閑話:とあるプレイヤーたちの話・4
・ケース1:とある獣人拳士のイチヤ
「ううー! 金がなーーーい!」
と、叫んだのは犬獣人の拳士・睦月である。イチヤは本日も晴天なり。
一応、拳士の職業レベルはMAXになって、転職後の上級拳士に転職はしている。本来ならここでさっさと幼馴染の如月に追いつくためにサンガ行きの馬車に乗るべきなのだが、店のショーウィンドウで見かけためちゃくちゃかっこいいガントレットの為に数日粘ってしまった。
無事購入できたガントレットは装備済みだ。めっちゃかっこいいので買ったことは後悔していないが、そうすると武器だけ新しいのも気になってしまう。この全身初心者装備状態もどうかと思い、あれもこれも欲しいものは尽きなくて……とりあえずブーツと手袋を買ったら、気づけば一文無し。今日の昼食すら買えない有り様である。
犬獣人、ギルドの中庭でしょぼーんと落ち込んでいる。
お金が。
お金がない。
相方の如月とは端末でフレンド登録してあったので連絡はできるが、フレンドメッセージかフレンドコールのみなのでお金や物のやり取りが出来ない。つまり、ちょっとお金貸して! もできないのである。詰んだ。普段ならここまでになる前に如月がさり気なくブレーキをかけてくれている、というのを今しみじみと実感している。
確かに、無計画とか無鉄砲とか、言われたことがめっちゃある。
それでも今までここまでの窮地に陥ることがなかったから、危機感が足りなかったというか、ちゃんと考えなきゃという意識が欠けていた。
そりゃ如月も「睦月いないと楽だなー。もっとイチヤでゆっくりしてきていいぞ」とか言うわけである。反省、猛烈に反省。
それはそれとしてお腹すいた。
「ごはん……」
しょぼーんとうなだれる犬獣人、毛並みの色はちょっと濃い目のグレイ、目の色は群青色。黙っていればそこそこクール系な顔立ちなだけに、言動の残念さが目立つ。これはリアルでも同じで、中身の子供っぽさに幻滅されることが多かったりする。
ちなみに如月はどちらかというと陽キャっぽいチャラい印象の外見なのだが、言動がしっかりしているためギャップ萌えとか言われてモテるタイプだ。理不尽では? と思う。そう嘆いたらクラスメイトのイチゴは「そりゃま、しっかりしてるように見えて実は頼りない奴と、頼りなく見えて実はしっかりしてる奴が同じ扱いされるわけないっしょ?」という正論どストレートをぶち込んできたので、睦月はその後3時間くらい凹んだ。
どうせ! どうせ頼りないよちくしょー!
「うう、昼飯……っ」
だが今は、そんなことよりも空腹をどうにかせねば。
アナトラはギルドに固定クエストがないから、お手軽にクエストで稼ごうとすると街中を歩き回って探す必要がある。お手軽なのは魔物を倒して素材を売ることだが、そっちだとあまり良い値段にはならない。
ちなみに睦月は全く物怖じしないので住人に声をかけまくっており、イチヤの白地図もそこそこ埋まっていた。それだけいろんな通りに顔を出してお店を開拓しているという意味である。
アナトラは食事が美味しい。だからこそ、空腹なのに食べられないことが悲しい。
睦月は大きく息を吐き出し、重い腰を上げた。
どうせやれることはそれほど多くない。少しでもお金になるバイトラビットを倒しに西の草原へ向かおう。街の近くには低レベルの敵しかいないし、レベル5以下の敵だともう経験値が入らないのだけれども、倒せばドロップは落ちるからお金を稼ぐだけならなんとかなる。
ここまでの金欠になる前に倒しに行けよという話なのだが、それができる程度の計画性があるならそもそも所持金ゼロにはなっていない。それに、お腹が空いた状態であちこち移動するのってめちゃ気力が必要だ。
とぼとぼと歩いていると、不意に如月からのフレンドメッセージが到着したというシステムメッセージが流れた。反射で開く。そして即座に後悔した。なぜって『これがサンガのパイ専門店のチキンポットパイだ!』という文章に画像添付まであったんだから、空腹に一番つらいやつだ。
「う……」
食べたい。
パイ食べたい。チキンポットパイとかどう見ても美味しいやつ食べたい。こんなにお腹が空いている時にピンポイントで美味しそうな食事の画像を送ってくる如月、マジで行動の全てを読まれている気がしないでもない。
だがしかし、残念ながら睦月は自他ともに認める単細胞。美味しそうなパイの画像を見て「俺も早くサンガ行かなきゃ!」と奮起出来るようならば、そもそも所持金ゼロになどならないのだ。何度でも言う。
「う、ううう、うわーーーーーーーん! カムバック如月ぃーーー!」
結果、道のど真ん中で絶叫し、即座にフレンドコールを叩いて通話画面を呼び出し、イチヤに戻ってきてえええ! と泣きつくのだけれども。
『サンガ美味い店いっぱいあって、全制覇目指してるから無理。そんな暇はない』
「うわあああん」
『おら、泣いてても腹はふくれないぞ。とっとと魔物倒しに行け』
「俺如月がいないとだめなんだよー!」
『今更分かりきってることでうだうだ言うなよ。どうせ脳筋なんだから考えるより先に体動かせ? バイトラビット倒して毛皮売れ、話はそれからだ』
「一考すらしてくれないーー!」
『ま、1ヶ月以内にはサンガ来いよ。じゃあ頑張れ』
あっさり切られたフレンドコールに、睦月は道の真ん中で崩れ落ちた。
いや、如月はなんだかんだで結構面倒見が良いから、多分、サンガから先へは行かないと思う。思うけど、1ヶ月以内に来いって、自分はどれだけ行動力がないと思われているのだろうか。……実際ないけど! ないけど流石に、そんなにかかるわけないよな!?
睦月はのろのろと立ち上がると、再び西門へ向かう。とにかく毛皮。一度腹を満たしてからでなければ、考えすらまとまらない。サンガへ行く計画は、空腹を満たしてから考えよう。如月にどう思われているのか分かったからには、とっととサンガへ到達して驚かせてやる。
やるぞ! 俺だってたまにはやれるんだ!
睦月は闘志を燃やしていた。
その後、空腹を満たした犬獣人は、二度と空腹に苦しまないようにと屋台のテイクアウト食材を買い漁り、あっと言う間に所持金をゼロに戻すのだった。
「俺……学習しない……!」
・ケース2:とある鬼人槍士の決定
「はい決まり。決まりったら決まり。以降変更は受付ませんー!」
「えええ!?」
サンガの契約獣屋さんにて。
ケット・シーのシーニャが両腕を使って大きなバツを作ったのを見て、美月はそんな! とショックを受けた。
「で、でもほら、最後にみんなにお別れを言わないと……!」
「だーめーでーすー! 美月さんそう言って昨日もやっぱりもう一回考えますってなったでしょー!」
「う、そ、それはそうだけど……」
「もう自分でも分かってるでしょー。美月さんは選択肢が多ければ多いほど迷って決められないタイプなんだよー。だからクルジャと僕でお勧めを選んで、二択から選択するって、決めたんでしょ!」
「うう、そうだけど……っ!」
鬼人槍士のトラベラー、美月。黒髪ストレートロングのきりりとした美人でありながら、動物に極端に弱い女。とにかく唯一無二の相棒を求め、契約獣屋さんに飛び込んできたのは3日ほど前のことだった。そして数ある選択肢の中から自分のオンリーワンを、決められなかったのである。
いやだって考えてみてほしい、と美月は思う。
全員かわいいんだよ? 全員最高に素晴らしい契約獣なんだよ? 美しい花束の中から最も美しい花を選ぶなんて出来ないように、全てかわいくて最高な契約獣の中から1匹だけのパートナーを選ぶことなんて出来ないのだ。いや選ばなきゃいけないんだけれども。
例えば犬好きなら、犬系から選ぶと決めてくるのかもしれない。
例えば小さな子がいいとか大きな子がいいとかのこだわり持ちなら、比較的対象も絞られる。
だが美月は蛇系のみ苦手なだけで、他の動物について特に優劣をつけていなかった。猫も犬も鳥も好きだし、昆虫系だってデフォルメされていて愛嬌がある。もこもこもすべすべもふわふわもつるつるも、どんな肌触りでも愛でられる。ストライクゾーンの広すぎた美月にとって、数がありすぎる選択肢から1つを選ぶことは本当に難しかったのだ。
「その子にするんでしょ?」
シーニャが言う。「その子」とは、美月が今腕の中に抱いているウサギさんのことである。種族名はフラワーラビット、尻尾と耳のところに綺麗なお花が咲いているウルトラキュートなウサギさんだ。ほんのり黄色の優しい色合いで、存在そのものがお花っぽい。クルジャの説明によると、癒やしの魔法が使える子なのだそうだ。戦闘は出来ないけど、そのかわりに戦闘が終わったときに即座にHPを回復してくれる、とても冒険の役に立つ子である。
「決めたよねー? その子で決めたって言ったよねー?」
「も、もちろんよ! 決めたわ!」
「じゃあもうその意思を曲げない! ほら、そこに座って! 早く契約しちゃうよ!」
シーニャの声に押されて、美月はソファに座る。
あまりにも迷いすぎる美月に、選択肢を狭めることを提案したのはクルジャの方だった。
「美月さん、は。多分、あの中からは、選べない、と思う」
とはっきり言われて、確かに、と思った。だから少しでも選択肢を狭めようと言われて、シーニャとクルジャが1匹ずつ候補を選び、そのどちらかから選択する、という方法を取った。シーニャが推薦したのはもこもこ羊のハイドシープで、クルジャが推薦したのがこのフラワーラビットというわけだ。
正直、どっちもめちゃくちゃかわいくて、2択になってからも3時間悩んだけれども。最終的にはクルジャに、「この子、あなたと一緒に、冒険したいって」と言われたのが決め手となった。こんなかわいいウサギさんに一緒に冒険したいと言われて断る奴いる??
とは言え、流石に二択にされたのはちょっとやり過ぎでは、と思ったけれど。
まあ、全ては美月が迷いすぎたせいなんだけれども。だってその存在全てが尊いんだからしょうがなくない? そんな即決出来る人居るの? と疑問を口にした美月に、
「美月さんの前に契約したトラベラーさんは、卵から5分で即決したけどー?」
と告げたシーニャ。それはいくらなんでも極端では。
「卵を選ぶ人なんて居るんですね、なんてチャレンジャーなの……」
「まあその人が思い切り良すぎたとは思うけどねー。それより、名前決めた?」
「この子のお花、どう見てもマーガレットでしょう。私達の世界では、マーガレットって名前があるんだけど、短縮形というか愛称がたくさんある名前でね……。その中の一つがメグなの。メグって、可愛いと思うんだけど、どうかしら?」
美月がドキドキしながら名前候補を告げると、フラワーラビットはスリスリと美月の頬に頭を擦り付ける。これは……! 気に入ったというアピール……!
「メグ! よろしくねメグ! 私とっても優柔不断ですごく迷ってごめんなさいね!」
ぎゅっと抱きしめつつ、ふわふわの手触りを堪能する。ウサギは鳴き声をあんまり上げないらしいと聞いたことがあるけれど、メグは特におとなしい個体だとクルジャも言っていた。でも契約が完成すれば意思の疎通が出来るようになるらしい。
「じゃあ、メグと美月さんの契約を行います。魔力を渡して一定量満たす必要があるんだけど、美月さんはやり方分かる?」
「魔力を……渡す……?」
「あ、わかんないなら契約獣のほうから魔力を奪ってもらうから大丈夫。えーと、ごめん今のMPいくつ?」
「130よ」
「卵はもっと魔力込めなきゃいけないんだけど、契約獣との契約だと通常MP300渡す必要があるから、MPポーション持ってたら2本用意して」
「分かったわ」
さあ、これでこのウルトラキュートな契約獣が、美月の唯一無二のパートナーとなる!
美月は興奮に震える手を握りしめ、契約に挑んだ。
その後、無事<意思疎通>スキルを獲得した美月が聞いたメグの第一声が「みつき、だいすき」だったとき、彼女はあまりのかわいさにぶっ倒れ、生涯この子を大切にすると統治神スペルシアに誓うのであった。
 




