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うさ耳会長と、花火

 夏といえばと問われれば、大抵の人が祭りや花火だと応えるだろう。

 だが、うちの学校の生徒会長は一味違う。

 いや、これを一味といっていいのだろうか。

 会長にしてはとても控えめだと安堵するべきだろうか。


「生徒会主催、花火大会」


 そんなビラを配ったのはつい一週間前のことだ。

 そして、会長が唐突に花火をやろうと言い出したのも、その前日だったことは俺の記憶に新しい――。


 校舎の屋上で思索にふける俺の耳に、ひゅるると花火の上がる音が聞こえたので、音の方へ視線を向ける。

 星も無いまっくらな闇の空に白い煙が昇ってゆくのが見えて、次いで赤と橙と黄の絵の具をそのまま水もつけずに混ぜたような点が華のように丸く広がり、遅れて破裂音が届く。


 どーん、と。


「たーまやー」


 聞きなれた会長の声で、俺はいつも通りにため息を一つついた。


 うちの学校にはとても素敵な会長がいる。

 全校どころか全国模試でも常にトップクラスで、生家である剣術道場では師範代まで務めていて、おまけにそれなりに硬派な美人で内外に名を馳せている彼女は、どこにあってもいろんな意味で目立つ人物だ。


「人に運営任せて、どこに行ってたんですか、会長っ」


 だがしかし、昨年秋から別な意味で会長は有名となっている。

 それは、振り返った俺の目線が普段は会長の頭に釘付けになるところからもわかるように、暗い空でも映える二本の白くて長い耳だ。

 硬派な美人に最強の可愛さを加えたうさぎ耳は今日も健在である。


 普段なら、と敢えて俺が付け加えたのには訳がある。

 それは、今日の会長の格好だ。

 今朝準備のために登校してから姿が見えなくなるまでは、たしかにいつもどおりの夏の制服姿だったはずなのだが、今はいつのまにか着替えている。


 十二単に。


「……会長、それは違います」


 下から上に行くほど青の濃くなる着物の重ねに、俺はまた頭を抱えたくなった。

 これが相当な重さだというのは、先日古文でも聞いたばかりだ。


「若菖蒲って名前らしーよ。

 スドーくんが着付けてくれたの」


 首を右斜め四十五度に傾けて微笑む会長の頭の上で、やっぱり今日もうさぎ耳が一緒に傾く。

 闇の深い場所で見るその姿が打ち上がる花火の光で淡く輝くと、幻想が増して、俺は今は現実なのかどうか分からなくなる。


「夏はやっぱり花火だね~」


 どーんと腹に響く音と光に照らされる会長が手を打ち鳴らす。

 これは連日準備に明け暮れた俺が見る夢なのだろうか。


 目の前でぴんと天にそびえる白い二本の耳の一つを片手で握る。


「い、いたたたた」


 それまで暢気に花火見物をしていた会長が痛がって、俺を涙を滲ませた瞳でキッと睨みつける。

 その姿は怖いというよりも可愛いとしか思えない。


「ちょっと、やめなさい……っ」


 そうか、きっと俺は夏の暑さにやられて、疲れているんだ。

 そうでなければ、会長の頭にこんなうさぎの耳みたいなものが生えるはずがない。

 きっと俺は長い夢を見ているだけなん――。


「痛いって、いってるでしょーっ!」


 腹部に鈍い痛みを感じるより先に耳元を風が通り抜ける音がして、俺は背中と尻に鈍い痛みを感じて、自分が屋上の床に蹴り飛ばされたことを知った。

 痛みで、はっと我に返る。

 少し離れた場所では、頭の上の長くて白い耳を押さえて蹲る女性が一人。


「引っ張ったら痛いって言ったでしょっ!

 なんてことするのーっ」

「す、すいません、会長」


 俺が掴んだ箇所は遠目でも分かるぐらい赤く腫れていて、やっぱりこれは夢じゃないのかと半分だけ落胆し、半分だけ安堵する。


 ……安堵?

 それはおかしい。

 俺は会長が元の会長の姿になることを誰より望んでいる、唯一の常識人であるはずなのに。

疲れているのか、思考がおかしい(いつもか

(2009/08/03)

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