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12日目:愚者の巣穴へようこそ

いつも誤字報告助かってます。

 さて、お昼を食べてくるのでナル預けますねー! とハイデンさんに告げて一度外に出た僕たちは、どこで食事をするかを決めるという大事なミッションと向き合っている。

 ごっはんー♪

 テトはごはんだと分かっているのでにゃあにゃあご機嫌で弾むような足取りだ。

 病院前通りにある店は、サンドイッチのお店とか喫茶店とかが多くて、ちゃんとがっつりランチを食べられる場所ってなると限られてくる。僕たちはその中でも、川南通りと病院前通りがぶつかるところ、角にあるお店でお昼を食べることにした。

 その名も、日替わり定食の店「南西の風亭」。ラリーさんのグルメガイドにも載ってた店だ。


「本日の日替わり定食、「茄子とじゃがいものミートグラタン定食」「豚バラきのこ炒め定食」「アサリときのこのリゾット定食」……イオくんどれがいい?」

「豚バラきのこ」

「テト食べたいものある?」

 ナツとおなじのー。

「じゃあミートグラタンにしよう! 僕のちょっと分けてあげるね」

 わーい!

 正直リゾットもめちゃくちゃ気になるけど、ちょっと茄子食べたい気分だったのでミートグラタン。茄子苦手って人も多いけど、僕も小学生の頃は食べられなくて、高校に入ってから食べるようになった感じなんだよね。あの味覚の変化はどこで起きるものなのかよくわかんない。

 今となっては茄子味噌炒めはめっちゃ美味しいおかずだと思う。ご飯によく合うのだ!

 

 店内は2階建てで、1階のカウンターで注文と支払いを済ませて定食を受取り、好きな席に座って食べるスタイル。イオくんに「席頼む」と言われたので、僕とテトは先に2階に移動して窓側の席を選んだ。ちょうど仕切りがあって他の席から見えにくい席だったし、2階だから外から見られることもないしね。

 しばらく待っていると、イオくんが2人分の定食をもってきてくれたので、インベントリからテト用のお皿を取り出す。テトは食いしん坊ではあるけど、量を食べる方じゃない。ただ僕たちと食べるのが好きなだけって感じかな。だから、僕のを少し分けてあげれば満足すると思うんだよね。

「これナツの」

「ありがとうイオくん!」

 しろいのだー。

「そうだよー。グラタンはホワイトソースだからね」

 ちなみにイオくんが注文して運ぶ係なのは、僕だとプレートを落とす危険性があるからです。


「えーと【適温】。……よし、テトの分これね」

「<原初の呪文>マジで万能だな。だんだん欲しくなってくる」

「師匠を見つけたら習うといいよ!」

「それが目下一番の難関なんだが?」

 人見知りのイオくんにはちょっと厳しいでしょうとも。まあでも気長に探したら見つかるんじゃないかな。多分。今はそんなことより目の前のランチのほうが大事!

 茄子とじゃがいものミートグラタン、じゃがいもとミートソースが層になってて、その上に揚げ茄子とホワイトソースがたっぷりかかっている。チーズを乗せてこんがり焼いている表面には程よい焦げ目。うむ、どう見ても美味しそう。

 というわけでいただきます!


「あつっ!」

「なぜ自分のは【適温】にしない」

「グラタンは熱々を食べるもの……っ! テトは猫舌だから仕方ないので!」

 おいしー! おいも……やきいもとちがう……?

「テトそれは普通のじゃがいもだよ、焼き芋はさつまいもね」

 おいもいろいろあるー。

「みんな違ってみんな良いのです」

 南西の風亭の定食は、お値段すべて900G。陽だまりの猫亭ほどの居心地の良さではないけれど、日当たりが良くてよく風が通る。イオくんも食事に満足そうに頷いたので、この店は定番になりそうな予感だ。やっぱり日替わりっていいよね、毎日わくわくできるから!

「美味しいねー、パンによく合う! でも一番はこのミネストローネスープがめちゃくちゃ美味しい」

「美味いな……」

「ちょっと続きがありそうな言い方しても、いつものコメントだった」

「スープが特に」

「だよね!」

 

 大満足のランチを終えてお店の外にでたけど、ナルを迎えに行くのはまだ早い。病院前通りをしっかり探索しようか、と話をしていたところ、川南通りから歩いてきた人とふと目があった。

「あ、ラリーさん! こんにちはー!」

「ナツさん! 奇遇ですね、ランチですか?」

 相変わらず柔和な顔立ちのラリーさんだ。今日はシンプルなシャツ姿で、仕事帰りかな? って感じの雰囲気。住民情報によると、ラリーさんは問屋通りの店で経理の仕事をしている人らしいよ。

「イオくん、<原初の呪文>を教えてくれたラリーさんだよ! ラリーさん、こちら僕の頼れる友達のイオくんです!」

「どうも」

「どうもどうも。グルメガイドを買った時にもご一緒でしたね」

 にこやかにラリーさんが手を差し出し、イオくんと握手をする。それから、「探索ですか?」と問いかけられたので、病院に知人のお見舞いに行ったことを話した。誰と名前は出さないけど、後でもう一度顔を出さなきゃいけないので時間を潰す予定であることを話すと、ラリーさんはぱっと顔を明るくした。


「それなら、僕たちの図書館へ遊びに来ませんか!」



 図書館。

 イチヤでは、戦火で多くの本を失ったために再建されなかったというけれど、サンガでは再建されたんだろうか。それとも、無事に戦火をくぐり抜けたのかな?

 そんなことを思いつつ案内されたのは、スペルシア教会と花屋の間の路地。そこを入って花屋の奥にあったのが、古ぼけた洋館だった。昔はさぞかし美しい館だったのだろうけれど、今は味のあるレトロな館って感じ。上品な柵と門扉は鉄製で、今はその門が開け放たれている。

 ご自由にお入りください、って感じかな?

「こちらですよ。あ、1回入るのに普段は100G取られますけど、初回は僕がおごりますね」

「わ、ありがとうございます!」

「いえいえ。紹介したいと言ったのは僕ですから」

 洋館の玄関扉を開けると、中は受付のカウンターと靴箱があり、土足ではなくて室内用のスリッパに履き替える仕組みだった。日本人的には、洋館に土足で入りたくないので安心のシステムだね。


「ラリー、いらっしゃい。お客さんかい?」

 よろこんで靴を脱いでスリッパに履き替えていると、カウンターに優しそうなおばあさんがひょいと現れる。この人が受付の人らしい。

「僕の客なので払いますね。今日は誰かいますか?」

「ムジナ達はまだ来てないよ。……ごゆっくりどうぞ」

 おばあさんは最後に僕たちの方に微笑みかけて、室内を手で示した。「おじゃまします」と言ってからラリーさんについて中へ足を踏み入れる。

 玄関から一つ、部屋を入ると、そこは円形のホールだった。2階まで吹き抜けになっていて、壁にはぎっしりと本棚が設置されており、2階部分は円形の廊下だけが壁に沿ってある。その2階廊下部分にも本棚が詰まっているようだ。1階はとにかく本棚を、円形のホール内に入れられるだけ入れた、という感じ。どこか混沌とした空気に、図書館独特の本の匂いが満ちている。


「ようこそ、『愚者の巣穴』へ!」


 振り返ってそう宣言したラリーさんは、どこか得意げだ。この図書館の名前なのかな。

「愚者……って、なんでそんな自虐的な……?」

「はっはっは! 街の復興そっちのけで瓦礫の中から本をかき集めた我々にぴったりの呼び名ですよ!」

「そうなんですか? 我々って?」

「同じ穴のムジナと言いますから。ここは図書館と言っても私立図書館でしてね。僕と、他に数名で共同で資金を出して設置したんです。自分の家とか後回しでね、とにかく本の集まる場所を作りたくて」

 円形のホールから隣の部屋へ行けるようになっていて、そっちは日当たりの良いサロンのようなものだった。僕たちをそっちへ案内しながら、ラリーさんは言う。

「そりゃあもう散々、馬鹿者と言われましたねえ。生活の立て直しより先に本に金をかけるやつがあるかって」

「あ、それで愚者の巣穴って名前にしたんですか?」

「そうです。最初のうちは5・6人でここに寝泊まりしながら本を探してきて、修復して、並べて、本棚を作って……まあそんなことをしていましたのでね、まさに巣穴でしたね!」

 ソファへどうぞ! と勧められたのでそこへ座る。ラリーさんは慣れた様子で備え付けのキッチンへ向かい、テキパキと紅茶を入れてくれた。紅茶……ということは、クッキーを出すべきかな? 


 ラリーさんが紅茶を持ってきたので、僕は野菜クッキーをいくつか取り出す。にんじん、ほうれん草、ナッツ。かぼちゃはとっておこうかな、なんとなく。

「お茶菓子にどうぞー」

「ご丁寧にどうもどうも。紅茶に砂糖とミルクはご入用ですか?」

「ください!」 

「俺は無しで」

 イオくんは紅茶もストレートティー派。僕は気分によってかなー? 珈琲ほど苦くないから紅茶は無糖でも飲めるけど、気分をシャッキリさせたいときは無糖で、リラックスタイムは甘くしたい。

 僕が紅茶に砂糖とミルクを入れていると、テーブルの上のクッキーを凝視したテトが、すんすんと鼻を鳴らした。

 ナツー、これあまいのー?

「野菜も入ってるけど甘いよー。どれ食べる?」

 ……これー。ナルえらんだやつ。

 お、ナッツか。これも美味しいよねー。クッキーにナッツ系のものが入ってると食感が違って食べてて楽しい。僕もくるみとかマカデミアナッツとか好きだな。

 どーぞ! とテトに食べさせてみると、もぐもぐ咀嚼したあとに、にゃっ! と一声鳴いて尻尾をパタパタさせた。美味しいけど、モンブランや焼き芋ほどではないリアクションだ。テトの好みはホクホクしてるやつなのかも。


「ラリーさん、もしかして本もここで作ってるんですか?」

「はい。僕は文章を書くのが好きで、他にも絵を描くのが好きなやつとか、レイアウトを考えるのが好きなやつとか、装丁作るのが好きなやつとか色々いましてね。僕と似たようなやつらなんです、受付のおばちゃんは、僕らをまとめてムジナと呼びますよ」

 受付でムジナ達って呼ばれてたね、そういえば。ラリーさんの仲間のことだったのか。

「ここ、レンタルもやってますから、良かったら借りてってください。販売用のは玄関ホールに少しありますよ」

「やった、あとで買いに行きます」

「ありがとうございます、本の保管に結構な維持費がかかるんで、助かりますよ。……あ、意外と美味しいですねほうれん草クッキー」

 ラリーさんが遠慮なくクッキーの袋を開けてくれたので、僕もほうれん草食べてみる。……ほんのりほうれん草だけど、もうほぼクッキーかな? このくらいなら苦手な人でも食べられそう。確かに思ってたより美味しい。テトも食べる? と差し出してみたら、ぱくっとかじったテトは微妙な顔をしていた。

 あまい……けど、ほんのりはっぱ……?

 確かに葉っぱなんだけど、こんな僅かな感じでも分かるのかあ。ほうれん草クッキーはテトのお好みではない、と。

 口直しに、ナッツもう一枚食べる? 僕も食べようっと。

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