6、友情の裏返し
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そこは一体どこなのだろう。
一言で言うのなら、また分かりやすく言うのならば《エンドローガー》のアジトである。
それがどの都市、島に位置するのか、探偵は突き止めてはいない。彼らはどれほどに用心深く、賢い。
《エンドローガー》
それは世界で恐れられ、それ故世界を堕とした者たち。
彼らの目的は遠い昔から変わらないーー世界の崩壊を。
世界に幕を下ろすため、彼らは崩壊の福音を連れる。
やがて世界が崩れ去り、塵と礫だけの世界になった時、彼らの願望は成就される。
ーー世界は滅ぼされるべきだ、滅ぼされるために世界はあるのだから。
世界最悪の罪人にして、《エンドローガー》創始者ーーヘラクレイス・漆黒の言葉だ。
支離滅裂な意見だと大多数の者は言う。
だが彼らの意見は間違っていないのかもしれない。
事実、全ては終わりに向かっている。この世界だって、終焉の法則から逃れることはできない。
終わりは誰のもとにも平等に訪れ、永遠とは存在しないものである。永遠は観測できない、それ故、存在していたとしても無いに等しい。
「なあ、舞台は整ったか?」
積もった瓦礫の上に座っている、白髪の男はため息を吐くようなか細い声で言った。
「いえ、まだ一人、殺し損ねた者がいます」
二十歳ほどの体格の黒いローブの何者が、恐縮した態度で男の前に膝をつき、頭を下げていた。
それに対し、白髪の男は苛立っていた。
「ようやく暴れられると思ったのに、依然として待機かよ。俺はこんな温い行動で示したいわけじゃない」
「今日中に……」
「今日中? 本来は今朝から始められたはずだろ。今日から始められるとワクワクして眠れずに待っていたのによ。お前のせいで全部台無しじゃねえか。どうしてくれんだよ、俺のこの湧き上がる思いをよ」
男の怒りは収まることを知らず、ビックバンのように膨張し続けている。頭をかきむしる行為も、怒りを和らげようとする自制心からだ。
「まあいい」
怒りが収まったのか、急に冷静さを取り戻した。垣間見える、なんて僅かなものじゃない。彼は今、周囲を冷静に俯瞰していた。
「お前の過ちを許してやろう。ただし機会は三度までだ。俺は仏だからな、仏の顔も三度っていうだろ」
「は、はい」
「自分を正当化したければ挽回しろ。俺たちはそうやって死地を潜り抜けてきた仲だろ。使えるものは何でも使い、逆境であろうと覆してみせろ。それこそ、ーー英雄ってやつだろ」
男の温厚さからは、先ほどまでの激怒が感じられなかった。
まるで別人のような優しさ。
「まずは一度目、今日だ。俺は世界が壊したいんだ。分かっているな、『V』」
『V』と呼ばれた黒ローブの何者の右肩には、『V』と刻まれていた。
男の前を去り、海岸へ行く道中、彼はずっと右肩を押さえていた。その時の表情は全てを壊してもどうでもいい、そう訴えかけるような怒りに満ちた眼だった。
「『X』、俺は今から……お前の命を奪いに行こう」
ーー使えるものは何でも使い、逆境を覆せ。
「お前は一体、誰なんだ」
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俺がこの組織へ加入した理由は何だったのだろう。
懐古していけば、何か思い出せるだろうか。
そんな根拠の無い考えから、俺は船の上で過去を振り返っていた。
まだ幼稚園だった頃、俺には親の交友関係があったため、ある男の子と仲が良かった。
ーーキンダーガーデン・平家。
出会いはいつだったのか、それはよく覚えている。
平は俺のことをいつも助けてくれる。だから初めて俺と平が出会ったのも、俺が迷子であいつがヒーローで。
森で迷子になっている俺を平は知識を活かして助けてくれた。風向き、とか占星術とか、子供の俺には分からなかったことをたくさん知っていて、それでいて度胸もあった。
だから俺は平のことをこう呼んだ。
ーーヒーローと。
「ねえヒーロー、俺も頭がいい奴になりたいんだよ。どうやったらなれるの?」
「一日十二時間本を読み漁っていれば自然と教養は身につきます」
「か、過酷……」
遠すぎる道だった。
その時の俺はこいつはすげえんだ、俺はこいつには敵わない、そう理由をつけて諦めた。
「どうやったらそんな頑張れるの?」
「頑張る? 本を読むことは頑張ることなのでしょうか? 僕には少し分かりません」
俺とこいつは違う。
違う世界で生きている。
俺はあいつよりも劣等世界に生きていて、俺の価値観が通用しないように思えた。
子供の俺にとっては、酷い絶望だった。
いつからか自分がヒーローになるのをやめて、すぐ側にヒーローがいることに甘んじていた。
自分がヒーローになれないなら、ヒーローの側にいれば良い。
俺は普通の人だ。
ーー諦めよう。
「ヒーロー、勉強教えて」
「ヒーロー、宿題手伝って」
「ヒーロー、怖いから一緒にトイレ行こ」
「ヒーロー、助けて」「助けて、ヒーロー」「ヒーロー、助けて」「助けて、ヒーロー」「ヒーロー、助けて」「助けて、ヒーロー」「ヒーロー、助けて」「助けて、ヒーロー」「ヒーロー、助けて」「助けて、ヒーロー」「ヒーロー、助けて」「助けて、ヒーロー」…………
俺は円環の中にいる、囚われている。
この世界だって同じで、生と死を繰り返す円環がある。
子供の頃にひらめいた絶望に、俺は戸惑った。
これからも同じ人生を繰り返して、同じ経験を繰り返して……
「リセマラ、周回……」
だがある日、転機は訪れた。
幼稚園を卒業する間近、平はいなくなった。
ヒーローは俺のもとを去った。
それがどれだけ苦しいことだったのか、大人になった者たちには理解できない。
子供の頃に抱えた憧れや夢、後悔は、いつになっても荊のように絡みついて離さない。
そういえばあの時期だったか。
親を失い、《エンドローガー》に拾われたのは。
なぜあの日、親が帰ってこなくなったのか。
なぜあの日、俺のもとに《エンドローガー》がやって来たのか。
まるで作り話のように、上手く行きすぎた物語。
俺の人生は、誰かの物語の一ページに過ぎない。
ーーだが、俺は見つけた、気付いた。
この事件の謎に気付いたから、平への復讐をこの作戦に合わせた。この作戦を利用して、俺はあいつに"復讐"を。
俺がヒーローになれないのなら、俺がヒーローの座を奪ってやればいい。
♡♡♡♡
時を同じくして、キンダーガーデン・平家は思い詰めていた。
彼には過去があった、後悔があった。
あの日あの時あの場所で起こった事件について。
窓から見える太陽を見上げ、募る後悔に感傷していた。
あの後悔が胸を突き破り、今にも張り裂けそうになる。
思い詰めた様子のキンダーガーデンを心配し、メンヘラガールが歩み寄る。
「何か辛いことでもあったの? 私が何でも相談にのるよ」
「ねえリゲル、僕はね……人を殺したんだ」
「……え」
ほら、僕は悪い奴だ。
僕はーーヒーローじゃない。