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ヘリオポリス   作者: soltydog 369
第8話
9/9

2人の半神

ホルスは翼を広げ、その羽で自らを包むように覆った。

ガキン、と硬いものがぶつかり合う音がしてセクメトの動きが止まる。

凶悪な一振りはホルスの見るからに柔な翼に受け止められていた。




「やっと使いましたね。それ。」

稽古中、セべクに急激に距離を詰められ焦ったホルスは腕ではなく、羽を前に突き出した。


羽と接触した瞬間、切っ先から火花が散る。

ホルスはその羽の変化に驚いた。

自らの羽がまるで盾の様にセべクの剣を受け止めているのだ。


ホルスはその時初めてセべクの言っていた意味を理解する。

彼は既に飛ぶこと以外の可能性に気づいていたのだ。


「神、または半神の能力は主に身体的特徴に現れます。貴方の場合はその羽である可能性が高いと踏んでいました。」


ホルスは未だ信じられないといった風にその羽を何度も触って確かめている。


「能力の多くは極限の戦いなど、自身を限界まで追い詰めた時に現れるようです。多少手荒な真似をしてしまいましたが、無事その能力の一端を開花させたようですね。」

稽古中のあの表情はやむおえず、という風には見えなかったが、ホルスはそれでもセべクやクヌムに感謝していた。


「私が目の前で剣を振るった時、貴方は何を考えましたか?」

「え?…もう逃げられるような距離じゃなかったし、とにかく守んなきゃって。そう思っただけだけど。」

セべクは興味深そうにホルスを見た。


「成程。その羽は貴方の意思を具現化するのかもしれません。」

「…ぐげんか?」

ホルスは聞きなれない言葉に首を傾げる。


「ええ。心の中で思い描いたことを形にする事です。今のように貴方が自身を守りたいという意思が羽を鋼鉄のように硬くしたという事ですよ。」


言葉で説明されてもいまいちピンとこない。


「それってつまり…この羽すげえって事?」

何とも抽象的な答えにセべクはくすっと笑った。


「そうですね。使い方次第ではセトとの戦いで大いに役立つかもしれません。」




「成程。その羽が盾という訳か。」

セクメトはそう呟き、突然目の前から姿を消した。



消えた…?

ホルスは辺りを見回しその姿を探す。

姿は見えないが、ピリピリとした殺気は痛いほど伝わって来る。


「私が風を起こすだけの能のない攻撃をし続けるとでも思ったのか?」

どこからか嘲るようなセクメトの声が響く。


気配は感じるものの、分散していて居場所が特定できない。

まるで四方八方から見張られているかのような不気味な感覚にホルスは身震いした。


どこだ?

どこから来る?

神経を研ぎ澄ませ、その気配に気を配る。



次の瞬間、ホルスの目に何かが光るのが見えた。



「ッ…!」

次いで右肩に鋭い痛みが走り、ホルスは思わず傷口を押さえた。

出血しているが、傷はそこまで深くない。



「どうした!?」

羽の中からアヌビスの叫ぶ声が聞こえる。


「…かすり傷だ。問題ねえ。」



「どうした?攻撃を避けたいのならば翼に閉じこもっていればいいのだぞ?」

出来る事ならばそうしたい。

だが出来ない理由があった。


「どうやらその羽を盾として使うには限界がありそうだな。」


彼女の言う通りだ。

羽を自由自在に変化させられるといっても、それには魔力を消費する。

ホルスは体力には自信があったが、魔力に関してはほとんど無いに等しい。

そのなけなしの魔力をアヌビスの盾に使ってしまえば、すぐに底をつくのは明らかだった。



なす術のないホルスにセクメトの容赦ない猛攻が始まる。

肩、腕、腹、足。

目に見えない速さで何度も皮膚が切り裂かれ、ホルスは顔を歪める。

まさに『かまいたち』だ。


「おい!ここから出せ!俺も戦う!」

異変を察知したアヌビスが羽の中から叫ぶ。


「病人を外に出せるかよ…。大人しく寝てろ。」

ホルスは呟くように言って見えない敵を睨みつけるように前を向く。



あの時と同じだ。

ホルスは川で風に襲われた時の事を思い出す。

また俺は何も出来ずに終わるのか?


あの時はまだ自分の意思というものがなかった。

夢も目標も持たず、ただのらりくらりと暮らしていただけ。


けど今は違う。

過去を知り、自分の意思で王になる決意をした。

セトと戦うことを決め、家族を守る事を決めた。

全て自分で決めたことだ。


確かに自分はまだ半神で、神に挑めるほどの力はない。

だが信念があるというだけで、強くはなれないだろうか。



「ホルス!聞いてるのか!」

アヌビスの声で我に返ったホルスは何かを思いついたようにはっと顔を上げた。


「やっぱ寝るのナシ!…アヌビス、俺にお前の魔力をくれ!」


「は?いきなり何を言い出すんだ。」


アヌビスは自分とは逆に体力はないが魔力は飛び抜けて高い。

そのアヌビスから魔力を貰えばいいとホルスは考えた。


「一緒に戦うんだろ?いいから早く!」

ホルスは朦朧とする頭に喝を入れるように頭を振る。


「いやでもどうやって…。」

「その羽に直接流し込んでくれればいい。」


ホルスの言葉にアヌビスは困惑する。

魔力を分け与えるなど、やった事も無ければ聞いたことも無い。


無茶を言うな、しかしその言葉をアヌビスは飲み込んだ。

ホルスは今自分を守るために無茶をしているのだ。



やるしかない。


アヌビスはその羽に魔力を注入するように手をかざす。


するとその変化はすぐに表れた。


アヌビスを包む羽と同調し、ホルスの翼に再び盾としての力が戻る。

そしてセクメトの猛攻に耐えられるだけの魔力が、ホルスの中に流れ込む。

体中に力が漲るような感覚にホルスは驚いた。


「満足か?」


アヌビスの声にホルスはああ、十分だ、と言って笑った。



「さすがのあんたでも体力に限界はあるだろ?」


セべクが言う相手が降伏する程の鉄壁の守り。

勿論そんなものには程遠い。

しかしそれでも戦意を削ぐ事は出来る。


「笑わせるな。それはお前達も同じだろう。魔力にも限界はある。それに体術に頼らずともお前達を殺す手段など腐る程あるんだよ。」


セクメトは吐き捨てるように言って再び2人の前に姿を現した。



「半神ごときが2匹歯向かってきた所で同じことだ。」




「半神は2人揃えば神って事知らねえの?」

さも当然だという様にホルスが答える。


「…初耳だな。」

くだらないという様に呆れた声が羽の中から聞こえてくる。

見えない事をいい事に、アヌビスはその羽の中で笑う。


なかなか面白い事を言う。




「戯言を!」

馬鹿馬鹿しいとばかりにセクメトは鼻を鳴らした。


今なら出来る気がする。

もっと別の何か。

増幅した魔力で出来ることが。



その時、盾となっているホルスの羽数枚がセクメトの足首と手首に巻き付いた。

当の本人が予測していなかった羽の動きを他の誰が予測できただろうか。

セクメトは不意を突かれ、それを避ける事が出来なかった。



「何だこの羽…!どんどん重くなって…!」

セクメトの体は意図せずその膝を折り、床に手をついた。


ホルスは何が起こっているのか分からなかった。

ただ彼女の動きを止めたいと、そう思っただけだ。


しかしそこまで考えてホルスははっとした。

これがセべクの言っていた具現化なのだと気づいた。



羽の重みに耐えきれなくなったのか、床がひび割れ、その中に彼女の手と足が飲み込まれていく。

その様子はさながら蟻地獄のようでホルスは我ながらぞっとした。

とはいえこれで望み通り彼女の動きを封じた訳だ。



「悪いけど、しばらくそこでじっとしててくれ。」

「ふざけるな…っこんな羽ごときに!」




「よし、逃げるぞ。」

「はっ?」


ホルスの言葉にアヌビスは素っ頓狂な声を上げる。

確かに今の実力では2人に勝ち目はない。

拘束が解けるのも時間の問題だろう。

端からそのつもりではあったが、あまりの切り替えの早さにさすがのアヌビスも声を上げざるを得なかった。


「俺、いくら敵でも女は殴れねえ。」

珍しく賢明な判断をしたかと思えば、成程そういうことかとアヌビスは笑みを零す。

いかにもホルスらしい。


ホルスが繭状になったその羽を持ち上げるとアヌビスの不機嫌な声が聞こえてくる。


「おい待て。自分で歩く。」

「歩くって、さっきまで動けなかったじゃねえか。無理すんなって。」


その言葉に悪意はなくむしろ心配したつもりだったが本人には不快だったようだ。


「うるさい。いいから出せ。」


繭から顔を出したアヌビスの姿がまるで卵からかえった鳥の雛のようで、ホルスは不覚にも笑ってしまった。


「何がおかしい?」

「いや、何でも。」


ホルスはやはり心配になって再度後ろを振り返る。


「おぶってやろうか?」

「いい!」



ドオオォォン

突如けたたましい轟音と共に地面が揺れる。


「な、何だ?」

「…やってみるもんだな。」

戸惑っているホルスの横でアヌビスが冷静に呟く。


「何が起きてんだ。お前何か知ってんのか?」


「ホルス。メリモセを一緒に外へ連れて行ってやってくれ。」

アヌビスはホルスの言葉を無視して傍に横たわる亡骸に視線を移す。


「メリモセ?どこにいるんだ?」

懐かしい名前にホルスは嬉々としてその姿を探す。

ホルスはまさか目の前に横たわっている亡骸が彼のものであるとは思いもしなかった。


「嘘だろ…?」

やがてアヌビスの視線の先に倒れている人物がそうであると分かるとホルスはその亡骸を抱き上げる。


アヌビスは再び哀惜の念が湧いてくるのを感じながらそれを押し殺すように言った。


「悲しむのは後だ。ここはじきに崩れ落ちる。…キオネ!」


アヌビスが叫ぶと同時にその背に飛び乗る。

「出口まで突っ走れ。」


ホルスはメリモセの亡骸を抱きかかえ、慌ててその後を追うように飛び立つ。

「お、おい崩れ落ちるってどういうことだよ?」


「あの女と対峙した時、俺は端から逃げるつもりで一か八か宿舎の支柱に魔力を流し込んだ。内部からの腐食と、女の風の衝撃を利用して一部だけでも倒壊させるつもりだった。神官達も全員外に出た事が分かったからな。時間稼ぎで逃げ回っていた所にお前が来てくれて助かった。…母上には申し訳ないが背に腹は代えられない。」


真顔で言い放つアヌビスにホルスは

「…お前、時々えげつない事するよな。建物一つぶっ壊すなんて。それにあの人大丈夫なのか?」


あの人、とはセクメトの事だろう。

命を狙われ、散々痛めつけられた敵の心配をするとはお人よしにも程がある。


これもひとえに彼女が女だから、なのだろうか。

普段女心を察するような繊細さもない癖に、変に紳士的な所がある。

そもそも男が女を守るのはその体格差や力の差によるものだとアヌビスは考えている。

しかしホルスとセクメトでは、圧倒的に後者の方が強いのだ。

何故弱者の方が強者を気遣うのか、アヌビスには全く理解できない。

相手の強さを見誤り、その上情けをかけるなど言語道断。

その甘さが命取りになる事をアヌビスは知っている。


「敵の心配か?お前も甘いな。相手は神だ。逃げているか、例え瓦礫に埋もれたとしたって息絶えるなんて事はない。」


「そっか…。」

煮え切らない態度のホルスにアヌビスはじれったくなって言った。


「メリモセだってあの女に脅されて裏切り者にされた挙句殺されたんだ。例え命を落としたって同情するような相手じゃない。」


「アヌビスの言う通りだ。同情なんかしてねえ。…でも何か悲しそうな目をしてたんだ。…お前と同じような。」


俺が、あの女と同じ…?


「あ、悪い。あいつとアヌビスを一緒してる訳じゃ…。今のは忘れてくれ。」

ホルスはバツが悪そうに笑った。



「そ、そうだ。そういえばこれ。」

ホルスは空気を変えようと急な話題転換を試みる。

何とも不自然だが、幸いアヌビスは差し出された剣に興味を持った。

稽古の際セべクが使っていた剣だ。


「俺の修行を手伝ってくれたクヌムとセべクからお前にって。父上が持ってた剣だって。」

その言葉にアヌビスは目を見開く。




ホルスが稽古を終えた後、その一部始終を見ていたクヌムがやっと口を開いた。

「その剣、アヌビスにやってくれねえか。」


「え?…ええ。それは構いませんが…。」

セべクはクヌムの考えが読めず一瞬面食らった顔をする。


「そんな切れ味の悪い剣もらってもな。あいつ結構こだわりあるし。」

ホルスがそう言うとセべクはにやっと笑って例の石製の椅子の前で剣を一振りした。



絶句した。

到底切れるはずもない椅子が真っ二つに割れ、目の前で瓦礫と化したのである。


「最高の切れ味じゃありませんか。」

セべクはにこにこと笑顔のままホルスの方を振り返って言った。


「じゃ、じゃあさっきのは何だったんだ。俺、確かにその剣で何度も切られたけど切り傷ぐらいで済んでたじゃねえか。」


クヌムは笑いながら答えた。


「オシリスから受け継いだ剣だぞ。そこらへんにあるもんとは訳が違え。こいつは魔力を注ぎ込む事で切れ味が増す。まさに使い手の力量が試される剣と言えるな。」


『切れ味を鈍くしている』とはそういう意味だったのかとホルスは納得した。


「引いては使い手次第で戦術に幅が出る。頭の切れるあいつならこの剣を使いこなせる筈だと俺は踏んだ。」




「てな訳だ。」

ホルスが事の成り行きをざっくりと説明すると、アヌビスは険しい顔でその顔を睨みつける。


「な、何だよ?」


「…何故今なんだ。もっとタイミングがあっただろ!」



「…悪い。」


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