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8、二人は互いに違い

 メンヘラガールは泣いていた。

 私と神楽はメンヘラガールから話を聞くべく、近くのカフェにやって来ていた。


 エディルネ喫茶。


 私と神楽はカプチーノを頼み、メンヘラガールは水を頼んだ。

 メンヘラガールは終始黙り込んだまま。

 私と神楽は顔を見合せ、対応に困っていた。


 彼女がなぜ泣いているのか、的外れかもしれないが予想してみた。

 メンヘラガールはいつもキンダーと一緒にいる。だが今日はキンダーと一緒ではなく、一人で泣いていた。

 キンダーと喧嘩したか、キンダーの身に何かあったか、のどれかではないだろうか。


 さすがに長い静寂に耐えられなかった神楽は、重たい口を開いた。


「メンヘラガール、お前が一人で泣いていた理由は?」


「……」


 メンヘラガールは答えない。


「ならあの時言った、"平家星を助けて"はどういう意味だ?」


 メンヘラガールは少し目を開いた。

 わずかに動揺が見られる。


「キンダーガーデンに何かあったのか?」


「……平家星が、」


 メンヘラガールは口を開く。


「平家星は多分、死ぬつもりだと思う」


「「……はっ!?」」


 私と神楽は驚いた。


「メンヘラガール、平家星は今どこに?」


「分からない。一人で行っちゃったから……一人で行かせちゃったから」


 メンヘラガールの眼は悲しさを浮かべていた。

 彼女のキンダーへの愛は、それほどに深いものだった。

 だからあの時涙を流していた。


「もしかして今回の事件、キンダーは何か知っているのか?」


「うん。だって今回の三つの事件、殺された人は全員ーー」


「ーー見いつけた」


 気付かなかった。

 私たちが座るテーブルの側に立ち、手には拳銃を構えている。

 身に纏っているローブ越しにも、巨躯な体格が分かる。


「嘘だろ!」


 銃声が響き、水が入ったグラスが割れる。


「嬢ちゃん、あんたには死んでもらう。悪く思え」


 男はメンヘラガールに拳銃を向ける。

 私と神楽は息を飲んだ。男の動きを止めようにも、体格差で敵わない。


 引き金が引かれる。

 血とともに吹き飛んだーー男の拳銃。


「悪く思ったか? 黒ローブ」


 喫茶店の入り口に彼女はいた。

 黒ローブの男の拳銃を、自らの拳銃で狙い撃ち、怒りを露にした表情を浮かべる女性。


 カッコいい。

 私が惚れた唯一の女性ーー神無月。


「ななな、なぜ《ホルスの目》のボスがっ!?」


 まばたきすれば、すぐ側に神無ちゃんがいた。

 男もその速さに驚き、対応が十歩遅れた。

 神無ちゃんは男の腕を背中で手錠で拘束し、両足にスタンガンを浴びせた。


「そう脅えるな。これでは後の拷問(余興)が楽しめないだろ」


 神無ちゃんは男のローブをめくる。

 男の顔には『T』という文字が刻まれている。


 これまでの被害者と同じアルファベットが刻まれている。


「これはどういう……」


 私は困惑し、理解するのに時間がかかった。

 時間がかかっても理解できなかった。


「三人ともケガはないか?」


「はい、ありません」


「なら良かった」


 神無ちゃんは既に男の身動きを完全に封じていた。足や腕に手錠をつけ、ダンゴムシ状態。


「三人には今から私とともに本部に来てもらう。今回の事件の全貌を、話すとしよう」


 喫茶店の外には、高級そうな黒塗りの長い車が止まっている。

 中はふかふかで、高級な雰囲気が漂っている。

 さすがは世界一の名探偵。


「シャーロッティア、神楽、お前たちに話しておこう。今回仇級都市で起きた一連の事件の真相について」


 神無ちゃんは淡々と語り出した。

 この一連の事件について。


 《エンドローガー》のメンバーは皆身体のどこかにアルファベットが刻まれている。

 という前置きから私の中で推理は進展した。


「今回狙われた三人の被害者『X』『Y』『Z』は皆我々《ホルスの目》の探偵であり、《エンドローガー》に潜入していた」


 だが三人とも殺された。


「《エンドローガー》は我々の小さな刃に気付いていた。彼らは我々を出し抜き、世界を終わらせる前振りとした」


 《エンドローガー》は言った。

 我々の計画を最初の都市で阻止すれば、この計画は白紙に戻そう。阻止できなければ全てが終わる。


「では《エンドローガー》はこのまま世界を終わらせに来るのでは?」


「いや、それはない。彼らはまだ目標を達成していないからだ」


 私は考える。

 心当たりはある。

 だがーー


「『X』の存在でしょうか」


「ああ。半端な真似は彼らはしない。彼らにも彼らなりのプライドがある」


「しかし『X』が生きているという情報は新聞では発表されていないし、三人とも死んだと報道している」


 今、《エンドローガー》が世界を滅ぼしに来てもおかしくない。

 世界は今、緊迫した状況にあるはずだ。

 喫茶店の件も……


 あの時の男もアルファベットが刻まれていた。

 どうして《エンドローガー》がメンヘラガールを殺しに来た?


「《エンドローガー》はいつも私たちの一手先を打てる。『X』クローム・凛の生存を彼らが知っている理由はスパイのせいだよ」


「スパイ……」


「私たち《ホルスの目》しか知らない情報は、いつも内部から漏れている。だからこそ今日世界を滅ぼすはずだった。

 だがーーシャーロッティア、お前がクローム・凛を救ったおかげで世界は今首の皮一枚で繋がれている状態で持ちこたえている。ありがとう」


 私の心は少しだけ熱くなった。

 俗にこれを恋というらしい。

 だがこの感情はそれとは少し違うことを分かっていても、今は恋として心に留めておこう。


「クローム・凛は今信用できる場所へ移動している。すぐに見つかることはない」


「スパイにバレることはないのですか?」


「可能性はほぼゼロだ。彼女の移動は私の独断で行い、誰にもこの行動がバレる危険性はない。もし君たちが情報を漏らさなければ、の話だが」


 神無ちゃんの言葉に私は震えた。

 彼女の言葉は重く聞こえた。


「シャーロッティア、お前はあの事件の犯人に見当がついているんだよな」


「憶測だけどね」


「聞かせろ」


「分かった」


 私は神無ちゃんに事件の推理を話した。

 不確定な推理だったが、神無ちゃんはひらめいた様子だった。


「身内……。相変わらず荒い推理だったが、遭難した山で小屋を見つけた時のような感動を抱かせるものでもあった」


 神無ちゃんは謎が解けたのかもしれない笑みを浮かべていた。


「神無ちゃん」

「神無月だ」


「今回の事件の犯人は捕まえられるの?」


「可能だ。誰が犯人なのか、キンダーガーデンが遺した伝言とシャーロッティアの推理で一人に絞れた」


「速っ!? まだ私は謎が全然解けないんだけど……」


 さすがは探偵の中の探偵だ。


「シャーロッティア、お前が口外しないというのなら一つだけ雑談をしてやる」


「ぜひぜひ」


「《エンドローガー》は超能力者集団だ」


「……へっ!?」


 ちょうのうりょく!?

 あの超能力のこと?

 ここがおとぎ話の世界ならともかく、そんな非現実的なことはありえない世界。


「超能力ってまさか……。物に触れずに浮かしたり、透視したり、瞬間移動できるっていうのか」


「超能力を持ったから、彼らは世界を滅ぼそうとしている。超能力を有してしまったから、彼らは世界を憎んでいる」


 抽象的な言葉に、私は首をかしげる。

 理解できなかったから。


「そこから先は話せない。だからあなた自身の力で知らなければならない。もしあなたが世界に幸せをもたらしたいのなら」


「知るって……」


 神無ちゃんは何を言っているのだろう。

 私は彼女の言葉に何も反応できなかった。


「最後に一つだけ、皆に覚えておいてもらいたい」

 と前置きをして、ある人物の言葉を述べた。


「幸せはどこにでも存在する。絶望を知ってしまった場所を除いて」


 古代の名探偵ーーアレクサンドリア・銀朱の言葉。

 あらゆる学問に精通する知恵を持つ者。

 探偵だけでなく、研究者としての一面も有している天才。


「彼女はいくつもの言葉を遺している。だが未だ、彼女の意思を継ぐ者は現れない」


「ん?」


「彼女が果たしたかった夢は未だ夢のまま。だがいつか、その者が現れると私は信じている」


 神無ちゃんは真っ直ぐに私を見た。

 にしても長い雑談だった。


「もうすぐ着くよ。そこで話すのはリゲルも聞きたいであろうキンダーガーデン・平家とある少年の話。二人のすれ違いの物語」


 本部にあるとある一室。

 そこには三十人ほどの探偵が集められていた。

 大半が仇級都市を担当している探偵。残りは各都市でも優秀な働きをしている名のある探偵だそうだ。


「ここにいる全ての者に話そう。探偵に憧れた少年と、罪に憧れた少年の話を」



 そして彼女は、語り出す。

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