14日目:イオくんはとてもえらい
ちょっと風引いてました。まったり再開します。
なんかいきなりオーレンさんのテンションが変わった!
「イオくん!?」
これ何!? という問いかけに、イオくんは至極冷静に「<鑑定>しろ!」との回答。そうか<鑑定>! 普段あんまり人に対して使うことが無いからとっさに思いつかなかった。
僕が<鑑定>している間にイオくんはさっと席を立ってオーレンさんが暴れないように押さえつける。これは<体術>スキルかなにかかな? さっきまでの穏やかな話し方が嘘だったかのように「離せえ!」とと暴れるオーレンさんである。
えっと……ほぁ!? 状態:呪い(中度)ってなってる!
「え、これどうすれば……! 【ホーリーギフト】は聖属性付与と状態異常耐性UPだから呪いには利かないし……【リフレッシュ】は?」
「ナツ! 共有インベントリから聖水出してくれ!」
「あ、それがあった!」
テアルさんからもらったやつ! 全ての呪いを解くって説明されてた破邪の聖水!
あの時あんまり使いものにならなさそうな聖水を選んだイオくんさすが! 先見の明がある! えらい!
そして個人インベントリではなく共有の方に入れてるのが更にえらい! 素早く聖水を取り出すと、シンプルでエレガントな瓶が出てきた。
うめきながら必死でイオくんから逃れようとしているオーレンさんに、僕は瓶の蓋を開けて中身を半分くらいひっかけた。じゅわっと本来ありえない音がして、わずかに黒い煙がオーレンさんから抜ける。
「<鑑定>、<鑑定>、<鑑定>……、ナツ、指輪だ。これに残りかけてくれ」
「OK」
ぐったりと力の抜けたオーレンさんの装備品をかたっぱしから鑑定したイオくん、諸悪の根源を見つけたらしく、指輪をはめている右手を持ち上げる。それに僕が聖水の残りをざーっと掛けると、さっきよりも派手に黒煙が上がった。燃えているわけでもないのにじゅわーっと水蒸気が発生する時みたいな音がする。
黒い指輪だと思ってたけど、聖水をかけたあとに残ったのは金色の指輪だった。完全に意識を失っているオーレンさんを椅子に座らせたイオくんが、その指輪を抜き取る。
「……やっぱり、備えて置いてよかったな。呪いは結構厄介そうだ」
差し出された指輪に、<鑑定>すると……。
「……呪いの指輪。使用者の負の感情を吸い取って倍増させる指輪。長く装着し続けるほど呪いの濃度が高まる。呪いは専用のアイテムか聖職者の魔法でしか解くことが出来ない」
あー、【リフレッシュ】じゃ解呪出来ないんだ。それなら本当にイオくんのファインプレイだね。
「この指輪、危ないから一旦共有インベントリに入れておくね」
「ああ、無くしたら大変だ。オーレンはどうするか……」
教会とかに連れて行くべきかな、この場合。もう一回<鑑定>したら状態は正常になってたから、呪いは消えたと思うけど……後遺症とかもないんだろうか。
途方に暮れていたら、周囲からこちらの動向を見ていたらしい妖精類さん達から話しかけられて、救護テントがあるよと教えてもらった。急にオーレンさんが暴れ出したから、どうしようと思って見てたらしい。エルフ以外の妖精類さんたちって小さい子が多いから、取り押さえるとか無理だもんね。イオくんが素早く動いてくれて良かったよ。
「そのエルフさん、もう大丈夫?」
と心配そうなクー・シーさんに、「もう大丈夫だと思うよ」と返して、教えてもらった救護テントへ向かうことに……あ、テトどうしよう。まだ列が長いぞ。あ、今のフェアリーさん順番が来て撫でた後、また並び直してるな? リピーターまで居るとは……!
「テトー! 僕たち病人を救護テントに送ってくるから、ちょっとまっててねー!」
わかったー! まるいのわすれないでー!
にゃーん、とご機嫌な返事をするテトさんである。はいはい、ポップドーナツのことは忘れてないよ。まだしばらく列は終わりそうにないし、僕たちが救護テントに行って戻ってくるまでは大丈夫だよね。いざとなったら<識別感知>でテトの場所は分かるはず……。
「よし、行くぞ」
イオくんが素早くオーレンさんを背負って歩き出すので、僕もその横に並んだ。救護テントは今いる場所から5店舗分歩いたところだから、そんなに遠く無い。
心配だったのか、さっきのクー・シーさんが一緒に来てくれている。ちょうどいいからちょっと聞いておこう。
「朝市に救護テントなんて、どうしてあるんですか?」
「妖精の朝市は魔力濃度の高いものを扱ってるから、たまーに魔力酔いして倒れちゃう人が居るんだよ。招かれた人類さんとか特に多いよ」
「ああ、なるほど。結構、妖精類以外の人たちもいますもんね」
「学者さんたちとかが、来たがるんだって。でも、妖精類と仲良くしてる人しか呼べない決まりだからね」
あー、やっぱりそうなんだ。システム的に言えば、最低でも1人は妖精類の名前を知ってないとだめってことだろうな。その程度の条件なら、いずれこっちにはトラベラーが多く足を踏み入れることになりそうだね。
そんな話をしていたら、あっと言う間に救護テントの前までたどり着いた。スペルシア教会の、ドラゴンをモチーフにしたロゴマークがついているから、待機してくれている救護班は教会関係者なのかな。
「ここだよ。ドクター! エルフさんが倒れたから連れてきたよ!」
クー・シーさんが中に声をかけると、白衣を来た品の良さそうなおばあちゃんが、奥からひょいと顔を出す。
「なんだい、エルフが倒れたって? 魔力酔いじゃなさそうだね」
言いながら、イオくんに背負われたオーレンさんを見上げる。……こちらのドクター、かなり小さい。羽がないからフェアリーさんではなさそうだけど……なんの妖精さんだろう。
「ドクター、こいつは魔力酔いじゃない。呪われていたらしいんだ」
イオくんが簡潔に現状を説明すると、ドクターは驚いたように目を見開いた。
「呪いだって!?」
「ああ。幸い聖水を持っていたから解呪できたんだが、解呪したらこの通り気絶してしまってな」
「おやまあ。よく持っていたねそんなの。こっちに寝かせてやっておくれ」
救護テントの奥の方に簡易ベッドがあったから、イオくんがそこにオーレンさんを寝かせる。クー・シーさんはそれでようやく安堵したようで、「じゃあ僕はこれで」と帰っていった。
「……うん、確かに呪いの残滓があるね。だが、きれいに解呪されている。良い聖水を使ったんだね」
ドクターは軽くオーレンさんを見て、そう言った。
「良いものだとは思うぞ、バル家から報酬としてもらった破邪の聖水というものだ」
「呪いなら全て解呪出来るものじゃないか。良いものだよ、もしまた入手出来るようなら、持っていたほうが良いよ」
ドクターはそう言って、オーレンさんの汗を拭った。
呪いは普通の方法では解呪出来ないってわかったから、また聖水を見かけたら絶対に買っておかないとだ。
とりあえずオーレンさんの目覚め待ちかな? と思ったので、思い切ってドクターに質問してみる。
「あの、呪いって、よくあるんですか?」
「いや、めったにないよ。ただ、全然無いわけではないね」
僕たちにとっては、聖水の説明文で初めて出てきた概念だったんだけど、ドクターが言うには、たまに遭遇する、程度のものらしい。というのも、戦時中に魔王軍が呪いのアイテムとやらをばらまいていたからなんだとか。
「呪いのアイテムって、これのことですか?」
インベントリにしまってあった指輪を取り出して見せると、ドクターは微妙に顔をしかめた。
「そう、それだね。全く同じものを、私もいくつかみたことがあるよ。呪いのアイテムにはいくつかの形があってね、指輪やペンダント、ピアスなどのアクセサリーになっている。呪いが発動するまでは、<鑑定>にも呪いのアイテムだとは出ないんだ。誰かが身につけて初めて、呪われていると<鑑定>結果に出るようになる」
「なるほど……」
「戦時中、魔王軍には魔族と呼ばれる人の形をした奴らがいたんだ。そいつ等は戦う力という意味では強く無かったが、連合軍を瓦解させようと色々と工作をしていたんだよ。呪いのアイテムをばらまいたのも、魔族だと言われているね」
工作員……スパイってことかな。一致団結している敵対勢力を、内側から崩そうとしたというのなら、確かに賢いやり方かもしれない。
「ってことは、呪いのアイテムはまだたくさん存在する……?」
「ああ。呪いの進行度が中度くらいまでなら、スペルシア教会で解呪出来ると思うが……重度になると、破邪の聖水のような、特別なアイテムがないと難しいね。……そうだ、あんたらはトラベラーさんだろう? クルムまで行くかい?」
「クルム?」
えーっと、クルムは……首都ナナミから西方面だったかな。
僕たちの予定だと、ゴーラ、ヨンド、ナナミへ行ってからだから……行くとは思うけどだいぶ先になる。
「確か、クルムは宗教都市なんだったか?」
イオくんが助け舟を出すように口を挟むと、ドクターは「そうだよ」と大きく頷いてみせた。
「大聖堂、スペルシア教会の本部がある街だね。魔国にも近いからジュードに続いてかなりの猛攻にさらされた街でもあるが、あそこは今も昔もスペルシア信仰の中心だ。その大聖堂で、呪いのアイテムを集めているという話があるんだ」
集める? 集めて保管してくれるってことかな。それとも集めて浄化するとか?
何にせよ、野放しにするよりはずっと良さそうだけど……。
「ばらまかれた呪いのアイテムの大部分は廃棄されたんだがね。こうして平和になった今でも、こんなふうにひょっこり顔を出す。そういう物を教会で処理してくれるんだそうだ。……サンガからクルムまで行くような住人はほとんどいないからね、あんたらがクルムに行くようなら、大聖堂に届けてやってくれないかい?」
「遅くなってもいいなら、もちろん良いですよ!」
「そうだな、今のところすぐに行く予定はないが、いずれは」
大聖堂っていうのも、ちょっと興味あるしね。きっと展望塔みたいなのもあると思うし。僕が力強く頷いたその時、視界の片隅にシステムメッセージが流れた。
……重要なクエストを受注しました?
え、これ重要なクエストなの!?




