「アナザーワールド:トラベラー」
初投稿です。よろしくお願いします。
その世界は、元々は創造神のつくりあげた多くの世界のうちの一つでした。
創造神はあまりにたくさんの世界を作らねばなりませんでしたので、その世界に住む生物の中から最も強いものを選び、神界へと引き上げ統治神としました。統治神スペルシアは、元々は強い竜でしたが、こうして神となったのです。
ですが、いかに神といえど、常にその世界を見ているわけではありません。
統治神スペルシアは世界をより良くするために心を砕きましたが、己の手足として世界に遣わした竜人たちの中に、不満を持つものが現れました。珍しいことではないのです、どのような世界にも必ず、現状に不満を持つものは現れるものなのですから。けれども不幸にも、同じ創造神の作った別の世界から、悪意を持ってこの世界に侵入するものがありました。
その世界は、力こそが正義という方針の元、強さだけを求め他者を蹴落とし、より上に成り上がろうとする者たちの世界でした。そんな世界から勢力闘争に敗れて落ち延びてきた「悪」にとっては、この世界の平和で穏やかな空気はたやすく支配できそうな弱いものに見えたことでしょう。
しばらくの間身を潜め、統治神の視線が今地上からそらされていると確信を持った「悪」は、地上に於いて最も不満と反逆心をもつものにささやき、己に体の半分を譲ればお前をこの世界の唯一王にしてやろう、と約束したと言います。
魔王マヴレは、こうして生まれ、そして世界を混沌へと導きました。
統治神スペルシアが休息を取っている間に、その侵略は速やかに始まり、あっという間に戦火が広がりました。
スペルシアの代行者たる竜人たちが表にたって被害を食い止めている間に、人間たちは団結して対抗手段を整え、聖獣である竜たちが加護を与えた勇者たちを育て、鍛え、魔王を討つべく戦略を巡らせました。
魔王マヴレが世界に降り立ち、魔物を撒き散らし始めてから20年余り。ようやく魔王を打ち倒すことができたときには、その世界は酷く破壊され、崩壊寸前のところまで行ったのです。
そして、魔王は討たれましたが、ただでは死にませんでした。
魔王は自分の命が尽きるとき、その生命を代償に世界に呪いをかけることを選びました。そんなことをしてしまったら魂ごと消失してしまうというのに、それでも魔王はそうしました。
「この土地で生まれた者たちは、何人たりとも、道を歩けば迷うであろう!貴様らには道が見えぬ!もはや二度と団結は叶わぬと思え!」
こうして、この世界で生まれた者たちは、その理から外れた聖獣以外は皆、道を失いました。
魔王が最も苦しめられたのが、森や山に潜んでいたゲリラ部隊だったからです。魔王はその呪いをかけることで、二度とその戦法がとれぬようにしたのです。そうすれば己の成しえなかったことを、己の後に続く誰かが再び魔王となって成すであろう、と。
この呪いは、それまで生きていたものだけでなく、それから生まれた命全てに降りかかりました。この世界の住人たちは、街の外に一歩でも出れば、たちまち方向感覚を失い、自分がどこへ向かっているのかさえわからなくなってしまうようになりました。ひとところにとどまり続けることしかできず、道があっても、それを認識できなくなってしまったのです。
さて、休息から目覚めた統治神スペルシアは、このような状態になっている地上を見て大変驚きました。スペルシアからしてみれば、ほんの少し転寝をしていたような感覚だったのに、その間に地上が一変していたのですから。
スペルシアはあまりのことに泣きながら地上を何とかしようと動き出します。己の生み出した竜人たちがほとんど死に絶えており、悲しかったのもあります。魔王マヴレの反乱に気づかず眠りこけていたことは、スペルシアにとっても苦しい事実でした。それに、あんなに平和だった美しい地上が、こんなにも荒れ果てているだなんて。
スペルシアの力により、魔王の呪いを少し薄めることができ、住人たちは「正道」と呼ばれる大きな道のみならば安全に通れるようになりました。街や集落の認識も保護し、その中で迷うこともなくなりました。
スペルシアは泣きながら復興を手伝いましたので、その流れた涙が土地を癒し、荒れ果てた大地に緑が復活しました。
力を失い消えかけていた精霊たちをわずかながら呼び戻すこともできました。
魔物によって大きなケガを負っていた人々の傷は癒されました。
しかし、スペルシアにもできないことがありました。
まず、魔王亡き後も各地に生息していた魔物たちを消すことはできませんでした。魔物の巣となった土地は魔物となる因子を蓄え、近くに生息していた動物たちを魔物化し、すでに特有の生態系を構築していたのです。
死者をよみがえらせることもまた、出来ないことでした。時を巻き戻すことも。
また、魔王の残した呪いを完全に消すこともできませんでした。住人たちは今でも、正道の外を歩こうものならば方向が分からなくなり、まっすぐに歩くことさえできなくなるのです。
どうにかしなくては。
このままでは正道の届かない場所にある集落や隠れ里の者たちが、そこから出られないままに死に絶えてしまう。
スペルシアは必死で考えました。スペルシアは強く、賢く、魔導に長けた優秀な竜でした。ほんの少しぼんやりしているところもありますが、それでも神に引き上げられるほどの力を持っていたのです。壊滅しかけたこの世界を、どうにかして立て直すため、スペルシアは頑張りました。そして必死に研究を続けた末に、終戦から10年。
今、ようやく一つの解決策を生み出します。
それこそが、皆さんのことです、トラベラーさん。
スペルシアは空間魔法の権威でした。この世界と最も相性の良い異世界から、魔物を倒せる人々を呼び込み、魔王の呪いにかからぬその存在に世界を踏破してもらうことで地図を集めることにしたのです。地図と言う情報が集まれば、人々に認識された場所が集落として存在を確立し、正道からつなげることで徐々に住人達への呪いを解いていけるのです。
統治神スペルシアは、トラベラーさんたちの世界に最もつながりやすいイチヤの街にゲートを作り、皆さんを招き入れました。
どうかお願いです、トラベラーさん。
この世界の呪いを解くために、ぜひ、力を貸してください。
その白地図を埋めて、たくさんの集落を、遺跡を、名所を刻んでください。
世界を、また一つにまとめるために。