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6、友情の裏返し

 ♤♤♤♤


 そこは一体どこなのだろう。

 一言で言うのなら、また分かりやすく言うのならば《エンドローガー》のアジトである。

 それがどの都市、島に位置するのか、探偵は突き止めてはいない。彼らはどれほどに用心深く、賢い。


 《エンドローガー》

 それは世界で恐れられ、それ故世界を堕とした者たち。

 彼らの目的は遠い昔から変わらないーー世界の崩壊を。

 世界に幕を下ろすため、彼らは崩壊の福音を連れる。

 やがて世界が崩れ去り、塵と礫だけの世界になった時、彼らの願望は成就される。


 ーー世界は滅ぼされるべきだ、滅ぼされるために世界はあるのだから。


 世界最悪の罪人にして、《エンドローガー》創始者ーーヘラクレイス・漆黒の言葉だ。


 支離滅裂な意見だと大多数の者は言う。

 だが彼らの意見は間違っていないのかもしれない。


 事実、全ては終わりに向かっている。この世界だって、終焉の法則から逃れることはできない。

 終わりは誰のもとにも平等に訪れ、永遠とは存在しないものである。永遠は観測できない、それ故、存在していたとしても無いに等しい。


「なあ、舞台は整ったか?」


 積もった瓦礫の上に座っている、白髪の男はため息を吐くようなか細い声で言った。


「いえ、まだ一人、殺し損ねた者がいます」


 二十歳ほどの体格の黒いローブの何者が、恐縮した態度で男の前に膝をつき、頭を下げていた。

 それに対し、白髪の男は苛立っていた。


「ようやく暴れられると思ったのに、依然として待機かよ。俺はこんな(ぬる)い行動で示したいわけじゃない」


「今日中に……」


「今日中? 本来は今朝から始められたはずだろ。今日から始められるとワクワクして眠れずに待っていたのによ。お前のせいで全部台無しじゃねえか。どうしてくれんだよ、俺のこの湧き上がる思いをよ」


 男の怒りは収まることを知らず、ビックバンのように膨張し続けている。頭をかきむしる行為も、怒りを和らげようとする自制心からだ。


「まあいい」


 怒りが収まったのか、急に冷静さを取り戻した。垣間見える、なんて僅かなものじゃない。彼は今、周囲を冷静に俯瞰していた。


「お前の過ちを許してやろう。ただし機会は三度までだ。俺は仏だからな、仏の顔も三度っていうだろ」


「は、はい」


「自分を正当化したければ挽回しろ。俺たちはそうやって死地を潜り抜けてきた仲だろ。使えるものは何でも使い、逆境であろうと覆してみせろ。それこそ、ーー英雄ってやつだろ」


 男の温厚さからは、先ほどまでの激怒が感じられなかった。

 まるで別人のような優しさ。


「まずは一度目、今日だ。俺は世界が壊したいんだ。分かっているな、『V』」


『V』と呼ばれた黒ローブの何者の右肩には、『V』と刻まれていた。

 男の前を去り、海岸へ行く道中、彼はずっと右肩を押さえていた。その時の表情は全てを壊してもどうでもいい、そう訴えかけるような怒りに満ちた眼だった。


「『X』、俺は今から……お前の命を奪いに行こう」


 ーー使えるものは何でも使い、逆境を覆せ。


「お前は一体、誰なんだ」



 ●●●●



 俺がこの組織へ加入した理由は何だったのだろう。


 懐古していけば、何か思い出せるだろうか。

 そんな根拠の無い考えから、俺は船の上で過去を振り返っていた。


 まだ幼稚園だった頃、俺には親の交友関係があったため、ある男の子と仲が良かった。

 ーーキンダーガーデン・平家。

 出会いはいつだったのか、それはよく覚えている。


 (ひら)は俺のことをいつも助けてくれる。だから初めて俺と平が出会ったのも、俺が迷子であいつがヒーローで。

 森で迷子になっている俺を平は知識を活かして助けてくれた。風向き、とか占星術とか、子供の俺には分からなかったことをたくさん知っていて、それでいて度胸もあった。


 だから俺は平のことをこう呼んだ。

 ーーヒーローと。


「ねえヒーロー、俺も頭がいい奴になりたいんだよ。どうやったらなれるの?」


「一日十二時間本を読み漁っていれば自然と教養は身につきます」


「か、過酷……」


 遠すぎる道だった。

 その時の俺はこいつはすげえんだ、俺はこいつには敵わない、そう理由をつけて諦めた。


「どうやったらそんな頑張れるの?」


「頑張る? 本を読むことは頑張ることなのでしょうか? 僕には少し分かりません」


 俺とこいつは違う。

 違う世界で生きている。

 俺はあいつよりも劣等世界に生きていて、俺の価値観が通用しないように思えた。


 子供の俺にとっては、酷い絶望だった。

 いつからか自分がヒーローになるのをやめて、すぐ側にヒーローがいることに甘んじていた。

 自分がヒーローになれないなら、ヒーローの側にいれば良い。


 俺は普通の人だ。

 ーー諦めよう。


「ヒーロー、勉強教えて」

「ヒーロー、宿題手伝って」

「ヒーロー、怖いから一緒にトイレ行こ」



「ヒーロー、助けて」「助けて、ヒーロー」「ヒーロー、助けて」「助けて、ヒーロー」「ヒーロー、助けて」「助けて、ヒーロー」「ヒーロー、助けて」「助けて、ヒーロー」「ヒーロー、助けて」「助けて、ヒーロー」「ヒーロー、助けて」「助けて、ヒーロー」…………



 俺は円環の中にいる、囚われている。

 この世界だって同じで、生と死を繰り返す円環がある。


 子供の頃にひらめいた絶望に、俺は戸惑った。

 これからも同じ人生を繰り返して、同じ経験を繰り返して……


「リセマラ、周回……」



 だがある日、転機は訪れた。

 幼稚園を卒業する間近、平はいなくなった。


 ヒーローは俺のもとを去った。

 それがどれだけ苦しいことだったのか、大人になった者たちには理解できない。

 子供の頃に抱えた憧れや夢、後悔は、いつになっても荊のように絡みついて離さない。



 そういえばあの時期だったか。

 親を失い、《エンドローガー》に拾われたのは。



 なぜあの日、親が帰ってこなくなったのか。

 なぜあの日、俺のもとに《エンドローガー》がやって来たのか。


 まるで作り話のように、上手く行きすぎた物語。

 俺の人生は、誰かの物語の一ページに過ぎない。



 ーーだが、俺は見つけた、気付いた。



 この事件の謎に気付いたから、()()()()()をこの作戦に合わせた。この作戦を利用して、俺はあいつに"復讐"を。


 俺がヒーローになれないのなら、俺がヒーローの座を奪ってやればいい。



 ♡♡♡♡



 時を同じくして、キンダーガーデン・平家は思い詰めていた。

 彼には過去があった、後悔があった。


 あの日あの時あの場所で起こった事件について。


 窓から見える太陽を見上げ、募る後悔に感傷していた。

 あの後悔が胸を突き破り、今にも張り裂けそうになる。


 思い詰めた様子のキンダーガーデンを心配し、メンヘラガールが歩み寄る。


「何か辛いことでもあったの? 私が何でも相談にのるよ」


「ねえリゲル、僕はね……人を殺したんだ」








「……え」








 ほら、僕は悪い奴だ。

 僕はーーヒーローじゃない。

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