13日目:幸せってなんだろな
いつも誤字報告ありがとうございます。助かってます。
「この店はピザの店なんですが、具材を自分で選べるんです」
と、エーミルさんが案内してくれた店は、水辺通りから少し西に入った名もなき住宅街の片隅にあった。一見普通の民家みたいなところで、ドアにOPENの札がかかってなかったらお店だとは思わないくらい周辺に溶け込んでいる。その店に入るとすぐのところにカウンターが有り、そこで自分の好きなようにオーダーして席で出来上がりを待つシステム。
名前は無い。無いというか、「ピザの店」で通っているので、名前をつけられていたとしても誰も覚えていないらしい。そんなんでいいのかなーと思いつつも、店内は結構賑わっていた。
残念だけど、ここは店内も狭いし、お酒も出される。その上わりとシリアスな話になりそうだったので、テトにはホームに戻ってもらった。後でイオくんのスイートポテトを出すと約束したら「わかったー!」と即決だったよ、テトは本当に素直で良い子だなあ。
「ベースはトマトソースです。生地は、さくさく薄地のクラフト生地か、普通のピザ生地を選べます」
「食べごたえ優先かな? 普通ので」
「俺も普通の」
上から僕、イオくんである。クラフト生地も良いんだけど、薄いから食べごたえという意味では軽い印象なんだよね。夕飯はがっつり食べたい派です。
「次に、ここのリストから好きな具材を選びます。金額はこの枠ごとに異なっているので注意してください。最後にチーズを選べば、あとは希望通りのものを奥のオーブンで焼いてくれます。サイドメニューにパンやスープ、サラダもありますよ」
「面白いですねー」
こういう、自分である程度選べるお店って毎回わくわくする。カレーのお店とかもトッピング色々選べて楽しいよね。
僕の具材チョイスは揚げ茄子、玉ねぎ、ミニトマト、アスパラガスにベーコンで具だくさんにした。チーズはモッツァレラチーズを多めで! サイドメニューでコーンスープを注文した野菜てんこ盛り系のラインナップ。
イオくんのはエビやイカなどのシーフード中心チョイス。彩りにブロッコリーを入れているあたりが抜け目ないと思う。チーズはこだわりがないのでお店のお勧めで、サイドメニューではパンとサラダを追加してバランスも考えられている。
エーミルさんはオーソドックスな玉ねぎ、ソーセージ、ピーマンとコーンのチョイス。サイドメニューはパンのみ。チーズたっぷりだからお値段もそれなりに高いけど、すぐそこのピザ窯で焼いてくれるというこのパフォーマンス! 最高だね!
多分<火魔法>系統の補助があるんだと思うんだけど、あっという間に美味しそうなピザが焼き上がったので、各自それを持って奥のテーブルへ。このお店はお酒も出すからか、カウンター席でカクテル片手にピザを食べるって人が多いようで、テーブル席は空いていた。
何はともあれ、腹が減っては戦は出来ぬ。熱い内に食べましょう!
「いただきます。……あっつ!」
「学習しろお前は」
僕がそわそわとピザに手を伸ばし、定番の悲鳴を上げたところ、イオくんからジト目をいただきました。……いいんだよ、ピザってのは熱々を食べるものなの! そういうのが楽しいの!
「舌火傷するなよ」
「気をつける!」
まあ実際僕しょっちゅう口の中火傷してますからね。そりゃイオくんも呆れるってなものでしょう。でもやっぱりラーメンとかグラタンとかピザとかはさ、熱いのを熱い熱いって言いながら食べるものだと思うんだ僕は!
熱々ピザを堪能し、チーズの伸びる様子を楽しんだりしつつ、ある程度のところでそろそろ話題を切り出そうと考える僕。あ、ちなみにピザはジャンクな感じじゃなくて、ちょっと素朴な家庭料理感があった。自家製ベーコンめちゃくちゃ美味しいので大満足です。
えーと、それで話を……まずは事実確認からかな? こういうとき自然に話題を切り出す力がほしいよ。当たり障りのない天気の話から入るのも面倒だし……いいや、聞いちゃおう。
「そういえば、ビストさんとはお付き合いしてるんですか?」
「そ、そう、ですね。はい」
いきなり突っ込んだ話をしてしまったからか、イオくんが肘でつついてきた。ごめんて。でも僕に恋の話題でスマート話術を求めないでほしい。
「実はお付き合いを始めてからまだ一ヶ月ほどでして、まだ慣れないといいますか……」
照れながらも嬉しそうにそんなことを言うエーミルさん、とても素敵だと思います。僕は「そうなんですねー」なんて相槌を打ちながらイオくんに救いを求める眼差しを向けた。これ以上どうやって会話を広げたらいいのイオくん、助けて。
「大変だろうな、オーレンのあの調子では」
僕の視線を受けて、仕方ねえなあって顔をするイオくん、相変わらずしれっといい感じに話題を振っていく。やはりイオくんは頭が良いので会話の運びが上手なんだと思うんだよ、つまりあまり賢くない僕にその辺求めないでほしいって意味なんだけど。僕モテないし、なんか同級生から子供扱いされるから恋愛系の話題全然向いてないんだよ! 何も考えなくて良い会話だけ得意です。
「そうなんです。父のアレは……仕方のない部分もあるのですが、流石に、行き過ぎではないかと私も危惧しています」
「なんの関係も無いナツに言いがかりつけるくらいだしな」
「正直ちょっと怖かった」
「本当に父がご迷惑をおかけしまして、申し訳ありません」
深々と頭を下げるエーミルさんに、僕は慌てて「気にしてないので大丈夫です!」と声をかける。そもそも謝罪はその場でもらってるし。
「行き過ぎだとは俺も思うが、なにか事情があるんだろう?」
「はい……。父がああなったのは、母が戦争で戦死してからのことです」
「ああ」
イオくんは納得したように頷いた。僕もそうだと思った、と息を吐く。
「もともと、すごく仲の良い夫婦でした。子どもの私から見ても、万年新婚夫婦のようで。2人ともエルフですから、魔法の腕を見込まれてサンガの防衛隊に……そして母だけが帰りませんでした。よくある話です」
エーミルさんの言うように、本当に、よくある話なのだろう。
ジンガさんがサザルさんを失ったように。テアルさんがクアラさんを失ったように。かけがえのない誰かを失った人たちが、この世界には山程いる。そして今もなお立ち直れない人もいれば、きちんと立ち上がって前を向いている人もいる。
心の傷の深さなんて、他人に計れるものじゃないし。その喪失から立ち直るまでの時間を、本人以外が決められるものでもない。他人に迷惑をかけない範囲でなら、僕は、いつまでも立ち直らなくたってそれはそれでいいんじゃないかと思うんだよ。一生引きずって生きたって、それは個人の選択じゃないのかなって。
あくまで僕は、「可能であれば立ち直ったほうがいい」という主張であって、「立ち直らなければならない」という強硬派ではないのである。
「私と父は、色が違うでしょう? 私の髪色は、母からの遺伝なんですよ。それに、亡くなったとき母が私を頼むと言い残したらしくて。それが父の中でいびつな形で残ってしまったようで」
「いびつな形、というと?」
「父は、私が必ず幸せにならなければならない、と思っているんです。完璧に幸せにしなければならない、と……強迫観念のように」
完璧に、幸せ。……それはどうだろうなあ。
「うーん、つまり、オーレンさんは、エーミルさんを確実に幸せにすると確信出来る人にしか、エーミルさんを任せる気がないってことですか?」
「おそらく、そうなのでしょうね。恋愛面以外でも、例えば兵士になったときも散々反対されて邪魔されましたしね。父は私をなるべく安全で快適な場所に置いておきたいようで……でも私は、自分の足で山でも谷でも歩きたいタイプです」
あー。
これはもう価値観の違いというか……。オーレンさんの思い描く「幸せ」と、エーミルさんの思う「幸せ」が全然違うパターンだ。だからオーレンさんの理想の幸せに導こうとすると、エーミルさんは全く幸せを感じないという……。
「意見のすり合わせとかは……?」
恐る恐る聞いてみる僕に、エーミルさんは肩をすくめてみせた。
「何度も話をしたんですけどね。どうにも頑なに受け入れてくれなくて。……いえ、多分父も心のどこかでは分かっているんだと思うんです。分かっていても、母の姿を思い浮かべるたびに、母の分も私を幸せにしなければという感情が先走ってしまうのかもしれません」
「あー、うーん。それほどオーレンさんにとっては大きな事だってのは、分かりますけど」
「そもそも、どうやって未来の幸せの確実性を測るというのでしょう。人は生きている限り、絶対と言い切れることなどありはしないのです。安全だと判断した道で転ぶこともあれば、危険地帯を無傷ですり抜けることもあり得ます」
「確かに」
「だな」
本当にさらりとそういうことを言うエーミルさん。うーん、イオくんも僕もこの考え方に関してはエーミルさんに共感しかない。オーレンさんは情の深い人なんだろうけど、少し感情に振り回されているのかなという印象だ。
「恋愛についてもね、口を酸っぱくして言われたものです。エルフで安定した仕事についていて財産のある、優しくて誰より私を大切にする相手を見つけるように、そしてその人と完璧な幸せを作るように、と。無茶をいうものだと思ってほとんど聞き流しておりましたが」
「聞き流したのか……それもあって意地になっているのかもしれないな」
イオくんが呆れたように言った。軽くあしらうほどムキになる人種に心当たりがあるらしい。
「というか、エルフ限定なんですか?」
僕が不思議に思ったところを聞いてみると、エーミルさんは更に苦笑を深めた。
「父は寿命差があるからとか言ってますけどね。多分、自分と母に重ね合わせて考えているんですよ。父のアレは、私への愛情というよりは母に対する罪悪感から来ているんです。母を死なせて、自分は生き残ってしまった、と。だから自分には出来なかった「母を幸せにする」ということを、理想の誰かを使って私相手に果たそうとしている。そんなふうに私には見えてしまいます」
「あー、なるほど。愛情ではあるんでしょうけれど」
でもそれを他ならぬエーミルさんに気づかれてしまっているのはちょっと迂闊だなあ。エーミルさん本人をちゃんと見ているとは言い難いことだし。
「少なくとも私は、そんな父の理想のために今好きな人を切り捨てることなど出来ませんよ」
人間関係なんていうものは、多少のすれ違いやタイミングのズレがあれば簡単に崩れてしまうものなのだ。それを恐れて誰とも深くかかわらない、なんて生き方もあるのだろうけれど、少なくともエーミルさんは自分でビストさんという恋人を選び取った。
「両親だって、愛し合って結婚しましたが、一緒に川を泳ぐことはできませんでした。どん底まで悲しんだ父を知っているからこそ、今まで正面から否定はしてきませんでしたよ。でも私はやはり、父の言う完璧な幸せなんてものは存在しないと思っています」
パンをちぎりながら、エーミルさんは冷静にそう言う。
「だって、悲しいことも嬉しいことも、転んでは立ち上がって、たまには転がって這い上がって、そういうものが人生でしょう。悲しいことがあったら一緒に泣いて、嬉しいことがあったら一緒に笑って、どちらかが落ち込んでいたら慰めたりそばにいたり……そういうものが、夫婦であり、家族でしょう」
誰のことを考えているのか、手に取るように分かった。エーミルさんの記憶の中の、両親の姿だ。そんなふうに子どものころのエーミルさんには見えていたということなんだろう。
「悲しいけれど、いつか心が離れるかもしれない。でも、ずっとずっと寄り添い続けるかもしれない。その未来は誰にもわからないし、予測できるものではないと思います。……私は、山も谷も一緒に歩きたいですよ、だってその先に何があるのか誰にもわからないのですから」
「ビストさんと?」
「はい、もちろん。そして彼なら、きっと笑顔で歩こうと言ってくれます」
満面の笑みを浮かべるエーミルさんからは、ビストさんに対する信頼が見えた。
まだお付き合いを始めたばかりって言ってたけど、早くも良い夫婦になりそうな予感がするね。
「そうか。だとすると、障害はオーレンだけか」
「はい。……私は今日、父に恋人がいることを報告するつもりです。多分、反対をされますけど。でも良い機会だと思うんです、このまま父もどこへも行けないままでいるより……ショック療法になりそうですが、強く反対されたら家を出る決意もあります」
「そ、そこまで……!」
「どうせ結婚したら家を出るんです、少し早まるだけですよ。……ナツさん、私はね」
エーミルさんは表情を引き締めて、遠くを見るような顔をした。強い意志を感じさせる眼差しが、ゆっくりと瞬きをする。
「父は父の人生をいい加減に歩むべきだと思っているんです。母を立ち止まったままでいることの言い訳にしてほしくない。緩やかな後追い自殺みたいな真似をやめてもらいたいんです」
言葉はきついけれど、愛情のこもった言葉だと思った。
「父が踏み出せないのは、父が情けないからです。母のせいではないし、私のせいでもない。……でも私は、父のその弱さを嫌いじゃないので、誰かのためではなくて自分のために、きちんと生きてほしいのです」




