14日目:再び、妖精の朝市へ行こう!
リアルで睡眠を挟んだ朝8時。
アナトラに再ログインして起床した時間は午前4時半だ。そう、朝市へ行くために早起きデーなのである!
「おはようイオくん。朝ご飯食べていく?」
「おはよう。なにか腹に入れて行こう、そうでないとナツが屋台に張り付きそうだし」
「ありえないとは言い切れないなー!」
などと会話しつつ、ギルドのフリースペースへ移動。半個室状態のテーブル席についたところで、テトがおはよー! と飛び出してきた。にゃんにゃん言いながら語りだすのは、スイートポテトがいかに美味しかったかということである。……テト、その話飽きないね……。
昨日はエーミルさんの話を聞いて、あの後はエーミルさんの愚痴を聞く会みたいになってしまって……色々溜め込んでたことがたくさんあったんだね……。思春期のエーミルさんの交友関係にまで口出ししてたというオーレンさんの話を聞くと、僕としても同情を禁じ得なかったよ。
イオくんは「よくそれで嫌わなかったな」と感心してたくらいだ。普通そこまで過干渉にされたら……いかに親といえども嫌いになっちゃうと思うよ僕も。ただエーミルさんとしては、そうやって自分に構うことで母を失った父の悲しみが紛れるなら、と思ってたらしい。
なんてよく出来た娘さんだ。あと別にオーレンさんの言う通りになんて絶対しなかったというので強いね。
色々吐き出してスッキリしたらしいエーミルさんは、「ビストと幸せになります!」と宣言して帰路につき、僕たちはギルドに戻ってテトにスイートポテトを出してから、精神的に疲れたからもう寝よう、と結論付けてログアウトしたというわけだ。甘露煮を作ってもらう暇がなかったのが残念なので、今日は是非ともお願いしたいところだね。
クエスト進行を確認すれば、エーミルさんのクエストも次の展開とか予想できるんだろうけど。アナトラでは極力見ないことにしている。運営さんも言ってたけど、住人関係のクエストってほぼ一期一会だから、展開知っちゃうとなんかもったいないんだよね。このクエストはまだ続きがありそうだから、頑張ってハッピーエンドまで持っていきたい。
「テトー、今日は妖精の朝市に行くよ」
しゅくふくもらったところー!
「そうそう。テトたくさん祝福をもらったから、無事に大きくなったよーって見せに行こう。お礼を言うんだよ」
わかったー!
テトはとても元気ににゃっ! とお返事した。そこにイオくんが差し出すのはかぼちゃクッキー。僕の前に置かれたのはスープカレーだ。……朝からスープカレーというのもなかなか乙なもんです。
「ゲーム内の早起きは別に眠く無いんだが、なんとなくスパイス系のものを食べると目覚めしゃきっとする気がする」
「なるほど確かに。ギガさんのカレースープ美味しいよねー」
「この不思議な味のスパイスくせになるんだよな」
なんて言いながらスープカレーを美味しくいただきました。カレーの匂いを漂わせていたせいで、見知らぬトラベラーさんに「カレーどこで売ってますか!?」と突然話しかけられたりもしたので、憩いの広場の屋台ですーと快く教えておいた。メガさんのカレーもたくさん売れて人気店になってほしいよね。
朝食を食べ終えたら、朝市の会場へ。今日は如月くんが午後からログインすると聞いているので、程よいところで合流してアーダムさんの幼馴染さんのところへ行きたい。それまでは……川下りツアーとかどうだろう? なんて話をしながら会場に到着すると、もう出入り口のところから妖精類さんたちの視線が熱い。
「テト、人気者だねえ」
わーい!
テトも自分に向けられる視線だと分かっているらしく、愛想よく全方位に「おはよー!」とか言ってる。テトの言葉は僕以外にはにゃあにゃあ鳴いてるようにしか聞こえないので、周辺の人類のみなさんもめちゃくちゃ微笑ましく見守ってくれる。ここで立ち止まると邪魔なので、とりあえず中に入って妖精の朝市へ行かないと。
ナツー、あのまるいのたべたいー。
「丸いの? 丸いのって何?」
ナツとイオたべてたやつー。まるいの。ナツあまいっていってたー。
「あ、ポップドーナツかな? テト卵だったのに覚えてるの?」
なんとなく?
「へー、天才じゃん……!」
なんて話をしつつ、会場を見回して妖精の朝市への門を発見。当然そっちへ向かうと他の妖精類さんたちとも合流することとなり、テトは「なんてかわいいの」「契約獣かわいい」「素敵な毛並みかわいい」「きれいな目だねかわいい」とかわいいのフルコースを浴びせられている。どんどんテトの調子が上がっていくのが分かるぞ。
「見ろ、ナツのドヤ顔とそっくり」
とかイオくんが言うんですけどそんな馬鹿な。僕あんなにドヤってないです。
にゃにゃっにゃーん、とスイートポテトの歌を即興で歌っているテトの尻尾、ご機嫌にリズムを取っている。今からこんな感じで大丈夫かな? と思いつつ、妖精の朝市へ。
リィフィさんに習った通り、門をくぐればすぐに前回と同じ妖精の朝市のカラフルな会場へ行くことが出来た。
そして一気に視線を集める巨大猫。注目されていることが分かって張り切るテト、にゃふっと胸を張った。とても自慢げだ。
「テト、向こうにテーブルがあるから、あそこに行くよー!」
わかったー!
移動している間も、ぞろぞろついてくる妖精類のみなさん。なんかもう撫でたいかわいいという感情がひしひしと伝わってくる。ハーメルンの笛吹男かな??
とりあえず屋台が出ているテーブルセットのところまでやってきてから、僕は振り返って状況を確認した。キラキラしている妖精類の皆さんが、さらに目をキラキラさせてテトに熱い眼差しを送っている。
「えーと、みなさーん! 以前こちらで祝福してもらった卵の子です! テトといいます! 無事に大きくなったのでお礼に来ましたので、撫でてあげてください!」
しゅくふくありがとー! テトげんきー!
にゃんにゃんそんなことを言ってテトが愛想よくお澄ましポーズをとった。わーっと湧くオーディエンス。まるでアイドルの握手会のようだ。
「契約主さん、撫でて良い?」
「かわいいー! 撫でて良い?」
「押すなよ! 順番にしろ!」
とざわめく妖精類さんたち。どうしよう、とイオくんにお伺いを立てたところ、イオくんはうむ、と頷いた。
「よし、撫でてもいいが並べ! テト、みんなに挨拶しなさい」
わかったー!
お、おお……。イオくんの一言でばばばっと列を作るよく訓練された妖精類のみなさん……! そして1人1人にご挨拶しながら撫でられるテトの満足げな顔と言ったら……!
「ナツ、しばらく放置しといて大丈夫だ。見て回ろう」
「テトって、すごい……」
さすがアイドル。家の新人、大型過ぎるな。
さて、見て回るって言ってもどうしようかなーと周辺を見渡したところ、ちょうどこっちにやってくるところだったリィフィさんの姿を見つけたので手を振る。僕たちに気付いたリィフィさんは、流れてテトにも気づいてほんわか笑顔だ。
「あのときの卵ね! クルジャにかわいい猫さんが生まれたって聞いてたのよ。お名前はなんていうの?」
「テトです」
「テトちゃん! とってもかわいいわ!」
私も並ぼうかしら! と続けてから、なにかに気付いたようにリィフィさんは僕たちに向き直った。
「そういえば、肖像画を描いてもらうことになったのよ。ナツさん、額縁をありがとう!」
「おお、よかった、その後どうなったのかなと思ってたんです」
「ふふふ、家族会議で決定したの! フェアリー族って肖像画を描くことなんてないから、両親も戸惑ったみたいだけど、クルジャが希望してくれたのよ」
リィフィさんは楽しそうにくるくると空中で回って、それから僕たちの前で止まる。
「クルジャはずっと私達に遠慮していたわ。家族だけど、まだ家族になりきれていない感じだった。私達は引き取ってくれた人たちだから、わがままを言ってはだめだと自分に言い聞かせていたみたい」
「それもあるかもな。クルジャはもともと控えめな性格だとも思うが」
「そうね。イオさんの言う通り、クルジャは基本的に控えめだわ。でも家族なんだもの、もっと遠慮なく、こうしたいああしたいって言ってくれてよかったのよ。今回の肖像画ね、クルジャがみんなで描きたいって言ってくれて、私達とても嬉しいの。ようやくクルジャが自分の足で歩き出したって、感じたわ」
自分の足で歩く、か。
なんか最近その表現を他の人からも聞いたなあ。
「リィフィさんは、クルジャくんは平坦で安全な道をゆくべきだと思う?」
昨日のエーミルさんの話を思い出したながら聞いてみると、リィフィさんは少しきょとんとしたあと、「思わないわ!」ときっぱり言い切った。
「クルジャの人生なんだもの、クルジャが行きたい道を行くべきよ。そこに落とし穴があっても、ぬかるんでいても、クルジャが選んだのなら行くべきよ。例え落とし穴に落ちても、ぬかるみで汚れたとしても、私達家族はいつだって喜んでクルジャを助けるわ!」
明るくそう言い切ったリィフィさんは、じゃあ私も並んでくるわね! といってテトの撫で待ち待機列へと消えた。
……どう見てもアイドルの握手会なんだよなあこれ。テトが楽しそうで何よりです。
そして、見ないふりしてたけどやっぱり、話しかけたほうが良いよねえ、これ。
「……って、意見もあるんですけど。その辺どうでしょうねオーレンさん」
「……うう……」
うめき声を上げてテーブルに突っ伏してしまった緑のキラキラ髪のエルフ男性。どこからどう見てもオーレンさんは、リィフィさんとの会話を始めた頃にすぐ隣のテーブルにやってきて、座っていた。気付かないふりしてスルーしてもよかったんだけど、僕が「クルジャくんは平坦で安全な道をゆくべきか?」と問いかけた瞬間にこっちを凝視して、リィフィさんの答えを聞いて泣きそうな顔になってたんだよね。
この落ち込み方だと、昨日エーミルさんと話し合いがあったことは間違い無さそうだ。
「エーミルに色々言われたんだろう。思うところはあったか?」
イオくんもちょっと強い口調で問いただしつつ、オーレンさんの座っているテーブルに座る。ここからならテトの様子も分かるので、僕も座ることにした。
ずーんと暗い顔をしているオーレンさんはのろのろと頭を上げて、深く大きなため息を吐き出す。
「エーミルと、恋人のことを、ご存じでしたか……」
「知ってましたね」
「知ってたな」
「その男は、エーミルを幸せにしてくれるのでしょうか」
硬い表情でそんなことを言うオーレンさん。うーん、その考え方じゃだめだよねえ。と僕が思っていると、イオくんのほうが先に口を開いた。
「オーレン、それは違う。相手がエーミルを幸せにするかしないかってところだけにこだわっても意味がない」
「しかし、」
「エーミルはもう決めたんだ、相手と幸せになると。相手に幸せにしてもらうという考えが、そもそもエーミルに無いんだよ」
そうそう。昨日晴れやかな笑顔で、「ビストと幸せになります!」と言い切ったエーミルさん。そもそも幸せなんて、一方的に与えたり与えられたりするようなものじゃない。恋人関係ならなおさら、2人で幸せになる、っていうのが理想じゃないのかな。思った分だけ、思いを返してもらえたらきっと嬉しいよ。
「っていうか多分、オーレンさんも分かってますよね? それでも意固地になってしまう理由って、何ですか?」
僕たちが諭さなくても、オーレンさんはもう理解してることだと思うんだよね、これって。オーレンさんは暗い顔でぐっと唇を噛み締め、虚空を睨む。
……あれ?
なんだろうこの反応。これ……まさか、<罠感知>? オーレンさんになにか隠されてるってこと?
イオくんも<罠感知>持ってたはずだし、同じ反応があるよね。これってどう思う? と僕が親友に視線を送ろうとした、その時。ガタッと椅子から立ち上がったオーレンさんが、吠えるように叫んだ。
「でも、それでも、エーミルは幸せにならないといけないんです!」
体調不良のため2・3日更新しないかもです。




