1日目:生産もしてみる。
その後もレンガ道通りを南門までマッピングしてから、僕たちはギルドに戻った。
お菓子のお店は明日買いに行くことにして、今日はギルドの作業場をレンタルして生産作業に移る。
食器類は、レンガ道通りに専門店があった。とりあえず安価で丈夫な木製でそろえておく。スープを入れておくスープポットも売っていたので、鍋一杯分くらい入りそうなポットを3つ買っておいた。スープだけじゃなくて煮物系にも使えるし、便利そうってことで。
「じゃ、俺適当にスープ作るから」
と鍋を取り出すイオくん。
「じゃ、僕は適当にお守り作ってみるね」
と木材を取り出す僕。
作業場は1時間500Gで借りられるし、テーブルが2つのちょっと広い部屋を押さえられたので1つずつ使える。ひとまず2時間レンタルした。
早速調理器具を広げるイオくんを横目に、僕は袋から木材と初心者用彫刻セットを取り出した。まずは適当な木材にやすりをかけて表面を滑らかにして、<魔術式>から何を彫るか決める。
今彫れるのは、「商売繁盛のお守り」「金運上昇のお守り」「生産成功率UPのお守り」「頑健のお守り」の4つ。他のものはグレーアウトしていて作れない。スキルレベル1だから効果の高いものは作れないだろうし、とりあえず全部1つずつ作ってみよう。一番縁がなさそうな「商売繁盛のお守り」を選択すると、やすりで均した木材に光の線が走った。
――なるほど。
これは、あれだ。なぞるやつだ。文字を覚える時に鉛筆でなぞったあいうえおの練習帳、あれと同じで、うっすら見える線に沿って彫刻刀を滑らせるやつ。恐る恐る鉛筆のような彫刻刀を線に当てると。びっくりするほどさくっといった。え、切れ味鋭すぎない? こわ。
そのまま線に沿ってなぞってみると、まるで砂に指で絵を描くように、スムーズに滑る。これ絶対彫刻じゃない、これはあれ、普通にトレースだ。線をなぞるだけの簡単仕様の。
僕これ、得意かも。
昔から塗り絵とかパズルとか一人でこつこつやる遊び、好きだったんだよね。大人の塗り絵って言われる巨大塗り絵とかも嬉々としてやってたし。感覚としてはあれと同じ感じで、慣れればすごくサクサク行けそうな気がする。
慎重にすべての線をなぞり終えると、木材はぱっと明るく光った。それから光が消え、<彫刻>した線はこげ茶色の溝に変わる。MPが20も減っているので、1個作るごとに消費するんだろうな、これ。
えーと、<鑑定>。
商売繫盛のお守り 作成者:ナツ
店の従業員が持つことにより、人をひきつけ、売り上げを伸ばすお守り。
集客10%UP 効果時間:1日
効果時間1日、かあ。
プレイヤーにも住人にも効果がありそうだけど、現在はプレイヤーショップは実装していない。ということは、住人さん専用だね、今のところ。プレイヤーはアクセサリにセットしないと効果発動しないと思うんだけど、住人さんも同じなのかな?まあ誰に渡すんだって問題はあるけど……。
まだ<鑑定>のレベルが低くて品質が分からないんだけど、素材を良いものにしたり、スキルレベルが上がったら、効果時間も伸びそうな予感がする。
まあ、でもだいたい分かった。じゃ、残りのお守りもちゃっちゃと作ってみよう。
と言うわけで、無心で作ってみたお守りの鑑定結果がこちら。
金運上昇のお守り 作成者:ナツ
クエストや売買で得られる金銭をわずかに多くするお守り。
収入5%UP 効果:5回
品質★1
生産成功率UPのお守り 作成者:ナツ
生産作業中、その成功率をUPさせ品質をわずかに向上させるお守り。
品質10%UP・成功率UP(小) 効果:5回
品質★1
頑健のお守り 作成者:ナツ
装備品や武器の消耗を減らし、わずかに長持ちさせるお守り。
耐久度減少量10%カット 効果:1つの装備品・武器(耐久度0になるまで)
品質★1
<鑑定>レベルが5を超えたことで新たに「品質」という表示内容が追加された。
最初に作った商売繁盛のお守りも★1だったから、最初に作るものは全部★1なのかもしれない。<彫刻>スキルは4つのお守りを作り終わってレベル3に上がっている。MPは一律20消費だけど、魔力特化型の僕にとっては余裕。
品質は、生産品や素材に表示されるもので、これが高いほど良質になる。最高は★10。店売りの品物などは★3~4が多いとのこと。試しにハンサさんのくれたリンゴを<鑑定>したところ、品質★8と表示されてスキルレベルが上がった。強い。
このリンゴでイオくんにアップルパイとか作ってもらったら、それだけでイオくんの<調理>レベルすごく上がるんじゃない? と一瞬思ったけど、失敗する可能性もあるので提案はしなかった。良い素材を使って失敗するとめちゃめちゃ悲しいんだ。
「イオくん、スープできそう?」
「おー、オートアシスト切ったらリアルの感覚に近い。わりと思い通りにできそう」
「今更かもだけど、これあげる」
とりあえず、さっき作った「生産成功率UPのお守り」はイオくんへ。
金運上昇は明日自分で使うとして、商売繁盛と頑健はどうしよう。前者は明日どこかのお店の店員さんと知り合いになれたら渡そうかな? 1日しか効果ないから微妙だけど、無いよりはましのはず。
頑健は普通に有用だけど、全身初心者装備の今は恩恵がない。プレイヤーが最初にもらえる初心者のナントカって装備品は、すべて耐久度なしで壊れない仕様なんだよね。装備を変えたら重宝するとは思うけど、まだインベントリにしまい込んでおいて良さそうかなあ。
「<彫刻>ってこういうのが作れるのか。いいじゃん」
イオくんはお守りを受け取って、早速それを装備したようだった。
アクセサリスロットを埋めるらしい。今は初期職なので、僕たちのアクセサリスロットは3つしかない。転職すればスロットが増えるはず。あ、ちなみにペンダントや指輪などの普通の宝飾品は、アクセサリスロットにセットしなくてもファッションとして身に着けることはできる。何かしらの効果がある指輪をつけているからと言って、ステータス画面からアクセサリスロットに入れていなければ効果は発動しないのだ。逆に、効果を発揮させるなら絶対に装備しないといけないので、イオくんのように似合わないふわふわの毛玉をつけていたりするのは、察して。
イオくんはそれから、野菜とキノコを煮込んだ塩スープを完成させ、土鍋でお米を炊き、ステーキを焼いてステーキ丼を作った。
「最初の料理で評価★3はすごくない?」
「多分これお守り無かったら★2だったと思うんだよな」
なんてイオくんは謙遜してたけど、これは確実にリアルでも料理できる男の技術が生きた結果だ。<調理>スキルには、初期状態から【オートアシスト】というアーツがあって、これを使うと特定のレシピを選んでそのレシピをオートで作れるという初心者救済措置がある。こっちで作ると多分、★1だったんだと思う。でも、リアルでも料理をする人にとって【オートアシスト】は邪魔なだけ。
そういう人たちは最初にフリーレシピを選択すると、自分の好きなものを好きに作れる。ただしこれはあらかじめある程度のリアル技術が無いと無謀なのだとか。
もちろんイオくんは最初からフリーレシピでスープを作ったしお米も炊いた。
「なんなの今どきのイケメンって料理できて当たり前ってこと??」
「普通に褒めてくれ」
「料理上手でととてもすごいと思います!」
「うむ」
普通の男子大学生、土鍋でお米を炊けないと思うよ。これはドヤ顔を許されるね。
ちょっと味見させてもらったスープは野菜の甘みが良く出ていて普通に美味しかった。これが★3かあ、家庭の味って感じ?
「スキルレベル3に上がったからもう少し作るかな。ナツこのお守りもう1個くれ」
「じゃあ今から作るね。まだ時間あるし」
イオくんに聞いてみたところ、お守りは仕上がりまでにセットしていれば効果があるらしく、スープとお米、ステーキの3種類の料理をしたことになっていて、効果カウントも3減って残り2になっているらしい。お米とステーキを組み合わせたステーキ丼は、両方の評価の平均点が評価になるんだとか。ひとまずイオくんはシャケを塩焼きして海苔なしおにぎりを作るというので、僕も2個目の生産成功率UPのお守りを削る。
黒っぽい木材の表面を整えて、魔術式を削ると、前より明らかに形が滑らかになった。
生産成功率UPのお守り 作成者:ナツ
生産作業中、その成功率をUPさせ品質をわずかに向上させるお守り。
品質13%UP・成功率UP(小) 効果:7回
品質★2
……うん、確率が上がったね! あと効果回数も増えてる。
★3が店頭に並ぶレベルということだから、10回使えて15%UPくらいがそのラインと予測。成功率UPは上がらないかも? まあその辺は後で検証しよう。
丁度お守りを使い切ったらしいイオくんに新しいのを手渡し、僕は続いて金運上昇と頑健の守りを作る。商売繁盛は今必要じゃないので一旦置いておくことにした。2つとも★2で出来上がって、<彫刻>レベルは4に上がった。そこでアーツが追加される。
【フリードロー】……魔力を注ぎ自由な模様を作ることで、完成後にその模様に沿った効果を付与する……だと……!?
面白そうだけど絵心が無い人間にこういうの与えても闇鍋の気配しか……! いや、思い出せ僕、学校で美術の授業あったしなんなら美術の成績悪くなかったはず! スケッチくらいなら何とかなるんだ、あとはアイデアを絞り出せば……!
MPが減った状態で街に戻ってきたけど、時間経過で自然回復もしているし、残りMPは120くらい。【フリードロー】を宣言すると、何MP使うか問いかけるウィンドウが出た。
通常お守り作成がMP20だから、50入れてみよう。使用MPを指定すると、今度は10センチ四方の木片がぱあっと輝く。えーと、何にしようかな。効果を狙ってつけるなら何かしらモチーフを絞った方がいいんだと思うけど……。
きょろきょろと周囲を見渡すと、美味しそうなおにぎりが隣のテーブルに見えた。……うん、最初はこのくらいシンプルに行く方がいい。きっと。
四角の枠を作ってから中にお皿に載ったおにぎりの模様をぎこちなく掘ってみると、完成品はこんな感じになった。
食のお守り 作成者:ナツ
お腹が空いているとき、素早く動けるようになる。満腹の時、魔法防御力が上がる。
空腹時:俊敏10%UP 満腹時:魔法防御力10%UP 効果:1週間
品質★3
お……おお……。これがおにぎりパワー……!
いやでもこれ効果微妙だな、1週間使えるとしても俊敏20の時22になるだけではいかんともしがたい。魔法防御力はデバフのかかりやすさに影響するからイオくんに渡したいけど、今イオくんの魔法防御は、っと。……11か。12になったところで本当に微妙だなあ。これがもっと時間が経って、ステータスが100とか200とかいってるなら、10%UPは結構嬉しいんだろうけど……。
うーん、なんかもっとこう、使いやすい効果が欲しい。いきなり彫るんじゃなくて、スケッチとかで図案をまとめてからの方がいいかもしれないな。でもスケッチブックは持ってないし。というか文具店で見た紙は結構高かった気がする。
僕がぐぬぬと唸っている間に、イオくんはおにぎりを量産し終わってインベントリに放り込んだ。炊いた米がなくなったらしい。
「ナツ、終わったのか?」
「新しいアーツが来たんだけど、自分で模様を考えるタイプのやつだからすごくやりづらい」
「時間あと15分だし、そろそろ終わっとくか? ギルドの二階に泊まると夜を飛ばせるらしい」
「それ、何か利点あるの?」
一人だったら自分で調べるんだけど、イオくんはどうせ知ってるんだろうなーと思って聞いてみる。そして当然のように知っているイオくんは説明してくれた。
夜の魔物は昼より強く、昼の推奨レベルより+10レベルくらいを見た方が良いとのこと。そんな中フィールドに出るのは酷だから、時間を飛ばすために宿泊が推奨される。宿泊の利点は、起床時間を設定できることと、MPとHPが全回復すること。また、宿泊施設は安全にログイン・ログアウトできる場所としても利用される。
「で、ギルドの二階にある宿泊施設だと、広い部屋に雑魚寝だけど500Gで泊まれるんだ。ちなみに街中で宿に泊まろうとすると最低3,000Gから、食事をつけるとさらに別料金」
「なるほど理解。ギルドに泊まろう」
ソルーダさんは、門は朝8時から夜7時まで開いてるって言ってたっけ。朝7時半くらいに起きればすぐにフィールドに行けるかな。
「イオくん、できれば明日は午前中でレベル10までいって、転職しよう」
「そうだな。PP振り分けとスキル取得して、午後は装備見に行くか」
「OK。防具はともかく、武器はいいの欲しいね」
「ソルーダかアーダムに聞いてみるか。兵士の方がいい武器売ってる場所に詳しそうだ」
「確かに」
そしてあわよくば新たなショップカードを手に入れたい。やっぱりこのゲーム沼だよ。
明日やること。
・レベル10にして転職
・PP振り分け、スキル取得
・アーダムさんとソルーダさんに良い武器屋を聞く
・ツノチキンの肉集め(できれば)サームくん用!
・お菓子買いに行く!
更新ここまで。