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5、眠れる森の姫

 ♤♤♤♤


 次の日になって、海岸で起きた事件が私たちの耳へ届いた。

 やはり現場から『XYZ』のカードが発見された。そして死んだ男の身体にはZの文字が刻まれていた。


 同一犯による三つの犯行。

 全て仇級都市での犯行である。


 初日の犯行が住宅街。

 二日目が神社。

 三日目は海岸。


 事件は瞬く間に新聞で拡散され、『XYZ殺人事件』との名称がつけられた。


 神無ちゃんは言った。

 これからの災害、《エンドローガー》がまず始める場所は仇級都市で間違いないだろう、と。

 長年、《エンドローガー》と戦ってきた彼女が言うことに間違いはないのだろう。


 神無ちゃんは仇級都市に探偵を十二名増員した。

 これで仇級都市の警備は強化された。


 私たちは『XYZ殺人事件』の詳細に迫るため、被害者の家族や友人などを集めた。

 住宅街で被害に遭った女性の夫。

 神社で死んでいた男の友人。

 海岸で死んでいた男の妻と娘。


 傷が癒えていた私とキンダーは、メンヘラガールと神楽とともに彼らのもとへ向かった。


「皆さん、集まっていただきありがとうございます。僕は今回の事件をいち早く解決したい。そのためにもあなた方の協力が必要です」


 キンダーの巧みな話術により、話はスムーズに展開されていた。


 まず聞き出した情報はそれぞれの職業について。

 海岸で死んだ男は探偵を。

 神社で死んだ男も探偵を。

 住宅街で被害に遭った女性は主婦を。


「探偵を狙っての犯行……ではないようですね……?」


 《エンドローガー》が主婦を狙うだろうか。

 疑問はあったが、次の質問へ。


 次に聞き出した情報は最近会ったのはいつか。

 海岸で死んだ男は一週間前から連絡がつかなかった。

 神社で死んだ男も一週間前から連絡がつかなかった。

 住宅街で被害に遭った女性は一昨日までは見かけられていた。


 他にも幾つか質問をしたが、目ぼしい情報は引き出せなかった。


 偉大なる名探偵、アレクサンドリア・銀朱は言った。

 相手から情報を引き出す際に重要なのは、相手の賢さではない。いかに相手から情報を引き出すか、その技巧が求められる。

 全ては自分次第である。自分が優れていれば、相手を同じ次元に引き上げることもできる。


 今の私には、その力が不足しているのだろうか。

 もしかしたら、この中の誰かが嘘をついていることだってある。


 だとしても、私には分からない。

 この中の誰が事件の鍵を握っているのか。


「探偵さん」


 住宅街で被害に遭った女性ーークローム・凛の夫ーークローム・カストは私へ聞いた。


「妻は、無事なのでしょうか」


「はい、一命は取り留めたようです」


「良かったです。早く彼女のもとへお見舞いをしたいので、入院している病院を教えていただけますか?」


「はい、分かりました」


 そういえば……あの病院の名前って何だっけ?

 私の心境を悟ってくれる神楽はというと、このホテルの食堂で優雅にバイキングでも嗜んでいるのだろう。


 羨ましい。

 私だって朝から何も食べてないのに。

 まあ、病院飯は食べたかもだけど……。


「あのー、病院の名前……」


 どうしよう。

 この場を乗りきるために最善の一手は何だ。

 暗中模索し、暗闇の森を私の考えが縦横無尽に駆け抜ける。森を抜け、光明を見出だせ。

 何かあるはずだ、この場を切り抜ける方法が何かあるはず。

 私はこんなところで探偵としての名声を地に落とすような真似はできない。世界一の名探偵として、世界に名を刻むために……



 ーー見つけた。



 今私が打てる最善の一手。

 将棋で言う、王手の状態を覆す可能性を秘めた無限の一手。


 名付けてーー


逆下王成(ぎゃっかおうじょう)


 私は私を護り抜く。


「ああ、彼女が入院している病院は教えることはできません。今回の事件が解決するまでは面会は禁止されています」


「そ、そうですか……」


 男は私の発言を真実だと受け止めたようだった。


 き、切り抜けた……。


 まさしく逆転の一手。

 これで私は病院の名前を覚えていなかった、という事実が雲隠れした。


「では、早く謎を解いてくださいね。探偵さん」


 男は残念そうに去っていく。

 不思議なことに、男の背中は被害に遭った妻を心配している、というより他にあるような。


 女の勘、私の勘がそう言っている。


「ま、私の勘はよく外れるし、気にせんとこ」



 ♡♡♡♡



 窮地を切り抜けた私は、クローム・凛のもとへ向かっていた。

 これら三つの事件唯一の生き残りである彼女のもとへ。


 未だ眠り続ける、眠りの森の姫のように。


 医者は言った。


「命に関わる怪我は負っていません。今日目覚めてもおかしくはない。だが……彼女にはその()()がない。まるで死へと向かっているような……」


「死ぬ……ということですか?」


「この業界ではね、未だ納得のいく説明ができない事象が存在しています。魂、それは身体とは分離しているものではありますが、一つになることで生を受ける。

 例えば子供を育む際、この家族のもとに生まれたいと願った魂が宿る。つまり親が子を選ぶのではなく、子が親を選ぶという」


「魂……ですか」


「魂は身体に大きく反映する。生きたいと強く願えばどれほどの死地であろうと生き残ることができる。しかし魂が死を望んでいるのなら……」


 もしこの医者の話が本当だとしたならば、なぜ彼女は死へ向かおうとしているのだろうか。

 目覚めたくない理由が、目を背けたいことがあるのだろうか。


 唯一生き残った、事件の謎を紐解くかもしれない彼女を失ってしまえば、この事件はどうなるのだろう。


 病院を出て、隣接されている公園へ足を運んだ。

 まだ春は終わっていない、そう吠えるように一本の桜だけはまだ花を咲かせていた。他の桜はもう芽をとじてしまったというのに。


 桜を見て思い出すのは、母の事だ。

 母はよく私に言っていた。

 ーー魂には刻まれた目標がある。


「ねえ母さん、私は今生で何を成すべきなのでしょうか」


 私の魂が向かっているのは、一体どこなのだろう。

 桜を見る度に考えては、桜が散る度に忘れてしまう自問自答。


 もうすぐ桜が終わる。

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