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ぶつ切り三国志  作者: 李恩文弱
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時を戻すことができたなら

これで最後だと思ったとき、不安や恐怖よりも安堵が強かった。

己にとってもっとも大切な人は既に安全で、心おきなく戦えた。

だから死ぬことは、むしろ安らぎですらあった。


これで終われる。

全てと決別できる。

人が人を殺すことで日々を生きる乱世とも。

愛した人を失った苦しみを、奪った者への憎悪で癒す日々からも。





時を戻すことができたなら





傷の痛みに眉を寄せつつも、凌統は寝返りすら打てぬ我が身を、嘲笑うように口角を上げた。

実際、あまりにしぶとい自身の生命力が呪わしくもおかしかった。

戦場という究極の暴力が罷り通るあの場所では、人の命など塵芥に過ぎないが、

反面、奪おうとても必ずしも奪えないのが人の命である。

凌統の命を奪おうとした敵兵は、今頃、悔しさに歯ぎしりしているだろうか。

凌統自身ですら、いっそ心地よいほどに、己の命を奪われる覚悟があったというのに。


まだ、凌統は生きていた。

その証拠がこの痛み。

もはや、どこがどう痛むのかすら、凌統自身にも分からない。

それほどに激しく、広範囲に、痛みは蔓延している。

どこをどれだけ切られ、突かれ、射られたのだろうか。


やはり、どうあってもあの時に、死んでしまうべきだったと、凌統は深くため息を零した。

体の痛みが治まったとて、以前と変わらぬご奉公は叶うまい。

なにしろ凌統は武人である。

戦場に立てねばものの役に立たないばかりか、足手まといにもなりかねない。

どこまでこの深手は回復してくれるやら。

それを思えば、生きていることの苦しみが、どっと腹の底から湧いてくる。


部下も全て失ったのだった。

父の代から仕えてくれた、家族のような部下も少なくなかった。

凌統だけが、なぜか取り残されてここにいる。

傷と心の双方の、激しい痛みと引き替えに、命だけを永らえている。


こんなものは、もういらなかった。


呪わしいほどに、そう思う。

敬愛する父もない。

父を支え、更には凌統をも支え続けた部下もない。

残されたのは、満身創痍に傷ついて回復の見込みも薄い情けない肉体。

そして、未だ忘れ得ぬ父の仇。

喪失の苦しみを、その男への憎悪で埋め続けた、10年という歳月の重さ。


全てを最初からやり直したい。

父のいたあの頃から。

乱世という中にあっても、全てが光り輝いて見えたあの頃から。

時を巻き戻して、最初から。


そうすれば、憎まずに済んだのかも知れない。

剛胆にして勇猛果敢、戦略眼にも優れたあの男を。

味方とすれば誰よりも頼りになるあの男を。

時を戻すことができたなら、きっと…。




おわり

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