! とダダを捏ねて床をごろんごろんしたので6本ほど持ち歩いてもらっている。純粋な魔力水ではないんだけど、あの相克魔力水も魔力水の一種。もしかしてわけてあげられるのでは。
「ナツさんたちもご存じなのね! 私の飴を作る時に、これがあると属性を混ぜられてきれいな飴が出来るのよ」
「属性? あ、もしかして青って水属性?」
「そうよ! 使う魔法の属性によって色が変わる、特殊な粉があるの。それだけだとほんのり甘いだけのお砂糖みたいな粉なんだけど、近くで使った魔法に反応して色が変化するのよ。アブソーブパウダーっていうの」
あー! 見た見た!
この一個隣の通りで見かけた真っ白い粉だ! やけに厳重に保管してるなーと思ったら、そういう使い方だったんだ。砂糖の一種だと思ってスルーしてきちゃったけど、おもしろアイテムだったよ。
「アブソーブパウダーはただの着色料じゃないのよ。魔力をパウダーに込めるついでに色がついてしまうんだけど、上手くやれば私の飴みたいに透明度の高いものを作れるの。でも、異なる魔法の魔力を込めたパウダー同士は反発して分離してしまうから、普通は混ぜて使うことは出来ないわ。でも、捏ねて形を作る時に魔力水を加えられれば、マーブル模様の飴とかも出来るの……! 出来るんだけど……!」
「えーと、原価がすごいことになりそうだね」
「お高いのよねー!」
大きくため息をついたリィフィさん。売り物の魔力水のお値段は、ポーション瓶1本で100,000G……うん、ちょっと高いなあ。品質も★3だし、これ1本でどのくらいの飴が作れるのかわからないけど、確実に元が取れ無いんじゃないかな。リィフィさんの飴、★5のクオリティなんだよ。この魔力水じゃ飴の品質も落ちそうだ。
……手持ちの相克魔力水は★8。
1本だけ、1本だけなら……!
「テト、収納してる瓶1本出して」
いいよー!
テトは仕事を振られると張り切ってにゃっ! と鳴く。それから前足でぽすっと地面を叩いて、上機嫌で何度か鳴いた。これ多分呪文だと思うんだけど<意思疎通>の副音声さんは翻訳してくれないので、毎回何を唱えているのかわからない。ぽんっと出現した瓶を僕の方ににゃにゃっと押し出したテトは、すでに頭をちょっとこっちに傾けて撫でられ待ちである。
家の猫かわいいなー。よしよし良い子良い子。
「イオくん、リィフィさんにこれ譲ってあげてもいいー?」
「まあ1本くらいならいいんじゃないか?」
「こ、これは……!」
僕がテトを撫でている間、イオくんが魔力水の瓶をすっとリィフィさんへ差し出す。それが何かを確認したリィフィさんは、うっとりとその瓶を見つめた。
「相克魔力水……! すごいわ、これがあれば水と火の魔法を混ぜて赤と青のキューブに……!」
それからハッとしたように我に返って、ぶんぶんと首を振る。
「だ、だめよ! ただでもらうようなものじゃないわ! これを普通に買おうと思ったらとってもとってもお高いわ!」
「まあ、だろうな。手に入れた方法も……あれだしな……」
なにか言いたげなイオくんである。ラメラさんが良い海竜さんでよかったよねー。
まあでも確かに、友達なら譲っても良いかなって思ったけど、無料で渡すのも良くないか。
もしこの場面を見ている人が居て自分にも譲ってくれーとか言われてもできないし、無料で譲られたリィフィさんも気にしちゃって気持ちよく使えないかもだ。うーん、そうすると……。
「物々交換とかどう? リィフィさんにとってはそうでもないけど、僕たちトラベラーにとって価値のあるものとかあるなら、それと交換とか」
「お、ナイスアイデア。ナツもたまには良いこと言うな」
「くっ、常に良いこと言いがちなイオくんには言い返せない……っ」
まあ僕が良いこと思いつくのは本当にたまになので許そう。リィフィさんはなにか考え込むようにしばらく黙っていたけれど、ふと顔を上げてぐっと拳を握る。
「わかったわ! すぐ持ってくるのでちょっと待ってて!」
と言い残し、びゅんとものすごい勢いで上空へ飛び去っていったのだった。
はやーい。
とテトが目をキラキラさせている。ホントだね、とっても早かったね……。
「テトが僕を乗せて飛ぶときは、あんなに早くしないでね」
わかったー。ときどきにするー。
「常にしないで!?」
にゃふふ。
あー、今テト笑った! 笑ったなこいつぅ! 冗談まで言うようになったとは賢い、さすが家の期待の新人!
「……待てと言われたからには、待ったほうがいいよな?」
確認のように問いかけるイオくんに、「そうだね」と頷く僕。
……場所が良くない。ここはいつぞやの酒屋さんの真ん前だ。酒屋さん、ついでのように魔力水を扱ってるのか。やっぱり魔力関係の液体繋がり?
そしてにわかに張り切ったイオくんがワインの並んでいる棚をじっと見つめている。
「イオくん、最初に約束したように、本日は食品禁止デー、禁止デーです」
「ナツ、よく考えてくれ。ワインがあればアクアパッツアが捗るぞ」
「………………約束は! 守らなければ! 意味がないので!」
「ちっ」
「舌打ち! 許されない! それは許されないよいくらイオくんでも!」
「悪かったって」
うむ、素直に謝ったからには許しましょう!
「そもそもアクアパッツアはゴーラで作ってもらう予定なので、サンガでは必要ないし」
「作るのは決定か。テトも海産物は好きなのか?」
おさかなー! しろいのすき。
「白身魚好きだって」
「いや白いからだろそれ。エビフライとかも白いタルタルソースかければ喜んで食うだろ多分」
たるたるー? それなーにー?
テトはイオくんが美味しいもの作れることをすでに知っているので、新しく耳にした料理の名前を深堀りしたいのか、にゃうにゃう言いながらイオくんにまとわりついている。それに対して「いやタルタルソースは甘くないぞ」と微妙にあってるようなズレてるようなレスポンスを返すイオくん、<意思疎通>なしでも会話っぽいものが成立するのはなぜなのか。
イオくんが賢いからかテトがわかりやすいからか。……答えは両方だよね多分。
今の時刻は午前6時を少し回ったくらいだから、少しくらいここでダラダラしてても大丈夫だけど、できれば人類の方の朝市も見たいんだよなー、なんて話をしていたところ、風のように飛び去ったリィフィさんは嵐のようなスピードで戻ってきた。周囲にものすごい風が巻き起こる。
「お待たせしたわ!」
「おっふ」
あまりの勢いにふっとばされそうになる貧弱エルフとは僕のことだよ! 反射神経の良いイオくんが僕の背に手を置いてのけぞりを防ぎ、続いてテトが後ろから体ごと僕を支えてくれました! ありがとうありがとう!
「あら、ナツさんごめんなさいね。大丈夫?」
「だ、大丈夫……! それよりリィフィさん、何を持ってきたの?」
確か、なにか持ってくるって言って飛び去ったよね? と思って問いかけると、リィフィさんはアイテムボックスから木の箱を取り出した。15センチ四方くらい? そのくらいのサイズ感の箱だ。
「これよ! 交換できるかしら、見て頂戴!」
と僕の手のひらにぐいぐい押し付けてくるので、落とさないように受け取る。
「えーと、これは?」
蓋を開けてとんでもないものが出てきたら困るから、一応心の準備のために問いかけると、リィフィさんはどこか誇らしげに、満面の笑みで中身を教えてくれたのだった。
「私の羽よ! 3年前の生え変わりのときの、自分でもびっくりするくらいきれいなやつなのよ!」
フェアリー族って、羽が生え変わるんだ……? 初出情報では?
 




