12日目:ナルのお見舞い
たっぷりこってりシーニャくんに怒られたナルは、しょんぼり継続中。
僕たちはそんなナルを伴って契約獣屋さんを出た。テトが背中に乗せてあげて、だいじょぶー? げんきだしてー! とにゃあにゃあ呼びかけている。
「これに懲りたら、もう黙って脱走しちゃだめだよ?」
「……チュ」
こくんと頷くナル。今の間はなんだろうなあ、他の人の契約獣の言葉分かるようになりたいものです。
「ナツ腹減ってるか?」
「焼き芋食べたからあんまり」
「じゃ、先に病院に行く。できればハイデンにナルを預けてから、昼飯を食いに出よう」
「了解。ハイデンさんとナルを2人きりにしてあげようというさりげない気遣い! 流石イオくん気が利く!」
「ふは」
なんでそのテンションなんだ、とイオくんは笑った。正直自分でもよくわかんないけど、イオくんを褒めるときはなんかテンションが上がるのだ。あれだよあれ、花火のときの「たーまやー!」的なの。なんか大声で言ったもん勝ちじゃんああいうの。
先頭を行くイオくんの後をついて歩く僕、その右側にぴとーっと張り付きつつ歩くテト。もふもふしている。川南通りは宿泊施設が集まっているところだから、独立した定食屋さんやレストランはこのへんにはない。リアルだとホテルのレストランで食事とか出来るけど、アナトラでは宿泊施設併設のレストランは宿泊客のみ利用出来るのが普通だ。
宿にも色々グレードがあって、川沿いの宿の方が良い宿、川に面してない方の宿は安宿になる。それほど長くない通りを抜けると、今までは見えなかった大通りにぶち当たった。東西に伸びる、ここが病院前通りだ。
「静かな通りだね」
「……そういう通りなんだろ。あそことか墓地だし」
「あ」
イオくんが言うように、川べりの城壁寄りのあたりが、大きな墓地となっていた。終戦後は正道以外に出られなくなっているから、当然戦後に亡くなった方のお墓は城壁の中にある、とは思ってたけど、ここか。墓地の隣はスペルシア教会、そして通り沿いに花屋が続く。
病院があるのは、この通りの西方向。地図的には南西門から南方向の広いスペースが病院施設となっているらしい。
「花買ってくか?」
「お菓子あるから大丈夫じゃないかな」
なんて話をしながら病院に向かう。
この通りにも飲食店はいくつかありそうなので、後でゆっくり見るとして、先にお見舞いを済ませたい。ナルがさっきからテトの背中でソワソワしてるし。
サンガ総合病院は、保養所のような、緑の多い庭園を持った別荘風の建物だった。出入り口は開け放たれており、誰でも中に入れる様になっている。
白い建物なのはリアルと同じだけど、3階建ての木造の建物なので、あんまり病院って感じに見えない。リアルだと白いコンクリート製の建物ってイメージだから、それに比べるとなんかおしゃれな外観に見える。
しろーい!
となぜかテトが満足そうな顔をするのを横目に、大きな白い建物へ向かう。病院の出入り口は、押せば簡単に開くタイプなので僕にも開けられそう……まあイオくんが開けてくれるんだけど!
入ってすぐのところに大きな待合室みたいな部屋があって、ベンチが並んでいる。薬を出すカウンターとかもちゃんと分かれていて、その辺はリアルの病院と似てる感じだね。
「あそこが受付だな」
イオくんが受付で、あの砦にいた人たちの病室を聞いたところ、獣人3人はすでに退院しているとのことだった。3人とも弱ってはいたけれど、獣人さんは回復も早いから、身内の人たちが自宅で休ませたいという希望が受理された形。砦で大分弱っていたドワーフの女性は当分入院になるとのことだけど、こちらは僕たち関わってないから名前もわからない。
ハイデンさんは、1ヶ月ほどの入院で退院出来るだろうと言う話だった。怪我や病気ではないけれど、栄養失調の回復と筋力の回復を慎重に、という計画らしい。リダ家というネームバリューもあるから、特に慎重にならざるを得ないんだろうね。僕たちが砦を見つけたトラベラーですという話をすると、テアルさんが僕たちの名前を出してくれていたようで、すんなりと部屋番号を教えてくれる。
「ドワーフの女性の方は行かなくていいだろ、あっちは俺達会話もしてないし」
「そうだね、ハイデンさんのところだけで。それにしても獣人さんたちは家に帰れて良かったね」
「それな。誰も残ってない可能性だってあったんだし、幸運なことだ」
ハイデンさんの入院している部屋は、1階の奥の方の個室だった。
良い部屋って上のほうにあるイメージだったんだけど、この病院は3階建てでエレベーターとか当然ないので、上の階の部屋のほうが軽症者向けなんだって。個室は階段の上り下りのない1階に集まっていて、その中でも奥の方にある部屋のほうが広いらしい。
そんなわけで、一番奥の部屋がハイデンさんの病室だ。ドアの前に警備の人が立っていることからも、VIP扱いなのは間違いない。
「すみませーん、ここがハイデンさんの病室ですか?」
「そうですが、あなた方は?」
「砦を見つけたトラベラーのナツです、こっちが一緒に見つけたイオくん。ハイデンさんのお見舞いに来ました」
僕たちが警備の人に声をかけると、警備の人は僕たちの名前を記録して、どうぞとドアを開けてくれた。
テトはー?
と、紹介されるのをお澄まし顔で待っていたテトが不服そうににゃあにゃあ抗議する。ごめんよ普通に忘れてた。警備の人にうちの契約獣一緒に入って良いですかと聞くと、問題ないとの返事だったので一緒に病室に入る。
病室は、結構広々としていた。
窓際のベッドでぼんやりと空を眺めているハイデンさんに、僕たちが声を掛ける前にナルが駆け寄る。「チュ!」とあげた声にハッとした顔でハイデンさんがこちらを振り向き、ぴょんとベッドの上に飛び上がって体当たりしてきたナルを受け止めた。
「ナル!」
嬉しそうな声で名前を呼んだハイデンさんは、ナルをぎゅっと抱きしめた。その腕の中でナルが必死に鳴いてなにか言っているのを、うん、うん、と頷きながら聞いている。お互い心配していたんだろうなあというのがよく分かる光景だ。
やがて会話が一区切りついたのか、ハイデンさんが僕たちの方を見た。
「こんにちはハイデンさん。大丈夫ですか?」
「ナツさん、イオさん。ナルを連れてきてくれてありがとうございます」
微笑むハイデンさんはまだ発見時の様子とそれほど変わらない。よく考えて見れば、あの砦から救い出したのってたった2日前だもんね、そりゃあすぐに元気にはなれないだろう。でも、少なくとも顔色はずっと良くなっているので、そこは良かったな。
「ハイデン、そいつ保護されているところを脱走してお前に会いに行こうとしていたぞ。脱走は心配をかけるからしないように言い聞かせておいたほうが良い」
「え」
「チュチュー! チッ!」
シーニャもクルジャもしんぱいしてたから、おこられたほうがいいとおもう。
「チュー……」
リスと巨大猫の会話、なんかとってもメルヘンだなあ。
「あ、この子は僕の契約獣のテトです。ナルの言ってること僕に伝えてくれたので、ナルが病院に行きたがってるって分かって連れてこれました」
テトだよー。よろしくー。
テトは前のような肉球ぺたりのご挨拶はやめたみたいで、ちょっと首を傾げたポーズでにゃっ! と短く鳴いた。うむ、かわいい。自分のかわいさを分かっているタイプの猫。とてもよろしいと思います。
ハイデンさんはナルから聞いていたのか、テトに「ナルを乗せてくれてありがとう」と律儀にお礼を言っていた。もちろんテトは得意げな顔で、どーいたしましてー! と答えている。
「あとこれお見舞いに。野菜を練り込んだクッキーが売ってたので、栄養補給に良いかと思って買ってきました。ナッツのはナルが選んだやつです」
「ご丁寧にありがとうございます。今日はおかゆを食べたので、明日から固形食だそうです。全然食べてなかったというわけでもないので、本当は食べられるんですけど……祖父が心配していまして」
「そりゃあ心配すると思いますよ。ここの引き出しに入れておきますから、食べられそうなら食べてください」
サイドチェストの引き出しにクッキーを詰め込んで一番の目的は完了かな。ハイデンさんの病院着にしがみついて離れないナルの様子を見ていると、このままこの部屋に置いといてあげたい気持ちになるけど……ナルの方も全快って感じじゃないし、流石に無理だろうか。
僕がそんなことを考えている間に、イオくんがハイデンさんと軽く情報交換をしている。ハイデンさんのお爺さんは、昨日の夜遅くにサンガに戻ってきて感動の再会を果たしたらしい。無理を言って病院に泊まって、さっき帰ったばかりだって。その人が十中八九、ギルドマスターだ。もはやどうしても会いたい理由はないので、まあ機会があればご挨拶くらいはできたらいいなと思うけど。
でも死んだと思っていた孫が戻ってきたって時に、その辺のトラベラーと面会とかしてる余裕ないよね、普通に考えて。そこは水を差さないようにしたいところだよ。
イオくんはさっき受付で聞いた獣人さんたちが退院した話をして、ハイデンさんは自分のことのように喜んでいた。
「早く家に帰りたい気持ちはよく分かります。家族が待っているのならなおさらです、……やはり、家族がいるというのは、落ち着くと思いますよ」
「そうだろうな」
「それに、家に戻らないとナルを引き取れませんから……」
「チュッ!?」
ナルはちょっとショックを受けたような顔をしたけど、引き取るという言葉には安堵したようでもある。このまま病室に居座ろうとしてたのかなー? 気持ちは分かるけど、流石に駄目だと思う。
砦から救出したときにナルがガリガリに痩せてたのは、ハイデンさんから魔力をあまりもらわないようにしていたからだってシーニャくんから聞いている。契約獣は基本、契約者から魔力を貰えれば生きていけるんだけど、魔力は生命維持に重要な役割を果たすものでもある。ハイデンさんは大分弱っていたし、あの状態のハイデンさんから十分な魔力をもらってしまうと、死んでしまうかもしれない……、と危惧したナルは、できるだけ少ない魔力でやりくりをして、結果としてとても痩せてしまい、弱っていったんだって。めっちゃいい子。
で、結局人間が食べなかったときと同じで、ナルも魔力を少量しか受け付けない状態になってるから、正常な状態に戻す必要がある。シーニャくんのお店では専用の薬とかを使って徐々に戻して行って、契約主から魔力を吸わない様に魔力のこもった食べ物とかも用意してもらえるそうだ。ハイデンさんが元気になって、魔力をもらっても問題なくなったら、それでようやくナルの状態も完全回復となるのだ。
そういうことをシーニャくんがお説教しながら懇切丁寧にナルに説き伏せていたので、僕も覚えちゃった。流石にあれほどのお説教を食らったら帰らないと駄々をこねることは……しないよね? 信じてるぞナル。