表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘリオポリス   作者: soltydog 369
第5話
6/9

敵陣

感情のまま半ば啖呵を切るような形で神殿を後にしたイシスはアヌビスを置き去りにした事を少しばかり後悔していた。

しかし神殿の神官達はアヌビスにとっても皆昔からの顔なじみであったし、入れ替わりがあるとすれば病気や死別以外にない。

それこそが神官達を大切に思っている何よりの証拠であり、また神官達が絶対的な忠誠を誓う理由もそこにあるのではないかとイシスは思っていた。

何より、彼ももう大人である。

余程のことがない限り、問題は起きない筈だ。

イシスは胸の内にある不安を打ち消す様に言い聞かせた。



イシスが向かったのは他でもない王の神殿である。

イシスは一連の事件に(セト)が絡んでいることは間違いないと踏んでいた。


それにしても何故今更自分達家族に危害を加えるような真似をするのかイシスは不思議でならなかった。

王座ならとっくに手に入れているでしょうに。

これ以上何を望むというのか。


イシスはぎゅっと唇を噛む

あの男の強欲さと残虐性は神ならざるものだ。

一刻も早く問いたださなければ。


イシスが神殿にたどり着くと、重厚な扉の前には眠そうに欠伸をしている神官が2人立っていた。


…王の警備も大した事ないわね。

これなら彼らの目を盗んで神殿に忍び込む事もできそうだと思った。

無論そんな無粋な真似をするつもりはないが、セトが自身の強さに胡座を掻いているように見えて腹立たしい。


イシスが呆れながら神官達に近づくと、彼らははっと驚いた顔をして姿勢を正した。


「おはようございますイシス様。本日はどのようなご用件で?」


「扉を開けなさい。」


短く言い放った言葉には強い怒りと苛立ちが感じられる。


「は、はい!只今!」

それを感じ取ってか神官達は震える手で石扉を開けた。


扉が開くや否や、イシスは足早に広間へと向かった。

この時間ならまだ寝室には行っていないだろう。

どちらにせよ寝込みを襲うなどどいう無粋な真似はしない。


広大な神殿だが、イシスの足に迷いはなかった。

迷う事などある筈もない。

かつて自分達が暮らしていた場所なのだ。

セトが夫を殺し、王座に就くまでは。


「イシス様…!セト様は只今会議中でして…」


広間へと続く廊下で、数人の神官達がイシスの行手を阻む。

イシスが忌々しいとばかりに視線を投げかけると神官の体は石のように固まって動かなくなった。

それを見た他の神官達はひぃと悲鳴をあげ次々に道を空ける。

大半の者が逃げ惑い、あるいは腰を抜かして体を引き摺りながら廊下の端でうずくまった。

もはや視線を投げる必要もない。


道を阻む者がいなくなり、イシスは颯爽と廊下を突き進む。

装飾の施された大きな石扉が眼前に現れると、イシスはその重い扉を怒りに任せて開け放った。


ゴゴゴゴ…


鈍い音を立てて突然開いた扉に中にいた全員の視線がイシスへと注がれる。

まさに会議中といった雰囲気で、中央の長机には何枚もの書類が山積みになっている。

神官の一人が驚きのあまり立ち上がった拍子に、その山が盛大に崩れていく。

セト自らが目を通すことも無いであろう見せかけだけの書類がパラパラと床に散らばった。

加害者と被害者の十数年ぶりの再会なのである。

神官達が驚くのも無理はなかった。


呆気に取られる神官達を横目に、イシスはつかつかと歩いていくとセトの玉座の前に立った。

神官達は一体どんな会話がなされるのであろうとその様子を固唾を飲んで見守っている。


褐色の肌に漆黒の長い髪を後ろで一つに束ね、その端正な顔立ちは横暴な性格を補って余りある程美しいと評判だった。

それ故彼の周りには常に女性神の取り巻きが出来ていたが、当の本人は気にも止めずむしろ疎ましく思っていた。

もっとも、彼が王位に就いてその残虐性に拍車がかかってからは誰も寄り付かなくなったようだが。


彼は書物を片手に豪華な玉座に座り、傍に何人もの神官達を侍らせていた。


いいご身分だこと。

イシスは嘲るように笑った。


一方、セトは表情一つ変えず冷ややかな目でこちらを見つめている。

曲がりなりにも血の繋がった兄弟に向ける視線ではない。


その鮮やかな真紅の瞳はいつもイシスの心をざわつかせた。

数多の命を無慈悲に奪い、流れた血のように見えるのだ。

セトは氷のように冷たい視線をこちらに向けたまま口を開いた。


「姉上自ら神殿に足を運ばれるとは珍しい。余程大事な用なのであろうな。」

そのわざとらしい口調と態度がイシスの神経を逆撫でした。

生まれてこの方彼が私を敬ったことなど一度もない。


「わたしが今日何故ここに来たか分かっているわね?」

静まり返った広間にイシスの震えた声が響く。

抑えきれない怒りと殺気がピリピリと伝わってくる。


「何のことだか。言いたい事があるのならはっきりその口で言え。」

先程のへりくだった態度を一変させ、彼は吐き捨てるように言った。


「貴方が私の大切な神官達を殺したのは分かっているわ。その遺体を持ち帰った事も。貴方が直接手を下していなくても、息が掛かっている事は確かよ。目的は何?言いなさい。」


イシスが強い口調でけしかけるとセトはフンと鼻で笑った。


「さっきから何を勘違いしているのか知らんが俺は何もしていない。お前達に何が起こったかなんてどうでもいい事だ。」


「シラを切るつもり?こんな事、貴方以外に誰がするっていうの?」


我ながら、こんな短絡的な言葉を発するなんて思ってもみなかった。

しかし夫の(かたき)を目の前にして冷静でいられるわけがない。


「驚いたな。まさか何の根拠もなく俺がやったと決めつけるのか。お前はもっと考えのある奴だと思っていたが。」


持ち前の思慮深さなど衝動的にここへ乗り込んだ時点で破綻しているのだ。

今更理性的になる必要もない。



イシスの中で何かが切れる音がした。



「お前に私の何が分かるというのだ。夫を殺した裏切者が知ったような口を聞くな。」


空気が揺れる。

セトは涼しい顔をしていたが、周りの神官達はその気に圧倒され、その場にうずくまった。

彼らは神に近しいと言っても普通の人間である。

神から発せられるその気に耐えられる者などいるはずもない。


「何をそんなに怒る事がある?神殿で何があったか知らんが俺は一切無関係だと言っているだろう。」


セトはイシスの気を物ともせず立ち上がり、目と鼻の先まで近づいて言った。


「俺の気が変わらない内に出て行け。それとも息子諸共バラバラに切り刻んでやろうか?オシリスと同じように。」


そう言って嘲るように笑うセトに全身の血が沸騰するような怒りが沸き上がった。

しかし息子を引き合いに出されれば、これ以上刺激するべきではないと悟る。


イシスは心を鎮めるように小さく息を吐いた。

挑発に乗る事こそこの男の思う壺だ。


「貴方はいつも自分を狩る側だと思っているけれど果たしていつまで続くかしら。」


「鹿が虎に変わる事がないように狩られるものは一生狩られる運命だ。食物連鎖というのはそういう物ではなかったか?」


そう思うなら思っていればいい。

イシスは嘲るように笑って踵を返した。


いつか必ずお前を王座から引きずり落としてやる。


「それと、これ以上勘違いされるのも癪だから言っておくが、お前達を消したいと思ってる奴は俺だけじゃない。それを頭に入れておくんだな。」


「ご忠告感謝するわ。」


イシスはざわつく心を悟られまいと早足で神殿を後にした。



ドン!


静寂を破るその音に神官達は身を震わせて主を見た。

肘掛けにひびが入っている。

しかしその行動とは裏腹に不気味に笑う主に神官達はギョッとした。


「ジジイ共が何か企んでいるようだな。…面白い。ならば高見の見物といこうか。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ